Archive | 2013年07月
この前の日曜日に、両国の江戸東京博物館で最終日1日前となった「ファインバーグ・コレクション展 江戸絵画の奇跡」を観てきました。この展示は既に終わっていますが、見どころの多い内容となっていましたので、前編・後編に分けて振り返っておこうと思います。なお、この展示には前期・後期があり、私が観たのは後期の内容でした。

【展覧名】
ファインバーグ・コレクション展 江戸絵画の奇跡
【公式サイト】
http://edo-kiseki.jp/
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2013/05/
【会場】江戸東京博物館
【最寄】JR両国駅/大江戸線両国駅
【会期】
前期:2013年5月21日(火)~6月16日(日)
後期:2013年6月18日(火)~7月15日(月・祝)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間00分程度
【混み具合・混雑状況(日曜日14時頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_④_5_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
最終1日前に行ったため、非常に混んでいてチケットで10分くらい並びました。中に入ってからも混雑感があり、どこに行っても人だかりができるような感じでした。やはり大型展は会期末になると混む傾向があります…。
さて、今回はアメリカの個人コレクターのロバート・ファインバーグ氏と妻のベッツィー・ファインバーグ氏が1代で蒐集した江戸時代の絵画を集めた内容となっていました。ファインバーグ氏は化学者であり実業家でもあったそうで(何の会社かは分からず)、1970年代の若いころにメトロポリタン美術館で日本美術を目にして以来、日本の美術品を集めているそうです。この展覧会ではそのコレクションから93点ほどが里帰りを果たし、江戸時代の絵画が5つの流派・傾向に分けて展示されていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品を通してご紹介していこうと思います。なお、前期・後期の内容の違いについては作品リストで確認することができます。
参考リンク:作品リスト
<琳派 日本美のふるさと>
まずは尾形光琳を中心とした琳派についてのコーナーです。光琳が手本とした俵屋宗達から、光琳を私淑した江戸琳派の酒井抱一、その弟子の鈴木其一など琳派と呼ばれる優美な画風の作品が並んでいました。
参考記事:琳派芸術II (出光美術館)
1 俵屋宗達 「虎図」 ★こちらで観られます
これは自分の左前足を舐める虎が描かれた水墨の掛け軸です。ぼんやりした濃淡で毛のふわふわした感じを出している一方、近づいて観ると毛の1本1本まで細かく描かれている部分もあることに気が付きます。一見すると猫のような顔をしていて仕草も猫っぽいですが、これは当時の日本には虎がいなかったので、猫を元に想像して描いたためと思われます。恐ろしさはなくキャラクターのような愛嬌のある虎でした。
この少し先には尾形光琳の弟の尾形乾山の扇の絵などもありました。
7 酒井抱一 「柿に目白図」
元は押絵貼りの6曲1双の十二ヶ月図屏風だったものの1枚で、これは10月に相当する作品です。柿の木に赤々として丸い柿の実がたくさんなり、枝にはメジロが止まっている様子が描かれ、木や葉っぱには滲みを生かした「たらしこみ」という琳派ならではの手法が使われています。ジグザグの枝の配置や色合いが心地よく感じられ、抱一ならではの洒脱な雰囲気がありました。
この近くには抱一の弟子の作品が並び、其一などもありました。
10 鈴木其一 「群鶴図屏風」 ★こちらで観られます
これは2曲1双の屏風で、金地を背景に青々とした川が描かれ、その畔で7羽の鶴たちが休んでいる姿があります。鶴は振り返るようなポーズや地面を突く姿勢など優美な姿勢をしていて、左隻の3羽の頭が階段上に並ぶなど構図にもリズム感がありました。解説によると、群鶴図は琳派の伝統的な題材らしく、これも光琳の作品に学んで描かれているようですが、光琳と比べて自由な雰囲気があるとのことでした。
9 酒井抱一 「十二ヶ月花鳥図」
これは12幅1対(12枚セット)の掛け軸で、各幅に1ヶ月ずつ その月に応じた植物や鳥・虫などが描かれています。最も気に入ったのは5月で、赤と白の立葵と、青紫の紫陽花が描かれ、立葵にはトンボがとまっている様子が描かれています。赤・白・青の色の配置やたらしこみを使った葉っぱの色合いが良く、12ヶ月の中で一際鮮やかに見えるかな。解説によると、他の月も含めて対角線を意識した構図が多いようで、余白の使い方とともに卓越した画面構成となっていました。
<文人画 中国文化への憧れ>
続いては文人画のコーナーです。江戸時代には中国の文人画の学習が流行したそうで、明時代から清時代にかけて出版された木版の本や、長崎にやってきた人物の絵を観て学んでいたようです。その動きは初めは武家の知識人によって促されたようですが、やがて町人の池大雅や農民出身の与謝蕪村などにも受け継がれたようです。ここにはそうした画家の作品が並んでいました。
21 池大雅 「孟嘉落帽・東坡戴笠図屏風(もうからくぼう・とうぱさいりゅうずびょうぶ)」 ★こちらで観られます
これは6曲1双の水墨画で、左右で別々の場面が描かれています。左隻には飛ばされた帽子を追いかける童子と、それをかぶっていたと思われる石に腰掛ける中国人の姿が描かれています。解説によると、これは東晋時代の孟嘉(もうか)という人物の故事になぞらえたもので、人前で帽子が飛んでいってしまった際、これは失礼に当たる無作法のためそれを嘲る詩を詠まれたそうです。しかし孟嘉は見事な詩でこれに返答し、皆から感心されたというエピソードのようです。一方、右隻はその5世紀ほど後の時代の故事にちなんだ場面で、東坡という人物が農家から借りた笠を被り木の履物を履いている姿をしています。こちらも無作法にあたるようですが、2つの場面で共通しているのは無作法を意に介さない自由な精神の持ち主であるということのようでした。
絵自体は大胆な簡略化が行われ、墨の濃淡の差を強く感じられます。人物はやや大きめに描かれているせいか大らかでユーモラスな感じも受けました。題材も文人らしいと思います。
26 与謝蕪村 「寒林山水図屏風」 ★こちらで観られます
これは元は小襖に描かれていた小さな2曲の屏風です。金地に墨で山間の川辺が描かれ、右の方には小さなあずま屋があり、手前には川にかかる小さな橋を渡る人の姿もあります。結構細かいところまで描かれているけど、しんみりした雰囲気の作風かな。解説によると、与謝蕪村の山水画には、歩いたり流れたり時間の経過が読み取られるモチーフや、道、川などがよく描かれるそうです。この作品の隣にもそうした特徴が観られる作品が並び、類似点がよく分かる展示方法でした。
この辺には蘭亭曲水を描いた作品も並んでいました。私は文人画は好きではないのですが、様々な画風の作品が並んでいて見応えがありました。
参考記事:書聖 王羲之 感想後編(東京国立博物館 平成館)
39 谷文晁 「秋夜名月図」
横170cmもある横長の掛け軸で、上方に丸い月が浮かび、下方には秋草が描かれています。右上にある賛があり、そこには隅田川で観た月の美しさはこのようであったという内容が書かれているようです。また、月は輝いて見えますが、これは月の部分は白抜きになっていて、周りのほうに墨を塗って明暗をつけているようです。その為か緻密な濃淡からは、秋の空気まで伝わってきそうなくらい風情が感じられました。また、曲線が多く使われているのが優美な印象で気に入りました。解説によると、この絵は歌川広重の錦絵の画中画によく似たものがあるそうで、その画中画にある谷文晁の大きな赤い判はこの作品でも確認することができました。
41 奥原晴湖 「月下敗荷図」
これは蓮の葉を描いた作品で、かなり大胆に簡略化が行われています。荒々しく一気に描かれた感じを受け、非常に斬新な雰囲気です。近代の西洋絵画のような抽象性があり、時代を間違っているのではないかと思うほどの斬新さでした。
ということで、前半は琳派のコーナーが特に華やかだったと思います。特に酒井抱一の十二ヶ月花鳥図など、個人のコレクションであるのが驚きの作品などがありました。後半にも面白い作品がいくつもありましたので、次回は残り半分についてご紹介しようと思います。
→ 後編はこちら
参照記事:★この記事を参照している記事

【展覧名】
ファインバーグ・コレクション展 江戸絵画の奇跡
【公式サイト】
http://edo-kiseki.jp/
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2013/05/
【会場】江戸東京博物館
【最寄】JR両国駅/大江戸線両国駅
【会期】
前期:2013年5月21日(火)~6月16日(日)
後期:2013年6月18日(火)~7月15日(月・祝)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間00分程度
【混み具合・混雑状況(日曜日14時頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_④_5_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
最終1日前に行ったため、非常に混んでいてチケットで10分くらい並びました。中に入ってからも混雑感があり、どこに行っても人だかりができるような感じでした。やはり大型展は会期末になると混む傾向があります…。
さて、今回はアメリカの個人コレクターのロバート・ファインバーグ氏と妻のベッツィー・ファインバーグ氏が1代で蒐集した江戸時代の絵画を集めた内容となっていました。ファインバーグ氏は化学者であり実業家でもあったそうで(何の会社かは分からず)、1970年代の若いころにメトロポリタン美術館で日本美術を目にして以来、日本の美術品を集めているそうです。この展覧会ではそのコレクションから93点ほどが里帰りを果たし、江戸時代の絵画が5つの流派・傾向に分けて展示されていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品を通してご紹介していこうと思います。なお、前期・後期の内容の違いについては作品リストで確認することができます。
参考リンク:作品リスト
<琳派 日本美のふるさと>
まずは尾形光琳を中心とした琳派についてのコーナーです。光琳が手本とした俵屋宗達から、光琳を私淑した江戸琳派の酒井抱一、その弟子の鈴木其一など琳派と呼ばれる優美な画風の作品が並んでいました。
参考記事:琳派芸術II (出光美術館)
1 俵屋宗達 「虎図」 ★こちらで観られます
これは自分の左前足を舐める虎が描かれた水墨の掛け軸です。ぼんやりした濃淡で毛のふわふわした感じを出している一方、近づいて観ると毛の1本1本まで細かく描かれている部分もあることに気が付きます。一見すると猫のような顔をしていて仕草も猫っぽいですが、これは当時の日本には虎がいなかったので、猫を元に想像して描いたためと思われます。恐ろしさはなくキャラクターのような愛嬌のある虎でした。
この少し先には尾形光琳の弟の尾形乾山の扇の絵などもありました。
7 酒井抱一 「柿に目白図」
元は押絵貼りの6曲1双の十二ヶ月図屏風だったものの1枚で、これは10月に相当する作品です。柿の木に赤々として丸い柿の実がたくさんなり、枝にはメジロが止まっている様子が描かれ、木や葉っぱには滲みを生かした「たらしこみ」という琳派ならではの手法が使われています。ジグザグの枝の配置や色合いが心地よく感じられ、抱一ならではの洒脱な雰囲気がありました。
この近くには抱一の弟子の作品が並び、其一などもありました。
10 鈴木其一 「群鶴図屏風」 ★こちらで観られます
これは2曲1双の屏風で、金地を背景に青々とした川が描かれ、その畔で7羽の鶴たちが休んでいる姿があります。鶴は振り返るようなポーズや地面を突く姿勢など優美な姿勢をしていて、左隻の3羽の頭が階段上に並ぶなど構図にもリズム感がありました。解説によると、群鶴図は琳派の伝統的な題材らしく、これも光琳の作品に学んで描かれているようですが、光琳と比べて自由な雰囲気があるとのことでした。
9 酒井抱一 「十二ヶ月花鳥図」
これは12幅1対(12枚セット)の掛け軸で、各幅に1ヶ月ずつ その月に応じた植物や鳥・虫などが描かれています。最も気に入ったのは5月で、赤と白の立葵と、青紫の紫陽花が描かれ、立葵にはトンボがとまっている様子が描かれています。赤・白・青の色の配置やたらしこみを使った葉っぱの色合いが良く、12ヶ月の中で一際鮮やかに見えるかな。解説によると、他の月も含めて対角線を意識した構図が多いようで、余白の使い方とともに卓越した画面構成となっていました。
<文人画 中国文化への憧れ>
続いては文人画のコーナーです。江戸時代には中国の文人画の学習が流行したそうで、明時代から清時代にかけて出版された木版の本や、長崎にやってきた人物の絵を観て学んでいたようです。その動きは初めは武家の知識人によって促されたようですが、やがて町人の池大雅や農民出身の与謝蕪村などにも受け継がれたようです。ここにはそうした画家の作品が並んでいました。
21 池大雅 「孟嘉落帽・東坡戴笠図屏風(もうからくぼう・とうぱさいりゅうずびょうぶ)」 ★こちらで観られます
これは6曲1双の水墨画で、左右で別々の場面が描かれています。左隻には飛ばされた帽子を追いかける童子と、それをかぶっていたと思われる石に腰掛ける中国人の姿が描かれています。解説によると、これは東晋時代の孟嘉(もうか)という人物の故事になぞらえたもので、人前で帽子が飛んでいってしまった際、これは失礼に当たる無作法のためそれを嘲る詩を詠まれたそうです。しかし孟嘉は見事な詩でこれに返答し、皆から感心されたというエピソードのようです。一方、右隻はその5世紀ほど後の時代の故事にちなんだ場面で、東坡という人物が農家から借りた笠を被り木の履物を履いている姿をしています。こちらも無作法にあたるようですが、2つの場面で共通しているのは無作法を意に介さない自由な精神の持ち主であるということのようでした。
絵自体は大胆な簡略化が行われ、墨の濃淡の差を強く感じられます。人物はやや大きめに描かれているせいか大らかでユーモラスな感じも受けました。題材も文人らしいと思います。
26 与謝蕪村 「寒林山水図屏風」 ★こちらで観られます
これは元は小襖に描かれていた小さな2曲の屏風です。金地に墨で山間の川辺が描かれ、右の方には小さなあずま屋があり、手前には川にかかる小さな橋を渡る人の姿もあります。結構細かいところまで描かれているけど、しんみりした雰囲気の作風かな。解説によると、与謝蕪村の山水画には、歩いたり流れたり時間の経過が読み取られるモチーフや、道、川などがよく描かれるそうです。この作品の隣にもそうした特徴が観られる作品が並び、類似点がよく分かる展示方法でした。
この辺には蘭亭曲水を描いた作品も並んでいました。私は文人画は好きではないのですが、様々な画風の作品が並んでいて見応えがありました。
参考記事:書聖 王羲之 感想後編(東京国立博物館 平成館)
39 谷文晁 「秋夜名月図」
横170cmもある横長の掛け軸で、上方に丸い月が浮かび、下方には秋草が描かれています。右上にある賛があり、そこには隅田川で観た月の美しさはこのようであったという内容が書かれているようです。また、月は輝いて見えますが、これは月の部分は白抜きになっていて、周りのほうに墨を塗って明暗をつけているようです。その為か緻密な濃淡からは、秋の空気まで伝わってきそうなくらい風情が感じられました。また、曲線が多く使われているのが優美な印象で気に入りました。解説によると、この絵は歌川広重の錦絵の画中画によく似たものがあるそうで、その画中画にある谷文晁の大きな赤い判はこの作品でも確認することができました。
41 奥原晴湖 「月下敗荷図」
これは蓮の葉を描いた作品で、かなり大胆に簡略化が行われています。荒々しく一気に描かれた感じを受け、非常に斬新な雰囲気です。近代の西洋絵画のような抽象性があり、時代を間違っているのではないかと思うほどの斬新さでした。
ということで、前半は琳派のコーナーが特に華やかだったと思います。特に酒井抱一の十二ヶ月花鳥図など、個人のコレクションであるのが驚きの作品などがありました。後半にも面白い作品がいくつもありましたので、次回は残り半分についてご紹介しようと思います。
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前々回、前回と横浜美術館の展示をご紹介しましたが、その前に近くのランドマークプラザの中にある「古奈屋」といううどん屋さんでお昼を摂っていました。

【店名】
古奈屋 ランドマークプラザ店
【ジャンル】
うどん
【公式サイト】
http://konaya.ne.jp/
食べログ:http://tabelog.com/kanagawa/A1401/A140103/14000630/
※営業時間・休日・地図などは公式サイトでご確認下さい。
【最寄駅】
桜木町駅、みなとみらい駅など
【近くの美術館】
横浜美術館
横浜みなと博物館 など
【この日にかかった1人の費用】
1300円程度
【味】
不味_1_2_3_④_5_美味
【接客・雰囲気】
不快_1_2_③_4_5_快適
【混み具合・混雑状況(土曜日13時頃です)】
混雑_1_②_3_4_5_快適
【総合満足度】
地雷_1_2_3_④_5_名店
【感想】
お店の前で2~3分位待ちましたが、中に入ると混雑しているという感じはしませんでした。
さて、このお店は看板に「カレーうどん」と書いてあるくらいカレーうどんにこだわりを持っているお店らしく、巣鴨の本店の他に関東には5~6店舗くらい支店があるそうです。私は初めて知ったのですが、結構有名なお店のようで先日もテレビに出ていたそうです。
店内はこんな感じ。

うどん屋さんも最近洒落ています。
せっかくなので、カレーうどんにしようと思い、海老天カレーうどんの大盛り(1350円+100円)を頼みました。

結構まろやかで、それほど辛さはありませんでした。テーブルに辛さが調整できるように香辛料があるのでそれを適量混ぜるとまた味が変わって楽しめました。カレー自体は美味しいけど、中に具が無いのがちょっと寂しいのでトッピングをつけておいて良かったw
連れはバナナ天うどん(1250円)にしていました。バナナ天??

ちょっと貰ってバナナ天を食べたら結構甘みのあるバナナが本当に天ぷらになっていましたw カレーとの相性は他の天ぷらと比べてもそれほど優れているとは思いませんでしたが、変わった組み合わせで楽しめました。
ということで、美味しいカレーうどんを食べることができました。うどんの割に高いのでしょっちゅう食べられるわけではないですが、他には無い味だったと思います。カレーうどんが好きな人は一度試してみるのも良いかと思います。
おまけ:

2013年の9月16日まで、横浜美術館とパシフィコ横浜の展示を観た人は好きなトッピングをサービスしてくれるそうです。私は食べてから行ったので使えませんでしたが、先に展示を観た人は半券を持って行くといいかもしれません。

【店名】
古奈屋 ランドマークプラザ店
【ジャンル】
うどん
【公式サイト】
http://konaya.ne.jp/
食べログ:http://tabelog.com/kanagawa/A1401/A140103/14000630/
※営業時間・休日・地図などは公式サイトでご確認下さい。
【最寄駅】
桜木町駅、みなとみらい駅など
【近くの美術館】
横浜美術館
横浜みなと博物館 など
【この日にかかった1人の費用】
1300円程度
【味】
不味_1_2_3_④_5_美味
【接客・雰囲気】
不快_1_2_③_4_5_快適
【混み具合・混雑状況(土曜日13時頃です)】
混雑_1_②_3_4_5_快適
【総合満足度】
地雷_1_2_3_④_5_名店
【感想】
お店の前で2~3分位待ちましたが、中に入ると混雑しているという感じはしませんでした。
さて、このお店は看板に「カレーうどん」と書いてあるくらいカレーうどんにこだわりを持っているお店らしく、巣鴨の本店の他に関東には5~6店舗くらい支店があるそうです。私は初めて知ったのですが、結構有名なお店のようで先日もテレビに出ていたそうです。
店内はこんな感じ。

うどん屋さんも最近洒落ています。
せっかくなので、カレーうどんにしようと思い、海老天カレーうどんの大盛り(1350円+100円)を頼みました。

結構まろやかで、それほど辛さはありませんでした。テーブルに辛さが調整できるように香辛料があるのでそれを適量混ぜるとまた味が変わって楽しめました。カレー自体は美味しいけど、中に具が無いのがちょっと寂しいのでトッピングをつけておいて良かったw
連れはバナナ天うどん(1250円)にしていました。バナナ天??

ちょっと貰ってバナナ天を食べたら結構甘みのあるバナナが本当に天ぷらになっていましたw カレーとの相性は他の天ぷらと比べてもそれほど優れているとは思いませんでしたが、変わった組み合わせで楽しめました。
ということで、美味しいカレーうどんを食べることができました。うどんの割に高いのでしょっちゅう食べられるわけではないですが、他には無い味だったと思います。カレーうどんが好きな人は一度試してみるのも良いかと思います。
おまけ:

2013年の9月16日まで、横浜美術館とパシフィコ横浜の展示を観た人は好きなトッピングをサービスしてくれるそうです。私は食べてから行ったので使えませんでしたが、先に展示を観た人は半券を持って行くといいかもしれません。
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今日は前回の記事に引き続き、横浜美術館の「プーシキン美術館展 フランス絵画300年」の後編をご紹介いたします。前編には混み具合なども記載しておりますので、前編を読まれていない方は前編から先にお読み頂けると嬉しいです。
前編はこちら

まずは概要のおさらいです。
【展覧名】
プーシキン美術館展 フランス絵画300年
【公式サイト】
http://pushkin2013.com/
【会場】横浜美術館
【最寄】JR桜木町駅/みなとみらい線みなとみらい駅
【会期】2013年7月6日(土)~9月16日(月・祝)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間00分程度
【混み具合・混雑状況(土曜日13時半頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_4_⑤_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
前編では新古典主義やロマン主義の時代までご紹介しましたが、後半は印象派からエコールド・パリの頃の時代の作品が並んでいました。
<第3章 19世紀後半-印象主義、ポスト印象主義>
19世紀半ば頃になると、アカデミーのシステムに軋みが生じ始め、画壇への反発はやがて1874年にモネやルノワールら若い画家が企てた展覧会(第1回印象派展)へと結実し、印象派が誕生しました。そして、神話や宗教の主題から日常のモティーフへ、アトリエ制作から屋外制作へ、筆致を消した平坦な仕上げから「筆触分割」へと、主題・制作方法・表現手法など様々な変化を通じて、絵画の概念を刷新していきました。また、その後に続くセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンらポスト印象派は印象派の制作スタイルや明るい色彩を引き継ぎながら視覚的探求も進化させていったようで、ここには印象主義~ポスト印象主義の作品が並んでいました。
38 クロード・モネ 「陽だまりのライラック」 ★こちらで観られます
ピンクの花を咲かすライラックの木の下で寝そべる2人の女性が描かれた作品で、これはモネの妻と、息子ジャンの乳母の姿のようです。全体に明るめの画面で、点々とした白で光の木漏れ日が表されています。細部までは分かりませんが、光の本質を捉えた印象派らしい画風で、のんびりと明るい雰囲気となっていました。
40 ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ジャンヌ・サマリーの肖像」 ★こちらで観られます
これは今回のポスターにもなっている作品で。コメディー・フランセーズで活動した女優ジャンヌ・サマリーを正面から描いた肖像です、ピンク色を背景に、顎を手に乗せてこちらを真っ直ぐ見つめ、つぶらな瞳で微笑みを浮かべています。その背景のほんのりと燃え立つようなピンク、緑、黄色といった色が響き合って、爽やかな印象を受けます。解説によると、これはルノワールの肖像の中でもかなりの傑作と言えるようでした。今回の目玉作品です。
43 ルイジ・ロワール 「夜明けのパリ」
パリの街角とそこにある屋台のようなものが描かれた作品です。夜明けの光景のようでまだ周りは薄暗く、道は濡れて人々の姿を反射しています。店の中の灯の光が温かく、周りの湿気とともに、ちょっと寂しいような清々しいような夜明けならではの風情となっていました。
41 エドガー・ドガ 「バレエの稽古」 ★こちらで観られます
バレエの稽古場で左足を後ろに上げて前のめりになり右手を前に伸ばす踊り子達が描かれた作品です。奥にも沢山の踊り子がいて、人々の配置がリズミカルに感じられます。パステルの薄い色合いなのも軽やかで、踊り子らしい瑞瑞しさが感じられます。何故か左上に木?の円形のようなものが大きく描かれているのが大胆な印象でした。
この近くにはロートレックの下絵のような作品も並んでいました。
46 ポール・セザンヌ 「パイプをくわえた男」 ★こちらで観られます
これはセザンヌの故郷の庭師をモデルとした肖像連作の1つで、机に頬杖をつくパイプをくわえた帽子の男性が描かれています。背景にはセザンヌ夫人の肖像画の一部が画中画として描かれていて、その両者ともにやや斜めになっていて、響き合うような構図です。机は三角が組み合わされたように描かれていて、これは後のキュビスムの手法の誕生を予感させるようです。幾何学性と重めの色合いがセザンヌらしい作風となっていました。
この隣にもセザンヌの男性水浴の作品が並んでいました。
47 フィンセント・ファン・ゴッホ 「医師レーの肖像」 ★こちらで観られます
青い服を着た男性の肖像画で、この人物はゴッホが耳きり事件を起こした後に入院した病院のインターンの医師のようです。細長い筆触を並べて黄色っぽい顔や髪を表現していて、服は太目の線となっています。背景は緑に赤い点やオレンジの植物文様のようなS字が並び、全体で色が強く感じられました。解説によると、この作品は医師への感謝の気持で描いたようですが、医師は全く気に入らなかったようで鳥小屋の穴をふさぐのに使っていたという逸話もあるそうです。当時の人には新し過ぎたのかも…w しかし二束三文で売られたこの絵が後にセルゲイ・シチューキンの鋭い審美眼にとまり、彼のコレクションとなり、今ではプーシキン美術館所蔵となっているとのことでした。
49 ポール・ゴーギャン 「エイアハ・オヒパ(働くなかれ)」 ★こちらで観られます
タヒチの小屋の中、半裸の男性がタバコを手に持って座っている様子が描かれ、その背後には青い服の女性も座っていて、傍らには猫も寝ています。小屋の外は明るく描かれ、犬や森の中に佇む人の姿があり、暗い室内と対比的な明るさとなっています。タイトルがちょっと変わっていますが、これには色々解釈もあるようで、このように空想していることはタヒチでは休息であり神聖な行為とされているそうです。この絵はゴーギャンの2度めのタヒチ時代に描かれたようですが、この隣にあった1度めのタヒチ滞在時の作品と比べると色は落ち着いていて、奥行きが出ているように感じました。
この近くには大きめのドニの作品もありました。
<第4章 20世紀-フォーヴィスム、キュビスム、エコール・ド・パリ>
1905年のサロン・ドートンヌで「野獣」と批評されたフォーヴィスムは、原色を用いた奔放な色彩感覚の表現を行いました。また、1908年にピカソとブラックが創始したキュビスムは複数の視点から分解・再構築する多面的な手法で革新をもたらしたようです。 そしてこうした前衛芸術が展開する土壌となったのは芸術家のコミュニティで、モンマルトルのアトリエ 兼 住居のバトー=ラヴォワール(洗濯船)に集ったピカソやアポリネールといった若い芸術家は、互いに刺激し合い、新しい創造の芽を育んだようです。
第一次世界大戦後になるとこうした動向に触発された各国の芸術家はモンパルナスに集い、シャガールやキスリングら外国人と、彼らと近いフランス人画家からなる芸術家達を「エコール・ド・パリ」と総称し、彼らは個性に飛んだ作品を残しました。ここにはそうした20世紀初頭の先進的な作品が並んでいました。
参考記事:【番外編 フランス旅行】 パリ モンマルトル界隈
60 パブロ・ピカソ 「扇子を持つ女」
これはキュビスム初期の頃の肖像で、緑のフード?のようなものを被った黒い服の女性が、緑の扇子を持っている様子が描かれています。面をつなげて表現したような直線の多い作風でキュビスムらしさを感じる一方、まだ多面的な感じは少なく若干硬いようにも思えるかな。その後の大胆さに比べるとまだ模索中な感じを受けました。
この辺にはローランサンやキスリングの小品も1点ずつ展示されていました。
61 アンリ・ルソー 「詩人に霊感を与えるミューズ」 ★こちらで観られます
巻いた紙と羽ペンをもつ紳士(詩人のアポリネール)と、祝福のポーズをとる恋人の女性(画家のローランサン)が描かれた作品です。周りは木々が生い茂りジャングルのようで、足元には直立したカーネーションのような花(他の花と間違って認識していたらしい)が描かれています。ルソーらしい素朴さがあり、ちょっとシュールにも思える独特の味わいが面白いですw 解説によると、2人を描くためにわざわざ手足の採寸までしたそうですが、2人ともやけに太った感じに見えるのがちょっと可笑しいw 非常に個性的な作品です。
蛇足ですが、ルソーはピカソに見出された日曜画家で、洗濯船のメンバー(アポリネールやローランサン)と共に賞賛されました。
57 アンリ・マティス 「カラー、アイリス、ミモザ」
植物文様のテーブルクロスの上に置かれた花束を描いた作品で、タイトル通りの3種類の花が大胆に単純化されて描かれています。花瓶や床は緑、テーブルクロスやアイリスは青、ミモザは黄色、カーテンはピンクなど、色のコントラストが非常に強く、それが生命感や装飾性を出しているように感じられました。フォーヴィスムの手法がよく分かる作品です。
65 マルク・シャガール 「ノクターン」
赤い馬にしがみつき空を飛ぶ花嫁が描かれた作品で、背景には燭台があり画面下にはシャガールの故郷ヴィテブスクの町並みと雄鶏が描かれています。いずれもシャガールにはお馴染みのモチーフですが、全体的に深い色合いで、町並みも暗く重めな画面となっています。解説によると、この絵の少し前にシャガールはナチスによる故郷の破壊や最愛の妻ベラの死など苦難を体験したようで、この絵には故郷と妻への愛惜の念が込められているそうです。その色合いが気分を反映しているのかな? 神秘的な雰囲気のある作品でした。
最後にはレジェの大型作品もありました。
ということで、満足度の高い展示でした。特にルノワールは注目じゃないかな。絵画の歴史に沿った展示の方法も分かりやすいので、多くの人が楽しめると思います。今後はどんどん混んでいくと思いますので、ご興味ある方はお早めに足を運ばれることをお勧めします。
この後、常設も観たのですがそちらはメモを取らずに観てきたので記事は割愛します。横浜美術館の常設の写真室ではアンディ・ウォーホルやリキテンスタインの作品などもあり、そちらもだいぶ楽しめました。
おまけ:
プーシキン美術館展の解説機を返却するときに、ナレーションを担当した水谷豊 氏が「相棒」のような台詞を言っていましたw
参照記事:★この記事を参照している記事
前編はこちら

まずは概要のおさらいです。
【展覧名】
プーシキン美術館展 フランス絵画300年
【公式サイト】
http://pushkin2013.com/
【会場】横浜美術館
【最寄】JR桜木町駅/みなとみらい線みなとみらい駅
【会期】2013年7月6日(土)~9月16日(月・祝)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間00分程度
【混み具合・混雑状況(土曜日13時半頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_4_⑤_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
前編では新古典主義やロマン主義の時代までご紹介しましたが、後半は印象派からエコールド・パリの頃の時代の作品が並んでいました。
<第3章 19世紀後半-印象主義、ポスト印象主義>
19世紀半ば頃になると、アカデミーのシステムに軋みが生じ始め、画壇への反発はやがて1874年にモネやルノワールら若い画家が企てた展覧会(第1回印象派展)へと結実し、印象派が誕生しました。そして、神話や宗教の主題から日常のモティーフへ、アトリエ制作から屋外制作へ、筆致を消した平坦な仕上げから「筆触分割」へと、主題・制作方法・表現手法など様々な変化を通じて、絵画の概念を刷新していきました。また、その後に続くセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンらポスト印象派は印象派の制作スタイルや明るい色彩を引き継ぎながら視覚的探求も進化させていったようで、ここには印象主義~ポスト印象主義の作品が並んでいました。
38 クロード・モネ 「陽だまりのライラック」 ★こちらで観られます
ピンクの花を咲かすライラックの木の下で寝そべる2人の女性が描かれた作品で、これはモネの妻と、息子ジャンの乳母の姿のようです。全体に明るめの画面で、点々とした白で光の木漏れ日が表されています。細部までは分かりませんが、光の本質を捉えた印象派らしい画風で、のんびりと明るい雰囲気となっていました。
40 ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ジャンヌ・サマリーの肖像」 ★こちらで観られます
これは今回のポスターにもなっている作品で。コメディー・フランセーズで活動した女優ジャンヌ・サマリーを正面から描いた肖像です、ピンク色を背景に、顎を手に乗せてこちらを真っ直ぐ見つめ、つぶらな瞳で微笑みを浮かべています。その背景のほんのりと燃え立つようなピンク、緑、黄色といった色が響き合って、爽やかな印象を受けます。解説によると、これはルノワールの肖像の中でもかなりの傑作と言えるようでした。今回の目玉作品です。
43 ルイジ・ロワール 「夜明けのパリ」
パリの街角とそこにある屋台のようなものが描かれた作品です。夜明けの光景のようでまだ周りは薄暗く、道は濡れて人々の姿を反射しています。店の中の灯の光が温かく、周りの湿気とともに、ちょっと寂しいような清々しいような夜明けならではの風情となっていました。
41 エドガー・ドガ 「バレエの稽古」 ★こちらで観られます
バレエの稽古場で左足を後ろに上げて前のめりになり右手を前に伸ばす踊り子達が描かれた作品です。奥にも沢山の踊り子がいて、人々の配置がリズミカルに感じられます。パステルの薄い色合いなのも軽やかで、踊り子らしい瑞瑞しさが感じられます。何故か左上に木?の円形のようなものが大きく描かれているのが大胆な印象でした。
この近くにはロートレックの下絵のような作品も並んでいました。
46 ポール・セザンヌ 「パイプをくわえた男」 ★こちらで観られます
これはセザンヌの故郷の庭師をモデルとした肖像連作の1つで、机に頬杖をつくパイプをくわえた帽子の男性が描かれています。背景にはセザンヌ夫人の肖像画の一部が画中画として描かれていて、その両者ともにやや斜めになっていて、響き合うような構図です。机は三角が組み合わされたように描かれていて、これは後のキュビスムの手法の誕生を予感させるようです。幾何学性と重めの色合いがセザンヌらしい作風となっていました。
この隣にもセザンヌの男性水浴の作品が並んでいました。
47 フィンセント・ファン・ゴッホ 「医師レーの肖像」 ★こちらで観られます
青い服を着た男性の肖像画で、この人物はゴッホが耳きり事件を起こした後に入院した病院のインターンの医師のようです。細長い筆触を並べて黄色っぽい顔や髪を表現していて、服は太目の線となっています。背景は緑に赤い点やオレンジの植物文様のようなS字が並び、全体で色が強く感じられました。解説によると、この作品は医師への感謝の気持で描いたようですが、医師は全く気に入らなかったようで鳥小屋の穴をふさぐのに使っていたという逸話もあるそうです。当時の人には新し過ぎたのかも…w しかし二束三文で売られたこの絵が後にセルゲイ・シチューキンの鋭い審美眼にとまり、彼のコレクションとなり、今ではプーシキン美術館所蔵となっているとのことでした。
49 ポール・ゴーギャン 「エイアハ・オヒパ(働くなかれ)」 ★こちらで観られます
タヒチの小屋の中、半裸の男性がタバコを手に持って座っている様子が描かれ、その背後には青い服の女性も座っていて、傍らには猫も寝ています。小屋の外は明るく描かれ、犬や森の中に佇む人の姿があり、暗い室内と対比的な明るさとなっています。タイトルがちょっと変わっていますが、これには色々解釈もあるようで、このように空想していることはタヒチでは休息であり神聖な行為とされているそうです。この絵はゴーギャンの2度めのタヒチ時代に描かれたようですが、この隣にあった1度めのタヒチ滞在時の作品と比べると色は落ち着いていて、奥行きが出ているように感じました。
この近くには大きめのドニの作品もありました。
<第4章 20世紀-フォーヴィスム、キュビスム、エコール・ド・パリ>
1905年のサロン・ドートンヌで「野獣」と批評されたフォーヴィスムは、原色を用いた奔放な色彩感覚の表現を行いました。また、1908年にピカソとブラックが創始したキュビスムは複数の視点から分解・再構築する多面的な手法で革新をもたらしたようです。 そしてこうした前衛芸術が展開する土壌となったのは芸術家のコミュニティで、モンマルトルのアトリエ 兼 住居のバトー=ラヴォワール(洗濯船)に集ったピカソやアポリネールといった若い芸術家は、互いに刺激し合い、新しい創造の芽を育んだようです。
第一次世界大戦後になるとこうした動向に触発された各国の芸術家はモンパルナスに集い、シャガールやキスリングら外国人と、彼らと近いフランス人画家からなる芸術家達を「エコール・ド・パリ」と総称し、彼らは個性に飛んだ作品を残しました。ここにはそうした20世紀初頭の先進的な作品が並んでいました。
参考記事:【番外編 フランス旅行】 パリ モンマルトル界隈
60 パブロ・ピカソ 「扇子を持つ女」
これはキュビスム初期の頃の肖像で、緑のフード?のようなものを被った黒い服の女性が、緑の扇子を持っている様子が描かれています。面をつなげて表現したような直線の多い作風でキュビスムらしさを感じる一方、まだ多面的な感じは少なく若干硬いようにも思えるかな。その後の大胆さに比べるとまだ模索中な感じを受けました。
この辺にはローランサンやキスリングの小品も1点ずつ展示されていました。
61 アンリ・ルソー 「詩人に霊感を与えるミューズ」 ★こちらで観られます
巻いた紙と羽ペンをもつ紳士(詩人のアポリネール)と、祝福のポーズをとる恋人の女性(画家のローランサン)が描かれた作品です。周りは木々が生い茂りジャングルのようで、足元には直立したカーネーションのような花(他の花と間違って認識していたらしい)が描かれています。ルソーらしい素朴さがあり、ちょっとシュールにも思える独特の味わいが面白いですw 解説によると、2人を描くためにわざわざ手足の採寸までしたそうですが、2人ともやけに太った感じに見えるのがちょっと可笑しいw 非常に個性的な作品です。
蛇足ですが、ルソーはピカソに見出された日曜画家で、洗濯船のメンバー(アポリネールやローランサン)と共に賞賛されました。
57 アンリ・マティス 「カラー、アイリス、ミモザ」
植物文様のテーブルクロスの上に置かれた花束を描いた作品で、タイトル通りの3種類の花が大胆に単純化されて描かれています。花瓶や床は緑、テーブルクロスやアイリスは青、ミモザは黄色、カーテンはピンクなど、色のコントラストが非常に強く、それが生命感や装飾性を出しているように感じられました。フォーヴィスムの手法がよく分かる作品です。
65 マルク・シャガール 「ノクターン」
赤い馬にしがみつき空を飛ぶ花嫁が描かれた作品で、背景には燭台があり画面下にはシャガールの故郷ヴィテブスクの町並みと雄鶏が描かれています。いずれもシャガールにはお馴染みのモチーフですが、全体的に深い色合いで、町並みも暗く重めな画面となっています。解説によると、この絵の少し前にシャガールはナチスによる故郷の破壊や最愛の妻ベラの死など苦難を体験したようで、この絵には故郷と妻への愛惜の念が込められているそうです。その色合いが気分を反映しているのかな? 神秘的な雰囲気のある作品でした。
最後にはレジェの大型作品もありました。
ということで、満足度の高い展示でした。特にルノワールは注目じゃないかな。絵画の歴史に沿った展示の方法も分かりやすいので、多くの人が楽しめると思います。今後はどんどん混んでいくと思いますので、ご興味ある方はお早めに足を運ばれることをお勧めします。
この後、常設も観たのですがそちらはメモを取らずに観てきたので記事は割愛します。横浜美術館の常設の写真室ではアンディ・ウォーホルやリキテンスタインの作品などもあり、そちらもだいぶ楽しめました。
おまけ:
プーシキン美術館展の解説機を返却するときに、ナレーションを担当した水谷豊 氏が「相棒」のような台詞を言っていましたw
参照記事:★この記事を参照している記事
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つい昨日の土曜日に、横浜美術館で「プーシキン美術館展 フランス絵画300年」を観てきました。充実の内容でメモを多めに取ってきましたので、前編・後編に分けてご紹介しようと思います。

【展覧名】
プーシキン美術館展 フランス絵画300年
【公式サイト】
http://pushkin2013.com/
【会場】横浜美術館
【最寄】JR桜木町駅/みなとみらい線みなとみらい駅
【会期】2013年7月6日(土)~9月16日(月・祝)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間00分程度
【混み具合・混雑状況(土曜日13時半頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_4_⑤_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
始まって2週目の土曜日に行ったのですが、入場制限などはなくチケットもすんなり買えたものの、中は大混雑でどこも人が溢れている感じでした。特に3章の印象派のコーナーは映像を観た人が一気に流入するので、混雑感があったかな。会期末はもっと混むと予想されますので、これから行く予定の方は早めに行くことをお勧めします。
さて、今回はロシアの首都モスクワにあるプーシキン美術館の名品が並ぶ展覧会で、元々は2011年の春に予定されていたものが東日本大震災によって延期となり、2年の時を経てようやく実現されました。プーシキン美術館は2012年に創立100年を迎えたそうで、その成り立ちはモスクワ大学教授のイワン・ウラジミロヴィチ・ツヴェターエフによって、美術を学ぶ学生の教育助成の美術館として設立されたようです。ロシア革命の後には美術品の再分配によってサンクトペテルブルグ(ソ連時代はレニングラード)のエルミタージュ美術館から数百点の作品が移管されたそうで、1948年には国立西洋近代美術館の廃館によって、モスクワの最も優れた個人コレクションを持つセルゲイ・シチューキンとイワン・モロゾフの所蔵品の大半もプーシキン美術館に収められるようになったそうです。今回はそうした中から66点の作品が選ばれ時代順に展示されていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。
<第1章 17~18世紀-古典主義・ロココ>
まずは17世紀の頃からのコーナーです。17世紀の西洋美術はイタリアのルネサンスの伝統からドラマティックなバロック様式へと移行していたようで、各国の画家たちは当時 芸術の中心であったローマに競うように留学し、絵画技法の習得に力を入れたようです。その中でフランスの画家たちはバロックを乗り越え、より明晰で秩序のある古典主義様式を確立したようで、プッサンやロランなどはその代表的な画家と言えます。また、芸術家を育成する王立絵画・彫刻アカデミーが誕生し、アカデミー主催のサロン(官展)に入選し、会員に選出されることが画家の目標となりました。サロンは上流市民が美術を享受する場でもあり、肖像画の受容も高まっていったそうです。
その後、18世紀には優美な装飾性のロココ様式が流行したのですが、この古典主義からロココの時代のフランス絵画を愛好してロシアにもたらしたのはエカテリーナ2世やニコライ・ユスーポフ公という人物(外交官でもある)だったようです。ここにはそうした17世紀~18世紀の作品が並んでいました。
2 ニコラ・プッサン 「アモリびとを打ち破るヨシュア」 ★こちらで観られます
大画面の作品で、多くの人が剣や盾を持って戦う様子が描かれています。人々はぎっしり密集していて、剣を突き刺そうとしたり恐ろしげな表情をしたりと、ドラマチックな場面となっています。解説によると、これは旧約聖書のヨシュア記を元にしているそうで、画面左の方に剣を持って指示をするヨシュアの姿があります。また、画面の左上に太陽、右上に月が昇っていて、これは神の力を借りたヨシュアが戦いに勝つ為に太陽と月の動きを止めているそうです。そうした神話的な要素を持ちつつ、リアルな肉体表現など躍動的な雰囲気となっていました。
7 ジャン=バティスト・サンテール 「蝋燭の前の少女」
これは蝋燭の火で手紙を読む少女を描いた作品です。周りは暗く、火に照らされた少女が暗闇から浮かびあがり、少女は静かに微笑むような表情しています。その火の表現が柔らかく、安らぎを感じる温かみがありました。
3 クロード・ロラン 「アポロとマルシュアスのいる風景」
森と遠くの水辺に浮かぶ城?を背景に、人々が森の近くに集まっている様子を描いた作品です。これはギリシア神話の神々のようで、アポロとマルシュアスが竪琴の競争をして、負けたマルシュアスが木にくくりつけられ生きたまま皮を剥がされようとしています。アポロは近くの岩に座り、勝利の月桂樹の冠を後ろから被されようとしているようです。全体的に神話的な風景で、理想的風景画家と言わたロランらしい作風となっていました。なお、後にこの作品はエカテリーナ2世が購入したそうで、ロシアの力を示すためにヨーロッパ屈指のコレクションを築いたようです。
15 マルグリット・ジェラール 「猫の勝利」
赤い衣と白いサテンのスカートの女性が、白い猫を抱きかかえている様子が描かれ、その足元には白い犬が吠えています。これは犬が猫を妬んで吠えているように見えるので、このタイトルになっているようです。解説によると、この画家は17世紀オランダ画に学んだそうで、サテンの質感や調度品などにその成果が見られるようです。オランダの細密表現に比べるとぼんやりした感じもしましたが、面白い主題で気に入りました。
12 フランソワ・ブーシェ 「ユピテルとカリスト」 ★こちらで観られます
森の中で美しい2人の女性が寄り添っている様子が描かれた作品で、右の女性は頭に三日月の装飾をつけていて、この女性は女神ディアナのようです。ディアナは左の女性の顎に触れていて、こちらは従者のカリストです。しかし実はこのディアナは全能の神ユピテルが変身したもので、カリストを我が物にしようとしている場面らしく、背後に翼を広げた鷲がいるのがユピテルを暗に示しているようです。また、2人の脇には童子(プットー、キューピッドみたいな子供)が描かれ、3人で三角形の構図を描いていて、その頭上には流れるようなS字に連なる童子たちもいました。その構図の妙と、ロココ風の優美で色っぽい作風が面白く感じられました。
この近くにはつい先日に漱石展で観たグルーズの作品によく似た作品もありました。
参考記事:夏目漱石の美術世界展 感想前編(東京藝術大学大学美術館)
11 カルル・ヴァン・ロー 「ユノ」
これは薄布をまとって横たわるユピテルの妻ユノと、その脇で孔雀の首を引っ張るクピド(キューピッド)が描かれています。この3者で三角形の構図を形作っていて、安定した画面構成となっているようですが、クピドは反り返るような姿勢が躍動的で、ユノはそれを見下ろし堂々とした美しさとなっているようでした。こちらも明るく軽やかな作風で華やかな雰囲気がありました。
19 ユベール・ロベール 「ピラミッドと神殿」
手前にローマの神殿のような遺跡があり、背景にはピラミッドがそびえ立つ空想の風景を描いた作品です。ローマ風の服の人々もいて何かを話し合っているのかな。ピラミッドはやけに縦長で、人々との縮尺の比較から大きさも半端じゃなさそうですw ユベール・ロベールは廃墟の画家の異名を持っていて、この作品でも奇想の風景となっていました。
参考記事:
ユベール・ロベール-時間の庭 感想前編(国立西洋美術館)
ユベール・ロベール-時間の庭 感想後編(国立西洋美術館)
<第2章 19世紀前半-新古典主義、ロマン主義、自然主義>
18世紀末のフランス革命や1830年から始まる産業革命は市民階級の成長を促し、それは美術においても影響を与えたようで、依然として宗教画・歴史画が尊ばれる一方で、親しみやすい小ぶりな絵画が人気を集めるようになったようです。 この時代の大きな潮流としては新古典主義とロマン主義があり、そうした主義によらず人気を博したのは東方の主題だったようです。多くの画家達はエジプトやトルコを訪れて、異国趣味の絵画を描いてパリの画壇でもてはやされたそうです。ここにはそうした19世紀頃の作品が並んでいました。
31 ウジェーヌ・ドラクロワ 「難破して」 ★こちらで観られます
暗い海の中、小舟に6人の人々が描かれ、そのうち3人は倒れ、2人は1人を持ち上げている様子が描かれています。これは漂流しているらしく、死んだ人を海に投げ捨てようとしている場面だそうです。壮絶な難破の物語を思わせ、暗い海が不吉な雰囲気を出しています。解説によると、これはロマン派の詩人パイロンの長編詩を題材にしたドラクロワの「ドン・ジュリアンの難破」(ルーヴル美術館所蔵)の続編だそうで、やや粗めのタッチで嵐の様子がよく表されていました。
25 ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル 「聖杯の前の聖母」 ★こちらで観られます
これは新古典主義のアングルの作品で、後の皇帝アレクサンドル2世から注文を受けて描かれたそうです。中央に胸の前で手をあわせている聖母マリアが描かれ、その右に聖アレクサンドル・ネフスキー、左に聖ニコライが描かれ、脇の2人の聖人は注文主の守護聖人のようです。手前には中央にキリストの肉を表す丸い聖餐のパン?があり、マリアはそれを見つめていて、脇には燭台も並んでいます。くっきりとした輪郭で明暗が強く、ドラマチックな雰囲気がありました。特にマリアは一際明るく見えるかな。アングルの作品は何を観ても最高ですが、これも素晴らしい作品でした。
この近くにはアングルから影響を受けたロシアの画家の作品もありました。
27 ジャン=レオン・ジェローム 「カンダウレス王」
これはベッドで横たわる王と、その前で布を持って手を挙げる裸婦の後ろ姿が描かれています。右の方の部屋の出入り口には、それを覗き見る男の姿があり、これは古代リュディアの王、カンダウレスが王妃ルドの裸体の美しさを臣下のギュゲスに自慢したくて覗かせている場面のようです。この画家は中東の雰囲気を出した作品で人気を博したそうで、この作品でも異国情緒が漂っています。また、王妃の姿は均整が取れ、くねった体が優美で色気がありました。
近くにはドラローシュのロンドン塔に幽閉された2人の王子を描いた作品もありました。
35 ジャン=バティスト=カミーユ・コロー 「突風」
コローはバルビゾン派ですが、次の時代との橋渡し的な感じでこのコーナーに展示されていました。暗い空の下、風に揺れる大木とその脇の道で家路を急ぐ農夫が描かれた作品です。夕暮れ時らしく、嵐が迫る不安な雰囲気の空模様です。ややぼんやりとした画風ですが、一種の緊張感が感じられました。
この近くには映像でプーシキン美術館について解説していました。また、美術の歴史の年表などもあり、あまり美術史に詳しくない人にもわかりやすく説明していました。
ということで、前半から中々に見どころのある展示でした。しかしやはり人気なのはこの後の時代の作品のようでしたので、次回はそれについてご紹介しようと思います。
→ 後編はこちら
参照記事:★この記事を参照している記事

【展覧名】
プーシキン美術館展 フランス絵画300年
【公式サイト】
http://pushkin2013.com/
【会場】横浜美術館
【最寄】JR桜木町駅/みなとみらい線みなとみらい駅
【会期】2013年7月6日(土)~9月16日(月・祝)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間00分程度
【混み具合・混雑状況(土曜日13時半頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_4_⑤_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
始まって2週目の土曜日に行ったのですが、入場制限などはなくチケットもすんなり買えたものの、中は大混雑でどこも人が溢れている感じでした。特に3章の印象派のコーナーは映像を観た人が一気に流入するので、混雑感があったかな。会期末はもっと混むと予想されますので、これから行く予定の方は早めに行くことをお勧めします。
さて、今回はロシアの首都モスクワにあるプーシキン美術館の名品が並ぶ展覧会で、元々は2011年の春に予定されていたものが東日本大震災によって延期となり、2年の時を経てようやく実現されました。プーシキン美術館は2012年に創立100年を迎えたそうで、その成り立ちはモスクワ大学教授のイワン・ウラジミロヴィチ・ツヴェターエフによって、美術を学ぶ学生の教育助成の美術館として設立されたようです。ロシア革命の後には美術品の再分配によってサンクトペテルブルグ(ソ連時代はレニングラード)のエルミタージュ美術館から数百点の作品が移管されたそうで、1948年には国立西洋近代美術館の廃館によって、モスクワの最も優れた個人コレクションを持つセルゲイ・シチューキンとイワン・モロゾフの所蔵品の大半もプーシキン美術館に収められるようになったそうです。今回はそうした中から66点の作品が選ばれ時代順に展示されていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。
<第1章 17~18世紀-古典主義・ロココ>
まずは17世紀の頃からのコーナーです。17世紀の西洋美術はイタリアのルネサンスの伝統からドラマティックなバロック様式へと移行していたようで、各国の画家たちは当時 芸術の中心であったローマに競うように留学し、絵画技法の習得に力を入れたようです。その中でフランスの画家たちはバロックを乗り越え、より明晰で秩序のある古典主義様式を確立したようで、プッサンやロランなどはその代表的な画家と言えます。また、芸術家を育成する王立絵画・彫刻アカデミーが誕生し、アカデミー主催のサロン(官展)に入選し、会員に選出されることが画家の目標となりました。サロンは上流市民が美術を享受する場でもあり、肖像画の受容も高まっていったそうです。
その後、18世紀には優美な装飾性のロココ様式が流行したのですが、この古典主義からロココの時代のフランス絵画を愛好してロシアにもたらしたのはエカテリーナ2世やニコライ・ユスーポフ公という人物(外交官でもある)だったようです。ここにはそうした17世紀~18世紀の作品が並んでいました。
2 ニコラ・プッサン 「アモリびとを打ち破るヨシュア」 ★こちらで観られます
大画面の作品で、多くの人が剣や盾を持って戦う様子が描かれています。人々はぎっしり密集していて、剣を突き刺そうとしたり恐ろしげな表情をしたりと、ドラマチックな場面となっています。解説によると、これは旧約聖書のヨシュア記を元にしているそうで、画面左の方に剣を持って指示をするヨシュアの姿があります。また、画面の左上に太陽、右上に月が昇っていて、これは神の力を借りたヨシュアが戦いに勝つ為に太陽と月の動きを止めているそうです。そうした神話的な要素を持ちつつ、リアルな肉体表現など躍動的な雰囲気となっていました。
7 ジャン=バティスト・サンテール 「蝋燭の前の少女」
これは蝋燭の火で手紙を読む少女を描いた作品です。周りは暗く、火に照らされた少女が暗闇から浮かびあがり、少女は静かに微笑むような表情しています。その火の表現が柔らかく、安らぎを感じる温かみがありました。
3 クロード・ロラン 「アポロとマルシュアスのいる風景」
森と遠くの水辺に浮かぶ城?を背景に、人々が森の近くに集まっている様子を描いた作品です。これはギリシア神話の神々のようで、アポロとマルシュアスが竪琴の競争をして、負けたマルシュアスが木にくくりつけられ生きたまま皮を剥がされようとしています。アポロは近くの岩に座り、勝利の月桂樹の冠を後ろから被されようとしているようです。全体的に神話的な風景で、理想的風景画家と言わたロランらしい作風となっていました。なお、後にこの作品はエカテリーナ2世が購入したそうで、ロシアの力を示すためにヨーロッパ屈指のコレクションを築いたようです。
15 マルグリット・ジェラール 「猫の勝利」
赤い衣と白いサテンのスカートの女性が、白い猫を抱きかかえている様子が描かれ、その足元には白い犬が吠えています。これは犬が猫を妬んで吠えているように見えるので、このタイトルになっているようです。解説によると、この画家は17世紀オランダ画に学んだそうで、サテンの質感や調度品などにその成果が見られるようです。オランダの細密表現に比べるとぼんやりした感じもしましたが、面白い主題で気に入りました。
12 フランソワ・ブーシェ 「ユピテルとカリスト」 ★こちらで観られます
森の中で美しい2人の女性が寄り添っている様子が描かれた作品で、右の女性は頭に三日月の装飾をつけていて、この女性は女神ディアナのようです。ディアナは左の女性の顎に触れていて、こちらは従者のカリストです。しかし実はこのディアナは全能の神ユピテルが変身したもので、カリストを我が物にしようとしている場面らしく、背後に翼を広げた鷲がいるのがユピテルを暗に示しているようです。また、2人の脇には童子(プットー、キューピッドみたいな子供)が描かれ、3人で三角形の構図を描いていて、その頭上には流れるようなS字に連なる童子たちもいました。その構図の妙と、ロココ風の優美で色っぽい作風が面白く感じられました。
この近くにはつい先日に漱石展で観たグルーズの作品によく似た作品もありました。
参考記事:夏目漱石の美術世界展 感想前編(東京藝術大学大学美術館)
11 カルル・ヴァン・ロー 「ユノ」
これは薄布をまとって横たわるユピテルの妻ユノと、その脇で孔雀の首を引っ張るクピド(キューピッド)が描かれています。この3者で三角形の構図を形作っていて、安定した画面構成となっているようですが、クピドは反り返るような姿勢が躍動的で、ユノはそれを見下ろし堂々とした美しさとなっているようでした。こちらも明るく軽やかな作風で華やかな雰囲気がありました。
19 ユベール・ロベール 「ピラミッドと神殿」
手前にローマの神殿のような遺跡があり、背景にはピラミッドがそびえ立つ空想の風景を描いた作品です。ローマ風の服の人々もいて何かを話し合っているのかな。ピラミッドはやけに縦長で、人々との縮尺の比較から大きさも半端じゃなさそうですw ユベール・ロベールは廃墟の画家の異名を持っていて、この作品でも奇想の風景となっていました。
参考記事:
ユベール・ロベール-時間の庭 感想前編(国立西洋美術館)
ユベール・ロベール-時間の庭 感想後編(国立西洋美術館)
<第2章 19世紀前半-新古典主義、ロマン主義、自然主義>
18世紀末のフランス革命や1830年から始まる産業革命は市民階級の成長を促し、それは美術においても影響を与えたようで、依然として宗教画・歴史画が尊ばれる一方で、親しみやすい小ぶりな絵画が人気を集めるようになったようです。 この時代の大きな潮流としては新古典主義とロマン主義があり、そうした主義によらず人気を博したのは東方の主題だったようです。多くの画家達はエジプトやトルコを訪れて、異国趣味の絵画を描いてパリの画壇でもてはやされたそうです。ここにはそうした19世紀頃の作品が並んでいました。
31 ウジェーヌ・ドラクロワ 「難破して」 ★こちらで観られます
暗い海の中、小舟に6人の人々が描かれ、そのうち3人は倒れ、2人は1人を持ち上げている様子が描かれています。これは漂流しているらしく、死んだ人を海に投げ捨てようとしている場面だそうです。壮絶な難破の物語を思わせ、暗い海が不吉な雰囲気を出しています。解説によると、これはロマン派の詩人パイロンの長編詩を題材にしたドラクロワの「ドン・ジュリアンの難破」(ルーヴル美術館所蔵)の続編だそうで、やや粗めのタッチで嵐の様子がよく表されていました。
25 ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル 「聖杯の前の聖母」 ★こちらで観られます
これは新古典主義のアングルの作品で、後の皇帝アレクサンドル2世から注文を受けて描かれたそうです。中央に胸の前で手をあわせている聖母マリアが描かれ、その右に聖アレクサンドル・ネフスキー、左に聖ニコライが描かれ、脇の2人の聖人は注文主の守護聖人のようです。手前には中央にキリストの肉を表す丸い聖餐のパン?があり、マリアはそれを見つめていて、脇には燭台も並んでいます。くっきりとした輪郭で明暗が強く、ドラマチックな雰囲気がありました。特にマリアは一際明るく見えるかな。アングルの作品は何を観ても最高ですが、これも素晴らしい作品でした。
この近くにはアングルから影響を受けたロシアの画家の作品もありました。
27 ジャン=レオン・ジェローム 「カンダウレス王」
これはベッドで横たわる王と、その前で布を持って手を挙げる裸婦の後ろ姿が描かれています。右の方の部屋の出入り口には、それを覗き見る男の姿があり、これは古代リュディアの王、カンダウレスが王妃ルドの裸体の美しさを臣下のギュゲスに自慢したくて覗かせている場面のようです。この画家は中東の雰囲気を出した作品で人気を博したそうで、この作品でも異国情緒が漂っています。また、王妃の姿は均整が取れ、くねった体が優美で色気がありました。
近くにはドラローシュのロンドン塔に幽閉された2人の王子を描いた作品もありました。
35 ジャン=バティスト=カミーユ・コロー 「突風」
コローはバルビゾン派ですが、次の時代との橋渡し的な感じでこのコーナーに展示されていました。暗い空の下、風に揺れる大木とその脇の道で家路を急ぐ農夫が描かれた作品です。夕暮れ時らしく、嵐が迫る不安な雰囲気の空模様です。ややぼんやりとした画風ですが、一種の緊張感が感じられました。
この近くには映像でプーシキン美術館について解説していました。また、美術の歴史の年表などもあり、あまり美術史に詳しくない人にもわかりやすく説明していました。
ということで、前半から中々に見どころのある展示でした。しかしやはり人気なのはこの後の時代の作品のようでしたので、次回はそれについてご紹介しようと思います。
→ 後編はこちら
参照記事:★この記事を参照している記事
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前回ご紹介した上野の展示を観た後、銀座に買い物に行くついでに有楽町駅近くのカフェでお茶して来ました。

【店名】
アリスカフェ
【ジャンル】
カフェ・レストラン
【公式サイト】
http://www.towafood-net.co.jp/duckyduck/tabid/81/Default.aspx
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13132586/
※営業時間・休日・地図などは公式サイトでご確認下さい。
【最寄駅】
有楽町駅、銀座一丁目駅、銀座駅など
【近くの美術館】
出光美術館など
【この日にかかった1人の費用】
1100円程度
【味】
不味_1_2_3_④_5_美味
【接客・雰囲気】
不快_1_2_3_④_5_快適
【混み具合・混雑状況(土曜日17時頃です)】
混雑_1_②_3_4_5_快適
【総合満足度】
地雷_1_2_3_④_5_名店
【感想】
結構混んでいて、お店の前で5分くらい待ちました。ここはいつも混んでいるイメージがあります。
さて、このお店は以前ご紹介した「珈琲茶館 集」や「椿屋珈琲店」と同じく有楽町駅前のイトシアの中にあります。その2つのお店と同じフロアなので、このお店も前々から入ってみたいと思っていました。中の写真は撮り忘れましたが、名前からのイメージの通り可憐な雰囲気の内装でした。
参考記事:
珈琲茶館 集 イトシアプラザ有楽町店 (有楽町界隈のお店)
椿屋珈琲店 有楽町茶寮 (有楽町界隈のお店)
この日はミックスベリーのタルト(600円)とセットでアイスコーヒー(530円)を頼みました。
まずはミックスベリーのタルト。

甘すぎず、ちょっと酸味の効いたベリー系の味が合っていて好みの味でした。これは満足。
こちらはアイスコーヒー。

ちょっと苦めで、焙煎した香りの膨らみがありました。見た目より重厚で美味しかったです。
連れはマスクメロンのタルト(650円)とセットで紅茶(530円)を頼んでいました。
まずはタルト。ちょっとだけ分けてもらいました。

乗っているメロンはそれほど甘くなかったですが、爽やかでした。
こちらは紅茶。

これはダージリンかな。結構苦めでした。砂時計を忘れて長く出し過ぎたせいかもw
ということで、イトシアのカフェはどれも混んでいますが、いずれも使いやすいと思います。このお店もタルトが美味しかったので、また行ってみたいと思います。銀座と有楽町の間にあるのも便利です。

【店名】
アリスカフェ
【ジャンル】
カフェ・レストラン
【公式サイト】
http://www.towafood-net.co.jp/duckyduck/tabid/81/Default.aspx
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13132586/
※営業時間・休日・地図などは公式サイトでご確認下さい。
【最寄駅】
有楽町駅、銀座一丁目駅、銀座駅など
【近くの美術館】
出光美術館など
【この日にかかった1人の費用】
1100円程度
【味】
不味_1_2_3_④_5_美味
【接客・雰囲気】
不快_1_2_3_④_5_快適
【混み具合・混雑状況(土曜日17時頃です)】
混雑_1_②_3_4_5_快適
【総合満足度】
地雷_1_2_3_④_5_名店
【感想】
結構混んでいて、お店の前で5分くらい待ちました。ここはいつも混んでいるイメージがあります。
さて、このお店は以前ご紹介した「珈琲茶館 集」や「椿屋珈琲店」と同じく有楽町駅前のイトシアの中にあります。その2つのお店と同じフロアなので、このお店も前々から入ってみたいと思っていました。中の写真は撮り忘れましたが、名前からのイメージの通り可憐な雰囲気の内装でした。
参考記事:
珈琲茶館 集 イトシアプラザ有楽町店 (有楽町界隈のお店)
椿屋珈琲店 有楽町茶寮 (有楽町界隈のお店)
この日はミックスベリーのタルト(600円)とセットでアイスコーヒー(530円)を頼みました。
まずはミックスベリーのタルト。

甘すぎず、ちょっと酸味の効いたベリー系の味が合っていて好みの味でした。これは満足。
こちらはアイスコーヒー。

ちょっと苦めで、焙煎した香りの膨らみがありました。見た目より重厚で美味しかったです。
連れはマスクメロンのタルト(650円)とセットで紅茶(530円)を頼んでいました。
まずはタルト。ちょっとだけ分けてもらいました。

乗っているメロンはそれほど甘くなかったですが、爽やかでした。
こちらは紅茶。

これはダージリンかな。結構苦めでした。砂時計を忘れて長く出し過ぎたせいかもw
ということで、イトシアのカフェはどれも混んでいますが、いずれも使いやすいと思います。このお店もタルトが美味しかったので、また行ってみたいと思います。銀座と有楽町の間にあるのも便利です。
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今日は前回の記事に引き続き、東京藝術大学大学美術館の「夏目漱石の美術世界展」の後編をご紹介いたします。前編には漱石の文学作品に登場する絵画も紹介しておりますので、前編を読まれていない方は前編から先にお読み頂けると嬉しいです。
前編はこちら

まずは概要のおさらいです。
【展覧名】
夏目漱石の美術世界展
【公式サイト】
http://www.tokyo-np.co.jp/event/soseki/
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2013/soseki/soseki_ja.htm
【会場】東京藝術大学大学美術館
【最寄】上野駅(JR・東京メトロ・京成)など
【会期】2013年5月14日(火)~ 7月7日(日)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間30分程度
【混み具合・混雑状況(日曜日14時半頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_④_5_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
前回は上階(3F)の内容についてご紹介しましたが、今日は残りの下階(地下)の展示について書いていきます。
<第4章 漱石と同時代美術>
漱石は「芸術は自己の表現に始まって自己の表現で終わるものである」という名言を残していて、他人の評価に必要以上に左右されず、徹底して自己に向き合いその苦しみに耐えることを求めていたそうです。その為か、黒田清輝や和田英作ら画壇の重鎮には相当に手厳しく批評する一方で、青木繁や坂本繁二郎といった個性的な若手には好意的な批評をしていたようです。ここには漱石が観て批評した第6回文展の作品や、同時期に訪れた第1回ヒュウザン会(後にフュウザン会)の作品などが展示されていました。
4-1 夏目漱石 「『文展と芸術』原稿」
これは「文展と芸術」という展覧会の批評を行った本の原稿です。先ほどの「芸術は自己の~」の文言が冒頭に書かれていて、漱石の考える芸術のあり方を端的に示しているように思えます。この後に出てくる批評もこの考えに沿っている感じがするので、結構硬い信念だったのかな。
4-7 松岡映丘 「宇治の宮の姫君たち」
これは第6回文展に出品された、源氏物語を題材にした6曲1隻(元は1双)の屏風です。月の浮かぶ貴族の邸宅の廊下で、烏帽子の男性が座ってハラハラと舞う花と月を見ているようです。その背後にはそっと戸を開けてそれを伺う十二単の女性の姿があります。画面には静けさが漂い 詩情溢れる雰囲気で、物語性ともののあはれのようなものを感じさせました。解説によると、漱石の「文展と芸術」では第6回文展の多くの作品について言及しているようですが、触れられなかったものの中には今日では重要作と位置づけられているものも少なくないそうで、この作品もその1つのようです。私にはこれは大和絵の革新に思えるのですが、漱石にはそうは映らなかったのかな? どう考えていたのか知りたいところです…。
4-14 坂本繁二郎 「うすれ日」
広々とした野山を背景に横向きの牛が描かれた作品で、牛はやや頭を下げていて、白黒のぶちがあります。漱石はこれを観て、白黒のぶちは嫌いだし背景にも何の詩興も催さないものの、絵に奥行きがあり、それは牛が寂莫として野原に立っている姿から来ると評したです。さらに、「牛は沈んでいる。もっと鋭く言えば何かを考えている」と言ったそうで、たしかにポツンと静かに佇む様子は何か思案しているように見えるような気がするかな。全体的な色合いは幻想的で、繁二郎らしい作風だと思います。
この少し先には横向きの女性を描いた黒田清輝の作品がありました。これについては品位ある絵としながらも、それ以上のものは感じないと結構厳しい評価のようでした。
4-23 岸田劉生 「画家の妻」 ★こちらで観られます
これは岸田劉生の奥さんを横向きの姿で描いた作品で、胸の前で指をつまんでいるように見えます。細部まで重厚かつ精密に描かれていて、デューラーなどからの影響を感じるかな。解説によると、漱石は岸田劉生らの第1回ヒュウザン会の展示にも足を向けたようですが、そこでの批評は無いとのことでした。これも良い作品だと思うけど、漱石にはどう映ったのかな??
参考記事:没後80年 岸田劉生 -肖像画をこえて (損保ジャパン東郷青児美術館)
4-10 横山大観 「瀟湘八景」
白い雪の積もった山の下に、釣り竿を持った帽子の人物とお供らしき人が描かれた掛け軸です。どっしりとしてちょっと重い色合いの雪とぽつんとした人影のためかやや寂しげに観えるかな。解説によると、漱石はこれを近代的なものとして褒めていたそうです。大観には好意的のようです。
この作品の隣には当時の展覧会と同じように寺崎広業の同名の作品も展示されていました。
<第5章 親交の画家たち>
続いての5章は同時代の画家たちとの交流についてのコーナーです。漱石は一時期 共同生活していた正岡子規(歌人/文学家)や、早くから親交のあった浅井忠や中村不折などと関わりがあり、漱石の小説の挿絵を描いた樋口五葉とは五葉が東京美術学校にいた時代から親しかったそうです。また、五葉の後に挿絵を担当した津田青楓との出会いがきっかけで自身も絵を描くようになるなど、周りには多くの芸術家がいたようです。ここにはそうした周辺の人物の作品が紹介されていました。
5-2 浅井忠 「収穫」 ★こちらで観られます
農作業をする3人の男女を描いた作品で、背景はたくさんの積まれた藁が描かれ全体的に黄土色っぽい画面となっています。重厚な印象で似た色が多いですが、巧みな描写によって陰影が表され、黙々と働く姿からは農夫たちへの敬意が込められているように思えました。解説によると、漱石はロンドン留学中にパリにいた浅井忠とお互いの下宿を行き来する仲だったそうです。後の「三四郎」には浅井忠をモデルにした深見画伯として登場するとのことでした。
この近くには橋口五葉の作品が並び、雑誌「ホトトギス」の表紙なども手がけているようでした。
5-8 橋口五葉 「孔雀と印度女」 ★こちらで観られます
大きな油彩の屏風?作品で、金地を背景に石のベンチのような所に腰掛ける 片胸を顕にしたサリーの女性が描かれています。その近くには2羽の孔雀も描かれていて、装飾的な羽は緻密に表現されています。これは想像上の風景とのことですが、写実的で陰影が強く、洋画のような日本画のような独特な作風となっていました。ちょっと濃厚な感じがするかな。解説によると、これは1907年の東京勧業博覧会で2等となったとのことです。
5-23 津田青楓 「少女(夏目愛子像)」
これは漱石の4女の肖像画で、赤いドレスを着た黒髪の姿で描かれています。頬が赤くニコニコしていて親しみが感じられ、やや素朴で簡素な感じの画風となっていました。解説によると、漱石は津田を色彩の感じの豊富な人と褒める一方で、自分の好きではない色をごてごてと使うのには辟易するとも批判していたようです。(この作品自体は漱石の死後に描かれているので、この絵について言っているわけではなさそうです)
この近くには津田の南画のような作品もありました。
<第6章 漱石自筆の作品>
続いては漱石自身による絵画のコーナーです。漱石は明治末年にフランス帰りの津田青楓と付き合うようになってから自らも絵を描くようになったそうで、生涯に1枚で良いから人が見てありがたい心持ちのするような絵を描いてみたいと言っていたそうです。一方で、文展の日本画みたいなものは書きたくないとも言っていたようです。ここには漱石の作品が並び、主に南画風の作風となっていました。
6-8 夏目漱石 「一路万松図」
これは掛け軸で、ジグザグの道と両脇の松が縦に伸び、その周りは雲海のようになっている光景が描かれています。やや素朴な印象を受けますが、丁寧に細かく描かれていて南画のような画風です。解説によると、漱石はこの絵を自らしきりに感心していたようで、お気に入りの作品だったようです。テクニック的なものは感じませんが、素人としては結構上手いのではないかと思います。
6-13 夏目漱石 「竹図」
これは竹を描いた水墨の掛け軸で、松山藩の蔵沢という江戸時代の画家を手本に描いているそうです。竹というよりは骨の継ぎ目のような感じに見えましたが、濃淡で表現するなど作品へのこだわりや美意識を感じさせました。
この近くには漱石による書もありました。字は流麗で達筆な印象を受けます。また、「こころ」の原稿などもありました。
<第7章 装幀と挿画>
最後の章は装幀と挿絵についてのコーナーです。漱石の本の装幀は主に3つの時期に分けられるそうで、デビュー作の「吾輩は猫である」から「門」までは橋口五葉、その後の「こころ」と「硝子戸の中」は漱石自身による装幀、「道草」や「明暗」など晩年の作品は津田青楓が手がけたようです。それぞれ作風は異なり、まず最初の五葉は意匠も作風も変化に富んでいるようですが、調和と雅趣を失わず、装幀の世界に一時代を画したそうです。漱石自身の装幀も名装幀と言えるものらしく、青楓の装幀は奇をてらうことのない地味ながら品の良い装幀となっているそうです。ここにはそうした装幀が施された本や原画が並んでいました。
7-3 橋口五葉 「『吾輩ハ猫デアル』下編 装幀画稿」 ★こちらで観られます
これは「吾輩は猫である」の装幀の下絵です。猫というよりは黒い犬みたいに見えるような…w 伝統的な漢字の字体とアール・ヌーヴォーを思わせる花の装飾が交じり合い、瀟洒な印象の装幀となっていました。これは当時話題となったのも頷ける出来栄えです。
この辺には橋口五葉が手がけた装幀の本が並んでいました。華やかさと落ち着きが同居しているものが多く、好みです。「虞美人草」や「吾輩は猫である」の画稿もたくさん並び、入念な準備の様子が伺えました。
7-27 夏目漱石 「『こゝろ』装幀原画」
これは「こころ」の装幀の原画で、唐時代の石碑の文字が表紙を飾っています。その文字の持つ荘厳さや侘びた感じが素晴らしく、色合いと共に名著に相応しいものとなっていました。これは確かに傑作と言える装幀です。
展覧会の最後には漱石のデスマスクも展示されていました。
ということで、夏目漱石と美術の関わりについて詳しく知ることができる展示でした。本当に美術に造形が深かったことが伺われ、独特の美意識を垣間見ることができたと思います。もう終わってしまいましたが、参考になりました。久々に漱石の小説が読みたくなったかなw
参照記事:★この記事を参照している記事
前編はこちら

まずは概要のおさらいです。
【展覧名】
夏目漱石の美術世界展
【公式サイト】
http://www.tokyo-np.co.jp/event/soseki/
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2013/soseki/soseki_ja.htm
【会場】東京藝術大学大学美術館
【最寄】上野駅(JR・東京メトロ・京成)など
【会期】2013年5月14日(火)~ 7月7日(日)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間30分程度
【混み具合・混雑状況(日曜日14時半頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_④_5_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
前回は上階(3F)の内容についてご紹介しましたが、今日は残りの下階(地下)の展示について書いていきます。
<第4章 漱石と同時代美術>
漱石は「芸術は自己の表現に始まって自己の表現で終わるものである」という名言を残していて、他人の評価に必要以上に左右されず、徹底して自己に向き合いその苦しみに耐えることを求めていたそうです。その為か、黒田清輝や和田英作ら画壇の重鎮には相当に手厳しく批評する一方で、青木繁や坂本繁二郎といった個性的な若手には好意的な批評をしていたようです。ここには漱石が観て批評した第6回文展の作品や、同時期に訪れた第1回ヒュウザン会(後にフュウザン会)の作品などが展示されていました。
4-1 夏目漱石 「『文展と芸術』原稿」
これは「文展と芸術」という展覧会の批評を行った本の原稿です。先ほどの「芸術は自己の~」の文言が冒頭に書かれていて、漱石の考える芸術のあり方を端的に示しているように思えます。この後に出てくる批評もこの考えに沿っている感じがするので、結構硬い信念だったのかな。
4-7 松岡映丘 「宇治の宮の姫君たち」
これは第6回文展に出品された、源氏物語を題材にした6曲1隻(元は1双)の屏風です。月の浮かぶ貴族の邸宅の廊下で、烏帽子の男性が座ってハラハラと舞う花と月を見ているようです。その背後にはそっと戸を開けてそれを伺う十二単の女性の姿があります。画面には静けさが漂い 詩情溢れる雰囲気で、物語性ともののあはれのようなものを感じさせました。解説によると、漱石の「文展と芸術」では第6回文展の多くの作品について言及しているようですが、触れられなかったものの中には今日では重要作と位置づけられているものも少なくないそうで、この作品もその1つのようです。私にはこれは大和絵の革新に思えるのですが、漱石にはそうは映らなかったのかな? どう考えていたのか知りたいところです…。
4-14 坂本繁二郎 「うすれ日」
広々とした野山を背景に横向きの牛が描かれた作品で、牛はやや頭を下げていて、白黒のぶちがあります。漱石はこれを観て、白黒のぶちは嫌いだし背景にも何の詩興も催さないものの、絵に奥行きがあり、それは牛が寂莫として野原に立っている姿から来ると評したです。さらに、「牛は沈んでいる。もっと鋭く言えば何かを考えている」と言ったそうで、たしかにポツンと静かに佇む様子は何か思案しているように見えるような気がするかな。全体的な色合いは幻想的で、繁二郎らしい作風だと思います。
この少し先には横向きの女性を描いた黒田清輝の作品がありました。これについては品位ある絵としながらも、それ以上のものは感じないと結構厳しい評価のようでした。
4-23 岸田劉生 「画家の妻」 ★こちらで観られます
これは岸田劉生の奥さんを横向きの姿で描いた作品で、胸の前で指をつまんでいるように見えます。細部まで重厚かつ精密に描かれていて、デューラーなどからの影響を感じるかな。解説によると、漱石は岸田劉生らの第1回ヒュウザン会の展示にも足を向けたようですが、そこでの批評は無いとのことでした。これも良い作品だと思うけど、漱石にはどう映ったのかな??
参考記事:没後80年 岸田劉生 -肖像画をこえて (損保ジャパン東郷青児美術館)
4-10 横山大観 「瀟湘八景」
白い雪の積もった山の下に、釣り竿を持った帽子の人物とお供らしき人が描かれた掛け軸です。どっしりとしてちょっと重い色合いの雪とぽつんとした人影のためかやや寂しげに観えるかな。解説によると、漱石はこれを近代的なものとして褒めていたそうです。大観には好意的のようです。
この作品の隣には当時の展覧会と同じように寺崎広業の同名の作品も展示されていました。
<第5章 親交の画家たち>
続いての5章は同時代の画家たちとの交流についてのコーナーです。漱石は一時期 共同生活していた正岡子規(歌人/文学家)や、早くから親交のあった浅井忠や中村不折などと関わりがあり、漱石の小説の挿絵を描いた樋口五葉とは五葉が東京美術学校にいた時代から親しかったそうです。また、五葉の後に挿絵を担当した津田青楓との出会いがきっかけで自身も絵を描くようになるなど、周りには多くの芸術家がいたようです。ここにはそうした周辺の人物の作品が紹介されていました。
5-2 浅井忠 「収穫」 ★こちらで観られます
農作業をする3人の男女を描いた作品で、背景はたくさんの積まれた藁が描かれ全体的に黄土色っぽい画面となっています。重厚な印象で似た色が多いですが、巧みな描写によって陰影が表され、黙々と働く姿からは農夫たちへの敬意が込められているように思えました。解説によると、漱石はロンドン留学中にパリにいた浅井忠とお互いの下宿を行き来する仲だったそうです。後の「三四郎」には浅井忠をモデルにした深見画伯として登場するとのことでした。
この近くには橋口五葉の作品が並び、雑誌「ホトトギス」の表紙なども手がけているようでした。
5-8 橋口五葉 「孔雀と印度女」 ★こちらで観られます
大きな油彩の屏風?作品で、金地を背景に石のベンチのような所に腰掛ける 片胸を顕にしたサリーの女性が描かれています。その近くには2羽の孔雀も描かれていて、装飾的な羽は緻密に表現されています。これは想像上の風景とのことですが、写実的で陰影が強く、洋画のような日本画のような独特な作風となっていました。ちょっと濃厚な感じがするかな。解説によると、これは1907年の東京勧業博覧会で2等となったとのことです。
5-23 津田青楓 「少女(夏目愛子像)」
これは漱石の4女の肖像画で、赤いドレスを着た黒髪の姿で描かれています。頬が赤くニコニコしていて親しみが感じられ、やや素朴で簡素な感じの画風となっていました。解説によると、漱石は津田を色彩の感じの豊富な人と褒める一方で、自分の好きではない色をごてごてと使うのには辟易するとも批判していたようです。(この作品自体は漱石の死後に描かれているので、この絵について言っているわけではなさそうです)
この近くには津田の南画のような作品もありました。
<第6章 漱石自筆の作品>
続いては漱石自身による絵画のコーナーです。漱石は明治末年にフランス帰りの津田青楓と付き合うようになってから自らも絵を描くようになったそうで、生涯に1枚で良いから人が見てありがたい心持ちのするような絵を描いてみたいと言っていたそうです。一方で、文展の日本画みたいなものは書きたくないとも言っていたようです。ここには漱石の作品が並び、主に南画風の作風となっていました。
6-8 夏目漱石 「一路万松図」
これは掛け軸で、ジグザグの道と両脇の松が縦に伸び、その周りは雲海のようになっている光景が描かれています。やや素朴な印象を受けますが、丁寧に細かく描かれていて南画のような画風です。解説によると、漱石はこの絵を自らしきりに感心していたようで、お気に入りの作品だったようです。テクニック的なものは感じませんが、素人としては結構上手いのではないかと思います。
6-13 夏目漱石 「竹図」
これは竹を描いた水墨の掛け軸で、松山藩の蔵沢という江戸時代の画家を手本に描いているそうです。竹というよりは骨の継ぎ目のような感じに見えましたが、濃淡で表現するなど作品へのこだわりや美意識を感じさせました。
この近くには漱石による書もありました。字は流麗で達筆な印象を受けます。また、「こころ」の原稿などもありました。
<第7章 装幀と挿画>
最後の章は装幀と挿絵についてのコーナーです。漱石の本の装幀は主に3つの時期に分けられるそうで、デビュー作の「吾輩は猫である」から「門」までは橋口五葉、その後の「こころ」と「硝子戸の中」は漱石自身による装幀、「道草」や「明暗」など晩年の作品は津田青楓が手がけたようです。それぞれ作風は異なり、まず最初の五葉は意匠も作風も変化に富んでいるようですが、調和と雅趣を失わず、装幀の世界に一時代を画したそうです。漱石自身の装幀も名装幀と言えるものらしく、青楓の装幀は奇をてらうことのない地味ながら品の良い装幀となっているそうです。ここにはそうした装幀が施された本や原画が並んでいました。
7-3 橋口五葉 「『吾輩ハ猫デアル』下編 装幀画稿」 ★こちらで観られます
これは「吾輩は猫である」の装幀の下絵です。猫というよりは黒い犬みたいに見えるような…w 伝統的な漢字の字体とアール・ヌーヴォーを思わせる花の装飾が交じり合い、瀟洒な印象の装幀となっていました。これは当時話題となったのも頷ける出来栄えです。
この辺には橋口五葉が手がけた装幀の本が並んでいました。華やかさと落ち着きが同居しているものが多く、好みです。「虞美人草」や「吾輩は猫である」の画稿もたくさん並び、入念な準備の様子が伺えました。
7-27 夏目漱石 「『こゝろ』装幀原画」
これは「こころ」の装幀の原画で、唐時代の石碑の文字が表紙を飾っています。その文字の持つ荘厳さや侘びた感じが素晴らしく、色合いと共に名著に相応しいものとなっていました。これは確かに傑作と言える装幀です。
展覧会の最後には漱石のデスマスクも展示されていました。
ということで、夏目漱石と美術の関わりについて詳しく知ることができる展示でした。本当に美術に造形が深かったことが伺われ、独特の美意識を垣間見ることができたと思います。もう終わってしまいましたが、参考になりました。久々に漱石の小説が読みたくなったかなw
参照記事:★この記事を参照している記事
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仕事が忙しくて少し間があきました。ついこの間の日曜日に、上野の東京藝術大学大学美術館で、最終日となった「夏目漱石の美術世界展」を観てきました。既に終わってしまった展示ですが、見応えのある内容でしたので、前編・後編に分けてご紹介しようと思います。

【展覧名】
夏目漱石の美術世界展
【公式サイト】
http://www.tokyo-np.co.jp/event/soseki/
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2013/soseki/soseki_ja.htm
【会場】東京藝術大学大学美術館
【最寄】上野駅(JR・東京メトロ・京成)など
【会期】2013年5月14日(火)~ 7月7日(日)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間30分程度
【混み具合・混雑状況(日曜日14時半頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_④_5_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
最終日だったこともあり、会場内はどこもごった返すような混雑でした。体調を崩して中々行けなかったのが悔やまれます…w
さて、今回の展示は日本の文豪の中でも人気・知名度ともに非常に高い夏目漱石と 美術との関わりについての内容となっていました。夏目漱石の作品を読んだことがある方にはピンとくるかもしれませんが、漱石の作品には芸術家の名前や作品名もよく登場し、漱石は美術批評の本も残しています。この展覧会ではそうした作品に登場する芸術家・作品を可能な限り集め、漱石が持っていたイメージを読み解くという試みになっています。ターナー、ミレイ、ウォーターハウス、青木繁、黒田清輝、横山大観 等の作品を漱石の目を通じて見直すと共に、本の装幀や自筆の文人画など、いくつかのテーマによって章分けされていました。詳しくはいつも通り各章ごとに気に入った作品と共に振り返っていこうと思います。
<序章 「吾輩」が見た漱石と美術>
まずは序章です。ここには漱石の最初の小説「吾輩は猫である」に関する作品が並んでいました。
2 橋口五葉 「『吾輩ハ猫デアル』上編 装幀」
こちらは「吾輩ハ猫デアル」の本です。アール・ヌーヴォーを思わせる擬人化された猫、エジプト風の猫などが描かれていて、当時は新聞に載るほど話題になったそうです。その装幀は橋口五葉が担当したそうで、まだ装幀が画家の余技と思われていた時代だったようですが、見事な出来栄えとなっていました。漱石も満足したそうで、橋口五葉はこれ以降の作品でも装幀を手がけています。
この近くには中編・下編もありました。どれも猫はあまり可愛くない…w
12 朝倉文夫 「つるされた猫」
これは銅像で、猫が首の後を猫掴みされて持ち上げられている様子が表現されています。解説によると、この作品が作られた頃には既に「吾輩ハ猫デアル」はヒットしていたので、飼い主の苦沙弥先生が猫をつまみあげる様子をイメージして作っているのではないかとのことです。猫の目は細く、神妙な面持ちに見えました。全体的にはちょっとゴツゴツした感じがあったかな。
この近くには「吾輩ハ猫デアル」に出てくる「アンドレア・デル・サルト事件」という苦沙弥先生にジョークのような嘘を言うエピソードを紹介していました。アンドレア・デル・サルトとはレオナルド・ダ・ヴィンチ以降のフィレンツェで活躍した画家で、19世紀までは高い評価を得ていたものの、現在ではあまり知名度は高くありません。恐らく漱石は、詩人のロバート・ブラウニングがヴァザーリの芸術家列伝の一節にちなんで書いた「欠点のない画家」という副題の著書(アンドレア・デル・サルトが主人公の本)を読んで、こうした話を書いたのではないかとのことでした。
<第1章 漱石文学と西洋美術>
続いては漱石と西洋美術についてのコーナーです。夏目漱石はまだ夏目金之助だった頃、英語と英文学の研究のために1900年から留学していたそうで、最初に着いたナポリでは博物館を訪れ、ポンペイ遺跡の発掘品などを見たそうです。また、続いてのフランスでは1900年のパリ万国博覧会やルーヴル美術館を訪れ、ロンドンではナショナル・ギャラリーや郊外のダリッジ美術館にも足を運ぶなど、積極的に見聞していたようです。漱石は英文学を研究する上で英国美術研究は不可分と考えていたようで、英国美術研究を重ね、その背景のキリスト教研究も行ったようです。しかし、漱石にとって重要だったのは当時隆盛していたラファエル前派や世紀末美術、ターナー、フランク・ブラングィンなどで、特に世紀末美術やアール・ヌーヴォーなどは彼にとって心地良かったと推測できるようです。そうした美術の資料を日本に持ち帰った漱石はそれによって橋口五葉の装幀にインスピレーションを与えたようで、自身が装幀を手がけた「こころ」の源泉にもなっているようです。ここにはそうした西洋美術の作品が並んでいました。
1-1 ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー 「金枝」 ★こちらで観られます
広大な風景を背景に、土の上で輪になって踊っている人たちや樹の下で寝そべっている人などが描かれた作品です。脇にある崖の上には古代の神殿のようなものがあり、全体的に霧がかかったような表現も相まって神話の世界のような光景となっています。画面右の方に幹がかなり長く葉が傘のようになっている松があり、これは漱石の「ぼっちゃん」の中に出てくる「ターナー島」の松の描写(赤シャツと野だの会話のシーン)とよく合っているようです。絵の下にその部分の抜粋があり、絵を見ながら読んでみるとまさにこの松を言っているような感じでした。なお、この作品は古代ローマの叙事詩の場面を描いているようで、ターナーらしい幻想的な風景となっていました。
この少し前にはルーブル美術館のミロのビーナスの複製も展示されていました。「野分」の一節にビーナスを評価するシーンがあるそうです。
参考記事:【番外編 フランス旅行】 ルーヴル美術館
また、この近くは「夢十夜」のイメージになった豚の群れが崖に落ちていく作品などもありました。他にも漱石の旧蔵書やナショナル・ギャラリーやテートの絵画カタログ(目録のようなもの)も展示されていました。
1-8 ジョン・エヴァレット・ミレイ 「ロンドン塔幽閉の王子」 ★こちらで観られます
王位継承を巡る策略によってロンドン塔に閉じ込められた、2人の黒い服を着た金髪の若い王子たちを描いた作品です。お互いに手をつないで寄り添い不安げな表情をしていて、背景も暗く石の階段が不気味な感じです。漱石はこの2人の王子(エドワード5世と弟のヨークシャー公)を「倫敦塔」で記述するにあたって、直接的にはポール・ドラローシュの作品を参照したそうですが、こちらの作品でもその雰囲気が伝わってくるようです。私はミレイが大好きなので、細かく写実的でありながら幻想的な作風がかなり好みでした。
続いては「薤露行(かいろこう)」についてのコーナーで、この小説はアーサー王の物語と関連があります。
1-4 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「シャロットの女」 ★こちらで観られます
これはアーサー王の物語に出てくるシャロットの女を描いた作品で、この女性は鏡を通してしか世界を見ることを許されていないらしく、鏡を覗きこむような仕草をしています。白く薄いドレス姿で、右手に何かを握っているように見えるかな。鏡の中の窓には円卓の騎士ランスロットの姿があり、それを観て心をゆらしているようです。まじまじと覗く表情が見事で、こちらも傑作でした。解説によると、ウォーターハウスは漱石お気に入りの画家だったようです。
この近くにはロセッティの「レディ・リリス」や、 ウィリアム・ホルマン・ハントによるテニスンの詩集の挿絵「シャロットの女(モクソン版『テニスン詩集』第二版)」、漱石が購読していていた美術雑誌などもありました。
<第2章 漱石文学と古美術>
漱石は子供の頃に家に50~60くらいの絵があったそうで、それを眺めるのが好きだったと語るように、書画に親しみながら育ったようです。それは学問としてではなく、経験と教養に支えられたもので、仏教美術や王朝絵巻には全く関心がなかったものの、雪舟以降の水墨画や狩野派、円山派など江戸絵画への関心が高かったようです。博物館にも足を運んでいたようで、当時それほどまとまって紹介されることの無かった俵屋宗達などにも注目していたそうです。ここにはそうした漱石の視点で観た日本美術が並んでいました。
2-5 狩野常信 「昇龍・妙音菩薩・降龍」
漱石の「虞美人草」には狩野常信の作品についての記載があり、これはそれに近い作品です。3幅対の水墨画で、中央に崖の上で琵琶を弾く菩薩が描かれ、左幅・右幅には雲間から顔を覗かせる昇龍と降龍が描かれています。気品ある菩薩と迫力ある龍が対比的で、濃淡による表現の違いも面白かったです。
この隣には「こころ」に出てくる渡辺崋山の絶筆(作品を描くために自害するのを延期したというエピソード)もありました。
2-7 俵屋宗達 「禽獣梅竹図」
これは2幅対の水墨画で、漱石の日記の中で上野の表慶館で観たと書かれている作品(と思われる作品)です。左幅は竹の根本、右幅は梅の木らしきものが描かれていて、薄っすらとして大らかな印象を受けます。解説によると、漱石は「何だか雄大で光琳に比べて簡樸の趣がある」と感想を残しているようで、雄大という感じはあまり共感できませんでしたが、確かにこの作品に関しては素朴な雰囲気もありました。
2-25 荒井経 「酒井抱一作《虞美人草図屏風》(推定試作)」
これは漱石の「虞美人草」のラストシーンに出てくる虞美人草(ヒナゲシ)を描いた2曲1双の酒井抱一の作品です。…と言いたい所ですが、実際には無い架空の作品なので、今回の展示に合わせて荒井経 氏が小説になぞらえ抱一風に銀地の屏風を制作したようです。上半分は銀だけの余白で、虞美人草の単純化なども含めて酒井抱一の作風をよく捉えていると思います。鮮やかだけどどこか儚い印象を受けました。
<第3章 文学作品と美術 『草枕』『三四郎』『それから』『門』>
続いては4つの小説を取り上げ、その中に展開している美術世界を具体的な作品で追体験するというコーナーです。例えば「三四郎」に出てくる原口画伯は当時の洋画家の重鎮の黒田清輝を思わせ、美禰子(みねこ)をモデルに描かれる「森の女」という作品はこの小説の主要なモチーフになっています。また、「それから」と「門」はいずれも主人公の父親に書画の趣味があり、円山応挙や酒井抱一の名前が出てくるそうで、「それから」には青木繁の「わたつみのいろこの宮」という具体的な名前も挙がっているようです。ここにはそうした4つの小説に関する作品が並んでいました。
3-15 松岡映丘ほか 「草枕絵巻(巻一)」
これは夏目漱石の没後10年が過ぎた頃に、松岡映丘と門弟の若手日本画家27人が制作した漱石の「草枕」を絵巻にした作品です。柔らかい色合いで家を高い位置から観たような場面が描かれていて、これは温泉場の場面のようです。画面に人がいないので、ちょっと寂しげに見えるかな。伝統的な大和絵の雰囲気もありつつ、新しさも感じる作風となっていました。
参考記事:生誕130年 松岡映丘-日本の雅-やまと絵復興のトップランナー (練馬区立美術館)
この近くにはミレイの「オフィーリア」の写真や、草枕絵巻に描かれたオフィーリア風のポーズの女性が出てくる場面の写真も展示されていました。
3-8 伊藤若冲 「梅と鶴」 ★こちらで観られます
これは水墨の簡素な表現で描かれた振り返る鶴の絵です。一筆書きのように少ない線で簡潔に描かれているのですが、体の丸みが滑らかで、鶴らしい雰囲気がよく表されています。解説によると、「草枕」で主人公が泊まった温泉宿の床の間に若冲の掛け軸が飾ってあったという記載があるらしく、この絵はそれによく合う作品のようでした。若冲は緻密な描写で有名ですが、水墨はまた別の魅力があって面白いです。
参考記事:伊藤若冲 アナザーワールド (千葉市美術館)
この近くには長沢芦雪の山姥を描いた作品などもありました。続いては三四郎のコーナーです。
3-19 ジャン=バティスト・グルーズ 「少女の頭部像」 ★こちらで観られます
こちらは「三四郎」で出てくる都会娘の里見美禰子に関する作品です。というのも、美禰子はグルーズ(フランス18世紀の風俗画家)の女性像を思わせる容姿として書かれているそうで、この作品では頬に手をあて首を傾げたポーズをして、目がとろんとした表情の女性が描かれています。小ぶりな唇も可愛らしく、漱石は「Voluptuous(ヴォラプチュアス 色っぽい、淫らな)」という言葉で特徴を表したようで、確かに色っぽくて悩ましげな雰囲気がある一方、やや幼さがあるようにも思えました。
この近くには和田英作が模写したグルーズの少女像などもありました。
3-29 ベラスケス原作 和田英作模写 「マリアナ公女」
これはベラスケスの描いたスペイン風の服を着た王女の像を和田英作が模写した作品です。「三四郎」の中には原口画伯が三井が模写したベラスケスについて語る下りがあるそうで、原口は黒田清輝、三井は和田英作をモデルにしているらしく、原画が良すぎて上手くいかないと話しているそうです。この作品もそれを思わせるものがあり、黒の使い方がぼんやりしているなど、ベラスケスには及ばない感じがするかな。面白いほどに三四郎での三井の模写への評価と実際の絵が合っているように思えました。
3-21 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「人魚」 ★こちらで観られます
こちらも「三四郎」に関する作品で、主人公が里見美禰子と画集を観て引き込まれるシーンで登場し、岩壁を背景にした海岸で座る人魚が描かれています。赤っぽい長い髪をとかしながらやや振り返り、口を開いて語りかけるようにも見えるかな。下半身は銀色に光る魚の体となっていて、妖艶な印象を受けました。これは中々見事な作品です。
この隣には黒田清輝の作品もありました。
3-30 佐藤央育 「原口画伯作《森の女》(推定試作)」
これは三四郎に出てくる架空の作品を佐藤央育 氏が描いたもので、里見美禰子をモデルに、原口画伯(≒黒田清輝)が描いたという設定です。団扇を顔の前にかざした浴衣の美人が描かれ、背景は黄緑色となっています。こちらも先ほどの見立てのように外光派の黒田清輝らしさが出ていて、小説に記載されているように顔に日が当たっている表現となっていました。この絵の批評の一節を読みながら観ると、まるでこれを観て小説を書いたみたいな気もしてきますw
この近くには深見画伯として登場する浅井忠の作品などもありました。また、「それから」のコーナーには青木繁の「わたつみのいろころ宮」の写真と、下絵などがありました。この絵と青木繁の名前がそのまま出てくるようです。
参考記事:没後100年 青木繁展ーよみがえる神話と芸術 (ブリヂストン美術館)
3-40 酒井抱一 「月に秋草図屏風」
これは「門」で主人公の父親が残した抱一の屏風に似ている作品です(若干の違いはありますが、小説の作品を想像するのに相応しい作品のようです) 六曲一双の金地の屏風で、丸い月を背景に秋草が横長に描かれています。月はやや黒っぽいですが、昔は恐らく銀だったんじゃないかな。流麗かつ気品ある雰囲気の作品でした。
ということで、この辺で上階は終わりなので、今日はここまでにしようと思います。夏目漱石の作品はそこそこ読んでいるのですが、こうして改めて関連作品を観てみるとその幅広さや見識に驚かされました。地下にも漱石と美術の関係の深さを示す作品が並んでいましたので、次回はそれについてご紹介しようと思います。
→ 後編はこちら
参照記事:★この記事を参照している記事

【展覧名】
夏目漱石の美術世界展
【公式サイト】
http://www.tokyo-np.co.jp/event/soseki/
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2013/soseki/soseki_ja.htm
【会場】東京藝術大学大学美術館
【最寄】上野駅(JR・東京メトロ・京成)など
【会期】2013年5月14日(火)~ 7月7日(日)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間30分程度
【混み具合・混雑状況(日曜日14時半頃です)】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_④_5_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
最終日だったこともあり、会場内はどこもごった返すような混雑でした。体調を崩して中々行けなかったのが悔やまれます…w
さて、今回の展示は日本の文豪の中でも人気・知名度ともに非常に高い夏目漱石と 美術との関わりについての内容となっていました。夏目漱石の作品を読んだことがある方にはピンとくるかもしれませんが、漱石の作品には芸術家の名前や作品名もよく登場し、漱石は美術批評の本も残しています。この展覧会ではそうした作品に登場する芸術家・作品を可能な限り集め、漱石が持っていたイメージを読み解くという試みになっています。ターナー、ミレイ、ウォーターハウス、青木繁、黒田清輝、横山大観 等の作品を漱石の目を通じて見直すと共に、本の装幀や自筆の文人画など、いくつかのテーマによって章分けされていました。詳しくはいつも通り各章ごとに気に入った作品と共に振り返っていこうと思います。
<序章 「吾輩」が見た漱石と美術>
まずは序章です。ここには漱石の最初の小説「吾輩は猫である」に関する作品が並んでいました。
2 橋口五葉 「『吾輩ハ猫デアル』上編 装幀」
こちらは「吾輩ハ猫デアル」の本です。アール・ヌーヴォーを思わせる擬人化された猫、エジプト風の猫などが描かれていて、当時は新聞に載るほど話題になったそうです。その装幀は橋口五葉が担当したそうで、まだ装幀が画家の余技と思われていた時代だったようですが、見事な出来栄えとなっていました。漱石も満足したそうで、橋口五葉はこれ以降の作品でも装幀を手がけています。
この近くには中編・下編もありました。どれも猫はあまり可愛くない…w
12 朝倉文夫 「つるされた猫」
これは銅像で、猫が首の後を猫掴みされて持ち上げられている様子が表現されています。解説によると、この作品が作られた頃には既に「吾輩ハ猫デアル」はヒットしていたので、飼い主の苦沙弥先生が猫をつまみあげる様子をイメージして作っているのではないかとのことです。猫の目は細く、神妙な面持ちに見えました。全体的にはちょっとゴツゴツした感じがあったかな。
この近くには「吾輩ハ猫デアル」に出てくる「アンドレア・デル・サルト事件」という苦沙弥先生にジョークのような嘘を言うエピソードを紹介していました。アンドレア・デル・サルトとはレオナルド・ダ・ヴィンチ以降のフィレンツェで活躍した画家で、19世紀までは高い評価を得ていたものの、現在ではあまり知名度は高くありません。恐らく漱石は、詩人のロバート・ブラウニングがヴァザーリの芸術家列伝の一節にちなんで書いた「欠点のない画家」という副題の著書(アンドレア・デル・サルトが主人公の本)を読んで、こうした話を書いたのではないかとのことでした。
<第1章 漱石文学と西洋美術>
続いては漱石と西洋美術についてのコーナーです。夏目漱石はまだ夏目金之助だった頃、英語と英文学の研究のために1900年から留学していたそうで、最初に着いたナポリでは博物館を訪れ、ポンペイ遺跡の発掘品などを見たそうです。また、続いてのフランスでは1900年のパリ万国博覧会やルーヴル美術館を訪れ、ロンドンではナショナル・ギャラリーや郊外のダリッジ美術館にも足を運ぶなど、積極的に見聞していたようです。漱石は英文学を研究する上で英国美術研究は不可分と考えていたようで、英国美術研究を重ね、その背景のキリスト教研究も行ったようです。しかし、漱石にとって重要だったのは当時隆盛していたラファエル前派や世紀末美術、ターナー、フランク・ブラングィンなどで、特に世紀末美術やアール・ヌーヴォーなどは彼にとって心地良かったと推測できるようです。そうした美術の資料を日本に持ち帰った漱石はそれによって橋口五葉の装幀にインスピレーションを与えたようで、自身が装幀を手がけた「こころ」の源泉にもなっているようです。ここにはそうした西洋美術の作品が並んでいました。
1-1 ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー 「金枝」 ★こちらで観られます
広大な風景を背景に、土の上で輪になって踊っている人たちや樹の下で寝そべっている人などが描かれた作品です。脇にある崖の上には古代の神殿のようなものがあり、全体的に霧がかかったような表現も相まって神話の世界のような光景となっています。画面右の方に幹がかなり長く葉が傘のようになっている松があり、これは漱石の「ぼっちゃん」の中に出てくる「ターナー島」の松の描写(赤シャツと野だの会話のシーン)とよく合っているようです。絵の下にその部分の抜粋があり、絵を見ながら読んでみるとまさにこの松を言っているような感じでした。なお、この作品は古代ローマの叙事詩の場面を描いているようで、ターナーらしい幻想的な風景となっていました。
この少し前にはルーブル美術館のミロのビーナスの複製も展示されていました。「野分」の一節にビーナスを評価するシーンがあるそうです。
参考記事:【番外編 フランス旅行】 ルーヴル美術館
また、この近くは「夢十夜」のイメージになった豚の群れが崖に落ちていく作品などもありました。他にも漱石の旧蔵書やナショナル・ギャラリーやテートの絵画カタログ(目録のようなもの)も展示されていました。
1-8 ジョン・エヴァレット・ミレイ 「ロンドン塔幽閉の王子」 ★こちらで観られます
王位継承を巡る策略によってロンドン塔に閉じ込められた、2人の黒い服を着た金髪の若い王子たちを描いた作品です。お互いに手をつないで寄り添い不安げな表情をしていて、背景も暗く石の階段が不気味な感じです。漱石はこの2人の王子(エドワード5世と弟のヨークシャー公)を「倫敦塔」で記述するにあたって、直接的にはポール・ドラローシュの作品を参照したそうですが、こちらの作品でもその雰囲気が伝わってくるようです。私はミレイが大好きなので、細かく写実的でありながら幻想的な作風がかなり好みでした。
続いては「薤露行(かいろこう)」についてのコーナーで、この小説はアーサー王の物語と関連があります。
1-4 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「シャロットの女」 ★こちらで観られます
これはアーサー王の物語に出てくるシャロットの女を描いた作品で、この女性は鏡を通してしか世界を見ることを許されていないらしく、鏡を覗きこむような仕草をしています。白く薄いドレス姿で、右手に何かを握っているように見えるかな。鏡の中の窓には円卓の騎士ランスロットの姿があり、それを観て心をゆらしているようです。まじまじと覗く表情が見事で、こちらも傑作でした。解説によると、ウォーターハウスは漱石お気に入りの画家だったようです。
この近くにはロセッティの「レディ・リリス」や、 ウィリアム・ホルマン・ハントによるテニスンの詩集の挿絵「シャロットの女(モクソン版『テニスン詩集』第二版)」、漱石が購読していていた美術雑誌などもありました。
<第2章 漱石文学と古美術>
漱石は子供の頃に家に50~60くらいの絵があったそうで、それを眺めるのが好きだったと語るように、書画に親しみながら育ったようです。それは学問としてではなく、経験と教養に支えられたもので、仏教美術や王朝絵巻には全く関心がなかったものの、雪舟以降の水墨画や狩野派、円山派など江戸絵画への関心が高かったようです。博物館にも足を運んでいたようで、当時それほどまとまって紹介されることの無かった俵屋宗達などにも注目していたそうです。ここにはそうした漱石の視点で観た日本美術が並んでいました。
2-5 狩野常信 「昇龍・妙音菩薩・降龍」
漱石の「虞美人草」には狩野常信の作品についての記載があり、これはそれに近い作品です。3幅対の水墨画で、中央に崖の上で琵琶を弾く菩薩が描かれ、左幅・右幅には雲間から顔を覗かせる昇龍と降龍が描かれています。気品ある菩薩と迫力ある龍が対比的で、濃淡による表現の違いも面白かったです。
この隣には「こころ」に出てくる渡辺崋山の絶筆(作品を描くために自害するのを延期したというエピソード)もありました。
2-7 俵屋宗達 「禽獣梅竹図」
これは2幅対の水墨画で、漱石の日記の中で上野の表慶館で観たと書かれている作品(と思われる作品)です。左幅は竹の根本、右幅は梅の木らしきものが描かれていて、薄っすらとして大らかな印象を受けます。解説によると、漱石は「何だか雄大で光琳に比べて簡樸の趣がある」と感想を残しているようで、雄大という感じはあまり共感できませんでしたが、確かにこの作品に関しては素朴な雰囲気もありました。
2-25 荒井経 「酒井抱一作《虞美人草図屏風》(推定試作)」
これは漱石の「虞美人草」のラストシーンに出てくる虞美人草(ヒナゲシ)を描いた2曲1双の酒井抱一の作品です。…と言いたい所ですが、実際には無い架空の作品なので、今回の展示に合わせて荒井経 氏が小説になぞらえ抱一風に銀地の屏風を制作したようです。上半分は銀だけの余白で、虞美人草の単純化なども含めて酒井抱一の作風をよく捉えていると思います。鮮やかだけどどこか儚い印象を受けました。
<第3章 文学作品と美術 『草枕』『三四郎』『それから』『門』>
続いては4つの小説を取り上げ、その中に展開している美術世界を具体的な作品で追体験するというコーナーです。例えば「三四郎」に出てくる原口画伯は当時の洋画家の重鎮の黒田清輝を思わせ、美禰子(みねこ)をモデルに描かれる「森の女」という作品はこの小説の主要なモチーフになっています。また、「それから」と「門」はいずれも主人公の父親に書画の趣味があり、円山応挙や酒井抱一の名前が出てくるそうで、「それから」には青木繁の「わたつみのいろこの宮」という具体的な名前も挙がっているようです。ここにはそうした4つの小説に関する作品が並んでいました。
3-15 松岡映丘ほか 「草枕絵巻(巻一)」
これは夏目漱石の没後10年が過ぎた頃に、松岡映丘と門弟の若手日本画家27人が制作した漱石の「草枕」を絵巻にした作品です。柔らかい色合いで家を高い位置から観たような場面が描かれていて、これは温泉場の場面のようです。画面に人がいないので、ちょっと寂しげに見えるかな。伝統的な大和絵の雰囲気もありつつ、新しさも感じる作風となっていました。
参考記事:生誕130年 松岡映丘-日本の雅-やまと絵復興のトップランナー (練馬区立美術館)
この近くにはミレイの「オフィーリア」の写真や、草枕絵巻に描かれたオフィーリア風のポーズの女性が出てくる場面の写真も展示されていました。
3-8 伊藤若冲 「梅と鶴」 ★こちらで観られます
これは水墨の簡素な表現で描かれた振り返る鶴の絵です。一筆書きのように少ない線で簡潔に描かれているのですが、体の丸みが滑らかで、鶴らしい雰囲気がよく表されています。解説によると、「草枕」で主人公が泊まった温泉宿の床の間に若冲の掛け軸が飾ってあったという記載があるらしく、この絵はそれによく合う作品のようでした。若冲は緻密な描写で有名ですが、水墨はまた別の魅力があって面白いです。
参考記事:伊藤若冲 アナザーワールド (千葉市美術館)
この近くには長沢芦雪の山姥を描いた作品などもありました。続いては三四郎のコーナーです。
3-19 ジャン=バティスト・グルーズ 「少女の頭部像」 ★こちらで観られます
こちらは「三四郎」で出てくる都会娘の里見美禰子に関する作品です。というのも、美禰子はグルーズ(フランス18世紀の風俗画家)の女性像を思わせる容姿として書かれているそうで、この作品では頬に手をあて首を傾げたポーズをして、目がとろんとした表情の女性が描かれています。小ぶりな唇も可愛らしく、漱石は「Voluptuous(ヴォラプチュアス 色っぽい、淫らな)」という言葉で特徴を表したようで、確かに色っぽくて悩ましげな雰囲気がある一方、やや幼さがあるようにも思えました。
この近くには和田英作が模写したグルーズの少女像などもありました。
3-29 ベラスケス原作 和田英作模写 「マリアナ公女」
これはベラスケスの描いたスペイン風の服を着た王女の像を和田英作が模写した作品です。「三四郎」の中には原口画伯が三井が模写したベラスケスについて語る下りがあるそうで、原口は黒田清輝、三井は和田英作をモデルにしているらしく、原画が良すぎて上手くいかないと話しているそうです。この作品もそれを思わせるものがあり、黒の使い方がぼんやりしているなど、ベラスケスには及ばない感じがするかな。面白いほどに三四郎での三井の模写への評価と実際の絵が合っているように思えました。
3-21 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「人魚」 ★こちらで観られます
こちらも「三四郎」に関する作品で、主人公が里見美禰子と画集を観て引き込まれるシーンで登場し、岩壁を背景にした海岸で座る人魚が描かれています。赤っぽい長い髪をとかしながらやや振り返り、口を開いて語りかけるようにも見えるかな。下半身は銀色に光る魚の体となっていて、妖艶な印象を受けました。これは中々見事な作品です。
この隣には黒田清輝の作品もありました。
3-30 佐藤央育 「原口画伯作《森の女》(推定試作)」
これは三四郎に出てくる架空の作品を佐藤央育 氏が描いたもので、里見美禰子をモデルに、原口画伯(≒黒田清輝)が描いたという設定です。団扇を顔の前にかざした浴衣の美人が描かれ、背景は黄緑色となっています。こちらも先ほどの見立てのように外光派の黒田清輝らしさが出ていて、小説に記載されているように顔に日が当たっている表現となっていました。この絵の批評の一節を読みながら観ると、まるでこれを観て小説を書いたみたいな気もしてきますw
この近くには深見画伯として登場する浅井忠の作品などもありました。また、「それから」のコーナーには青木繁の「わたつみのいろころ宮」の写真と、下絵などがありました。この絵と青木繁の名前がそのまま出てくるようです。
参考記事:没後100年 青木繁展ーよみがえる神話と芸術 (ブリヂストン美術館)
3-40 酒井抱一 「月に秋草図屏風」
これは「門」で主人公の父親が残した抱一の屏風に似ている作品です(若干の違いはありますが、小説の作品を想像するのに相応しい作品のようです) 六曲一双の金地の屏風で、丸い月を背景に秋草が横長に描かれています。月はやや黒っぽいですが、昔は恐らく銀だったんじゃないかな。流麗かつ気品ある雰囲気の作品でした。
ということで、この辺で上階は終わりなので、今日はここまでにしようと思います。夏目漱石の作品はそこそこ読んでいるのですが、こうして改めて関連作品を観てみるとその幅広さや見識に驚かされました。地下にも漱石と美術の関係の深さを示す作品が並んでいましたので、次回はそれについてご紹介しようと思います。
→ 後編はこちら
参照記事:★この記事を参照している記事
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更新情報や美術関連の小ネタをtwitterで呟いています。
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前々回、前回と三渓園についてご紹介しましたが、今回で最終回です。今日は三渓園の内苑についてご紹介しようと思います。

公式サイト:http://www.sankeien.or.jp/
さて、外苑の記事にも書きましたが、この三渓園には外苑と内苑があり、内苑のほうは1923年に完成し、1958年から公開されているようです。私としては内苑のほうが一層に格調高い建物が多かったように思いますので、特に気に入ったポイントを写真を使いながら書いていこうと思います。
まずは一番の見どころだと思う臨春閣。

これは1649年に紀州侯初代の徳川頼宣によって今の和歌山県那賀郡岩出町に建てられた夏の別荘「巖出御殿」と言われているそうです。有名な8代将軍吉宗もこの巖出御殿に育ったそうで、数寄屋風書院造りとしては桂離宮とともに別荘建築の双璧とまで言われているそうです。
右の方のアップ。

この凛とした佇まいがたまりません!
左の方のアップ。

木に隠れてわかりづらいですが、先ほどの右側とつながっています。ちなみにこちらの建物は1917年に三渓園に移築されたそうです。
これは先程の右側の部屋の近くで撮ったもの。

建物の間近まで行くことができます。
中の様子。

直線の多い幾何学的な空間となっていて、スッキリした印象を受けます。
こちらは浪華の間(なにわのま)

この襖絵は狩野永徳によるものと伝わっているそうです。(ここのは複製) 欄間も見事でした。
こちらは隣の琴棋書画の間。

こちらの襖絵は狩野探幽によるものだそうです。(ここのは複製)
先ほど見えた左側の方には池を渡らないと行けないので、一旦離れてぐるりと迂回していきました。
これは行く途中にあった旧天瑞寺寿塔覆堂

豊臣秀吉が母の大政所の病気平癒の祈願をした際、見事に平癒したので長寿を祝って天寿塔というものを建てたそうで、これはそれを覆う為のお堂です。天寿塔本体は現在は大徳寺(の中の竜翔寺)にあるそうですが、覆堂でも十分立派な風格でした。
池に注ぐ川にはこんな建物がありました。

ベンチがあって、ここで休憩すると涼しげで景色も良いです。
これは先述の休憩スペースから観た臨春閣の右側の部分。

角度を変えても美しくて惚れ惚れします。
これは同じ場所から見た臨春閣の左側の部分。

こちらも間近で中を見ることができます。
早速、中を覗きました。これは天楽の間。

狩野安信による四季山水図が描かれています。欄間の部分も気になります。
天楽の間の欄間のアップ。

これは雅楽の笙(しょう)らしく、本物の楽器だそうです。その左の方にも。笛がハマっているのも確認でき、ちょっと変わっていて洒落ていました。
天楽の間の角度違い。

こちらも格調高く落ち着きのある雰囲気となっていました。
天楽の間から振り返ると三重塔が見えました。

三渓園は元々ここに建物があったかのような配置も見事です。。
こちらは瀟湘の間。(しょうしょうのま)

狩野常信による襖絵と、波文の欄間が見どころとなっていました。ダイナミックな波が躍動的です。
臨春閣はさらに裏手からも見学出来ます。これは裏手にあった身代わり灯籠。

何の身代わりかと思ったら、千利休が刺客に襲われた際に刀をかわし、こちらの灯籠に刃があたったそうです。笠の辺りかなあ。
臨春閣の裏手はこんな感じ。

こちらはガラス越しにしか観られませんでした。
部屋には細かい造形の家具もあるようでした。

間近で見てみたい…w
続いては聴秋閣という建物を観ました。

元は三笠閣と呼ばれたそうで、三代将軍徳川家光が上洛の際に二条城の中に作らせたものだそうです。その後、乳母の春日局が賜り江戸に移され、さらに1922年にこちらに移築されたそうです。
参考記事:
二条城展 (江戸東京博物館)
【番外編】 京都旅行 二条城
聴秋閣の角度違い。

見る角度によって形が違って見えるのが面白いです。それにしても将軍家ゆかりの建物まであるとは恐れ入ります。
こちらはあまり近寄ることができず残念。

2階へは障子で隠れているあたりにある階段で上れるようです。目の前に小川が流れていて涼しげでした。
これは聴秋閣から坂の階段を登ったところにある月華殿

これは徳川家康が伏見城内に作った諸大名伺候の際の控え室だそうです。この日は貸切で使っている人たちがいました。施設利用できるなんで何とも贅沢ですw
これは月華殿の隣にあった天授院。

元は京都の心平寺という建長寺の近くのあったお寺の地蔵堂だそうです。禅宗様の様式で、結構かっちりした印象かな。原三渓は持仏堂として使っていたようです。
こちらは聴秋閣からちょっと奥に行ったところにあった春草廬。

こちらは織田信長の弟の織田有楽斎(長益)が建てたと伝わる茶室で、元は京都にあったようです。窓が九つあるので、九窓亭とも呼ばれていたのだとか。近くには苔が絨毯のようになっていて侘びた雰囲気となっていました。
内苑には他にもいくつか建物(茶室など)がありました。そして最後に内苑の門のすぐ近くにある記念館を覗いてみました。
こちらは三渓記念館。

中は撮影禁止で、メモも取らなかったのですが、こちらには下村観山や横山大観、速水御舟といったゆかりのある画家の作品や、襖絵のオリジナル、原三渓 自らが描いた書画なども展示されています。原三渓とはいかなる人物だったのかがよくわかる記念館です。
こちらは記念館から観た庭の風景。

生垣があり、こちらも別天地といった趣きでした。
ということで、非常に趣味の良い建物が多く並ぶ庭園でした。ここは意外と知られていないようですが、横浜にありながらも野山が残っているなど、気持ちの良いところですので晴れた日に遊びに行くと特に楽しめると思います。蛍の時期や紅葉なども見どころのようですので、またいずれ時期を変えて行ってみたいと思います。

公式サイト:http://www.sankeien.or.jp/
さて、外苑の記事にも書きましたが、この三渓園には外苑と内苑があり、内苑のほうは1923年に完成し、1958年から公開されているようです。私としては内苑のほうが一層に格調高い建物が多かったように思いますので、特に気に入ったポイントを写真を使いながら書いていこうと思います。
まずは一番の見どころだと思う臨春閣。

これは1649年に紀州侯初代の徳川頼宣によって今の和歌山県那賀郡岩出町に建てられた夏の別荘「巖出御殿」と言われているそうです。有名な8代将軍吉宗もこの巖出御殿に育ったそうで、数寄屋風書院造りとしては桂離宮とともに別荘建築の双璧とまで言われているそうです。
右の方のアップ。

この凛とした佇まいがたまりません!
左の方のアップ。

木に隠れてわかりづらいですが、先ほどの右側とつながっています。ちなみにこちらの建物は1917年に三渓園に移築されたそうです。
これは先程の右側の部屋の近くで撮ったもの。

建物の間近まで行くことができます。
中の様子。

直線の多い幾何学的な空間となっていて、スッキリした印象を受けます。
こちらは浪華の間(なにわのま)

この襖絵は狩野永徳によるものと伝わっているそうです。(ここのは複製) 欄間も見事でした。
こちらは隣の琴棋書画の間。

こちらの襖絵は狩野探幽によるものだそうです。(ここのは複製)
先ほど見えた左側の方には池を渡らないと行けないので、一旦離れてぐるりと迂回していきました。
これは行く途中にあった旧天瑞寺寿塔覆堂

豊臣秀吉が母の大政所の病気平癒の祈願をした際、見事に平癒したので長寿を祝って天寿塔というものを建てたそうで、これはそれを覆う為のお堂です。天寿塔本体は現在は大徳寺(の中の竜翔寺)にあるそうですが、覆堂でも十分立派な風格でした。
池に注ぐ川にはこんな建物がありました。

ベンチがあって、ここで休憩すると涼しげで景色も良いです。
これは先述の休憩スペースから観た臨春閣の右側の部分。

角度を変えても美しくて惚れ惚れします。
これは同じ場所から見た臨春閣の左側の部分。

こちらも間近で中を見ることができます。
早速、中を覗きました。これは天楽の間。

狩野安信による四季山水図が描かれています。欄間の部分も気になります。
天楽の間の欄間のアップ。

これは雅楽の笙(しょう)らしく、本物の楽器だそうです。その左の方にも。笛がハマっているのも確認でき、ちょっと変わっていて洒落ていました。
天楽の間の角度違い。

こちらも格調高く落ち着きのある雰囲気となっていました。
天楽の間から振り返ると三重塔が見えました。

三渓園は元々ここに建物があったかのような配置も見事です。。
こちらは瀟湘の間。(しょうしょうのま)

狩野常信による襖絵と、波文の欄間が見どころとなっていました。ダイナミックな波が躍動的です。
臨春閣はさらに裏手からも見学出来ます。これは裏手にあった身代わり灯籠。

何の身代わりかと思ったら、千利休が刺客に襲われた際に刀をかわし、こちらの灯籠に刃があたったそうです。笠の辺りかなあ。
臨春閣の裏手はこんな感じ。

こちらはガラス越しにしか観られませんでした。
部屋には細かい造形の家具もあるようでした。

間近で見てみたい…w
続いては聴秋閣という建物を観ました。

元は三笠閣と呼ばれたそうで、三代将軍徳川家光が上洛の際に二条城の中に作らせたものだそうです。その後、乳母の春日局が賜り江戸に移され、さらに1922年にこちらに移築されたそうです。
参考記事:
二条城展 (江戸東京博物館)
【番外編】 京都旅行 二条城
聴秋閣の角度違い。

見る角度によって形が違って見えるのが面白いです。それにしても将軍家ゆかりの建物まであるとは恐れ入ります。
こちらはあまり近寄ることができず残念。

2階へは障子で隠れているあたりにある階段で上れるようです。目の前に小川が流れていて涼しげでした。
これは聴秋閣から坂の階段を登ったところにある月華殿


これは徳川家康が伏見城内に作った諸大名伺候の際の控え室だそうです。この日は貸切で使っている人たちがいました。施設利用できるなんで何とも贅沢ですw
これは月華殿の隣にあった天授院。

元は京都の心平寺という建長寺の近くのあったお寺の地蔵堂だそうです。禅宗様の様式で、結構かっちりした印象かな。原三渓は持仏堂として使っていたようです。
こちらは聴秋閣からちょっと奥に行ったところにあった春草廬。


こちらは織田信長の弟の織田有楽斎(長益)が建てたと伝わる茶室で、元は京都にあったようです。窓が九つあるので、九窓亭とも呼ばれていたのだとか。近くには苔が絨毯のようになっていて侘びた雰囲気となっていました。
内苑には他にもいくつか建物(茶室など)がありました。そして最後に内苑の門のすぐ近くにある記念館を覗いてみました。
こちらは三渓記念館。

中は撮影禁止で、メモも取らなかったのですが、こちらには下村観山や横山大観、速水御舟といったゆかりのある画家の作品や、襖絵のオリジナル、原三渓 自らが描いた書画なども展示されています。原三渓とはいかなる人物だったのかがよくわかる記念館です。
こちらは記念館から観た庭の風景。

生垣があり、こちらも別天地といった趣きでした。
ということで、非常に趣味の良い建物が多く並ぶ庭園でした。ここは意外と知られていないようですが、横浜にありながらも野山が残っているなど、気持ちの良いところですので晴れた日に遊びに行くと特に楽しめると思います。蛍の時期や紅葉なども見どころのようですので、またいずれ時期を変えて行ってみたいと思います。
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前回ご紹介した三渓園の外苑を散策した際、合掌造りの家と旧燈明寺本堂の間辺りにある「待春軒」というお店で、休憩がてら お茶してきました。

【店名】
待春軒
【ジャンル】
お食事処・甘味処
【公式サイト】
http://www.sankeien.or.jp/guide/restaurant.html#03
食べログ:http://tabelog.com/kanagawa/A1401/A140106/14004909/
※営業時間・休日・地図などは公式サイトでご確認下さい。
【最寄駅】
根岸駅・山手駅など
【近くの美術館】
三渓園の中のお店です
【この日にかかった1人の費用】
650円程度
【味】
不味_1_2_3_④_5_美味
【接客・雰囲気】
不快_1_2_3_④_5_快適
【混み具合・混雑状況(土曜日16時頃です)】
混雑_1_2_3_4_⑤_快適
【総合満足度】
地雷_1_2_3_④_5_名店
【感想】
空いていてのんびりとお茶することができました。
さて、このお店は古い建物を集めた三渓園の中にあるのですが、やはりこの建物自体も歴史ある建物で、前回ご紹介した寒月庵と同じく、元は江戸時代の豪商 河村伝左衛門(赤穂藩の豪商)が所有していた建物を栃木県の大嶋製糸場から移築してきたものです。栃木にあった頃はアメリカの18代大統領を務めたユリシーズ・S・グラントも訪れ、昼食を取ったことがあるそうで、中々に由緒ある感じです。三渓園に移築後は初音茶屋と同様に湯茶の接待をしたほか、句会・歌会・茶会なども開かれていたそうです。
こちらが中の写真。

流石に中は現代風に改築されています。
窓際の席だと庭園が望めます。

この写真だとかなり小さいですが、写真の真ん中あたりに猫が草むらで寝そべっているのが見えました。のどかな雰囲気です。
甘味以外にも色々とメニューがあったのですが、この日はあんみつを頼みました。

結構しっかりした甘さで、中には求肥やみかんなども入っていました。お茶はやや塩気のある昆布茶で、甘くなった口をリフレッシュしながら楽しめました。
この日は食べなかったのですが、ここの名物は「三渓そば」という料理らしく、サンプルが置かれていました。

これは三渓園の創設者である原三渓(食通でもあった)が考案したものらしく、原三渓が自信をもって招待客に振舞っていたそうです。今度行く時は食べてみたい…。
ということで、歴史ある建物の中でのんびりと甘味を楽しむことができました。三渓園はかなり広いので、いくつかこうした茶屋のようなものがあり、それも1つの楽しみになるかと思います。私は食べませんでしたが、三渓そばも面白そうなので、三渓園に行く際は立ち寄ってみると良いかもしれません。
次回は三渓園で最も華やかな内苑をご紹介しようと思います。
おまけ:
待春軒の近くには紫陽花が綺麗な所がありました。

6月下旬頃は紫陽花が見頃(ちょっとピーク過ぎ)のようで、園内のあちこちでみかけました。
これはさっきの猫のアップ。

園内には何匹か猫がいるようで、出入り口にも別の猫がいました。

見つけただけで3匹くらいいたかな。のんびり暮らしていました。

【店名】
待春軒
【ジャンル】
お食事処・甘味処
【公式サイト】
http://www.sankeien.or.jp/guide/restaurant.html#03
食べログ:http://tabelog.com/kanagawa/A1401/A140106/14004909/
※営業時間・休日・地図などは公式サイトでご確認下さい。
【最寄駅】
根岸駅・山手駅など
【近くの美術館】
三渓園の中のお店です
【この日にかかった1人の費用】
650円程度
【味】
不味_1_2_3_④_5_美味
【接客・雰囲気】
不快_1_2_3_④_5_快適
【混み具合・混雑状況(土曜日16時頃です)】
混雑_1_2_3_4_⑤_快適
【総合満足度】
地雷_1_2_3_④_5_名店
【感想】
空いていてのんびりとお茶することができました。
さて、このお店は古い建物を集めた三渓園の中にあるのですが、やはりこの建物自体も歴史ある建物で、前回ご紹介した寒月庵と同じく、元は江戸時代の豪商 河村伝左衛門(赤穂藩の豪商)が所有していた建物を栃木県の大嶋製糸場から移築してきたものです。栃木にあった頃はアメリカの18代大統領を務めたユリシーズ・S・グラントも訪れ、昼食を取ったことがあるそうで、中々に由緒ある感じです。三渓園に移築後は初音茶屋と同様に湯茶の接待をしたほか、句会・歌会・茶会なども開かれていたそうです。
こちらが中の写真。

流石に中は現代風に改築されています。
窓際の席だと庭園が望めます。

この写真だとかなり小さいですが、写真の真ん中あたりに猫が草むらで寝そべっているのが見えました。のどかな雰囲気です。
甘味以外にも色々とメニューがあったのですが、この日はあんみつを頼みました。

結構しっかりした甘さで、中には求肥やみかんなども入っていました。お茶はやや塩気のある昆布茶で、甘くなった口をリフレッシュしながら楽しめました。
この日は食べなかったのですが、ここの名物は「三渓そば」という料理らしく、サンプルが置かれていました。

これは三渓園の創設者である原三渓(食通でもあった)が考案したものらしく、原三渓が自信をもって招待客に振舞っていたそうです。今度行く時は食べてみたい…。
ということで、歴史ある建物の中でのんびりと甘味を楽しむことができました。三渓園はかなり広いので、いくつかこうした茶屋のようなものがあり、それも1つの楽しみになるかと思います。私は食べませんでしたが、三渓そばも面白そうなので、三渓園に行く際は立ち寄ってみると良いかもしれません。
次回は三渓園で最も華やかな内苑をご紹介しようと思います。
おまけ:
待春軒の近くには紫陽花が綺麗な所がありました。

6月下旬頃は紫陽花が見頃(ちょっとピーク過ぎ)のようで、園内のあちこちでみかけました。
これはさっきの猫のアップ。

園内には何匹か猫がいるようで、出入り口にも別の猫がいました。

見つけただけで3匹くらいいたかな。のんびり暮らしていました。
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先週の日曜日に、横浜(根岸辺り)にある三渓園に行ってきました。最近、ちょうど多くの美術館が展覧会の境目となっているので、その間を縫って建物めぐりをしていますw

公式サイト:http://www.sankeien.or.jp/
この日、最寄りの駅からではなく桜木町駅からバスに20分くらい乗って行きました。バス停からも5分くらい歩いたかな。(何故か帰りは同じ所にバス停が無くて10分くらい歩きました) 園内はかなり広いので混雑している感じは無かったですが、菖蒲の季節などは人気があるようです。
さて、この三渓園は生糸貿易で財を成した明治期の実業家 原三溪が1906年に一般公開した広大な庭園で、元々はその40年ほど前に養祖父の原善三郎がこの辺りの土地を買って山荘を建てたのが始まりだったようです。原三渓は幼い頃から絵や漢学、詩文を学んだ芸術に造形の深い人物で、現在の早稲田大学で政治・法律を学んだ後に跡見学校の助教師になり、教え子だった原善三郎の孫娘と結婚して、原家に入籍しました。実業家としても生糸貿易で成功を収め、1902年にこの地に本宅を移して古建築の蒐集を始めたそうです。園内にはかなり多くの建物が建ち並び、大きく分けて外苑と内苑(後に公開された)に分かれていましたので、この記事ではまず外苑について撮ってきた写真と共にご紹介していこうと思います。
※当サイトからの画像および文章の転用は一切禁止とさせて頂いております。
園内の地図。個人の邸宅とは思えないほどの広さです。

入口辺りから観た景色。池があり、丘の上に三重塔がそびえています。

これが横浜の住宅街にあるというのが驚きです。今年はもうシーズンが過ぎてしまいましたが、6月上旬頃には蛍を観るイベントなどもあるようです。
こちらは鶴翔閣という旧原家住宅。

自宅として建てられたもので、横山大観など日本美術院の作家も出入りしていたそうです。残念ながらこの日は貸切でここまでしか観られませんでした。
こちらは先ほど見えていた三重塔。丘を登るのがちょっと大変w 右の写真は三重塔からの風景。風景は地味w

正しくは旧燈明寺三重塔といって京都府の燈明寺にあったものを移築したそうです。燈明寺は天平7年(735年)に聖武天皇の勅願で建てられた寺で、この塔は室町時代のものと考えられているそうです。関東では最古の塔なのだとか。
園内は緑が溢れ、所々にこうした仏像などがあります。

この仏像は出世観音だそうです。近くには竹でできた緑のトンネルがあり、清々しい雰囲気。
塔から少し離れたところに瓦礫が積もった場所がありました。

もとはここに松風閣という初代の原善三郎が建てたレンガ造りの別荘があったようです。伊藤博文が名付け親で、原三渓が先ほどの鶴翔閣を建てた後はゲストルームとして使われていたようですが、関東大震災で焼失したのだとか…。下村観山が描いた障壁画もあったそうで惜しい限り。
こちらは松風閣の隣にあった展望台。

中はこんな感じ。

こちらが展望台からの眺め。

昔は東京湾を望む絶景だったようですが、今は工業地帯と道路くらいしか見えません。何とも無粋な…。
この後は内苑を見て回ったのですが、それは次回にご紹介するとして丘の下の外苑の残りの部分を先にご紹介します。
こちらは高浜虚子の句碑。「鴨の嘴(はし)より たらたらと 春の泥 虚子」と書いてあるそうです。

この三渓園は多くの芸術家に愛されたようで、あちこちにこうした所縁のあるものがあります。
こちらは寒月庵という草庵。

元は赤穂藩の豪商が所有していた建物を移築したもので、忠臣蔵で有名な大石内蔵助のたびたび遊んでいたのだとか。
こちらは初音茶屋。

普通の休憩所に見えますが、ここはアジア初のノーベル文学賞を取ったゴダールや芥川龍之介も書き記しているほど前からあるそうで、以前は中心の炉で麦茶を沸かして訪問者に振舞っていたそうです。
これは旧東慶寺仏殿。

これは1509年に再建された鎌倉東慶寺の仏殿を移築したものだそうで、駆け込み寺や縁切り寺として有名だったそうです。寺まで移築するとは…。
こちらは合掌造り・旧矢野原住宅。

元は白川郷にあったもので、1960年にダムに沈む際に所有者から三渓園に寄贈されたそうです。これは意外と最近の移築ですね。
参考記事:二川幸夫・建築写真の原点 日本の民家一九五五年 (パナソニック 汐留ミュージアム)
ここは中に入ることもできました。外は蒸し暑い季節でしたが、中に入ると結構涼しかったのが驚き。

こちらは2階。

農具などが展示されていました。
これは中の間

仏間の前室を兼ねているそうです。幾何学的でスッキリした印象を受けます。
こちらは奥座敷。

格調高い落ち着いた雰囲気で、書院などもありました。
これは中の間と奥座敷の間の欄間。

山間にあって海への思いを馳せた錨が透かし彫りになっています。これは面白い。
同じく中の間と奥座敷の間の欄間。

こちらは扇面散らしとなっていました。
この後、もう1つ見どころの建物があったのですが、これは別の記事でご紹介します。
こちらは旧燈明寺本堂。

先ほどの三重塔と同じお寺のお堂かな。こちらも立派な建物です。
池の中には島のような所があり、これは歓心橋という楠木正成に由来のある歓心寺から取られているそうです。(すぐ近くに歓心寺にあった社殿があります)

この建物は詳細はわかりませんでしたが、訪れた人が座ってのんびりと景色を楽しんでいました。
ということで、非常に沢山の建物があり広さにも驚かされる所です。しかも由緒ある建物ばかりで、日本建築の美しさが堪能できます。他にもまだまだ魅力的な建物がありましたので、続けて紹介していこうと思います。

公式サイト:http://www.sankeien.or.jp/
この日、最寄りの駅からではなく桜木町駅からバスに20分くらい乗って行きました。バス停からも5分くらい歩いたかな。(何故か帰りは同じ所にバス停が無くて10分くらい歩きました) 園内はかなり広いので混雑している感じは無かったですが、菖蒲の季節などは人気があるようです。
さて、この三渓園は生糸貿易で財を成した明治期の実業家 原三溪が1906年に一般公開した広大な庭園で、元々はその40年ほど前に養祖父の原善三郎がこの辺りの土地を買って山荘を建てたのが始まりだったようです。原三渓は幼い頃から絵や漢学、詩文を学んだ芸術に造形の深い人物で、現在の早稲田大学で政治・法律を学んだ後に跡見学校の助教師になり、教え子だった原善三郎の孫娘と結婚して、原家に入籍しました。実業家としても生糸貿易で成功を収め、1902年にこの地に本宅を移して古建築の蒐集を始めたそうです。園内にはかなり多くの建物が建ち並び、大きく分けて外苑と内苑(後に公開された)に分かれていましたので、この記事ではまず外苑について撮ってきた写真と共にご紹介していこうと思います。
※当サイトからの画像および文章の転用は一切禁止とさせて頂いております。
園内の地図。個人の邸宅とは思えないほどの広さです。

入口辺りから観た景色。池があり、丘の上に三重塔がそびえています。


これが横浜の住宅街にあるというのが驚きです。今年はもうシーズンが過ぎてしまいましたが、6月上旬頃には蛍を観るイベントなどもあるようです。
こちらは鶴翔閣という旧原家住宅。

自宅として建てられたもので、横山大観など日本美術院の作家も出入りしていたそうです。残念ながらこの日は貸切でここまでしか観られませんでした。
こちらは先ほど見えていた三重塔。丘を登るのがちょっと大変w 右の写真は三重塔からの風景。風景は地味w


正しくは旧燈明寺三重塔といって京都府の燈明寺にあったものを移築したそうです。燈明寺は天平7年(735年)に聖武天皇の勅願で建てられた寺で、この塔は室町時代のものと考えられているそうです。関東では最古の塔なのだとか。
園内は緑が溢れ、所々にこうした仏像などがあります。


この仏像は出世観音だそうです。近くには竹でできた緑のトンネルがあり、清々しい雰囲気。
塔から少し離れたところに瓦礫が積もった場所がありました。

もとはここに松風閣という初代の原善三郎が建てたレンガ造りの別荘があったようです。伊藤博文が名付け親で、原三渓が先ほどの鶴翔閣を建てた後はゲストルームとして使われていたようですが、関東大震災で焼失したのだとか…。下村観山が描いた障壁画もあったそうで惜しい限り。
こちらは松風閣の隣にあった展望台。

中はこんな感じ。

こちらが展望台からの眺め。

昔は東京湾を望む絶景だったようですが、今は工業地帯と道路くらいしか見えません。何とも無粋な…。
この後は内苑を見て回ったのですが、それは次回にご紹介するとして丘の下の外苑の残りの部分を先にご紹介します。
こちらは高浜虚子の句碑。「鴨の嘴(はし)より たらたらと 春の泥 虚子」と書いてあるそうです。

この三渓園は多くの芸術家に愛されたようで、あちこちにこうした所縁のあるものがあります。
こちらは寒月庵という草庵。

元は赤穂藩の豪商が所有していた建物を移築したもので、忠臣蔵で有名な大石内蔵助のたびたび遊んでいたのだとか。
こちらは初音茶屋。

普通の休憩所に見えますが、ここはアジア初のノーベル文学賞を取ったゴダールや芥川龍之介も書き記しているほど前からあるそうで、以前は中心の炉で麦茶を沸かして訪問者に振舞っていたそうです。
これは旧東慶寺仏殿。

これは1509年に再建された鎌倉東慶寺の仏殿を移築したものだそうで、駆け込み寺や縁切り寺として有名だったそうです。寺まで移築するとは…。
こちらは合掌造り・旧矢野原住宅。


元は白川郷にあったもので、1960年にダムに沈む際に所有者から三渓園に寄贈されたそうです。これは意外と最近の移築ですね。
参考記事:二川幸夫・建築写真の原点 日本の民家一九五五年 (パナソニック 汐留ミュージアム)
ここは中に入ることもできました。外は蒸し暑い季節でしたが、中に入ると結構涼しかったのが驚き。

こちらは2階。

農具などが展示されていました。
これは中の間

仏間の前室を兼ねているそうです。幾何学的でスッキリした印象を受けます。
こちらは奥座敷。

格調高い落ち着いた雰囲気で、書院などもありました。
これは中の間と奥座敷の間の欄間。

山間にあって海への思いを馳せた錨が透かし彫りになっています。これは面白い。
同じく中の間と奥座敷の間の欄間。

こちらは扇面散らしとなっていました。
この後、もう1つ見どころの建物があったのですが、これは別の記事でご紹介します。
こちらは旧燈明寺本堂。

先ほどの三重塔と同じお寺のお堂かな。こちらも立派な建物です。
池の中には島のような所があり、これは歓心橋という楠木正成に由来のある歓心寺から取られているそうです。(すぐ近くに歓心寺にあった社殿があります)


この建物は詳細はわかりませんでしたが、訪れた人が座ってのんびりと景色を楽しんでいました。
ということで、非常に沢山の建物があり広さにも驚かされる所です。しかも由緒ある建物ばかりで、日本建築の美しさが堪能できます。他にもまだまだ魅力的な建物がありましたので、続けて紹介していこうと思います。
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Author:21世紀のxxx者
多分、年に70~100回くらい美術館に行ってると思うのでブログにしました。写真も趣味なのでアップしていきます。
関東の方には休日のガイドやデートスポット探し、関東以外の方には東京観光のサイトとしてご覧頂ければと思います。
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展覧会年間スケジュール (1都3県) 【2022年07月号】 (07/07)
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展覧会年間スケジュール (1都3県) 【2022年04月号】 (04/01)
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【密蔵院】の安行寒桜の写真 (03/27)
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大・タイガー立石展 世界を描きつくせ!【うらわ美術館】 (03/14)
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大・タイガー立石展 世界を描きつくせ! 【埼玉県立近代美術館】 (03/07)
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もうすぐ再開予定 (02/28)
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鎌倉の写真 (2021年11月) (01/18)
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今後の更新について (01/14)
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保岡勝也 「旧山崎家別邸」 (01/09)
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展覧会年間スケジュール (1都3県) 【2022年01月号】 (01/01)
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