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ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り (感想後編)【森アーツセンターギャラリー】

今日は前回の記事に引き続き、森アーツセンターギャラリーの「ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り」の後編をご紹介いたします。前編には混み具合なども記載しておりますので、前編を読まれていない方は前編から先にお読み頂けると嬉しいです。


 前編はこちら



まずは概要のおさらいです。

【展覧名】
 ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り

【公式サイト】
 http://www.ntv.co.jp/mucha/
 http://www.roppongihills.com/art/macg/events/2013/03/macg_mucha.html

【会場】森アーツセンターギャラリー
【最寄】六本木駅

【会期】2013年3月9日(土)~5月19日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況(土曜日16時半頃です)】
 混雑_1_2_③_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_③_4_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
前編では華やかな舞台ポスターや商品パッケージなどについてご紹介しましたが、後編はだいぶ硬派な内容となっていて、ミュシャのスラヴへの想いを深堀りするような展示となっていました。
 参考記事:アルフォンス・ミュシャ展 (三鷹市美術ギャラリー)


<第4章 美の探求>
ミュシャは芸術の為の芸術ではなく、普遍的な美を表現することを求めていたそうで、美は善であり内的な世界(精神)と目に見える外面的世界の調和にあると考えていたそうです。ミュシャにとっての芸術家の使命は、その美で大衆を啓蒙し、インスピレーションを与えることで生活の質を豊かにすることであり、その理想を実現する手段の1つが観賞用ポスターとして作られた装飾パネルだったそうです。装飾パネルは1点ものと違い大量生産でき、廉価で買い求めやすく一般にも美をもたらしたようで、ここにはそうした装飾パネルやポスターなどが展示されていました。

アルフォンス・ミュシャ 「四季:秋」
これは4枚セットの四季を擬人化した女性像で、私はその中でも秋が一番気に入りました。腰のあたりに果実の乗った網カゴを持ち、古代の服を思わせる長いドレスを着た女性が描かれていて、首飾りや髪飾りなどは緻密で豪華な印象を受けます。タイル画のような光背を背負っている感じで、流麗でミュシャらしい優美さがありました。

この辺はこうした装飾パネルなどがありました。

アルフォンス・ミュシャ 「夢想」 ★こちらで観られます
これは今回のポスターにもなっている作品で、花で出来た円を光背のように背にした女性が描かれています。本を広げてこちらを見ていて、色は薄めなこともあってか華やかかつ落ち着いた雰囲気があります。解説によると、元々これは広告として作られたそうですが、ここではロゴを取って装飾パネルにしているとのことでした。また、ドレスにモラヴィア地方の装飾を入れるなど、スラヴ的な要素もあるそうです。タイトルのように幻想性すら感じるミュシャらしい女性美に思いました。

この先を少し進むと前編でご紹介した装飾資料集が再度展示されていました。また、花のスケッチなども並んでいます。

アルフォンス・ミュシャ 「[四芸術:ダンス]の下絵」
これは主要な芸術である「音楽」「詩」「絵画」「ダンス」の4図セットの作品で、それぞれ擬人化された女性が描かれています。私の一番好きなのは「四芸術:ダンス」(★こちらで観られます)で、翻る衣と髪が流れを感じさせ、華麗な雰囲気です。のけぞるような姿勢も面白く、魅惑的な目でこちらを見ています。この作品はよく見るのですが、今回は下絵も観ることができるのが良かったです。ほぼ完成作と同じに見えましたが、鉛筆と水彩で描かれた下絵は非常に参考になりました。

近くには油彩の裸婦像もありました。ややくすんだ暗めの色使いで、写実的に描いているものの、どこか幻想的に感じられました。また、その他にもアトリエでバレエを踊る裸婦の写真や、ボヘミアの民族衣装を着てポーズを取るモデルの写真もありました。ミュシャはよく写真を撮って作品の参考にしていたようです。


<第5章 Paris 1900 パリ万博と世紀末>
1900年に開催されたパリ万博は、ミュシャにとっては華やかなヨーロッパ文明の影に潜む闇の部分を浮き彫りにしたイベントだったそうです。オーストリア政府の依頼で、ボスニア・ヘルツェゴビナ館の内装を担当することになったそうですが、準備のためバルカン半島(当時、ヨーロッパの火薬庫となりつつあった)を訪れると、スラヴ民族の置かれた複雑な政治問題を改めて痛感したそうです。また、祖国を植民地支配している帝国の代表作家として仕事を請け負う矛盾に打ちのめされたようで、苦悩の中でミュシャは祖国とスラヴ同胞の為に働く決意を新たにし、それが後のスラヴ叙事詩の構想へと繋がっていったようです。
一方、この時期に長年追求していた神智学的な思想を極めるためにパリでフリーメイソンに入団し、人類へのビジョンを構想した「主の祈り」を出版したそうです。他にも著名な宝石商ジョルジュ・フーケとのコラボレーションを行うなど総合芸術家としての才能を発揮する傍ら、自らの精神世界と向き合い模索したそうです。ここにはそうしたパリ万博やフリーメイソン関連の品などが並んでいました。

アルフォンス・ミュシャ 「宝石:アメジスト」 ★こちらで観られます
これはトパーズ、ルビー、アメジスト、エメラルドの4つの宝石を擬人化した作品で、私が一番気に入ったのはアメジストでした。紫のドレスを着た女性が両手で髪を押さえていて、手前にはアイリスが咲いている様子が描かれています。ミュシャらしい女性美で、アメジストをイメージしているためか色に統一感がありました。

アルフォンス・ミュシャ 「オーストリア館のポスター」
これはパリ万博でのオーストリア館のポスターで、ドレスを着た女性と、その後ろで女性の頭の布を取る人物、右半分は建物が描かれています。女性には星が散りばめられていて、気品溢れる感じです。頭の後ろに双頭の鷲も描かれているのですが、これはオーストリア=ハンガリー二重帝国を示しているとのことでした。こういう華やかな作品の裏で複雑な気持ちを抱えていたとは…。

近くには万博のレストランのメニューの下絵とメニューの表紙などもあり、民族衣装を着た女の子が描かれていました。

少し進むと先述した「主の祈り」もありました。白黒の挿絵で神秘的な光景で、表紙にはフリーメイソンのシンボルも描かれています。また、この他にもフリーメイソンのゴブレットや入団証なども並んでいました。

アルフォンス・ミュシャ 「装飾鎖付きペンダント」 ★こちらで観られます
これが先述したジョルジュ・フーケとの共同制作で、ミュシャの女性像が身に着けているような金色のペンダントです、2人の女性が描かれたプレートがぶら下がっているなど、絵と同じく優美な雰囲気がありました。これもパリ万博で展示されたのではないか?と推定されるようでした。

アルフォンス・ミュシャ 「ヤロスラヴァの肖像」 ★こちらで観られます
これは油彩で、46歳の頃に産まれた娘の肖像です。とは言え、70歳の頃に描いたものなので、娘は24歳くらいの姿かな。白い布を頭に巻くスラヴの民族衣装の格好で、顔を両手で支えて肘をつき、赤い花を持っています。写実的でやや力強く感じるほどの表現で、じっとこちらを見つめる目が神秘的な雰囲気でした。

この少し先にはボスニアの伝説を描いた木炭によるスケッチや、死神や死を描いた暗い作風の作品なども並んでいました。この作品だけを観たら私にはミュシャとは分からなそうですw


<第6章 ミュシャの祈り>
最後の章はスラヴ民族としてのミュシャのコーナーです。ミュシャは、1910年にパリ時代から温めていた「スラヴ叙事詩」の構想を実現するために、長年離れていた祖国に戻りました。アメリカで資金援助を受けた後、西ボヘミア地方のズビロフ城を借りて、余生のほとんどはそこで制作したそうです。「スラヴ叙事詩」はチェコ人とスラヴの同胞たちの共通の栄光と悲哀の歴史を描いた20枚の作品で、これにより長年の植民地政策で失った連帯感を取り戻し、スラヴ諸国の独立の原動力としたかったようです。
やがてミュシャの悲願は第一次世界大戦の集結と共に成就し、1918年にはチェコスロヴァキア共和国が誕生しました。そしてミュシャはその10年後に6m×8mもの巨大な20作の連作「スラヴ叙事詩」を完成させ、祖国独立10周年に合わせてプラハ市に寄贈したそうです。そのシリーズ最後の「究極のスラヴ民族」には「人類のためのスラヴ民族」という副題が付けられていて、一致団結しながら他民族との共存につとめ、人類の平和に貢献するべきという思想が込められているとのことでした。ここにはそうしたスラヴ叙事詩に関する品が並んでいます。


アルフォンス・ミュシャ 「スラヴ叙事詩第9番 [クジージュキの集会]の下半分の下絵」
縦が3m以上ある下絵で、これで半分なのか?というくらい大きな作品です。木のやぐらの上で剣を杖のようにして下を見る人物や兵士が描かれ、これもスラヴの歴史を題材にしているそうです。私にはスラヴの歴史はわかりませんが、絵は粗めなタッチで力強く、よく知っているアール・ヌーヴォーのミュシャとは異なる画風となっているのが驚きでした。完成作の大きさや迫力も窺い知れそうな下絵です。

この近くには同じように大型の下絵がありました。また、作品のためにポーズをとるモデルたちの写真もあります。 そしてその次の部屋にはスラヴの民族衣装がいくつか並んでいて、これはミュシャのコレクションのらしく、作品にもしばしば描かれているとのことでした。

その少し先にはプラハ市民会館の壁画の下絵や、プラハ城内の大聖堂のステンドグラスの再現と下絵などもありました。

アルフォンス・ミュシャ 「1918-1928 チェコスロヴァキア共和国独立10周年記念」 ★こちらで観られます
民族衣装を着て座る三つ編みの女性と、その後ろに座って花輪をかざす女性が描かれた作品です。これは独立10周年を祝ったもので、じっとこちらを見る娘はスラヴ民族を表す擬人像のようです。頭の飾りには5つの地方を表す紋章があり、女性は強い目をしていました。アール・ヌーヴォー時代ほどではないものの華やかさもあるかな。だいぶ画風が変わっているように思いました。

なお、チェコは独立したもののやがてナチスが迫ってきたそうで、ナチスの批判を隠さなかったミュシャはゲシュタポに尋問されて体調を崩し、その4ヶ月後に祖国を案じながら79歳で亡くなったそうです。

アルフォンス・ミュシャ 「フランスはボヘミアを抱擁する」
これは油彩で、十字架を背にして立つ裸婦と、その十字架の後ろからキスをして手に植物の冠のようなものを持つ人物が描かれています。恐らく女性はボヘミアで男性はフランスかな? 背景は燃えるようなオレンジで、ややぼんやりしていて神秘的な雰囲気でした。

この辺には国の宝くじのポスターや晩年の「三つの時代」という理性・叡智・愛をテーマにしたモニュメント計画の下絵などもありました。


ということで、後半はミュシャのスラヴへの想いがよく分かる内容となっていました。今回のタイトルには「モラヴィアの祈り」とあるように、スラヴ民族としてのミュシャに焦点が当たっていたように思います。その為、単に綺麗なものを見たいという方には後半はどうかな?という感じですが、今までのミュシャ展とはまた違った味わいがある貴重な機会でした。


 参照記事:★この記事を参照している記事




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ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り (感想前編)【森アーツセンターギャラリー】

仕事と小旅行で少し記事の間が空きましたが、前回ご紹介した森美術館の展示を観た後、すぐ階下の森アーツセンターギャラリーで「ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り」を観てきました。点数が多くメモも多めに取ってきましたので、前編・後編に分けてご紹介しようと思います。

P1090219.jpg

【展覧名】
 ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り

【公式サイト】
 http://www.ntv.co.jp/mucha/
 http://www.roppongihills.com/art/macg/events/2013/03/macg_mucha.html

【会場】森アーツセンターギャラリー
【最寄】六本木駅


【会期】2013年3月9日(土)~5月19日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況(土曜日16時半頃です)】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_③_4_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
展覧会が始まって2日目に行ったのですが、結構混んでいる感じでした。お客さんがめちゃくちゃ多いというよりは、小さめの作品が多いので人だかりが出来やすく、特に2章辺りは通路が狭いので混雑感がありました。
ちなみに、この会場にはロッカーが無いので、地上階のロッカーに予め預けてくるか、持ったまま鑑賞する必要があります。あまり大きな荷物は持って行かないことをお勧めします。

さて、今回の展示は約150年前にチェコで生まれ、アール・ヌーヴォー様式の時代に活躍した画家アルフォンス・ミュシャの個展となっています。ミュシャはチェコからパリに出て挿絵などで生計を立てていたのですが、偶然に女優サラ・ベルナールの「ジスモンダ」のポスターを手がけたことによって一躍注目を浴び、売れっ子となりました。その後、商品ポスターやパッケージなど幅広く活動し、アメリカでも活躍した後に祖国チェコに戻り、「スラヴ叙事詩」という大作を完成させました。 展覧会はテーマごとの構成になっていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。なお、今回の展示は作品リストもなかったので、タイトルは間違っているかもしれません。その場合はごめんなさい。
 参考記事:アルフォンス・ミュシャ展 (三鷹市美術ギャラリー)


<第1章 チェコ人ミュシャ>
ミュシャは1860年にオーストリア帝国領のモラヴィア(今のチェコ)のイヴァチッツェという小さな村に生まれました。当時のチェコではスラヴ民族の間で独立運動の気運が高まっていたそうで、チェコ民族復興運動も最盛期を迎えていたようです。ミュシャはそうした中で育ち、チェコ人としてのアイデンティティと祖国愛を持ったようで、それは生涯変わらぬ精神的支柱となったそうです。そして10代で画家になることを決心した時から、画業を通じて祖国の為に働くことが夢となっていたそうで、ここでは祖国愛をテーマにした作品が並んでいました。

アルフォンス・ミュシャ 「パレットを持った自画像」 ★こちらで観られます
これは冒頭にあった作品で、40代の頃の油彩の自画像です。ルパシカというロシアの民族衣装を着たミュシャが下から見上げるような感じで描かれていて、髭を生やした堂々とした姿となっています。ちらっとこちらを見ているので鏡でも見ながら描いているのかな? ミュシャと言えば女性的な洒落た作品のイメージがありますが、これだけ観るとちょっと意外な雰囲気に思えました。

この辺には油彩の家族の肖像などが並んでいました。油彩の作品は淡くぼんやりした感じの色合いとなっています。また、シャルル・コーシャンという作家によるミュシャの胸部像も並んでいました。

アルフォンス・ミュシャ 「イヴァンチッツェの想い出」
高い教会の塔を背景に、手を組んで目を閉じる女性が描かれた絵葉書のリトグラフです。周りには無数の燕が描かれていて、これは生まれ故郷を描いたものらしく、この女性はミュシャ自身の望郷を表しているものだそうです。燕は毎年同じ場所に戻るので、ミュシャも故郷に帰るという思いを託しているらしく、故郷への強い思いが感じられます。絵には繊細で可憐なミュシャならではの雰囲気がありました。

この辺にはミュシャのアトリエを描いた作品(別の作家の作品)などもありました。


<第2章 サラ・ベルナールとの出会い>
続いてはミュシャの出世作を含む、女優サラ・ベルナールとの出会いについてのコーナーです。ミュシャの才能を最初に世に送り出したのはフランスの大女優サラ・ベルナールで、1844年にミュシャがデザインしたポスター「ジスモンダ」のヒットをきっかけに、サラ・ベルナールとは6年の契約をしたそうです。女神サラのアイドルとしてのイメージを作り出し定着化すると共に、自らも彫刻家であり美術コレクターでもあるサラ・ベルナールを通じてミュシャは芸術の表現も成長していったそうです。ここにはそうした時代の作品が並んでいました。

アルフォンス・ミュシャ 「『ラ・プリュム』誌版アート・ポスター:サラ・ベルナール」 ★こちらで観られます
これは正面を向いたサラのポスターで、大きな花とティアラで髪を飾り、胸前に豪華なアクセサリーをつけた姿で描かれています。髪はくるくると円を描くようにまかれていて、背景には無数の星が描かれています。優美な雰囲気で、女神のような風貌に見えました。この曲線や植物を多用する点などはいかにもアール・ヌーヴォー的なデザインじゃないかな。ちなみにラ・プリュムというのは「羽根ペン」という意味の文芸・美術雑誌とのことでした。

この近くには午餐会のメニューやミュシャの絵に倣って作られた照明器具、舞台衣装のデザインなどもありました。また、少し先には舞台デザインや、女優たちを描いた写実的な肖像素描などもあります。

アルフォンス・ミュシャ 「演劇芸術のアレゴリー」
これはニューヨークで1908年にオープンした「ドイツ劇場」の緞帳の習作と考えられている品で、横幅が3m以上ある大型作品です。4人の人々が描かれていて、腰に手を当てるドレスの女性は「演劇」、月を背にした鳥を座って眺める女性は「詩」、右の方で道化の格好をした人物が女性に話しかけているのは「喜劇」と「悲劇」の擬人化像のようです。ミュシャのポスター作品よりも淡くぼんやりした画風で、優美で幻想的な雰囲気がありました。ミュシャはパリ留学以前には舞台装飾や役者もやっていたことがあったらしく、舞台に寄せる感心は相当強かったのではないかと感じさせました。

アルフォンス・ミュシャ 「ジスモンダ」 ★こちらで観られます
これはミュシャの出世作で、ミュシャ展では必ずと言っていいほど展示されています。手に大きな棕櫚の葉を持ち、重厚なビサンティン様式を思わせる装飾を施した服を着たサラ・ベルナールが、立ち姿で描かれています。緻密で華麗な雰囲気があり、タイル画のような文字などからも独特な印象を受けます。解説によると、これを観たサラはすぐにこれを気に入って涙を流したそうです。ミュシャにとって非常に大切な作品となったのは想像に難くないと思います。

この近くには「メディア」というちょっと恐ろしい雰囲気のポスターもありました。ちなみにミュシャはジスモンダのヒット前は挿絵を描いて生計を立てていたそうです。この辺にはその挿絵の習作がありました。思ったより挿絵はアール・ヌーヴォーっぽくないですが、写実的ながらも幻想的な絵となっていました。


<第3章 ミュシャの様式とアール・ヌーヴォー>
続いてはミュシャとアール・ヌーヴォーについてのコーナーです。ジスモンダの成功でミュシャがパリのアートシーンの注目を集めたのと同じ年(1885年)、ジークフリート・ビングは画廊「アール・ヌーヴォーの家」をオープンしました。そして、ジャポニズムから影響を受けた花や植物などのモチーフ、流麗な曲線を組み合わせた装飾的な様式はヨーロッパ中に広まり、「アール・ヌーヴォー」として国際美術運動へと発展していきます。
一方、この頃のミュシャは円やアーチを背にした女性像が多かったようで、花やモザイク風の装飾などのデザインは「ミュシャ様式」とニックネームが付き、アール・ヌーヴォーと同義になっていったようです。ここにはそうした時期のミュシャの広告やパッケージデザインなどが展示されていました。

アルフォンス・ミュシャ 「ショコラ・イデアル」
お盆の上にココア?を乗せている女性と、その袖を引っ張ってねだっている小さい女の子、その隣にももう1人の女の子が描かれています。お母さんのくれるココアが待ちきれないといった感じなのかな? ココアからは湯気が出てきているのが優美で、何とも美味しそうです。一方、女性は女神のような優しい顔をしていました。左下にはショコラ・イデアルのパッケージの絵らしきものもあり、宣伝となっているようですが、幸せそうな雰囲気が伝わってきました。

この先には有名な「ジョブ」という作品も展示されていました。

アルフォンス・ミュシャ 「ウェイバリー自転車」
これは大きなハンマーが乗っている工具台の上に肘を付いて、右手で樹の枝を摘んでいる女性を描いた作品です。艷やかな雰囲気ですが、これは自転車のポスターだそうで、肝心の自転車はハンドルだけしか描かれていません。ミュシャらしい植物と女性を描いた作品ですが、これでちゃんと広告になったのかな?という疑問がw

この近くにはミュシャのアトリエでピアノを弾くゴーギャンを撮った写真などもありました。意外な親交ですね…。

アルフォンス・ミュシャ 「ミュシャ石鹸 スミレの箱」
これは花に囲まれた女神のような女性が描かれた箱です。金色の縁があり何とも豪華な感じをうけるのですが、これはミュシャの名前がそのまま商品になっていたものらしく、中々興味深い品です。ミュシャは最初に観た通りオッサンなのですが、名前と作風から女性っぽい印象を受けますねw

この近くにはビスケットや香水の箱、ネスレ社の奉祝ポスター(結構大きい)、ビクトリア女王即位60年記念の記念作品などもありました。

アルフォンス・ミュシャ 「装飾資料集」 ★こちらで観られます
これはミュシャのデザインをまとめたような資料集です。ミュシャは売れっ子になると仕事の依頼が多過ぎたようで、このデザイン集を見れば欲しいデザインが見つかるはずと考えて作成したそうです。文字や数字、植物紋、食器のデッサン、椅子のデザインなどミュシャらしい曲線や植物を思わせる文様が並んでいて、ヨーロッパ中の図書館や学校はこぞってこれを購入したそうです。しかし、その甲斐もなく ちょっと違うデザインが欲しいという依頼が減らなかったとのことでした。


ということで、前半はミュシャのイメージ通りの代表作などが並ぶ内容となっていました。華やかで洒落た雰囲気の作品が並んでいますので、美術ファンでなくても楽しめると思います。後半は普通のミュシャ展とはひと味変わった内容となっていましたので、次回はそれについてご紹介しようと思います。


   → 後編はこちら



 参照記事:★この記事を参照している記事


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会田誠展 天才でごめんなさい 【森美術館】

先週の日曜日に六本木の森美術館に行って、「会田誠展 天才でごめんなさい」を観てきました。

P1090217.jpg P1090222.jpg

【展覧名】
 会田誠展 天才でごめんなさい

【公式サイト】
 http://www.mori.art.museum/contents/aidamakoto_main/index.html

【会場】森美術館
【最寄】六本木駅


【会期】2012年11月17日(土)~2013年3月31日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 1時間00分程度

【混み具合・混雑状況(日曜日14時半頃です)】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_③_4_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_③_4_5_満足

【感想】
結構多くの人で賑わっていましたが、大型作品が多いので特に混んでいる感じはしませんでした。ただ、解説機が全部出払っていたので、今回の記事は私の感想のみの薄い記事になりそうですw

さて、この展示は国内外で高い評価を受けている会田誠 氏の個展となっています。会田誠 氏は奇想天外で痛烈な批判を提示する作風らしく、アニメのような美少女や戦争画など様々なモチーフを使って表現している現代アーティストです。今回の展示では大型の作品が多く、展示室自体も装飾しているところなどもありましたので、詳しくは気になった作品と共にご紹介しようと思います。なお、今回は作品リストがなかったので、作品名が間違っていたらごめんなさい。


会田誠 「鶯谷図」
これは桜の木(鶯繋がりで梅かも)が描かれた作品なのですが、画面にびっしりと風俗店の小さいチラシが張られています。若妻とか団地妻とか…昔の電話ボックスとかに貼ってあったりしたやつです。昭和っぽいチラシが多くてチープさと伝統的な日本画を思わせる絵のギャップが面白いですが、…うーんw

会田誠 「ヴィトン」
これは江戸時代の農民のような爺さんが、畑でヴィトンのバックを収穫して「今年もヴィトンが豊作じゃー!」と叫んでいる作品です。シュールなマンガみたいな画風で、鑑賞者も一様に可笑しさを感じているようでした。

会田誠 「愛ちゃん盆栽(ほおずき)」
これは目の大きな美少女人形の頭部が無数に木の実のようになっている盆栽です。木の幹の部分も人体っぽくてちょっとキモいw 髪の部分がほおづきのようになっているのがタイトルの由来かな? 脇に生首のように1つ転がっているのは、死を感じさせました。
このシリーズは近くにも2点ほどありました。

この先の部屋は「戦争画RETURNS」シリーズという戦争画を現代に蘇らせたようなコーナーでした。

会田誠 「一日一善」
2曲1隻の屏風仕立ての作品で、今上天皇と3人の仏僧、周りに沢山の鳩が列を作っている様子が描かれ、背景には中央に仏塔が建っています。この仏塔は三蔵法師ゆかりの西安の大慈恩寺の仏塔らしく、全体的にざらついた感じや題材から平山郁夫を思い起こしました。多分、意図的に平山郁夫風に描いたのだと思うので意図が分からなかったのが残念。

会田誠 「紐育空爆之図(にゅうようくくうばくのず)」 ★こちらで観られます
これは火に燃え盛るニューヨークの街を上空から観たような作品で、そこに沢山の日の丸印のの戦闘機が∞の字のように連なっていて、それぞれが玉虫色に輝いています。地獄のような光景の中に輝く戦闘機が妖しい雰囲気で、異様な光景となっていました。

会田誠 「ポスター(全18連作)」
これは子供の頃に学校で描かされた道徳的なスローガンの児童ポスターの絵を再現した作品です。実際に描いたのは28歳の頃のようですが、小1~中3くらいまでの年齢がポスターの下に書かれ、それぞれその年齢にあわせた画風となっています。「地球が泣いている」と書かれ擬人化された地球が泣いているポスターなどは、実際に中学の頃にこんなのあったな~なんて思える感じで、あるあるネタとしても面白いですw 小学生の絵などは逆によく意図的に描けるものだと妙に感心しながら観ていたのですが、「宮崎くんが狙っている。知らない人には気をつけよう」という小4のポスターには時代を感じました。今の若者はこの事件を知らないのでは…w

会田誠 「美術と哲学シリーズ」
これは3点セットの映像作品で、右は英国、中央はドイツ、左はフランスの画家に変装した作者が、それぞれの言語で哲学書の一節を読みながら各国らしい絵を描くという作品です。服装はベタな感じで、抽象的な絵を描いている様子がちょっと胡散臭くて面白かったですw 解説によると、作者が哲学と美術に親和性があるかないか分からないと悩んでいる頃に作られた作品のようでした。

会田誠 「モニュメント・フォー・ナッシングⅣ」
twitterのツイートを沢山印刷して、その上から色を塗った壁画のような作品です。近くで観るとよくわかりませんが、ちょっと離れてみると福島第一原発の原子力建屋のように見えます。ツイートの内容も原発に関するもののようで、詳しい意図はわかりませんが批判が込められているように思いました。

会田誠 「考えない人」
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この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利・改変禁止2.1日本」ライセンスでライセンスされています。

展示室内でこの作品だけ写真を撮ることができました。ポーズはロダンの考える人というよりは仏像を思わせますが、乗っているのは自分の糞でしょうか…w このおにぎりのキャラクターは映像作品もあり、ストーリー仕立て?のようになっていて、やる気無さ気な動きをしていました。

会田誠 「日本語」
これは美しい金銀の散らされた料紙に、流麗な文字が並んでいる巻物の作品です(字は他の作家によるものかな?) しかし文面をよくよく読んでみると、2ちゃんねるの罵り合いがそのまま書いてあるような感じで、見た目と中身のギャップが面白かったです。日本語の美しさと汚さを両方一遍に味わうような…w

会田誠 「新宿城」
これは城のような形のダンボールの家で、中にはビン・ラディンが日本に潜伏しているという設定で、ビン・ラディンに扮した本人が出てくるビデオレター風の作品が映されています。似ていると言われたのがこの作品を作ったらしく、確かに似ているかもw 酒を囲みながら話しかける感じがビン・ラディンのイメージとかけ離れていて、それが可笑しく感じました。

会田誠 「モニュメント・フォー・ナッシングⅢ」
これは壁画のような作品で、サンフランシスコのイエルバ・ブエナ・アートセンターというアートスペースの為に描かれたものです。手首にあるカッターの自傷跡を見せながら微笑むアニメの美少女女子高生のようなキャラクターを中心に、写真などがコラージュされていて、ドン・キホーテのペンギンやせんとくんの姿などもあります。端の方にはエロ漫画のような女の子のキャラクターもいて、なんとも安っぽい感じです。熊手をイメージして描いたそうですが、あえて安っぽさを凝縮しているように思えました。

近くには美少女キャラクターでうめつくされたテントなどもありました。また、「劇団☆死期」という機械の人形劇のような作品もあります。そして、この部屋の最後には最も偉大な芸術家になるにはという心得のようなものがありました。その中に外国語を学ぶのは無意味というものがあり、この主張は展覧会の中で何度か目にしました。一種のコンプレックスの裏返しであることをあえて誇張しているのかも?

その次の部屋は、内臓を思わせる絵がパターン化され、壁や床を埋め尽くしていました。恵比寿のクラブのために描いた壁画のようですが、長居していると目がチカチカしましたw その次は大作が並ぶコーナーです。

会田誠 「灰色の山」 ★こちらで観られます
これはうず高い灰色の山が描かれた大型作品なのですが、よく観るとこれは背広の人たちが机などのオフィス道具と共に死体のように折り重なっているのが分かります。人々には顔がなく、力ない感じで描かれていて、死の気配が漂います。サラリーマンの日常を揶揄しているのかな?

会田誠 「滝の絵」 ★こちらで観られます
これは今回のポスターにもなっている大きな作品で、滝の周りでスクール水着の女子が遊んだり座ったりしている様子が描かれた作品です。何だか倒錯していて、ちょっとベタな感じがします。額縁には奉納と書いてあるのがちょっと可笑しく感じられました。

この辺には美少女を描いた作品が並んでいました。

会田誠 「河口湖曼荼羅」
これは自らが学生時代の代表作と言っている作品で、溺愛しているようです。タイトルの通り曼荼羅風の作品で、「字」という文字を中心に「理解がない」「他人がない」「自然がない」などと書かれ、周りには笑い顔と困り顔のような簡素な顔が並んでいます。私にはよく分かりませんでしたが、これは河口湖に行った時に体験した30分間の神秘体験を何とか作品にしたものらしく、この体験と作品があったので今でも絵が描け、哲学や思想を織り込もうと思わないとのことでした。作者の原点のような作品なのかな。

この先の小部屋は18歳未満が入場禁止のアダルトの部屋となっていました。実際、これは子供が見たらまずそうです。

会田誠 「ガールズ・ドント・クライ」
これは写真作品で、古いアパートの一室のようなところで、裸にアニメの女の子をボディペイントした女性が写っています。そのキャラクターにはセリフもあり、「生きていても意味が無い」と叫んでいるような感じでした。意味は分かりませんが、シュールでメッセージ性がありそうでした。

近くには食用の人造美少女を想像した作品や、エロ漫画(絵が汚いw)の屏風などもありました。また、部屋の奥には「巨大フジ隊員VSキングギドラ」(フジ隊員はウルトラマンに出てくる警備隊の紅一点)というアニメのような絵があり、キングギドラに陵辱されている様子が描かれていました。

会田誠 「犬シリーズ」
これはちょっと前に物議を醸した作品で、手首や膝から下を切り落とされてそこに包帯を巻いた裸の女性が描かれています。首輪も付けられていて、等身は犬っぽい感じかな。残虐性を指摘されても無理は無いです。エロさというよりも狂気を感じる作品でした。解説によると、この作品を描いている時に、宮崎勤の事件が発覚したのだとか。一歩間違えば誤解されそうです。

この隣には「美少女」という看板のようなものを観てマスターベーションをする作者の後ろ姿を撮った作品などもありました。何の意味があるんだこれは…w

そして最後は公開制作も行われている部屋でした。実は私はこの展示は2回目(1回目はメモしなかったので記事にせず)だったのですが、以前観た時は本人も制作していました。

ということで、中々刺激的な展示となっていました。私の好みとは方向性が違うのでそれほど満足したわけではないですが、驚きは多かったです。昔から新しい美術には軋轢がつきものだとは思いますが、私は保守的な人間なのでちょっとついていけない感じです。高い評価を受けている方ですので、感性が合う方には面白いのかもしれません。

おまけ;
この日は煙霧という変わった天気の日でした。まるで砂嵐で、近くの東京タワーもこんな感じでした。
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 参照記事:★この記事を参照している記事



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ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア (感想後編)【Bunkamuraザ・ミュージアム】

今日は前回の記事に引き続き、Bunkamuraザ・ミュージアムの「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア」の後編をご紹介いたします。前編には混み具合なども記載しておりますので、前編を読まれていない方は前編から先にお読み頂けると嬉しいです。

 前編はこちら


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まずは概要のおさらいです。

【展覧名】
 ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア

【公式サイト】
 http://rubens2013.jp/
 http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/13_rubens/index.html
 http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/13_rubens.html

【会場】Bunkamuraザ・ミュージアム
【最寄】渋谷駅/京王井の頭線神泉駅

【会期】2013/3/9(土)~4/21(日) 
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況(土曜日14時頃です)】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
前回はアントワープの工房での制作までご紹介しましたが、後編では版画作品や工房の弟子の作品などを展示していました。


<ルーベンスと版画制作>
ルーベンスは自身の工房で自らの監督下で版画も制作していたそうで、主に自作の絵画や下絵素描を版画にしたようです。原版に刻むのは専門家たちに委ねたものの、下絵素描や試し刷りへの加筆を通じて細かく指示をしてしていたそうで、かなり厳しく質の管理をしていたようです。当時は著作権は十分に保護されていなかったようですが、印刷物である版画に関しては複製を禁ずる独占版権を得ることが出来たらしく、南ネーデルラント・フランス・オランダから版権を取得し、リュカス・フォルステルマンという若く優れた版画家と共に版画に着手したそうです。ここにはそうして作られた作品が並んでいました。

61 ペーテル・パウル・ルーベンス 「アレクサンドリアの聖カタリナ」
壊れた車輪を足で踏みつけ、右手に棕櫚、左手に剣を持った聖カタリナを描いた作品です。この車輪と剣は、聖カタリナが最初に車輪を使った拷問をされたものの奇跡で破壊され、結局剣で斬首されたことを示し、棕櫚は殉教した聖人が共通して持っているアトリビュートです。曲線や衣が優美な雰囲気で、白黒ですが陰影表現が緻密で質感がありました。

66 リュカス・フォルステルマン(ルーベンス原画) 「キリスト降架」 ★こちらで観られます
これは十字架から降ろされるキリストを描いた版画で、遺体を下ろす兵士や受け止めるヨハネ、嘆き悲しむ聖母マリア、マグダラのマリアなど多くの人が描かれています。解説によると、この作品の構図には卓越した構成力が見て取れるそうで、これだけ多くの人がいるのにそれぞれの心情やストーリーが表されているのは確かに凄い…。 また、これはアントワープ大聖堂の祭壇画を元に作られているそうで、左右が反転しているものの原画の様子がよく現れているようでした。超緻密で、こちらも陰影による質感や量感が見事でした。
なお、ルーベンスは非常に厳しい監督ぶりだったようで、リュカス・フォルステルマンに暗殺されかけたという話もあるそうです。詳細は不明のようですが、弟子から護衛の要望が出されたり、ルーベンスが死亡したというニュースがパリにまで伝わったという記録も残っているのだとか。

近くには「ソドムを去るロトとその家族」の版画などもありました。これは上野の西洋美術館にあるヤーコプ・ヨルダーンス(に帰属)の「ソドムを去るロトとその家族(ルーベンスの構図に基づく)」とそっくりなので、見覚えがありました。その他にも主に聖書関連の作品が並んでいます。

77 スヘルテ・アダムスゾーン・ポルスウェルト(ルーベンス原画) 「月明かりの風景」
瞬く星と雲間から覗く月明かりの下、川辺で草を食むような姿勢の馬が描かれた版画です。近くには木々が立ち並び、水面には月明かりが反射しています。静かで幻想的な夜の風景となっているのですが、私にはルーベンスがこういう風景画を描いているのが意外に思えました。解説によると、ルーベンスは風景画においても優れた足跡を残しているようでした。

この近くには同じ原画でステート(版)が異なる3点の作品もあり、ルーベンスによる指示や修正の様子が伺えました。


<工房の画家たち>
続いては弟子の育成についてのコーナーです。ルーベンスの時代の工房は教育機関としての役割も担っていたそうで、画家を目指す者は12~16歳で徒弟となり、絵画の基礎を学んでいたようです。そしてその後は助手になって賃金を貰うようになり、親方の補助をしながら腕を磨き、やがて自らも親方になる者も現れました。
ルーベンスの工房も多くの若者を惹きつけたようですが、通常は他の画家の元で基本を身につけた者を受け入れたそうで、一人前の画家がルーベンス工房を手伝うことも珍しくなかったようです(中途採用とか契約社員みたいなものかな?w) 工房ではルーベンス風に描くことが求められた為、弟子たちは独立した画家となってからもルーベンス的な特徴が見られるようです。ここではそうしたルーベンス工房の画家や外注先など密接な関係にあった画家の作品が並んでいました、

42 アントーン・ヴァン・ダイク 「悔悛のマグダラのマリア」
こちらは西洋画でお馴染みの題材である、荒野で改悛するマグダラのマリアを描いた作品です。胸の前に手を当てて上を向き涙を流していて、ルーベンスほど肉感的ではないものの艶やかな肉体表現となっています。柔らかく明るい色合いは師匠によく似ているかな。解説によると、このヴァン・ダイクはルーベンスの弟子の中で最も優れていたそうで、ルーベンスの頑健さに比べて優美な作風とされるようです。そして後にイギリスのチャールズ1世の下で活躍し、その人物像は規範とされるほどだったのだとか。

47 ヤーコブ・ヨルダーンス(工房) 「羊飼いの礼拝」
マリアに抱かれている幼子イエスと、お告げを聞いて集まってきた羊飼いが描かれている作品です。周りは暗いのですが、キリストから光が発せられているかのように人々の顔を照らしています。解説によると、この作者はアントワープの画家で、ルーベンスの外注を受けていたそうです。マリアが乳をあげているのですが、その現実的な描写がこの画家の特徴とのことでした。ルーベンスの優美さとはちょっと違った通俗的な雰囲気があるかな? 面白い作風でした。

53 ヤン・ブックホルスト 「アポロとピュトン」
赤いマントのアポロンが大蛇ピュトン(と言うかドラゴンみたいな)を踏みつけていて、背中に羽の生えた子供姿のクピドと会話している様子が描かれています。このピュトンはゼウスの妻のヘラの命によって、アポロの母のレト(ゼウスの愛人)を追い回していたそうで、アポロはその復讐として矢で退治したところのようです。これでいい気になったアポロはクピドの弓矢を小馬鹿にし、その仕返しとして報われない恋の虜となってしまうのですが、この作品ではその2つの話の合間のような感じのシーンとなっていました。(前編でご紹介したダフネの話に繋がります)
アポロの姿や衣の翻り方などにルーベンスぽさを感じるかな。クピドの肉体表現もルーベンスによく似ていました。


<専門画家たちとの共同制作>
最後は工房外の専門画家たちとの共同制作についてのコーナーです。ルーベンスはアントワープの工房で活動を活発化させ、1610年代には動物・静物画家のフランス・スネイデルや、風景画家のヤン・ウィルデンスとの共同制作を始めたそうです。2人とも自分の工房を構えた親方でしたが、ルーベンスの作品の中の動物や静物、風景の描写を担当したようです。こうした共同制作は16世紀初頭には確立されていた手法のようですが、お互いの作風をそのまま活かしていたそうで、それが却って魅力の1つとなっているそうです。また、共同制作では人物画家のルーベンスが主導権的な立場だったようですが、年長のヤン・ブリューゲル(父)やその息子のヤン・ブリューゲル(子)との共同制作では客員として人物を描いていたそうです。ここにはそうした他の工房の画家との共同制作の品が並んでいました。

34 ヤン・ブリューゲル(子) 「エヴァの創造の見える楽園の風景」
馬、ライオン、表、孔雀などたくさんの動物がくつろぎ、花々が咲いている楽園を描いた作品です。左奥には横たわるアダムと、その脇腹(肋骨)からエヴァを作り出している神が光り輝く姿で表されています。木々や動物は精密に描かれ、遠くは青みがかってみえるなどフランドル絵画らしい特徴があるように思いました。

37 ペーテル・パウル・ルーベンスとフランス・スネイデルス、および工房 「熊狩り」 ★こちらで観られます
馬に乗った貴族が熊に腕を噛まれて苦痛の表情を浮かべている作品です。熊の背後には白馬の騎士が助けに来ていて、笛?を吹く少年は危機を知らせているようです。熊の足元には既に倒された犬も2頭いて、熊の強さを物語っているようです。解説によると、この絵では動物をフランス・スネイデルス、人物はルーベンスが描いているそうで、動物の表情、人間の表情ともに緊迫感を感じます。フランス・スネイデルスの方が精緻とのことでしたが素人目には見分けはちょっと難しかったですw まあちょっと人物はルーベンスっぽいかな。 また、これは元は8点あった連作でしたが、火事で燃えて6点失われてしまったのだとか。


ということで、ルーベンスについてよく知ることができる展示でした。大型の作品もあり充実した内容と言えると思います。意外と会期が短い展示ですので、気になる方はお早めにどうぞ。


おまけ:
東急の交差点の近くのショーウィンドの写真です。
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ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア (感想前編)【Bunkamuraザ・ミュージアム】

この前の土曜日に渋谷のbunkamuraで「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア」を観てきました。メモを多目に取ってきましたので前編・後編に分けてご紹介しようと思います。

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【展覧名】
 ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア

【公式サイト】
 http://rubens2013.jp/
 http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/13_rubens/index.html
 http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/13_rubens.html

【会場】Bunkamuraザ・ミュージアム
【最寄】渋谷駅/京王井の頭線神泉駅


【会期】2013/3/9(土)~4/21(日) 
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況(土曜日14時半頃です)】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
公開初日に行ったのですが、所々に人だかりがあり多少の混雑感がありました。しかし少し待てばじっくり観られるくらいで、帰る頃(17時頃)には空いていました。

さて、今回の展示は17世紀バロック時代の巨匠、ペーテル・パウル・ルーベンスについての展示です。ルーベンスは1577年に生まれ、アントワープ(今のベルギー)で修行し親方の資格を得ると、1600年にイタリアに向けて出発し、マントヴァ公爵の宮廷画家になりました。イタリアではローマを始め各地に訪問し、古代、ルネサンス、当代の美術を学び、8年の滞在を経てアントワープに帰郷したそうです。そしてアントワープでは南ネーデルラント(フランドル)の統治者アルブレヒト大公とイサベラ大公妃の宮廷画家に任命されて大きな工房を設立し、精力的に活動していきます。1619年頃からは自作の版画に対する独占的な版権を獲得し、自らの構図を正しく普及させることに努めました。さらに、1623年からは絵筆を持った外交官として各国の宮廷で手腕をふるいながら和平交渉に望んだそうで、宗主国スペインとイギリスの和議の成立に貢献したそうです。一方、家庭においては2度の結婚で8人の子をもうけ、教育に熱心な家族思いの父親だったとのことです。
この展示ではそうしたルーベンスのイタリア滞在の影響を表す作品から、彼自身の作品、工房・助手の作品、版画などを章ごとに分けて展示していました。詳しくはいつもどおり、各章で気に入った作品と共にご紹介しようと思います。


<冒頭>
まず冒頭には自画像がありました。また、展覧会はじめにあった紹介文によると、ルーベンスは人文主義学者でもあり、ラテン語と古典文学に深い造詣があったそうで、母語のフラマン語だけではなく、イタリア語、フランス語、スペイン語、英語も自在に操るマルチリンガルだったそうです。さらに、工房や自宅の設計を手がける建築家であり、美術コレクターであり、前述の通り外交官であったようです。…と、神スペック過ぎて何が何やらw 当時から非常に評価が高かったようで、スペインと英国から騎士の称号も得ているそうです。そんな天才っているんですね。

19 ペーテル・パウル・ルーベンス(工房) 「自画像」 ★こちらで観られます
金の飾りのついた黒い帽子をかぶり黒い服を着たルーベンスの自画像です。体を横にしてこちらを振り返るようなポーズで、ここでは画家というよりは貴人としての姿として描かれているらしく、知的で気品が感じられます。解説によると、これは英国皇太子チャールズの為に描かれた自画像の模写らしく、胸元に金の鎖があるのはアルブレヒト大公から授与されたものとのことでした。


<イタリア美術からの着想>
続いてはイタリア美術からの影響についてです。1600年当時、優れた芸術家になるためには古代彫刻やルネサンスの巨匠の作品のあるイタリアで学ぶことが必要不可欠とされていました。ルーベンスは諸都市で優れた美術品を研究し、模写した素描をアントワープに戻ってからも貴重な参考資料としていたようです。後に外交官としてマドリードを訪れた際にはそこにあったイタリア美術(特にティツィアーノ)に強い関心を持つなど、名声を得た後も旺盛な学習意欲を持っていたそうです。ルーベンスが主に影響を受けた画家として、マンテーニャ、ヴェロネーゼ、ティツィアーノ、カラヴァッジョ、アンニーバレ・カラッチ、ラファエロなどの名前が挙がっていました。(展覧会では名前が挙がっていませんでしたが勿論ダ・ヴィンチやミケランジェロにも影響を受けています。)
 参考記事:
  ラファエロ 感想前編(国立西洋美術館)
  ラファエロ 感想後編(国立西洋美術館)

6 ペーテル・パウル・ルーベンス 「毛皮をまとった婦人像(ティツィアーノ作品の模写)」 ★こちらで観られます
これは外交官時代にイギリスでティツィアーノの作品を模写したものです。左手で肩の毛皮をおさえた半裸の女性が描かれ、真珠のネックレスや腕輪を身につけこちらを向いてやや微笑んでいます。この隣には元となった絵の写真も展示されていたのですが、かなり正確に模写しているようで、ほとんど同じに見えますが腕をやや太めに描いている点や両目にハイライトを入れるなどの違いがあるらしく、より生身の人間っぽく描いているとのことでした。ルーベンスがいかにティツィアーノを学んでいたかよく分かる作品でした。

4 ペーテル・パウル・ルーベンス 「ロムルスとレムスの発見」 ★こちらで観られます
これは四方が2m以上ある大型の作品です。中央に大きな雌の狼が横たわり、その脇に2人の双子の男の赤ん坊(ロムルスとレムス)がいます。1人は狼の乳を飲み、もう1人は手を挙げていて、その子に向かってキツツキがさくらんぼを運んできているようです。右側の背後には木の影から子供たちを発見する羊飼い(ファウストゥス)の姿があり、左側には草むらで子供たちを見守る裸の老人(テヴェレ川の擬人像)と若い女性(ニンフかナーイス)も描かれていました。これはローマを建国したロムルスとレムスの物語で、軍神マルスの子として生まれたものの、母は処女が義務付けられた巫女(元王女)であったためテヴェレ川に捨てられ、雌の狼の乳とキツツキの運ぶ実で育っていたところを発見されているシーンのようです。また、狼と子供たちはローマで見た彫刻を元にして描かれているそうですが、子供の血色が良く肉感的で、狼はふさふさした毛並みで生き生きとした感じでした。1枚でこれだけのストーリーをまとめている構成力も流石で、これは必見の1枚と言えそうです。少し離れて観ると、双子が一際明るく見えるように思いました。


<ルーベンスとアントワープの工房>
ルーベンスは母親の危篤の報を受け、1608年末にイタリアからアントワープに戻ったそうですが、翌年には南ネーデルラントの共同統治者である大公夫妻の宮廷画家として制作を開始したそうです。宮廷から離れたアントワープでの活動を許され、大きな邸宅とアトリエを建造し、大規模な工房を運営していくことになりました。当時、ルーベンスの工房はその規模と効率的な製作方法において際立っていたそうで、助手たちに求めたのはルーベンスの手本を参照しつつ、それを模して描くことだったようです。しかし、ほとんどの助手にとってその水準は不可能だったので、ルーベンス自身が加筆することで一定の質を保とうとしていたそうです。とは言え、顧客によっては手を加えない質が劣るものを販売したり、逆にヴァン・ダイクのような傑出した画家の場合は安心して制作を委ねていたと考えられるそうです。そうして質的な差異が生まれることもあったようですが、全体として見た時、大作や連作の注文を引き受け見事に仕上げることができたのは工房のシステムが有効に機能していた為と考えられるようでした。ここにはそうしたルーベンスとその工房の作品が並んでいました。

8 ペーテル・パウル・ルーベンス 「兄フィリプス・ルーベンスの肖像」
白い襞襟の付いた黒い服を着て、こちらを見ている男性像で、これはルーベンスの兄のフィリプスだそうです。兄フィリプスは有名な新ストア派の学者ユストゥス・リプシウスの弟子だったそうで、ルーベンスがイタリアにいた頃、兄もイタリアにいて一時期は一緒に暮らしていたこともあったそうです。2人は仲がよく、兄も優秀だったようですが若くして死んでしまったそうで、これは墓碑として描かれたのではないかとの説があるようです。精密な筆致で写実的に描かれていて、赤みがかった肌が生気を感じさせ、知的で落ち着きがあるように思いました。何故か襟の部分にしゃしゃっと描いたような線があるのが気になったかな。これについては詳細はわかりませんでした。

この近くには西洋美術館の常設にある9「眠る二人の子供」も展示されていました。この2人の子供は兄の子供らしく、兄が亡くなった年に描かれたのだとか。この先にはこの2人によく似た子供が描かれた作品もありますので、よく観ておくとよろしいかと思います。
 参考記事:国立西洋美術館の案内 (常設)

17 ペーテル・パウル・ルーベンス(工房) 「聖母子と聖エリサベツ、幼い洗礼者ヨハネ」 ★こちらで観られます
幼いキリストを抱えるマリアと、羊に乗った幼い洗礼者ヨハネ、それを支える聖エリサベツ(老いた女性の姿)が描かれている作品です。これはマリアが逃れたエジプトから戻ってきた際にヨハネたち母子のもとを訪れた場面で、人気があった絵なのかこれは工房での模写作品となっています。ヨハネが羊に乗っているのは人の罪を贖うキリストの運命を表しているとのことですが、2人の子は赤みがかった肌に血が通っている感じで、肉感的に描かれていました。構図も面白くて4人で三角形を描くような配置に見えるかな。
解説によると、このキリストの顔は先に紹介した西洋美術館所蔵の「眠る二人の子供」と同じ構図となっているそうで、反転して目を開いているものの、確かに同じ顔をしていて驚きました。また、ヨハネの方もベルリンにある油彩スケッチを元にしているらしく、そのオリジナルの写真と比べてみるとよく似ているのが分かりました。工房がルーベンスの作品を参考にしていた様子などが伺える作品です。

16 ペーテル・パウル・ルーベンス 「復活のキリスト」
これは磔刑から3日後に復活したキリストを描いた作品で、キリストは石棺の上で体を起こし、旗の棒を持っています。また、右には赤い衣の天使が白い衣を取り払い、左上では子供の天使が月桂樹の冠をかぶせようとしています。解説によると、この旗と月桂樹の冠は死への勝利を表しているそうで、キリストは神々しさと生命感溢れる肉体で描かれていました。若干ふくよかに見えるくらいかなw 色合いも力強く輝くようで、復活というテーマがよく伝わってきました。これは今回必見の作品の1つだと思います。

この隣には磔刑で死んで降架された時の姿の絵もありましたが、力ない感じで復活後の姿と対照的な雰囲気がありました。

21 ペーテル・パウル・ルーベンス 「ヘクトルを打ち倒すアキレス」 ★こちらで観られます
鎧を着て盾と槍を持った騎士が、もう1人の騎士の首を刺そうとしているシーンを描いた作品です。これはトロヤ戦争のアキレスとヘクトルの一騎打ちを題材にしているそうで、2人の間に描かれた女神ミネルワの加勢によってアキレスが打ち勝つというストーリーです。元々この作品はタペストリーのための下絵のようで、やや細部や背景はぼんやりしていましたが、2人からは緊張感を感じました。この2人の人物に関してはルーベンス自らが描いたと考えられているのだとか。

この近くいはスペイン王室の狩猟館を飾る為の連作絵画の下絵などもありました。色紙くらいの大きさですがルーベンスらしさを感じます。

25 ペーテル・パウル・ルーベンス 「アポロとダフネ」
これも小さい色紙くらいの下絵作品で、赤い衣をまとうアポロが川の神ペネウスの娘のダフネを追い回しているシーンが描かれています。これは大蛇ピュトンを倒していい気になっていたアポロが、クピド(キューピッド)の弓矢を小馬鹿にしたことにより、その報復として報われぬ恋の虜にされている状態のようです。ダフネは逃げて父に、自らの姿を変えてもらうように懇願したらしく、この絵でも両手を挙げて、その手は既に木の枝へと変わりつつありました。ちょっと恐ろしげで劇的な一枚です。

この隣にも変身物語を題材にした似た作品がありました。


ということで、長くなったので今日はこの辺にしておこうと思います。日本初公開の作品などもあり、貴重な内容となっていました。後半は若干地味めになりますが、参考になる展示となっていましたので、次回は残り半分をご紹介して参ります。

  → 後編はこちら


 参照記事:★この記事を参照している記事



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ラファエロ (感想後編)【国立西洋美術館】

今日は前回の記事に引き続き、国立西洋美術館の「ラファエロ」の後編をご紹介いたします。前編には混み具合なども記載しておりますので、前編を読まれていない方は前編から先にお読み頂けると嬉しいです。


 前編はこちら


P1090081_20130311020855.jpg


まずは概要のおさらいです。

【展覧名】
 ラファエロ

【公式サイト】
 http://raffaello2013.com/
 http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/raffaello2013.html

【会場】ラファエロ
【最寄】上野駅(JR・東京メトロ・京成)

【会期】2013年3月2日(土)~6月2日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況(日曜日13時頃です)】
 混雑_①_2_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_4_⑤_満足

【感想】
前半はフィレンツェの時代までご紹介しましたが、後半はローマ時代のラファエロと、後世への影響についてのコーナーです。3章は下階となります。


<第3章 ローマのラファエロ-教皇をとりこにした美>
ラファエロはフィレンツェにいながらキリスト教世界の中心都市ローマで働く機会を伺っていたらしく、1508年についにその機会を得ました。当時の教皇ユリウス2世は居室の装飾のため当代を代表する画家をローマに呼び寄せたそうで、その中にラファエロも加えられました。当初はチームの一員として従事していたようですが、やがて頭角を現し全体の装飾を任されることになったそうで、他にもシスティーナ礼拝堂に飾るタピスリー制作など大きなプロジェクトをいくつも行うようになっていったようです。そして大規模な工房を構え、幾つもの制作を同時に行うようになると共に、マルカントニオ・ライモンディ等の版画家を使って自らの素描を版画化していったようです。その後、教皇ユリウス2世の跡を継いだレオ10世もラファエロを重用して居室の装飾を続行させたそうで、ラファエロは1514年にはサン・ピエトロ寺院の造営主任になり、一方では古代遺跡の保護などにも携わっていたそうです。また、ヴァチカンでは多くの人文主義者と交流し、ラファエロほど貴族や学者と交流した画家はそれまでいなかったほどだったようです。
しかし、そんな栄光の中、1520年に37歳の若さで熱病によって夭折してしまい、多くの人々は哀しみに暮れたそうです。ここにはそうしたローマ時代の作品が並んでいました。

34 ラファエロ・サンティオ(原寸大下絵)/ピーテル・ファン・アールスト工房(織り) 「聖ステパノの殉教」
これは壁画のような巨大な作品で、1515年にレオ10世がラファエロに依頼したシスティーナ礼拝堂を装飾する為の聖ペトロと聖パウロを主題とした10点の連作タペストリーのカルトン(原寸大下絵)だそうです。この作品はそのうちの聖パウロに関連する5点のうちの1点で、上を向いて跪き石打ちされる聖ステパノが描かれ、その視線の先には天使がいて、右端のほうには聖パウロがそれを見守るように座っています。ステパノの背後には巨大な石を振り上げて今にも投げようとしている男たちが描かれ、そのポーズに動きを感じました。劇的で恐ろしいシーンですが、ラファエロらしい気品がどことなく漂っているように思います。
なお、ステパノはキリスト教の信仰を告白したことによって殉教した聖人で、西洋画では石打ち刑にされるシーンがよく描かれます。

30 ラファエロ・サンティオ 「ムーサの頭部」
これはやや俯いた感じの女性の顔の素描です。陰影が柔らかく、清らかな美人で髪を後ろで結っています。全体的に優美な感じなのですが、特に目と唇辺りの表現が生き生きしていているように感じました。解説によると、これはヴァチカン宮の署名の間の為に描かれた下絵のようでした。

近くには版画もありました。古代ギリシャやローマの古典を参考にしているようで、理想的な美しさを感じさせ、後の世にも影響を与えたそうです。18世紀の新古典主義の時代には手本となっていたのだとか。

38 ラファエロ・サンティオ 「友人のいる自画像」 ★こちらで観られます
後ろを振り返り前を指さす男性と、その男性の後ろに立って肩に手を置く長髪のヒゲの人物が描かれた作品です。この後ろの人物はラファエロ本人と考えられるようで、2人は仲が良さそうな感じを受けます。手前の人物は誰かわからないようですが、一番弟子とも言えるジュリオ・ロマーノとの説が近年注目されているようです。穏やかで落ち着いた雰囲気の作品でした。
なお、ラファエロはこの作品を描いた年に亡くなったそうです。絵の中でもまだ若そうなのに…。

この辺で再び上階に戻ります。階をあがるとライモンディとの共同作業による版画が何点か並んでいました。ラファエロのローマ時代の仕事は普通の人々の目に触れない所のものだったので、準備素描をライモンディ達版画家に渡して銅版画を作らせ、弟子に刷らせていたそうです。これによってラファエロの作品はヨーロッパ中に知られることとなり、版画に基づく陶器なども盛んに作られたそうです(こうした作品は展示の後のほうで出てきます) パリスの審判や神話を描いたものが並び、超精密な彫りとなっていました。

37 ラファエロ・サンティオ 「エゼキエルの幻視」 ★こちらで観られます
これは油彩で、手を広げる人物(ユピテルのようなキリスト?)を中心に、天使、ライオン、牛、鷲が描かれている作品です。背景には嵐のような雲の間から光が差し込み、神聖かつドラマティックな印象を与えてくれます。解説によると、タイトルになっているエゼキエルは紀元前579年にバビロンに捕囚されたユダヤ人で、「翼を持ち人間・ライオン・牡牛・鷲の顔をした4体の生き物が神の周りにいる」という幻視を見たそうです。そしてそれらは伝統的にマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの4人の福音書記者を表すとされているそうで、この作品ではその幻視をモチーフにしています。1枚の中で様々なものが描かれているのに絶妙に収まっていて、構図のまとまり方も面白い作品でした。


<第4章 ラファエロの継承者たち>
最後の4章はラファエロから影響を受けた者たちのコーナーです。ラファエロはローマで様々な芸術家と出会ったそうで、中でもミケランジェロは最大の存在だったようですが、次いでヴェネツィア出身のセバスティアーノ・ルチアーニも重要な存在だったそうです。ラファエロは彼を通じてヴェネツィア派の色彩や風景表現を取り入れたそうですが、逆にセバスティアーノ・ルチアーニもラファエロからの影響を受けているようです。また、ラファエロの工房は才能ある若い画家が集まっていたそうで、ラファエロは熱心に指導していたようです。弟子は成長して後にイタリアを代表する画家として活躍するものも現れ、特にジュリオ・ロマーノはマントヴァの宮廷画家を務めるほどの活躍をしたそうです。ラファエロの死後も弟子たちは師の方法を引き継いで工房を運営していったそうで、その延長線上には17世紀のルーベンスの工房などもあるとのことでした。ここにはそうしたラファエロ以降の作品が並んでいました、

45 セバスティアーノ・デル・ピオンボ(本名:セバスティアーノ・ルチアーニ) 「女性の肖像(ラ・フォルナリーナ)」
肩に毛皮を乗せてこちらを見る女性が描かれた作品です。柔らかな陰影表現が気品ある雰囲気を生んでいるように見え、これはラファエロっぽい感じを受けます。その為か、この作品は以前はラファエロの作とも考えられていたこともあるそうで、実際の作者のセバスティアーノ・ルチアーニはラファエロと隣り合う部屋の仕事をしていたこともあるそうです。(後にお互い決裂) 同時代の画家にもラファエロの影響が感じられる作品でした。

47 ジュリオ・ロマーノ(本名:ジュリオ・ピッピ) 「聖母子」
これは一番弟子と言えるジュリオ・ロマーノの作品で、右手で幼い裸のキリストを抱き、左手で本を持つマリアが描かれています。頬を寄せて微笑んでて、キリストも楽しそうな笑顔をしています。それが宗教画とは思えないほど親しみのある表情で、仲のいい親子のように見えました。肉体表現の柔らかな感じがラファエロっぽいかな。解説によると、マリアの顔もラファエロの作品に似ているとのことでした。

この近くにはカラヴァッジョの作品や、ラファエロの絵を元に作った陶器などもありました。また、部屋の中央にはペンダントやメダイヨン、皿など版画を元に絵付けした品が並んでいます。ラファエロのオリジナルと比べるとえらく稚拙な感じですが…w

57 マルカントニオ・ライモンディ 「嬰児虐殺」
これはラファエロの素描に基づいて作られた版画で、橋を背景に路上で子供を抱きかかえて逃げまわる母親たちと、剣を持って襲い掛かる兵士たちが描かれています。道には既に殺された子供も倒れていて、恐ろしい光景です。人々の表情は真に迫るものがあり、慄く母親と冷徹な兵士が印象的でした。このシーンについて特に解説はなかったですが、おそらくこれはヘロデ王が新しい王(キリスト)の誕生を恐れて行った虐殺のシーンかな。
隣にはこれを皿にした作品があり、色が付けられていました。表情や細部などは結構違いを感じますが、版画を元にしている様子がよく分かりました。


ということで、本当に充実した内容でした。これだけの作品が日本で観られるなんて、ありがたい限りです。ラファエロはやはりルネサンスで最高の画家だったんだなあとひとしきり感動してきました。
この展示は今後はますます人気が出て混雑すると思いますので、気になる方はお早めにどうぞ。私はいずれリピートしようと思います。

おまけ:
見終わった後、余韻を味わうために1200円のミニ図録も購入しました。解説はないですが、お手頃価格なのと、小さいので場所をとらないのが嬉しいですw(大きな通常の図録もあります)


 参照記事:★この記事を参照している記事




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ラファエロ (感想前編)【国立西洋美術館】

前回ご紹介した国立西洋美術館の常設を観る前に、特別展の「ラファエロ」を観てきました。メモを多めに取ってきましたので、前編・後編に分けてご紹介しようと思います。

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【展覧名】
 ラファエロ

【公式サイト】
 http://raffaello2013.com/
 http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/raffaello2013.html

【会場】ラファエロ
【最寄】上野駅(JR・東京メトロ・京成)


【会期】2013年3月2日(土)~6月2日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況(日曜日13時頃です)】
 混雑_①_2_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_4_⑤_満足

【感想】
開催2日目に行ったのですが、既に混雑していてあちこちで人だかりや列を作っていました。私が行った時は入場制限はありませんでしたが、今後はさらに混むと思います。ご興味ある方はお早めにどうぞ。

さて、今回の展示はその名の通りルネサンスの巨匠ラファエロの作品が23点も集まる展覧会で、日本で初のラファエロ展となっています。ルネサンスは苦手な私でもラファエロは別格に大好きなので、この展示を心待ちにしていました。ラファエロは非常に多くの画家たちにインスピレーションを与えた人物ですが、後世の画家で「画家・彫刻家・建築家列伝」を書いたヴァザーリは「ラファエロという人物には、優しさ、勤勉さ、美しさ、謙虚さ、品の良さを通して魂のあらゆる美点が光が輝いている」と評したそうです。展覧会ではその足跡を辿り、後世への影響まで分かる内容となっていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。


<第1章 画家への一歩>
まずは生い立ちや影響を受けた画家の作品と共に、ラファエロの初期作品を辿るコーナーです。ラファエロは1483年にウルビーノの画家で詩人のジョヴァンニ・サンティの子として産まれました。父の工房は繁盛していたようですが、8歳の時に母を亡くし、11歳の時には父も亡くなってしまいました。ラファエロの画家としての基礎は父の工房の画家に学んだという説が有力のようですが、諸説あり実際のところはよく分かっていないようです。画家としてのラファエロの名が初めて現れるのは1500年12月10日に制作された祭壇画で、トレンティーノの聖ニコラウス教会の「父なる神、聖母マリア」「天使」を制作した時のようです。これには父の作品に観られるのと同じ技法が用いられている一方、ペルジーノ(ヴァザーリの著書ではラファエロの師匠とされている)からの影響も色濃く観られるようで、ペルジーノからの影響はこの後一層顕著になっていくそうです。また、ラファエロはピントリッキオらに協力して働き腕を磨いていったそうで、ラファエロは急速に成長を遂げ、より大きな舞台を夢見るようになったそうです。ここにはそうした初期のウルビーノの時代の作品が並んでいました。

1 ラファエロ・サンティオ 「自画像」 ★こちらで観られます
こちらは後の時代の作品ですが、最初に展示されていました。20代始めの頃の自画像で、黒ベレー帽に栗色の髪のラファエロがこちらを振り返っています。中々のイケメンで、優しげな顔立ちで知的な雰囲気があります。解説によると、見た目通り慎ましく穏やかな性格で、一様に皆に褒め称えられる人物だったそうです。また、これはウルビーノの時代の後のフィレンツェ時代に、故郷に帰った際 家族かウルビーノ公爵の為に描いたと考えられるとのことでした。どこか気品のある柔らかい印象を受けました。

2 ジョヴァンニ・サンティ 「死せるキリストと天使たち」
こちらはラファエロの父の作品で、血を流すキリストと、両脇で支える羽の生えた天使が描かれています。柔らかな雰囲気や色の明るさはラファエロと共通したものを感じるかな。解説によると、この父はフランドルの画家との共同制作を通じて色彩技術に影響を受けていたそうで、フランドルとイタリア絵画が調和しているとのことでした。
なお、父はウルビーノ公に仕えた宮廷画家で、教養高く文才にも恵まれていたそうです。この父のコネクションはラファエロにも非常に有利に働いたのだとか。

3 ペルジーノ(本名:ピエトロ・ヴァンヌッチ) 「聖ユスティナ」
こちらはラファエロの父が「神のような画家」と讃えていたペルジーノの作品です。赤と緑の衣の女性(聖ユスティナ)が手を合わせて上を見ている様子が描かれていて、優美で色鮮やかな作風です。初期のラファエロはペルジーノを正確に模写していたそうで、現在でもどちらの作品か意見の別れるものもあるほどだそうです。その為か、この絵にもラファエロとの共通点があるように思えました。ラファエロのルーツを知る上で参考になる作品です。

6-8 ラファエロ・サンティオ 「父なる神、聖母マリア」「天使」
これは17歳の頃、初めて世にラファエロの名前が出た祭壇画の一部で、中央に赤い衣で王冠を手に持つ父なる神、周りの4人の天使?、その左に王冠を持つマリアの姿が描かれています。17歳で描いたとはとても思えないほど気品に満ち溢れていて、その才能に改めて驚嘆します。また、その隣にあった「天使」も清楚な雰囲気で、非常に優美で生き生きした姿でした。

この近くには短い間だけど共同制作したピントリッキオの作品もありました。

10 ラファエロ・サンティオ 「若い男の肖像」
これは赤い帽子をかぶった人物の肖像です。長い髪でやや微笑みながらこちらを見ていて、背景には風景が描かれています。ぱっと観て自画像か?と思ったのですが詳細はわかりませんでした。優しそうで男性とは思えないほどの優美さがあり、知的な雰囲気でした。

9 ラファエロ・サンティオ 「聖セバスティアヌス」
こちらは20歳前後の頃の作品の中でも評価が高い作品で、手に矢を持つ聖セバスティアヌスが描かれ、赤い服を着て胸には金色の装飾が施されています。解説によるとこの装飾の細密な描写にはピントリッキオからの影響があるそうで、構図はペルジーノに学んだものだそうです。また、手に持っている矢は聖セバスティアヌスが処刑された際にどの矢も急所に当たらなかったという奇跡にちなんだ持ち物(アトリビュート)だそうです。全体的に落ち着いた雰囲気の人物で、神々しさが表されているように思いました。また、背景には空が描かれ、明暗表現なども見事でした。


<第2章 フィレンツェのラファエロ-レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロとの出会い>
続いてはフィレンツェ時代のコーナーです。ラファエロは1504年にウルビーノの宮廷の実力者にフィレンツェ共和国の行政長官宛の紹介状を書いてもらい、フィレンツェに進出を果たしました。この頃のフィレンツェではレオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ・ブオナローティが政庁舎の壁画の注文を受けて下絵を制作していたそうで、ラファエロは2人の芸術から大きな刺激を受けました。そして、レオナルド・ダ・ヴィンチからは動き溢れる構図と陰影法、モナリザに観られる肖像画の優雅なポーズなどを学び、ミケランジェロからは男性裸体像の動きや短縮法、姿勢のヴァリエーションを学んで自分の作品に応用したようです。ラファエロはこの2人以外にも過去の芸術家や同時代のフラ・バルトロメオらの作品にも積極的学んだようですが、むやみに学ぶのではなく、自らの目的に合うものを選び、変容させることも厭わなかったようです。
ラファエロのフィレンツェ時代は主に上流貴族の注文による肖像画と聖母子像を多く制作したそうで、ウルビーノやペルージャにも足を運び、その地にも作品が残されているそうです。ここにはそうした時代の作品が展示されていました。

18 ラファエロ・サンティオ 「無口な女(ラ・ムータ)」 ★こちらで観られます
これは手を組んで座る女性の肖像で、誰しもがそのポーズを見てモナ・リザを彷彿とするんじゃないかな。口を結んでいるので無口な女と呼ばれるそうで、若干硬い表情に見えます。質素な感じの服を着ているのですが、指にはルビーとサファイアの指輪をつけていて、ルビーは15世紀、サファイアはその後の時代の流行を反映しているようでした。モデルは不明のようで、ちょっと威圧されそうな雰囲気の女性像でしたw

この近くにはウルビーノ公の妃の肖像もありました。

21 ラファエロ・サンティオ 「聖家族と仔羊」
仔羊に跨る裸の赤ん坊のキリストと、その傍らで膝をついて支えるマリア、その後ろには杖をつく養父ヨセフの姿があります。3人の配置が三角形を描くような感じで、背景には岩山や建物のある風景が広がっています。解説によると、この仔羊は犠牲の象徴らしく、その後のキリストの受難を示唆しているようです。その為かヨセフは不安そうな顔をしているように見えました。また、キリストと仔羊を組み合わせる構図はレオナルド・ダ・ヴィンチによって試みられたそうで、この作品もダ・ヴィンチの作品の何らかを参考にしているのではないかとのことでした。

この近くにはフラ・バルトロメオの作品もありました。どことなくラファエロに通じる優美さを感じます。また、ラファエロがペルージャから依頼されて描いた祭壇画などもあり、見どころとなっていました。

16 ラファエロ・サンティオ 「大公の聖母」 ★こちらで観られます
これは今回のポスターにもなっている作品で、黒を背景に、青と赤の衣のマリアが裸の赤ん坊のキリストを抱いている姿が描かれています。マリアは慈悲溢れる表情をしていて、キリストは柔らかい肉体表現で描かれしっかりと母につかまっている様子です。陰影も柔らかく緻密で、気品ある作風となっていました。解説によると、この作品のタイトルの大公とは後のトスカーナ大公(ハプスブルク家に連なる家系の人物)のことで、18世紀に亡命先に持っていくほどこの絵を大切にしていたそうで、いつも寝室に飾っていたことから名付けられたそうです。また、背景が黒一色になっているのは後世に塗りつぶされたためらしく、元々は窓が描かれていたことが調査で分かったそうです。その頃既に剥落していたようですが、ちょっと残念なエピソードです。

この近くにはこの作品のための素描も展示されていました。


ということで、長くなってきたので今日はここまでにします。日本にいながらこれだけの質・量のラファエロを観る機会は今までなかったので、非常に貴重な機会となっています。たまに美術に興味があるならこれだけは絶対に観ておけ!という展示がありますが、これはまさにそのレベルの内容です。 間違いなく今季必見の展示ですので、できるかぎり足を運ぶことをお勧めします。いい作品は前半が多かったですが、後半にも見どころがありましたので、次回は残りの展示をご紹介しようと思います。


  → 後編はこちら


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風景―国立西洋美術館素描コレクションより 【国立西洋美術館】

先週の日曜日に、国立西洋美術館に行って展示を観てきました。今日は記事を書く時間があまりなかったので、先に常設展で観た「風景―国立西洋美術館素描コレクションより」という特集展示についてご紹介しようと思います。

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【展覧名】
 風景―国立西洋美術館素描コレクションより

【公式サイト】
 http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2013landscape.html

【会場】国立西洋美術館 版画素描展示室
【最寄】上野駅(JR・東京メトロ・京成)


【会期】2013年3月2日(土)~6月2日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 0時間30分程度

【混み具合・混雑状況(日曜日16時半頃です)】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_③_4_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
お客さんは多かったですが、混んでいるというわけでもなくゆっくり観ることができました。

さて、今回の展示は国立西洋美術館のコレクションの中から、近代の画家の風景画の素描を紹介するもので、主に水彩の作品が展示されていました。それぞれの作品同士の繋がりはあまりなく、作品の主題ことに並んでいましたので、簡単に各コーナーごとに気に入った作品をご紹介しようと思います。なお、ここの常設はルールを守れば写真も撮れます(一部の作品は不可)ので、今回も写真を使っていきます。


<親密な世界 村落、庭>
まずはのどかな郊外などを描いた作品のコーナーです。

モーリス・ドニ 「レマン湖畔・トノン」
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ドニにしては実際に観たままの光景を描いたような作品。ピンクの色合いなどにドニらしい色彩感覚が表れているように思いました。

エドゥアール・ヴュイヤール 「庭」
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これは抽象画かと思いましたw ヴュイヤールは1930年代に即興的な作品をたびたび手がけていたようです。こちらもささっと描かれた感じがします。

アンドレ・デュノワイエ・ド・スゴンザック 「ギュイアンクールの風景」
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この画家は初めて知りました。水彩とは思えないほど強い色で、フォーヴなのかな?と思ったけど、解説がなく詳細は不明。どことなくセザンヌっぽさも感じました。


<山や高原の風景>
続いては山や高原を描いた作品のコーナーです。

ピエール=エルネスト・プラン 「高原の雲」
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この画家も初めて知りました。マネの友人だったそうですが、死後に急速に忘れられた画家のようです。これは雨雲かな? 地平線が低いので広々した感じを受ける一方で雲の色のせいか重々しい雰囲気があるように思いました。

この辺にはオーギュスト・エマニュエル・ポワントランという画家の作品が3枚セットで並んでいました。

<海景>
その後は海を描いた作品が並んでいました。

ポール・シニャック 「漁船」
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シニャックは新印象主義の画家で、点描で表現した人ですが、この絵もよく観ると長い棒線を使ったりして表現していました。題材や構図のせいか、水彩になってもシニャックらしさも感じます。

ポール・シニャック 「燈台」
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こちらは燈台と船が描かれ、若干色が強めですが爽やかな印象を受けました。


<異郷の風景>
こちらは異国の地で描かれた作品などが並んでいました。

ポール・ゴーガン 「マルティニック島の情景」
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異国趣味といえばやはりこの人です。扇子の形になっているのはジャポニズムからの影響のようですが、描かれている風景は草が生い茂り力強い印象でした。


<空想と幻想の世界>
最後は実景ではなく空想や幻想の風景を描いた作品のコーナーでした。

ギュスターヴ・モロー 「聖なる象(ペリ)」
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ペリというのはペルシアの聖書とも言えるものだそうで、19世紀フランスの芸術家の中では芸術的霊感源とされていたようです。色合いが幻想的で、品のある描写となっていました。

モローはもう一点ありました。

エミール=ルネ・メナール 「[水浴する女たち]のための習作」
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この人は自然主義や象徴主義の影響を融合させて独自の夢想的な風景画を数多く手がけた画家だそうです。ニンフのような女たちの入浴姿はどこか神話の中の世界のような雰囲気がありました。


ということで、小展示でしたが粒ぞろいの内容となっていました。各画家が油彩とはまた違った作風だったりするのも面白かったです。ラファエロ展と期間が同じですので、ラファエロ展に行かれる方は、常設展示も覗いてみることをお勧めします。


 参照記事:★この記事を参照している記事



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春秋ユラリ 【恵比寿界隈のお店】

前々回前回とご紹介した六本木の展示を観た後、日比谷線で恵比寿に移動して、駅の近くにある春秋ユラリというお店で夕食を摂りました。

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【店名】
 春秋ユラリ

【ジャンル】
 懐石料理

【公式サイト】
 http://www.shunju.com/ja/restaurants/ebisu/
 食べログ:http://tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13051136/
 ※営業時間・休日・地図などは公式サイトでご確認下さい。

【最寄駅】
 JR・東京メトロ 恵比寿駅

【近くの美術館】
 山種美術館
 東京都写真美術館


【この日にかかった1人の費用】
 10000円程度

【味】
 不味_1_2_3_④_5_美味

【接客・雰囲気】
 不快_1_2_3_④_5_快適

【混み具合・混雑状況(土曜日19時頃です)】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【総合満足度】
 地雷_1_2_3_④_5_名店

【感想】
意外と空いていてゆっくりと食事をすることができました。

このお店は恵比寿駅から歩いて1~2分のビルの地下にあり、「春秋」という名前で都内に4店舗あるうちの1つのようです。(他には日比谷、渋谷の文化村通り、溜池山王) 予約して行ったのですが、人気のお店のようで、ランチタイムは千円のサラダランチなどもやっていて好評を得ているそうです。

店内はこんな感じ。和食というよりは海外のお店のような洒落た雰囲気です。
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奥の方にも別の部屋があります。


夜のコースメニューは3種類あったうち、「Yurariコース」(8400円)を頼みました。しかし、ドリンクはつかないので別途注文し、私はお酒を飲まないのでキャンベルぶどうジュース(900円)にしました。
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これは赤沢産のキャンベルぶどうを搾って1年寝かせているそうです。香りがよく深みと甘みがあって非常に美味しかったので、あとでもう一杯頼みましたw これは通販とかで買えればすぐにでも買いたいレベル。

連れは白ワインを頼んでいました。(銘柄は忘れました)
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私もちょっと飲みましたがこちらも香りが良かったです。(しかし料理との相性で言えば日本酒にしておけば良かったとのこと)

前菜は2段重ねでした。
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上は蛤を使った料理。お雛様の時期だったからかな?
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下はこんな感じ。
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これはあまり記憶にないw この時はジュースが美味しいという話をしてましたw

お造りはこんな感じ。
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どれも味が深くて美味しかったです。

お椀は焼き白子と下仁田葱のスープ仕立て
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何の白子か忘れましたが、とろっとして濃厚な味で非常に美味しかったです。この日一番気に入った逸品でした。

温菜は海老芋の唐揚げにあん肝味噌をつけたもの。
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このあん肝味噌が絶品で、芋よりこっちの方が主役かもw これも美味しかったです。

魚介はこんな感じ。
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上に乗っている海老は丸ごと食べました。皮が薄くて海老好きの私には嬉しい。魚もいい塩梅で柔らかくて美味しかったです。

主菜はお肉。
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柔らかくて焼き具合も丁度良かったです。コースにお肉があると豪華な感じw

食事は蟹ご飯と味噌汁。
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味噌汁は薄味で私には上品すぎるかなw 蟹のご飯は蟹の味がして良かったです。

甘味は何と6種類も出て来ました。一番左のは流体状で、食べるのではなく飲みます。
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この中で一番の好みはロールケーキでした。まあデザートは他に比べると記憶が薄いかな。


ということで、コースを堪能してきました。意外とお腹いっぱいになって、満足な内容です。この価格帯になると期待値も高くなりますが、全体的には期待以上だったと思います。 ランチも評判なので、そのうち試してみたいと思います。



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歌舞伎-江戸の芝居小屋- (感想後編)【サントリー美術館】

今日は前回の記事に引き続き、サントリー美術館の「歌舞伎-江戸の芝居小屋-」の後編をご紹介いたします。前編には歌舞伎の歴史なども記載しておりますので、前編を読まれていない方は前編から先にお読み頂けると嬉しいです。


 前編はこちら


まずは概要のおさらいです。

【展覧名】
 歌舞伎座新開場記念展 歌舞伎-江戸の芝居小屋-

【公式サイト】
 http://www.suntory.co.jp/sma/exhibit/2013_1/index.html

【会場】サントリー美術館
【最寄】六本木駅/乃木坂駅

【会期】2013年2月6日(水)~3月31日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況(土曜日16時頃です)】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_③_4_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
1章では歌舞伎の歴史が主な内容でしたが、後半は人にフォーカスを当てた展示となっています。
まず、下階の展示室に移動すると、歌舞伎の舞台のようなセットがありました。太鼓や団扇などの道具も置かれているのですが、「かえる」という貝殻を2つこすって蛙の声に似た音を出すユニークな品も展示されています。


<第2章 歌舞伎の名優たち>
2章は歌舞伎の名優たちが描かれた作品が並ぶコーナーです。歌舞伎役者は江戸の人々の憧れの存在であり、ファッションリーダーでもあったようです。ここにはそれが伝わってくる品も展示されていました。

148 歌川国貞 「役者はんじ物 澤村宗十郎(四代目澤村宗十郎)」
頭に頭巾?をかぶっている役者を描いた作品で、役者の上には縄や上半分の馬の絵などが描かれています。これは判じ物という一種のなぞなぞのような趣向で、この絵を読み解くと澤村宗十郎という役者となるそうです(例えば馬はむまと読み、上半分なので「む」となる) 口をへの字に曲げて鋭い目つきが印象的でした。

156 三代歌川豊国
「四代目坂東彦三郎の北條四郎時政 二代目尾上菊次郎の北條息女時姫
 四代目市川鰕十郎の和田の太郎義盛 五代目市川海老蔵の悪七兵衛景清
 三代目岩井粂三郎の重忠妹氏笠 二代目市川九蔵の庄司重忠
 尾上松緑の千葉之助常胤 初代市川猿蔵の江間小四郎義時」

人を足蹴にして刀を抜く役者が中央に描かれ、周りにも武器を持った役者が描かれています。刀からは光が広がり、背景には岩戸のような感じとなっています。解説によると、これは天保の改革によって江戸を追放された五代目市川海老蔵(=七代目市川團十郎)が恩赦で江戸に戻ってきた時に描かれたものだそうで、難有御江戸景清という演目で悪七兵衛景清という役を演じているそうです。背景の岩戸は久々に戻ってきた五代目市川海老蔵を天照大御神の神話になぞらえているとのことで、その趣向が面白い作品でした。

173 三代歌川豊国 「見立三十六歌撰之内 源宗丁」
こちらは五代目岩井半四郎が演じる常磐御前(牛若丸の母)を描いた作品で、白い紙?をくわえて目を見開く姿で描かれてます。この役者は目千両と呼ばれていたそうで、その目は若干怖く見えましたが、全体的に色気ある華やかな姿をしていました。

185 月岡芳年 「雪月花の内 雪 岩倉の宗玄 尾上梅幸(五代目尾上菊五郎)」
雪の積もった庭を背景に、手を重ねて宙を見つめている上半身の着物がはだけた男を描いた作品です。目が鋭く 鶏冠のような頭で無精髭が生えている姿は、ちょっと異様な感じを受けます。解説によると、これは「姻袖鑑」という物語を題材にしているそうで、大友家の息女折琴姫の美しさに心が迷い破戒僧となった「宗玄」を演じる尾上梅幸(五代目尾上菊五郎)という役者が描かれているようです。線が強く、浮き上がるような肋骨がゴツゴツしていて、指先は爪が伸びているなど鬼気迫る迫力がありました。 なお、タイトルに雪とあるのはこの時代の役者を雪月花に見立てているためで、これはその1枚のようです。

この近くには役者たちが自ら描いた絵などが並んでいました。当時の役者たちは書画を嗜んでいたそうで、贔屓筋から頼まれると玄人はだしで絵を描いていたそうです。

186 鏑木清方 「江戸桜」
羽子板を支え棒のようにして両手を置き、座っている江戸時代の町娘を描いた作品です。羽子板には助六を演じる九代目市川團十郎が描かれていて、娘のかんざしは助六が演目中に持っている提灯と蛇の目の傘の意匠となっているそうです。これは市川團十郎の30年追悼興行の際に描かれたそうですが、歌舞伎の知識やウィットを含めつつ、清方らしい初々しさがありました。

202 鬼女 / 六代目中村歌右衛門(上)、平維茂 / 三代目市川寿海(下) 「押隈『紅葉狩』」
これは役者が舞台が終わったあとに布などに顔を押し付けて隈取を写しとった作品です。これの演目は1人の女性が前半は美しい姫君、後半は恐ろしい鬼女となるそうで、上下に各役者の顔が並んでいました。下の顔は穏やかな感じですが、上の顔はまさに鬼そのものという感じが面白かったです。このメイクは大変そう…w


<第3章 芝居を支える人々>
最後の3章は役者ではなく、観客など芝居を支える人たちのコーナーです。歌舞伎の舞台では観客は大きな役割を果たすそうで、公演中の役者への掛け声は勿論、襲名の際のバックアップや新しい意匠の手配、観客の動員など特定の役者を組織的に後援する人たちがいたそうです。こうしたファンを「贔屓連中」と呼んだそうで、江戸時代から確立されていたシステムのようです。
また、役者は当時のファッションリーダーで、その舞台衣装から影響を受けた服も流行ったそうです。ここでは贔屓の観客の様子や、流行った服の文様についての作品等も展示されていました。

207 式亭三馬/歌川国貞 「客者評判記」
これは役者の評判記を真似てパロディ化したもので、役者を贔屓している観客の評判記です。(簡単に言えば追っかけのランキングかなw) 「極上上吉 贔屓の常連 英雄」などの評価が付けられていて、「上上」や「上上吉」などのいくつかのランクがあるようでした。こちらは重版さてるほど人気を博したそうですが、今も昔も日本人はランキングや番付が好みなのかもw

218 三代歌川豊国 「市川團十郎の飴売りとつけへ兵衛 市村羽左衛門のからくり云立嘉吉市川小團次のからくり云立初だん二 坂東しうかの中居おつる」
これは三枚続の役者絵で、4人の人物が描かれていて、特に目を引くのは右に描かれた八代目市川團十郎です。袖に「ぬ」と大きく書かれた着物を着ていて、「○」と鎌(ノの字のような)と合わせて「鎌○ぬ」と呼ぶそうです。この「鎌○ぬ」は七代目市川團十郎が流行らせた模様だったようで、近くには七代目市川團十郎が所蔵した煙草入れがあり、そこにも「鎌○ぬ」紋が描かれていました。ちょっとマヌケな感じがしますが面白い模様です。

最後には歌舞伎衣装や第四期の歌舞伎座の模型、役者のおもちゃ絵などが並んでいました。

ということで、知っているようで知らなかった歌舞伎の世界に触れることが出来ました。私はまだ実際に歌舞伎を観たことがないので偉そうなことは言えませんが、歌舞伎を観る際に参考になりそうな内容でした。


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