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小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌 【東京ステーションギャラリー】

2週間ほど前に東京ステーションギャラリーで「小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌」を観てきました。この展示は既に終了しておりますが、鳥取に巡回予定なので記事にしておこうと思います。

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【展覧名】
 小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌

【公式サイト】
 https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202110_kobayakawa.html

【会場】東京ステーションギャラリー
【最寄】東京駅

【会期】2021年10月9日(土) ~ 11月28日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
この展示は日時指定予約制だったこともあり混むこともなく自分のペースで観ることができました。

さて、この展示は小早川秋聲[こばやかわしゅうせい/本名・盈麿(みつまろ)/1885-1974]という京都を中心に活躍した画家の初めての大規模な回顧展となります。

小早川秋聲は1885年に鳥取日野町の光徳寺の住職の長男として生まれました。母親の里である神戸の九鬼子爵邸内で育ち、9歳の時に東本願寺の衆徒として僧籍に入ります。その後、画家になることを志すようになり、京都の日本画家 谷口香嶠に入門し、1909年には京都市立絵画専門学校に入学しています。しかし、間もなく退学して中国に渡り、東洋美術を研究するようになりました。師の没後は京都画壇の巨匠である山元春挙に師事して画技を磨き、文展・帝展で入選を重ねていきます。小早川秋聲は旅をよくした画家で、青年期からしばしば中国に渡り1920年からは西洋美術を学ぶために欧州も巡っています。1926年には北米を訪問し、反日機運の高まりを抑える為に日本美術の紹介に尽力するなど海外でも活動しました。やがて1931年に満州事変が勃発すると、それ以降は従軍画家として度々戦地に派遣され、戦争画を多く描いています。その内の1枚の「國之楯」は軍に受け取りを拒否され、長く秘匿されていましたが戦後に自らの手で改作され、現代では代表作となっています。
こんな感じで戦前・戦中・戦後と活躍していたものの、従軍画家として軍に協力していたということもあってか、ちょっと忘れられた存在となっていたわけですが、今回はその代表作の「國之楯」などを含めてその全容を知ることの出来る内容となっていました。時代ごとに章分けされていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。

ちなみに公式サイトの漫画が非常に参考になるので、先に読んでおくと理解しやすいと思います。
 参考リンク:公式の漫画


<1 はじまり 京都での修業時代>
まずは修行時代のコーナーです。先述の通り鳥取のお寺で生まれたのですが、母は摂津国三田藩の藩主である九鬼隆義の義妹で、母の里で育つことになります。幼少から絵を好み、中学の時には博物館に通い模写などをしていたようです。1901年に谷口香嶠に師事し自邇会に入り、歴史画を多く描きました。日露戦争では1905年に見習い士官として従軍し、陸軍騎兵少尉にまでなっています(そのため、馬に詳しい) 1909年に京都市立絵画学校が開校すると師が教授だったので一旦は入学したものの間もなく退学し、中国へ東洋美術を学びに行きました。1913年にまた1年半ほど中国に渡り 名勝古跡などを巡って、その翌年に記念画会を開催されると そこに春挙塾の画家が出席したのが縁で後の師の山元春挙と出会っています。ここにはそうした時期の作品が並んでいました。

1 小早川秋聲 「山中鹿介三日月を拝する之図」
こちらは鎧姿の烏帽子の武士が手を合わせて祈る様子が描かれています。かなりボロボロで古い絵に見えますが、10代後半頃の作品のようです。モチーフは三日月に「七難八苦を与え給え」と祈った山中鹿介の逸話で、月岡芳年が同じ人物を描いた作品を参照しつつ自分のものとして描いたようです。10代にして渋い題材ですが、早くも才能が垣間見える作品でした。

2 小早川秋聲 「露営之図」
こちらは恐らく日露戦争に従軍したときの作品。テントと木を背にして焚き火をしている兵士が3人描かれ、火にあたった顔がぼんやりと浮かんでいます。白い煙が立つものの辺りは真っ暗で、タバコを吸って後ろ向きの兵士などは闇に紛れています。静かではあるもののどこか緊張感があるように思えました。

4 小早川秋聲 「するめといわし」
こちらは京都市立絵画学校に入った頃の課題制作で、その名の通りスルメとイワシが忠実に写生されています。質感を出そうとしてかなり細かく描き込まれ、吸盤までリアルな描写となっていました。

この後に中国に旅行し、小早川は「旅行狂人」と呼ばれるほど旅する画家となっていきます。

6 小早川秋聲 「譽之的」 ★こちらで観られます
こちらは那須与一が的を射る話がモチーフになった作品です。白い馬に乗って海に入り、弓矢を構えて的を見る鎧姿に烏帽子の若者で、鋭い目つきとポーズに緊張感が漲っていました。波の白い飛沫の表現などまで精緻で、高い技術が伺えました。

この辺は歴史的人物などが並びます。たまに南画っぽい画風など若干緩めの作品もありました。


<2 旅する画家 異文化との出会い>
1916年に山元春挙に師事し、画塾 早苗会に入会すると、写生旅行なども盛んな早苗会の影響でますます旅の意欲が旺盛となりました。1918~20年には山陰、南紀、北海道を旅して画文集を刊行しています。1920年末からは西洋に向かい、まず中国へ渡ります。そこで体調を崩して大連で過ごした後、中国国内を巡り 上海を発って インド、イタリア、ドイツ、オーストリア、チェコスロヴァキア、ハンガリー、スイス、フランス、イギリス、ギリシャ、グリーンランド、オランダ、エジプト等、17カ国の美術館・博物館・寺院などを周り、色彩感覚を磨いたようで 画風は明るく瑞々しくなっていきます。1926年に日本美術の紹介を通してアメリカの対日感情を好転するように要請されてアメリカに渡ると、日本画について講演や展覧会を行ったりしたようです。この間にも帝展に大作を出品して発表していて、第11回から永久無審査となっています。この時期は脂が乗っていて、評論家からは「抒情ロマンチシズム」と言われているようです。

13 小早川秋聲 「裏日本所見畫譜」
こちらは色紙サイズの写生スケッチ集で、山陰などで観た風景が描かれています。余部の橋は夜の光景で、蒸気機関車が向かってくる様子が叙情的に描かれていて特に好み。全体的に淡い色彩と素朴な描写となっていて郷愁を誘うものばかりでした。全48図あったのが今は23図だけ現存しているようです。

18 小早川秋聲 「恋知り初めて」
こちらは竹久夢二風の女性を描いたもので、エメラルドグリーンの壁を背景に白いブラウスと黒いスカートの姿で座っています。右上には北斎の山下白雨が忠実に描かれた画中画があり、ブラウスには白いレースがかかなり細かく浮くように描かれているなど、これまでとだいぶ雰囲気が違って見えます。気だるく色っぽい表情で、全体的にぼんやりした色彩と相まってミステリアスな雰囲気となっていました。

この辺には仙人や釈迦を描いた作品もあり、画風も結構色々ありました。

19 小早川秋聲 「旧山河(フルサト)」
こちらは六曲一双の屏風で、右隻には木の元で地べたに座り込んで景色を見下ろす黒い帽子の老人が描かれ、その左側には広々とした山野が広がっています。山に雲や霧がかかり雄大な光景となっていて、集落や花咲く様子などもあって牧歌的な雰囲気でした。

近くにはシルクロードの砂漠のラクダのキャラバン隊を描いた作品もありました。一方で様々な子供の玩具を描いたゆるキャラ的な可愛らしい絵柄(禅画みたな)の作品もあったり、多彩な作風となっていました。

15 小早川秋聲 「追分物語」
こちらは源義経がアイヌの娘が共に大陸に逃げ延びたという民間伝承を題材にした自分の随筆『追分物語』を題材にした作品です。船の上に赤い和服のような着物の上にアイヌの装束を重ねて着ている女性が描かれ、周りは雨が降り波が飛沫をあげて暗い雰囲気です。何か不吉な予感すら感じるような色彩となっていました。

この辺には旅先からのハガキや、ヨーロッパに向かう途中のスケッチなどがあり、タージマハルやエジプトの神殿、ピラミッド、ナポリのベスビオ山などが描かれています。夕景・夜景が多く神秘的な作品ばかりで、好みでした。アルプスで遭難しかけたりロンドン~パリの間で初めて飛行機に乗ったりと盛り沢山な経験をしてきたようです。

41 小早川秋聲 「伊太利所見」
こちらは掛け軸で、海と空と砂浜が一体化したような明るく爽やかな画面で、真ん中に石の門が唐突に建っていてシュルレアリスム的なものを感じます。波の上を鳥らしきものが白い飛沫を挙げていて、長閑で幻想的な美しさがありました。

48 小早川秋聲 「未来」 ★こちらで観られます
こちらは米国に行っていた頃に帝展に出品した作品で、打ち掛けのようなものを掛けて横向きに寝ている少女が描かれています。周りには沢山のおもちゃがあり、金砂子でぼんやりと覆われて夢の中に浮かんでいる情景のように見えます。あどけなくて無垢な雰囲気が出ていて可愛らしい寝顔でした。

近くには雪舟が子供時代に柱に縛られてもネズミを描いたという伝説を題材にした作品がありました。

63 小早川秋聲 「長崎へ航く」 ★こちらで観られます
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こちらはオランダの港から江戸時代の日本へ向けて出発するオランダ人たちの船を描いた作品です。3人の女性と幼い子供の後ろ姿が大きく描かれ、腰に手を当てたりしながら見送っているようです。女の子は日本人形を持っているなど、行き先を暗示しているかな。小早川秋聲はこの絵のためにオランダの更紗を集め、時代考証もしたようです。また、この作品とよく似た構図のポスターがベルギーのデザイナーにかかれていて、渡欧の際に観たと考えられるようです。背中で感情が伝わってくるような面白い構図でした。

この辺には帝展や文展に出した大型作品が並んでいました、

小早川秋聲 「愷陣」 ★こちらで観られます
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帝展の出品作で、戦場から帰った兵士は讃えられ歓待されるのに、戦火を共にした軍馬は埃まみれであるのを、村人が労をねぎらい花で飾ったという漢詩に着想を得ています。白い花が華やいでいて、ややくすんだ馬と比べて強い色彩に感じられます。馬具や馬をよく知っていただけあり、堂々たる雰囲気ですね。


<3 従軍画家として 《國之楯》へと至る道>
続いては従軍画家時代のコーナーです。小早川秋聲は1931年の満州事変の直後に北満州を訪れています。やがて1937年の盧溝橋事件で日中戦争が始まると、10月には東本願寺より従軍慰問使として嘱託されて戦地へと赴き 従軍画家となります。1940年には九段国防館銃後室への献納壁画を制作し、翌年に聖戦美術講演会で藤田嗣治と共に講演を行っています。1943年には陸軍によりビルマに派遣され、その後に代表作となる「國之楯」を手掛け、1944年2月に完成しました。ここにはそうした戦時中の作品が多く並んでいました。

72 小早川秋聲 「細雨蕭々」
こちらは暗い草原の中にぼんやりと光る1つだけのホタルの光を描いた作品。静かで消え入りそうなくらい儚い感じとなっていて、雲母が使われ雨や水滴も表現しようとしているようです。ほぼ真っ暗ですが、繊細な表現となっていました。

67 小早川秋聲 「護国」
こちらは真っ暗な中で」焚き火を囲う兵士たちが描かれた作品。ぼんやりと馬や犬の姿もあり、立ち上る炎が赤々としています。細かい点々が火の粉のように見えて、焚き火の雰囲気がよく出ています。兵士たちは疲れが出ていて休んでいる姿がちょっと悲しくも見えました。
解説によると、この作品は帝展出品の際にはこの周りに小さい絵を14面並べ、行軍仲間を葬る様子なども描かれていたようです。従軍の頃の記憶を元に描いたようですが、どこか儚く物悲しい印象でした。

81 小早川秋聲 「虫の音」
こちらは戦地で地べたに横たわったり うずくまって寝ている兵士が描かれています。空には三日月が浮かび、割と安らかな顔で寝ているように見えるかな。日の丸の扇子を持った者などもいて、祖国を夢で見ているのかもしれません。戦地なのに穏やかな印象で、離れていても家族との結びつきを感じさせるような作品だったのではないかと思います。解説によると九段の壁画にも寝ている姿を描いたそうで、小早川秋聲は戦争に協力的で従軍しつつも、戦争の悲惨さには悲しんでいたようです。

76 小早川秋聲 「護国の英霊」
こちらは1937年当時の教科書に載った作品で、半月の下で土に埋められる兵士が描かれています。3人がスコップで埋めて、7人が敬礼のポーズをしています。全体的に暗く静けさが漂い、沈痛の思いと月光の美しさが妙にマッチしていました。

この辺には家族を失った女性を描いた作品もありました。悲しくも逞しい姿となっています。

92 小早川秋聲 「國之楯」 ★こちらで観られます
こちらが今回の見どころとなる代表作で、亡くなった兵士が仰向けになり、胸の上に手を組んで頭の上には寄せ書きされた日章旗が掛けられています。日章旗の赤い部分がちょうど顔の上になって、顔の形が薄っすらと分かるような感じです。そして顔の周りには仏の光輪のように金の輪があり、亡くなった兵士の尊厳が感じられます。解説によると、周りには元々は桜が降り積もっていたようで、よく観ると塗り潰している痕跡が残っています(厚塗りでひび割れてる) 桜のようにパッと咲いてパッと散るのを美徳とした戦前の価値観を戦後に深く反省してこのような修正をしたようで、タイトルも「軍神」から現在の「國之楯」に変わりました。当時、この絵は英霊を讃える絵とも、死を悲しむ絵とも受け取られ、この絵を観て敬礼する軍人もいれば 泣き崩れた女性もいたようです。その相反する反応もあってか陸軍からは受け取りを拒否されました。観ていると、まるでその場に遺体があるようで、そうした多様な反応も頷けるかな。無言で多くを語ってくるような圧倒的な作品でした。

この隣には下絵がありました。過去にエジプトの棺を似た構図で描いているのも影響しているのかもしれません。戦争への思いや反省も込められた傑作です。


<4 戦後を生きる 静寂の日々>
最後は戦後の晩年のコーナーです。小早川秋聲は戦犯として捕まることも覚悟していたようですが、そうはならなかったようで、戦後間もなく日展の審査員選考委員を務めています。体調を崩し大規模な展覧会にはほどんど出品しなくなり、戦後は仏画や仙人を描いた作品や、干支を書いた作品など小品が多くなっています。また、戦後の作品は表装へのこだわりが特徴で、インドの更紗や西陣織、古代裂などの表装を用いました。1974年に88歳で老衰でなくなり、その後20年ほど忘れられた存在となりましたが1995年に『芸術新潮』に「國之楯」などが掲載され再評価が始まりました。地道な研究の結果が今回の展示へと繋がっています。ここにはそうした戦後の作品が並んでいました。

96 小早川秋聲 「聖火は走る」
こちらは日の丸のシャツを着た聖火ランナーがトーチを持って走る様子が描かれた作品。火は金色で後ろに向かって金砂子が尾を引いて、周りは空に包まれたような感じにかかれています。輪郭が太く、筋肉隆々な感じで厳しい表情が凛々しい雰囲気となっていました。

この地殻には仏画や三猿を描いた作品などもありました。

95 小早川秋聲 「天下和順」 ★こちらで観られます
こちらは上部中央に丸い月輪があり、その下に数え切れないほどの白い服の人たちが踊っている様子が描かれています。踊りの列がうねるようで、所々に金色の瓶が置かれています。ちょっと意図は分かりませんでしたが、大勢いても騒がしいという感じではなく神秘的で、平和を謳歌しているようにも思えました。

最後の辺りには釈迦の出山のシーンを描いた作品などもありました。


ということで、戦争協力によって一種のタブーになってた感じの画家ですが、「國之楯」は特に心を打つ作品となっていました。図録も買って満足度の高い内容でした。もう終わってしまいましたが長く心に残る展示になりそうです。



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白井晟一 入門 第1部/白井晟一クロニクル 【渋谷区立松濤美術館】

先日ご紹介したbunkamuraに行く前に渋谷区立松濤美術館で「白井晟一 入門 第1部/白井晟一クロニクル」を観てきました。

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【展覧名】
 白井晟一 入門 第1部/白井晟一クロニクル

【公式サイト】
 https://shoto-museum.jp/exhibitions/194sirai/

【会場】渋谷区立松濤美術館
【最寄】神泉駅/渋谷駅

【会期】2021年10月23日(土)~12月12日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_③_4_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_③_4_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
この展示は事前予約制となっていて、そのせいもあって、それほど混むこともなく自分のペースで観ることができました。

さて、この展示はこの渋谷区立松濤美術館を設計した白井晟一(しらいせいいち)を紹介するもので、2部構成となっています。1部は今期で生い立ちから晩年までをざっくり紹介するもので、2部は次期の2022年に渋谷区立松濤美術館の建物にスポットを当てて紹介するという内容になるようです。白井晟一は他の建築家と違い、建築ではなく哲学や美術史を学び一級建築士の資格を取りませんでした。しかし、設計のできるスタッフらと共に高い評価を受ける建物をいくつも手掛けました。そうした変わった経歴なども含め、展示は年代ごとに章分けされていましたので、詳しくは各章ごとにご紹介していこうと思います。
 参考記事:建築家 白井晟一 精神と空間 (パナソニック電工 汐留ミュージアム)


<序章 建築家となるまで>
まずは2階からで、最初は建築家になる前の時代についてです。白井晟一は1905年2月に京都に生まれ、戸籍上の本名は成一となります。銅を商う豪商の家でしたが、既に斜陽となり 複雑な家族環境の中で父が早く没してしまいます。その為、12歳の少年期から青年期にかけては20才年上の義兄(姉の夫)で著名な日本画家である近藤浩一路の元に身を寄せました。近藤浩一路の家には多くの画家や文学者が出入りしていたようで、それに刺激を受けていたようですが、転居を繰り返しました。やがて白井晟一は中学を卒業すると受験に失敗し、1924年に19歳で京都高等工芸学校図案科に入学します。白井がいつの頃から建築に興味を持ったのかは不明のようで、むしろ哲学に傾倒していたようです。しかし図案科の教授は建築家の本野精吾で、当時のカリキュラムには建築装飾があったので、建築家の素地となった可能性はあります。1928年に卒業するとドイツのハイデルベルク大学に留学し、そこでの第一志望は哲学科美術史でした。4年間でゴシック建築を観たり、義兄の展覧会でパリを訪れたり、多くの文化人などと出会っています。やがてベルリン大学に移ると、左派の新聞『伯林週報(べるりんしゅうほう)』の編集に携わり、社会主義運動への関心を深めていきます。その流れでモスクワを訪れたこともあるようですが、1933年にシベリア経由で帰国しています。この滞欧期の経験とネットワークが建築家の道に進む際の核心になっていきました。

ここにはまず学生時代のノートが展示されていました。部屋の内部を描いたもので、綺麗にまとまっていて几帳面な感じを受けるかな。図案教育の椅子のデザイン画もあり、当時の学生はミュシャのトレースなどをしていたらしくアール・ヌーヴォー的な装飾に見えました。その先には留学時代の写真があり、義兄の近藤浩一路の展覧会の際に一緒に撮られた写真がパリの新聞に載っていました。精悍な雰囲気がするかな。ベルリン時代の日記なんかもあったのですが、この時代に共産主義思想って、日本人にはかなり危うい活動だったのでは…。


<第1章 戦前期 渡欧をへて独学で建築家へ>
続いては建築家になった頃のコーナーです。近藤夫妻は子どもたちを自由学園に通わせていたので、近隣の南沢学園町に自宅兼アトリエを新築することにしました。設計は建築家の平尾敏也に依頼したのですが、近藤の代わりに白井が建築に関する決定を取り仕切った為、後に平尾は近藤邸について「私ではなく白井が建てた」と語っています。そのため、1936年に完成したこの近藤邸が実質的なデビュー作となります。白井は木造の参考書や建築家の堀口捨己の著書などを読んで独学していたようです。完成した年の『婦人之友』の6月号で早くも取り上げられ、モダニズム風の自邸が高い評価を得て白井の元に設計の依頼が舞い込むようになりました。(近藤の文化人の人脈からの依頼が多い)

「河村邸(旧近藤浩一路邸)」 1935~36年 現存せず  ★こちらで観られます
ここにはその『婦人之友』の記事があり、ハーフティンバー様式に本瓦のモダンな家の外観と内部が載っていました。山小屋っぽさがあって洒落た雰囲気なので、人気になったのも頷けます。その隣には近藤の絵画もあり、当時の人気ぶりが紹介されていました。

「歓帰荘」 1935~37年
第2次世界大戦前の白井の現存唯一の建物の写真で、こちらもハーフティンバー様式となっています。内装だけみると北方ヨーロッパの家(特にドイツっぽいかな)のように見えます。

「嶋中山荘(夕顔の家)」 1941年 現存せず
こちらは中央公論社(ドイツの頃から懇意な出版社)の社長の軽井沢の別荘で、茅葺き屋根で中は和室となっています。しかし横から見ると白壁で洋館っぽい趣きもあってスッキリした印象を受けました。この仕事が気に入られたようで、この社長の別荘の設計を次々と手掛けています。


<第2章 1950~60年代 人々のただなかで空間をつくる>
続いては敗戦直後の頃のコーナーです。ここでは戦後の3つの特徴について取り上げていました。
 1:地域主義的な側面があり、役場や会議所などの仕事が多い
 2:知識人との密接な交流。芸術家や文筆家の家
 3:白井の傍らで仕事を支えた人たち(右腕として精密な図面やスケッチを残した大村健策、初期の白井を助けた広瀬鎌二や笹原貞彦、大工の棟梁の岡野福松など)

「浮雲」 1949~52年
こちらは秋田県の稲住温泉の別棟で、当主は近藤と交流があって戦時中に荷物を疎開させる際に預かってくれていたようです。2階建てで2階のベランダがぐるっと囲っているのが目につきます。斜め格子の窓など北ヨーロッパの山荘を思わせる作りとなっていて、白井はこの建物について「温泉は都会の人は郷土的特性、地域の人は都会的な要素を求める。この2つの要素を兼ね備える意図があった」と語っていたのだとか。確かに山ならではの雰囲気がありつつ洒落ています。

ここには浮雲の離れも含めて細かい図面や、旅館の写真なども並んでいました、内部は和風でスッキリした印象です。

「秋ノ宮村役場」 1950~51年  ★こちらで観られます
こちらは1/50の模型があり、広くて角度の緩やかな切妻屋根が広がっているのが特徴となっています。「翼を広げ、今にも飛び立とうとする鳥」と評されたそうで、それも納得の美しさです。しかし、当時の住民たちは心配したようで、雪の重みに耐えられるか、暖房効率は悪くないか等、実用面について折衝を行っていたそうです。
この建物は設計図もあり、その大胆なデザインと共に精密な作図に驚きます。これは先述の広瀬鎌二が描いたもので、一級建築士の資格を取得しなかった白井を専門的・技術的にサポートしていたようです。広瀬鎌二からも白井に重要な示唆をしていたのではないかと考えられています。また、秋田の仕事の頃から白井の建築を手掛けるようになった大工の岡野福松のエピソードが紹介されていて、白井は金にはならないけど面白いと弟子に語っていたのだとかw 

「四同舎(湯沢酒造会館)」 1957~59年
こちらは美酒爛漫で有名な秋田の酒造会社の工場近くにある市民ホール的な建物です。白タイルの壁に黒塗りの銅板を張った柱があり、モダニズム風の2階建てとなっています。どっしりした四角い建物といった趣きで、堂々たる風格となっていました。

2階奥の展示室には装丁の仕事が並んでいました。懇意だった中央公論社の仕事が多いかな。デザイン画などもあります(★こちらで観られます)。華やかと言うよりは実直で厳格な印象の装丁(本の中身もw)でした。

「煥乎堂」 1953~54年 現存せず
こちらは明治初期創業の書店で、社長は著名な詩人でもあります。白井の最初のRC工法の建物で、吹き抜けのある2階建てとなっています。螺旋階段があったり、ラテン語で「汝の求むものはここにあり」という意味の言葉を玄関の上に飾るなど、洗練された雰囲気がありました。

「松井田町役場」 1955~56年
こちらは妙義山にパルテノンと言われた町役場で、写真を観ると円柱が並ぶベランダとなっていて言い得て妙だなと思わせます。実際、これだけ神殿ぽいと町役場って感じではない気がしますがw

他にも秋田県立美術館の計画などもあり、平べったく四角いシンプルな形となっていました。

「試作小住宅(渡部博士邸)」 1953年 ★こちらで観られます
こちらは1/30の模型があり、幅広の切妻屋根となっています。先程の秋ノ宮村役場に雰囲気が似てるかな。内部の写真は和風となっていて、幾何学的な美しい空間です。この切妻屋根は白井がよく使う屋根かも。

他にも蒐集したドイツの雑誌や、構想のための模型なども並んでいました。

「土筆居(近藤浩一路邸)」 1952~53年 現存せず
こちらは豊島区に建てられた2代目の近藤邸が戦災で消失したので、新たに作られた3代目です。大きく3つの棟に分けられ、母屋はレンガ造りの広い屋根が驚きのデザインとなっています。日本画家というよりは洋画家の家のような…w


<第3章 1960~70年代 人の在る空間の深化>
3章からは地下の展示となります。白井は1962年に親和銀行東京支店、大波止支店を手掛け、さらに本店も3期に渡って実現させました。そして1969年に親和銀行本店で建築年間賞、日本建築学会賞、毎日芸術賞などを受賞しています。白井は、人間生活の秩序のためには個我の妄執を打ち破る人間以上の力を持つ存在を畏敬する感情を欠くことは出来ないと語っていたようで、この時期から内省を促すような建築、どこか宗教的な雰囲気の建築となっているようです。ここにはそうした作品の写真や図面が並んでいました。 …2階に時間を掛けすぎてbunkamuraの予約時間まで残り40分を切ったので足早に観ることにw メモも少なめです。

「虚白庵」 1967~70年 現存せず
こちらは見覚えがありました。白井の自邸ですが現存していません。あまり窓がないというエピソードがあったと思うので、まさに内省する家かなw この家に使われた障子や外灯なども展示されていました。

「サンタ・キアラ館」 1973~74年
こちらはキリスト教の学園の礼拝堂で、石の壁が曲線になっているあたりが松濤美術館とよく似た雰囲気かな。重厚で、威厳が感じられます。

「親和銀行東京支店」 1962~63年 現存せず ★こちらで観られます
これは現像しませんが模型が展示されていて、黒い壁にスリットがあって銀行にしては威圧感があるんじゃないかなw やや冷たい感じもしますが厳かさすら漂う建物です。後で出てくるノアビルに似てるところもあります。

「親和銀行本店」 1966~67年、1968~70年、1973~75年
こちらは凄いインパクトがある建物なので記憶に残ってましたw 3期に渡って作られ、佐世保に現存しています。写真や図面が展示されていて、石造りの壁が銀行のビルというよりは中世の塔みたいな感じに見えます。 円形の中庭に枯山水の庭園があったり、和室などもあるようで、外見とのギャップにも驚きw 堅牢な雰囲気はやはり松濤美術館と似ているようにも思えました。

「ノアビル」 1972~74年
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こちらは1階に模型があり、撮影可能でした。真っ黒でツヤツヤした感じが今見るとプレイステーションみたいな近未来感があるような…w 下の方は石が使われてるのが白井っぽいかも

こちらは実際の建物の写真。
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15階建てで、上層部は在フィジー日本国大使館なども入っているそうです。施主の頭文字のNに由来して白井が名付けたようですが、堅牢さや神秘性がノアの方舟を連想させますね。

「原爆堂計画」 1954~55年 実現せず
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こちらは実現しなかった計画。1階に撮影可能な模型があり、地下ではCGで実現したらこうだったという映像を流していました。
円筒を中心に平たい四角の部屋が浮かんでいるような形の建物で、原爆をイメージしているようです。 

中央の建物のアップ
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核を保持した文明の悲劇そのものと対峙する意想で、敷地も施主も前提としていなかった計画です。

逆から見るとこんな感じ
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モニュメンタルで象徴的な意味がありそうに見えますね


<終章 1970~80年代 永続する空間をもとめて>
最後は晩年についてです。1980年代に松濤美術館と静岡市立芹沢銈介美術館を手掛け、計画を含めると複数の美術館を立案していたようです(実現は先述の2つ) しかし1983年に建設現場で倒れ、その3日後に亡くなってしまいました。ここでは2つの美術館と晩年の建物などが数点紹介されていました。

「静岡市立芹沢銈介美術館(石水館)」 1979~81年
こちらは石組みで出来た建物で、アーチ状の扉があったりしてヨーロッパの古い城などを彷彿とします。全然形は違うものの、石組みや中のアールなどを観ると割と松濤美術館と似ているような気がしました。ここは現存するのでいつか訪れてみたいです。

松濤美術館についてはごく小規模でした。第2部は松濤美術館が主役なので今回は少なめって感じかなw 最後のドローイングがあり、建物を描いたものだけでなく絵画的なものもありました。


ということで、盛りだくさんな内容となっていました。白井晟一は哲学を学んでいたので、どこか観念的というか内省的というか、静かな知性が感じられるように思います。まさにクロニクルとしてその仕事ぶりを網羅しているので、これを機に白井の建築を知ることができる展示です。

おまけ:松濤美術館の外観。次回の展示は建物公開なので主役となります。
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インスタグラム始めました

最近、仕事の確認用にインスタグラムを使うようになったので、ついでにブログのアカウントも作ってみました。ブログで使ったお気入りの写真や、ブログ未使用の写真、過去の写真などを気まぐれにあげて行こうと思います。
 https://www.instagram.com/artanuki/

これは先日ご紹介したbunkamuraからの帰りに撮った写真

これは最近ですが、ブログとは全然関係ないタイミングの写真が多いですw

こちらは最近、鎌倉に行った際に撮ったもの

後日、記事で使おうかと思ってます。

こちらもまだ未紹介の川越で撮った写真

多分これはブログでは使わないかな。ブログではアート作品や建物を真正面から撮った写真を紹介しているので、インスタでは紹介用ではない ちょっと凝った写真をあげようと思ってます。

まだ全然フォローされてませんが、ちょこちょこ地道にあげていこうと思うので、気に入ったらフォローをお願いします。


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ポーラ美術館コレクション展 甘美なるフランス 【Bunkamura ザ・ミュージアム】

この週末に渋谷のBunkamuraで「ポーラ美術館コレクション展 甘美なるフランス」を観てきました。既に会期末なので先にご紹介しておこうと思います。なお、今回の記事で使っている作品の写真は以前にポーラ美術館で撮影可能な時に撮ったものです。今回の展示では撮影禁止となっております。

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【展覧名】
 ポーラ美術館コレクション展 甘美なるフランス

【公式サイト】
 https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/21_pola/

【会場】Bunkamura ザ・ミュージアム
【最寄】渋谷駅

【会期】2021/9/18(土)~ 11/23(火・祝)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 1時間30分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
終盤ということもあってかなり混んでいました。この展示は事前予約制の時間帯指定があり、17時の回しか空いてなかったので1時間でダッシュで観る羽目に…w 

さて、この展示は箱根にあるポーラ美術館が誇るコレクションの中から近代フランス絵画の巨匠たち28名74点も集まったもので、これさえ観ておけば印象派からキュビスムやエコール・ド・パリ辺りまでのメインストリームが分かるという内容となっています。ざっくりと時代や画家、テーマなどで章分けされていましたので、詳しくは各章ごとにご紹介してまいります。冒頭に書いたように、この記事で使ってる写真は主にこちら↓の展示の時に撮ったものです。
 参考記事:100点の名画でめぐる100年の度 (ポーラ美術館)箱根編

<第1章 都市と自然 ―モネ、ルノワールと印象派>
まずはコローから印象派にかけての時代のコーナーです。ここには同時代の風景や人物を描いた作品が並んでいました。

1 ジャン=バティスト=カミーユ・コロー 「森のなかの少女」
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じっと牛を見つめている少女。素朴で穏やかな田舎の暮らしを想像させます。全体的にぼんやりしていて神秘的ですらある。

7 クロード・モネ 「睡蓮」
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モネの代表作の連作からの1枚。優しい色彩で、近くで観ると縦方向に揺らめくようなタッチが確認できます。反射で木の存在や空の様子なども伝わってきますね。

4 クロード・モネ 「サン=ラザール駅の線路」
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こちらもポーラ美術館の誇る人気作。駅や線路というよりは漂う蒸気が主役になっていますね。移ろいゆく大気や光を捉えようとした印象派らしい題材。

3 クロード・モネ 「散歩」
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こちらは最初の妻と乳母と息子を描いたアルジャントゥイユにいた頃の作品。穏やかな光を感じ優雅な雰囲気。幸せな気持ちになります。

2 クロード・モネ 「セーヌ河の支流からみたアルジャントゥイユ」
ドービニーを真似してアトリエ船で川の上から描いた作品で、向こうから3人乗ったボートが近づいていきます。白いマストの小舟などもいて行楽のようですが、空は曇っていて木がしなるなど天気が荒れそうな風の強さを感じます。その場の雰囲気がよく伝わってくるようでした。
 参考記事:
  ポーラ美術館コレクション展 印象派とエコール・ド・パリ 感想前編(横浜美術館)
  モネ、風景をみる眼―19世紀フランス風景画の革新 感想前編(国立西洋美術館)

この展示は絵画だけでなく各所にガレやラリックの香水瓶なども置かれています。化粧品メーカーだけあって、その辺のコレクションも充実していますね

11 ピエール・オーギュスト・ルノワール 「ムール貝採り」
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この美術館のコレクションの中でも特に好きな作品の1つです。印象派に回帰しつつロココ様式の要素が感じられます。それにしても何とも素朴で可愛らしいです

10 ピエール・オーギュスト・ルノワール 「髪かざり」
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こちらを観て微笑む女性が幸せそうな雰囲気です。「絵は楽しくて美しいものでなければならない」という考えを持っていたのがよく分かります。
 参考記事:《ピエール=オーギュスト・ルノワール》 作者別紹介

12 ピエール・オーギュスト・ルノワール 「レースの帽子の少女」
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こちらの人気作もありました。ルノワールは仕立て屋の息子なのでファッションへの力の入れようは他の印象派に比べても際立っています。

ルノワールは他にも裸婦が3点ほどありました。表現と色彩が違っていて、肌に青色が交じるような表現をしていたこともあれば晩年のように滑らかで温かみのある肌の時期もあります。

18 カミーユ・ピサロ 「エラニーの花咲く梨の木、朝」
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こちらは近くで観ると細かい点描で描かれていて、スーラやシニャックといった年下の新印象主義に影響を受けています。最後となる第8回印象派展の出品作なので、歴史的な1枚。(新印象主義の扱いで揉めたのも一因w)

21 アルフレッド・シスレー 「ロワン河畔、朝」
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こちらは通り沿いのショーウィンドウにあった絵葉書を撮ったものです。色が薄めで、青空が非常に爽やかです。最も印象派らしい画家と呼ばれたシスレーですが、特に水辺の光景が多いのが特徴です。


<第2章 日常の輝き―セザンヌ、ゴッホとポスト印象派>
続いては印象派の次の世代を担った画家たちのコーナーです。印象派の絵具を混ぜずにそのまま画面上に配置していき、明るい色彩を表現する「筆触分割」を更に発展させた大胆な作品などが並びます。

29 ポール・シニャック 「オーセールの橋」
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こちらは新印象主義の点描技法で描かれています。紫がかって見える大きめの点がシニャックらしさを感じるかな。手前がやや暗めとなっていて、奥は明るめになっているなど点描でも陰影の表現が巧みです。まるで奥の景色が輝いて見えますね。

24 ポール・セザンヌ 「4人の水浴の女たち」
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こちらは人物が三角形に配置されている作品。セザンヌはこうした構成を意識した作品が多いので、これはそれが特によく現れていると思います。近くで観ると細長いタッチが斜めになっているのが分かり、それもリズムを生んでいました。

25 ポール・セザンヌ 「プロヴァンスの風景」
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セザンヌといえば南フランスの風景で、赤い屋根とクリーム色の家をよく描きました。緑と赤の対比が目に鮮やかで、形態的な面白さもあります。

33 ピエール・ボナール 「地中海の庭」
これは初めて観ました。巨大な作品で、第一次世界大戦の間に描いた装飾画の1点です。そんな暗い世相は全く感じさせない明るい色彩で、黄色いミモザの花に埋め尽くされた画面となっています。右下にはオレンジが入った果物籠を画面左にいる2人の子に差し出す若い女性の姿があり、長閑な雰囲気です。奥には暗めの木々があり、手前の黄色を引き立てています。さらに奥にはヤシの木や青い海と空が広がり、爽やかで心温まる光景でした。

35 ピエール・ボナール 「ミモザのある階段」
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こちらも非常に明るい色彩の作品。ボナールの作品はオレンジや黄色が多いので温かみがありますね。近くで観るとかなり大胆なタッチとなっています。

32 ピエール・ボナール 「浴槽、ブルーのハーモニー」
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こちらはパートナー(後の奥さん)のマルトが水浴している姿。タイトルの通り青の多い画面でそれぞれ違っているのが面白い。神経の病気で1日に何度も風呂に入っていたのでボナールもよくマルトの水浴を題材にしました。ちなみにこのマルトは結婚したときにボナールに8歳も年をサバ読んで伝えていたことが発覚した上に、実はマリアという本名だったことも判明しましたw

26 ポール・ゴーガン 「ポン=タヴェンの木陰の母と子」
崖のような所?でブルターニュ地方の白黒の民族衣装を着た母親がしゃがんで何かしていて、その傍らに子供が立っています。画面の大半は緑が生い茂り、やや暗めの色調かな。見晴らすような構図となっていて、これは浮世絵からの影響があるようです。細長いタッチがリズミカルでした。

27 ポール・ゴーガン 「白いテーブルクロス」
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こちらはゴーギャンにしては優しい色使いに感じられます。ピサロやセザンヌからの影響も現れた1枚。

36 ピエール・ラプラード 「バラを持つ婦人」
こちらは初めて観ました。暗い背景に横向きの女性が描かれた肖像で、肩を出したドレスのような服を着て頭のバラの飾りを手で抑えています。目を閉じているのがメランコリー(憂鬱)の伝統的な表現ですが、ピンクがかった衣装が可憐な雰囲気を出しています。女性の前にはパンや花瓶のようなものもあり、食事しているのかも?? 輪郭線がなく背景に溶け込むようにぼんやりした画風も特徴的で、非常に気に入りました。


<第3章 新しさを求めて―マティス、ピカソと20世紀の画家たち>
続いてはフォーヴィスムやキュビスムの画家のコーナーです。

39 モーリス・ド・ヴラマンク 「シャトゥー」
中央に川向こうの建物が描かれ、それを覆うように手前の木々がアーチのように囲んでいます。色が強くやや平坦なタッチも大胆で、全体的にセザンヌからの影響が感じられます。どうやらこれを描いた場所もセザンヌの作品にあるようで、その敬愛ぶりも伺えました。

近くにはキュビスムになる前のジョルジュ・ブラックの作品などもありました。

43 ラウル・デュフィ 「パリ」
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今回のポスターにもなっている作品で、水彩のように透明感のある色彩ですが油彩です。昼から夜に移り変わるのを屏風のような形式で表現していて、色彩と共にサラサラッと描いた描線が軽やかでした。この流麗さにデュフィの魅力が詰まってます。

近くにフェルナン・レジェも1点ありました。

40 アンリ・マティス 「紫のハーモニー」
こちらは紫のバラ柄の壁紙?を背景にソファらしきものに肘をついて寝そべる薄い紫色の服の女性が描かれた作品です。ややぼんやりして考え事をしている顔に見えるかな。背景のバラと服の色は似ていて、タイトルの通りの調和を感じます。全体的には黄色と紫が多いですが、茎の緑、髪とスカートの黒、唇の赤などが目を引き、鮮やかさも感じられました。このモデルはニースにいた頃に主要なモデルを務めたアンリエット・ダリカレールとのこと。

42 アンリ・マティス 「襟巻の女」
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こちらも今回の目玉作品の1つ。かなり簡略化されていて、色がブロック分けされているように見えるのが面白い。格子もリズムを与えていますね。

この先にはピカソが並んでいました。初期のキュビスム作品、量感ある人物像の古典回帰時代の作品、ジャクリーヌを描いた80歳頃の作品、ゲルニカと同じ年に描いた作品などがあります。ジャクリーヌは近くで観ると筆跡がうねるような大胆さです。


<第4章 芸術の都―ユトリロ、シャガールとエコール・ド・パリ>
最後はエコール・ド・パリの画家たちについてです。

52 モーリス・ユトリロ 「シャップ通り」
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当時完成したばかりのモンマルトルのサクレ=クール寺院が見える坂道を描いた作品。曇天で全体に白っぽく、ユトリロの最も評価の高い「白の時代」に描かれました。構図もしっかりしていてパリの情緒が漂いますね。

54 モーリス・ユトリロ 「ラ・ベル・ガブリエル」
これはパリのモンマルトルのモン・スニ通りにある居酒屋を描いた作品で、周りに行き交う人が描かれている中、左の建物の壁に向かって何か文字を書いている人がいます。これはユトリロ本人らしく、「正面にあるのは私の人生の最良の思い出 モーリス・ユトリロ 1912年10月」と書いているようです。建物の壁や道は非常に厚塗で、引っかき傷のようなものなどもあり質感が見事でした。それにしても居酒屋が最良の思い出って、そりゃアル中になるわな…w

ユトリロは他にもラパン・アジルを描いた作品などもありました。

57 シャイム・スーティン 「青い服を着た子供の肖像」
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ちょっと不機嫌そうな顔をした少女像。この構図やポーズは過去のルーヴルで観たレンブラントなどの巨匠の作品から学んでいるそうです。口をひん曲げて子供っぽい怒り方が逆に可愛いかも?w

59 ジュール・パスキン 「果物をもつ少女」
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「真珠母色の時代」と呼ばれる時代の作品で、淡い独特の色彩で描かれた少女。どこか儚げで虚ろな感じがします。この人もアル中で、この絵の3年後に自殺しています…。その悲しい雰囲気は自身の気持ちかもしれませんね。

62 マリー・ローランサン 「黄色いスカーフ」
黄色いスカーフと白黒の髪飾りをつけた白い肌の女性が描かれた作品。赤い唇と大きな黒目で優美な雰囲気が漂います。ローランサンらしさを感じる画風で、色の明るい時代のものだと思います。

ローランサンは3点ありました。

64 キーズヴァン・ドンゲン 「灰色の服の女」
こちらは灰色のドレスと大きな帽子のベル・エポックの頃の流行のファッションを身にまとった貴婦人を描いた作品。大きな目で白い歯を見せて微笑んでいる表情が生き生きしていて魅力的です。可愛らしくて特に気に入った1枚。

69 キスリング 「ファルコネッティ嬢」
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こちらは通り沿いのショーウィンドウにあった絵葉書を撮ったものです。舞台女優をモデルにしていて、目は遠くを観るような感じですが、澄んだ色合いでやや憂いを帯びています。色が対比的で赤が引き立っていました。

最後はシャガールが並んでいました。

73 マルク・シャガール 「オペラ座の人々」
オペラ座を背景に男女が空を飛んでいる様子を描いた作品で、周りには弦楽器を持って舞い上がる音楽家や自分の頭部を放り投げる軽業師の姿もあります。また、幸福のシンボルの宿り木を男女に捧げる鳥や、左下隅には画家自身の微笑む姿もあり、幸せを祝福しているような雰囲気でした。モチーフなどもシャガールを象徴する感じ。


ということで、非常に充実した内容となっていました。ポーラ美術館はこんなに貸し出しして大丈夫なのか?と思ってしまいますが、出品されていない名作はまだまだ沢山ある素晴らしい美術館です。箱根という絶好の観光地にあり建物も綺麗なので、この展示を観て満足した方も見逃した方も一度はポーラ美術館に訪れてみることをオススメします。



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白壁家 【浦和界隈のお店】

前回ご紹介した埼玉県立近代美術館から1駅分歩いて うらわ美術館の近くにある白壁家という甘味処でお茶をしてきました。

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【店名】
 白壁家

【ジャンル】
 甘味処

【公式サイト】
 食べログ:https://tabelog.com/saitama/A1101/A110102/11039897/
 ※営業時間・休日・地図などは公式サイトでご確認下さい。

【最寄駅】
 浦和駅

【近くの美術館】
 うらわ美術館
 
【この日にかかった1人の費用】
 800円程度

【味】
 不味_1_2_3_④_5_美味

【接客・雰囲気】
 不快_1_2_③_4_5_快適

【混み具合・混雑状況(土曜日16時頃です)】
 混雑_1_2_3_4_⑤_快適

【総合満足度】
 地雷_1_2_3_④_5_名店

【感想】
空いていて自由に席を選べたので2階の窓際に座りました。このお店は うらわ美術館の入っているホテルの目の前にあり、うらわ美術館とセットで訪れやすい場所となっています。(ちなみにこの日、うらわ美術館の展示はやっていませんでしたw)

お店の中の写真は撮り忘れましたが、内装は至って普通で 外観ほどレトロな感じではないです。むしろ数年前に出来たばかりなのでこざっぱりした綺麗な建物です。1階と2階に席があり、2階でも店員さんを呼びやすいので不便することはありませんでした。メニューはあんみつ、冬にはぜんざい、夏はかき氷など和風の甘味となっています。我々はあんみつを頼んでみました。

こちらは白玉クリームあんみつ(850円) お茶も頂けます。
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甘すぎず上品なあんこ、やや甘み強めの求肥、風味の良い黒蜜、心地よい噛みごたえの寒天、さっぱりしたミカンやパイナップル、そこにアイスクリームって感じで、あんみつならではの調和の取れた美味しさでした。強いて言えば白玉は100円分の仕事をしているか微妙なメンバーですが、食感のバラエティが出ますよねw

こちらは抹茶クリームあんみつ(750円)
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クリームが抹茶アイスになった感じです。やや抹茶風味が出るようで、こちらも美味しそうでした。

こちらは栗あんみつにクリームトッピング(700円+100円だったと思います)
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これも基本的にはあんみつ本体は一緒で、栗が付いてくる感じ。メニューにはないクリームトッピングも受け付けてくれたので、クリームあんみつとほぼ同じ構成ですw

ということで、期待通りの甘味を頂くことができました。うらわ美術館の建物内や周辺にも良いカフェがいくつもありますが、こちらは甘味処ということで趣向が違っていて選択肢が増えたように思います。うらわ美術館に行く際に立ち寄りたいお店の1つです。




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美男におわす 【埼玉県立近代美術館】

今日は写真多めです。前回ご紹介した埼玉県立近代美術館の常設を観る前に、特別展の「美男におわす」を観てきました。この展示は既に終了していますが、島根県立石見美術館に巡回するので記事にしておこうと思います。なお、この展示には前期後期の会期があり、私が観たのは後期の内容となります。

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【展覧名】
 美男におわす

【公式サイト】
 https://pref.spec.ed.jp/momas/handsome-men-they-are

【会場】埼玉県立近代美術館
【最寄】北浦和駅

【会期】2021年9月23日(木・祝) ~ 11月3日(水・祝)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_2_③_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
会期末に近かったこともあってか、思った以上に混んでいてチケットを買うのに10分くらいかかりました。とは言え、中はそれほどでもなくほぼ自分のペースで見て回れた感じです。

さて、この展示は「美男」をテーマにしたもので、与謝野晶子が鎌倉の大仏を観て「かまくらや みほとけなれど釈迦牟尼は 美男におはす夏木立かな」と詠んだことにちなんだタイトルとなっています。美人をテーマにした展示に比べると非常に珍しい内容で、古今の日本の絵画を中心に、日本における美少年・美青年を取り上げた作品が並び、それぞれの時代背景や価値観なども反映されたものとなっていました。展示は5章構成で、1章と5章は撮影可能なスポットもありましたので写真も使いながらご紹介していこうと思います。


<第一章 伝説の美少年>
まずは宗教や伝説、歴史上の人物などから美少年を選んだコーナーです。時代も画風も様々なアーティストの作品が並んでいました。

102 入江明日香 「L'Alpha et l'Oméga」
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こちらは六曲一双の巨大な作品。撮影可能だったけどスペースがないので全景は撮れませんでしたw 最近よく見かける現代のアーティストによるものです。
 参考記事:
  巨匠たちのクレパス画展 (東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)
  寺田コレクションの若手作家たち (東京オペラシティ アートギャラリー)

こちらは右隻。タイトルは「始まりと終わり」や「永遠」を意味しているそうですが、具体的な人物名は不明。
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ファンタジックで普通の武者絵とは違った優美さと迫力を感じます。銅板で刷った薄い和紙を切り抜いてコラージュし、ドローイングを施すという独自の技法を用いているそうです。

こちらは左隻。男性とは思えないほど可憐な人物の立ち姿です。
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顔に花が咲いていたり風に溶け込むような感じが静かで、右隻と対照的な雰囲気です。どこか儚げで耽美。

103 入江明日香 「持国天」
104 入江明日香 「廣目天」
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こちらは四天王のうちから二天が並んでいました。普段は筋肉隆々の四天王も入江明日香 氏によると少年のような雰囲気に。2012年に1年間フランスに渡って版画を学んだ際、浮世絵の展覧会を観たのが日本的な表現を取り入れるきっかけになったそうです。ちなみに残りの増長天と多聞天は少女の姿で制作されたのだとか。

こちらは持国天の絵の右の方にいた猫っぽい生き物
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入江明日香 氏の作品をよく観るとマスコットみたいな可愛いキャラがいるのも面白かったです。

4 松元道夫 「制多迦童子」
こちらは不動明王の脇侍の制多迦童子がモチーフで、真っ赤な体と燃え盛る光背で描かれています。杖に肘をついてやや微笑むような表情をしていて、ふっくらした顔つきが可愛らしいようなミステリアスなような不思議な雰囲気でした。

11 菊池契月 「敦盛」
こちらは笛の名手であった平敦盛(能の演目などで有名。一ノ谷の戦いで熊谷直実に討たれるとされるけど史実では生き残っている)を描いたもので、小さな巻物をもって立ち平安貴族のような格好をしています。やや上目遣いで微笑み少女のように可憐で、背景には花が舞い散るなど儚げな印象を強調しているように思えました。


<第二章 愛しい男>
続いては美男の変遷をたどるようなコーナーです。中世は僧侶に使えた稚児や、江戸時代の若衆を愛でる衆道など男色の文化が存在しました。近代に入ると西洋流の写実的な表現を学んだ美術家たちによって瑞々しく健康的な肉体を描くようになり、大正に入るとデカダンスの時代で陰のある退廃的な男性像が生まれています。その後、軍国主義の時代には英雄的な表現となり、戦後になると幻想・異形・ナルシズム・官能などを備えていき、現代の耽美的な雰囲気の男性像に繋がっていきました。

47 金子國義 「メッセージ」
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こちらは1983年の作品で、キリスト教に関連した主題となっています。手に持ったザクロの実はキリスト教の中で復活や神の祝福、教会、殉教者の血などの意味があるのだとか。見た目は現代の人っぽいですが、題材やポーズなどにルネサンス期の巨匠などの影響があるのではないかと思えました。

46 金子國義 「殉教」
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こちらも殉教をテーマにした作品。タイトルの割にあまり怖さはないけど、若く美しい肉体で描かれているのが今回の展示のテーマに沿っているように思えました。

23 菱川派 「花下遊楽図屏風」
こちらは八曲一隻の屏風で、花見をしながら踊ったり琴を弾いたり、囲碁や昼寝をする人の姿などが描かれています。垂れ幕で画面を区切っていて、いくつか場面がある感じです。華やかな雰囲気の中、女性のようにも見える若衆3人が踊るのを愛でる主人らしき姿もあります。元禄の頃の華やかさとあっけらかんとした側面が垣間見られたような気がしますw

26 宮川一笑 「色子(大名と若衆)」
色子とは歌舞伎の舞台に上がった若衆が舞台の外で性を売っていた者たちのことで、絨毯みたいな所で寝そべって客?に手を伸ばしている様子が描かれています。肌が白く艶っぽい感じで、客とは親しげな雰囲気でした。江戸時代は割と男色が盛んだったらしいので、こういう作品も他にもありそうですね。

43 村山槐多 「二人の少年(二少年図)」
こちらは近代の油彩で、寄宿していた小杉未醒の息子と、未醒の妻の弟を描いた作品です。短い髪に着物姿で、丸っこい顔があどけない雰囲気かな。全体的にタッチが粗く赤みがかっているのが村山槐多の特徴に思います。解説によると、村山槐多は中学時代に1つ下の美少年に片思いして敗れた経験があるそうで、その憧れを込めているのではないかとのことでした。初めて聞いたエピソードでちょっと驚き。

この辺には高畠華宵による大正時代の『日本少年』の表紙や、現代の山本タカト 氏 による妖しい色気の「 天草四郎時貞、島原之乱合戦之図」、魔夜峰央 氏の漫画『パタリロ』や『翔んで埼玉』の原画などもありました。急にご当地ネタをぶっ込んできて笑ってしまったw


<第三章 魅せる男>
続いては才能や心意気で魅せる男のコーナーです。1661年~73年頃は男色の対象としての役者を単独で描く一種の美人画のようなものが生まれたそうです。しかしやがて男色の要素は切り離されて、役者絵へと変わっていきました。ここにはそうした役者や侠客などを描いた作品が並んでいました。

53 絵師不詳 「若衆歌舞伎図」
こちらは掛け軸で、扇子を持って舞台で踊る10人の男の歌舞伎衆が描かれています。整然と並ぶ 総踊りと呼ばれるもので、女歌舞伎が禁止されて少年が舞台に上がる若衆歌舞伎が盛んになった頃の光景だと思われます。しかしそれも風紀を乱すということで禁止になるわけですが、ここに描かれた観客は男だけでなく女性や子供までいて、それほど いかがわしい雰囲気は無いように思えました。並んで踊るとか今の少年アイドルみたいw

68 山村耕花 「梨園の華 初世中村鴈治郎の茜半七」 ★こちらで観られます
こちらは艶姿女舞衣の茜半七を演じている大正期の上方歌舞伎を代表する初世中村鴈治郎を描いた作品です。横向きで肌が白く、細い目と赤い唇に色気が漂います。まさに華があって山村耕花の作品の中でも傑作だと思います。

この隣も梨園の華シリーズが並んでいました。山村耕花が好きな私には嬉しいw


<第四章 戦う男>
続いては戦う男を描いた作品のコーナーで、強さや逞しさを感じさせる武士などがモチーフになっていました。

90 安田靫彦 「源氏挙兵(頼朝)」
こちらは門の前で長刀を手に持って立つ源頼朝を描いた作品です。全体的に輪郭で描かれ、強い表情に硬い決意を感じさせます。肩の緑と鎧の赤、烏帽子の黒 以外は白っぽく色彩にアクセントが効いていました。

86 伊藤彦造 「杜鵑一声」
こちらは橋本関雪の弟子の作品で、長い刀を振りかざす男が描かれ その上には月が浮かび 足元には笠のようなものがあります。タイトルはホトトギスのことらしいですが、凛々しく気勢を上げているようで、翻った袴がギリシャ彫刻のような躍動感でした。

この近くには歌川国芳の忠臣蔵(誠忠義士傳)のシリーズなどもありました。国芳の武士たちはポーズもカッコいいw

75-6 月岡芳年 「和漢百物語 小野川喜三郎」
こちらは妖怪退治のエピソードが語られる力士を描いたもので、座り込んでタバコを吸い3つ目のろくろ首の顔に煙を吹き当てています。筋肉隆々ってほどでもないけど肝の座った雰囲気で強そうでした。

和漢百物語は他にも数点ありました。

76-4 月岡芳年 「魁題百撰相 滋野左ヱ門佐幸村」
こちらは真田幸村が傷ついた配下の兵を抱いて薬を飲ませている様子が描かれた作品です。額と肩から鮮やかな血を流していて、血みどろ絵を代表するシリーズとなっています。幸村は慈愛に満ちた表情で、血みどろとのアンバランスさが奇妙な美しさでした。

この近くには益田市のプロジェクトのキャラクターなども並んでいました。

93 テレビアニメシリーズ「聖闘士星矢」
こちらは少年ジャンプで掲載されていた漫画を原作としたアニメシリーズで、オープニングとエンディングの映像が流れていました。子供の頃に楽しみにしていたアニメなので非常に懐かしかったのですが、美少年アニメの先駆けになったとの解説にちょっと衝撃w 確かに美形キャラ多いけどそういう需要があったんですねw

この近くには聖闘士星矢の聖衣の設定資料(アニメ版と漫画版)がありました。アニメ版は玩具を売る為にヘルメットになっててダサいんですよね。。。w

少し先には(5章の内容ですが)『June』という少女向けの男性同士の性愛をテーマにした1980年代の雑誌などもありました。BLってこんな前からあったんですね。お耽美な雰囲気です。


<第五章 わたしの「美男」、あなたの「美男」>
最後は現代アーティストによる多彩な表現となっていて、多くの作品が撮影可能となっていました。舟越桂の妖しく気だるい人物像が撮影出来なかったのはちょっと残念w

99 唐仁原希 「もういいかい」
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この独特の表情に見覚えがありました。この絵ではファンタジックで王子に救出されるのを待つ少女と、神秘的な少女の力で癒やされる傷ついた少年を描いているそうです。棺がちょっと怖いけど、優しい雰囲気があるように思えます。
 参考記事:絵画のゆくえ2019 (東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)
 
101 唐仁原希 「旅に出る虹の子ども」
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こちらはなにか訴えるような目をした少年。中世のような格好をして、虹が出るグラスを持っているなど こちらもファンタジーな印象です。

109 吉田芙希子 「風がきこえる」
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こちらはポリエステル樹脂などを使ったレリーフ作品。まるで女性のような整った顔立ちと、吹き渡る風を感じる髪の動きが涼しげです。やや憂いを帯びた顔が儚い感じ。

105 木村了子 「男子楽園図屏風 − EAST & WEST」
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こちらは女性目線のエロスを標榜する画家によるイケメンたち。明るく爽やかな光景にも見えるけど私には少女漫画とかに出てきそうな感じに見えますw 右隻は肉食系男子、左隻は草食系男子なのだとかw

107 木村了子 「月下美人図」
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こちらは描表装となっている掛け軸。美人ってオッサンの後ろ姿やないか!wと思ってしまいあまり見たいものではないですが、確かに女性から見た美人画ってこんな印象を持つのかもしれませんね。。。

106 木村了子 「夢のハワイ− Aloha 'Oe Ukulele」
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こちらはハワイで寛ぐ男性。男性中心だった絵画界を女性目線にそのまま置き換えると、かつての美人画などはこういう感じでしょうね。ジェンダーの問題なども想起させます。

113-1 市川真也 「Lucky star」
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やけに爽やかな笑顔を魅せる人物を描いた作品。私はこういうキラキラした感じの男子は苦手ですが、これも固定観念から来るものかもしれませんね。

112-1 金巻芳俊 「空刻メメント・モリ」
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メメント・モリは「死を忘れることなかれ」という意味で古い西洋美術では頻出のテーマです。美しい肉体もやがては死んで骸骨になるというのを割とストレートに表現しているように思います。

96 川井徳寛 「共生関係~自動幸福~」
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こちらは今回のポスターにもなっている作品。白馬の王子が女の子に手を差し伸べて助けているように見えるけど、実は戦っているのは天使たちなので自動幸福ということのようです。一方で、天使たちは王子から美しさを吸ってエネルギーを得ているようでもあるので、それが共生関係ということのようでした。コテコテの白馬の王子様像のように見えて皮肉が効いてますねw

98 川井徳寛 「相利共生/Mutualism~automatic ogre exterminator」
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こちらは犬、猿、キジを引き連れて鬼を踏みつける桃太郎と思われる人物。こいつも何もしないでお供が頑張ってますねw 

118 井原信次 「Afterimage」
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こちらは作家自身をモデルにした作品。暗い中に裸で立ち尽くす様子が象徴主義的に思えました。現実的な光景なのに神秘的で面白い

114-1 森栄喜 「"Untitled" from the Family Regained series」
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こちらはセルフタイマーで撮影した架空の家族写真のシリーズの1枚。赤くなっているのは血を思わせ、大事な人との血の繋がりを連想させるようです。身近な人はそれだけで愛しい存在かもしれませんね。

117-2 ヨーガン・アクセルバル 「untitled/1:38AM" from the Go To Become series」
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こちらはスウェーデン出身で東京で活動している写真家の作品。外国人として暮らす孤独や疎外感を自然で癒やしていたそうで、木に抱きついているのが象徴的です。まるで神話の世界のような幻想的な雰囲気を感じます。

116 海老原靖 「colors」
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こちらは32枚の絵から成る作品。友人や映画俳優をモデルに描いているそうで、綺羅びやかな俳優たちは消費される美の象徴であるとのことです。美形でも虚ろな感じの表情が多くてちょっと怖いw ちなみにネクタイの人物は作者本人なのだとか。


ということで、様々な美男を観ることができました。私はその種類の豊富さに感心していたのですが、女性は割とテンション高めに観ていて(特に現代のコーナー)、その温度差も面白かったです。島根に巡回するので、現地に近い方はチェックしてみてください。
 会場:島根県立石見美術館
 会期:2021年11月27日(土)~2022年1月24日(月)


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2021 MOMASコレクション 第2期 【埼玉県立近代美術館】

3週間ほど前に北浦和の埼玉県立近代美術館で展示を観てきました。特別展については準備中なので先に常設についてご紹介しようと思います。なお、この展示は既に終了しておりますが、撮影可能だった作品の写真を使って参ります。

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【展覧名】
 2021 MOMASコレクション 第2期

【公式サイト】
 https://pref.spec.ed.jp/momas/2021momas02

【会場】埼玉県立近代美術館
【最寄】北浦和駅

【会期】2021年07月17日(土)~10月17日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 0時間40分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_③_4_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_③_4_5_満足

【感想】
意外と人が多かったですが、快適に鑑賞することができました。

さて、この展示は常設展で、埼玉県立近代美術館では年4回テーマを決めて入れ替えていて、今回は2021年度の2期となってきました。大きく分けて2つの章から構成されていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。

<1 セレクション>
まずはモネの積み藁など埼玉県立近代美術館が誇る代表的なコレクションが並ぶコーナーです。以前ご紹介したものは除き撮影可能だったものを取り上げます。

レオナール・フジタ 「横たわる裸婦と猫」
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藤田の得意とした裸婦と猫を描いた作品。乳白色と称された微妙な陰影のある白と面相筆で描いた細い線が特徴ですね。この美術館でも特に価値の高そうな1枚。

里見明正 「鏡の前」
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こちらは今回のポスターになっている作品。作者は埼玉県熊谷市出身の画家で、この美術館にほど近い浦和の別所沼畔に住んでいたようです。21年もの間展示されずに倉庫にあったようですが、色彩が強く澄ました感じの女性が可憐で素晴らしい。

瑛九 「十三子姉像」
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こちらの瑛九も浦和にゆかりのある画家。1939年の作品で、恐らく抽象化する前の時代だと思います。静かな色彩でやや硬い表情をしているので厳格そうに見えました。
 参考記事:《瑛九》 作者別紹介

瑛九 「作品(34)」「作品(13)」「作品(47)」「作品(6)」
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瑛九はマン・レイのレイヨグラフの影響を受けてフォトデッサンと呼ばれる写真作品も手掛けていました。レース模様や何かの管のようなものを使っているんでしょうか。ややシュールな雰囲気で写真とは思えない抽象性がありますね。

瑛九 「雲」
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瑛九の代表的な作風といえば点々です。この作品は1959年のかなり細かめの点描となっていて、具象のような抽象のようなものが描かれています。色の対比で花束のようにも思えたり。

瑛九 「出発」
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こちらは1949年頃の作品で、具象と抽象の中間という点では先程と共通していますが輪郭と色面を使った全く異なる画風となっています。瑛九の作品は時代ごとにこんなにも違いがあるというのが数点で分かるのが面白い


<2 色彩と軌跡―ジャコモ・バッラ《進行する線》を起点に>
続いてはイタリア未来派で活躍した画家ジャコモ・バッラ(1871-1958)原画によるカーペットと、色彩や運動への関心があらわれた作品のコーナーです。

ジャコモ・バッラ 「進行する線」
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こちらがバッラ原画のカーペット。バッラには色彩と軌跡の2つの要素があり、1918年には「色彩宣言」を発表し、イタリア未来派の絵画は「色彩の爆発」でなければならないと述べていたようで、この作品のカラフルさを見れば頷けます。一方、1910年の「未来派絵画技法宣言」では「すべては動き、すべては走り、すべては高速で変化する(中略)疾走する一頭の馬の脚は四本ではなく、二十本である。そして、その動きは三角形をなす。」と述べていました。そしてフランスの生理学者エティエンヌ==ジュール・マレが考案したクロノフォトグラフを着想源にして、対照の動きの軌跡を連続撮影のように捉えていきました。この作品では動きはわからないけど左右対称になっていて万華鏡を覗いているような感じがしますね。

エティエンヌ=ジュール・マレ  「鴨、1秒に10イメージ」
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こちらが影響を与えたジュール・マレの作品。連続写真となっていて羽ばたく様子が肉眼以上にはっきりと分かります。止まっているけど躍動感がすごいw

北野謙 「「光を集めるプロジェクト」ダイヤモンドグリッド・東京(反復)2015冬至-2016夏至 」
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こちらは冬至から夏至までの約半年間、カメラのシャッターを開放し続けて撮影された写真を組み合わせたもの。光の軌跡が出ていて太陽の動きが可視化されています。気の遠くなるようなスケールと発想が野村仁に通じるものがあるように思えました。

瑛九 「青の中の黄色い丸」
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こちらのコーナーにも瑛九がありました。1957~58年頃の作品で、こちらは大きめの丸が無数に並び、一層にカラフルな感じになってますね。

白髪一雄 「青波」
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こちらはロープにぶら下がって足を使って描いた作品。その軌跡がダイナミックに残っていて、近くで観るとその凹凸の深さに驚きます。色も爽やかで海を彷彿としました。
 参考記事:《白髪一雄》 作者別紹介

須田剋太 「作品 1964e」
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これも白髪一雄かと思いましたが須田剋太でした。渦巻くような円の赤が強く、力強い印象を受けました。


小部屋には最上壽之のドローイングなどが並んでいました。


ということで、今回はカラフルな作品が多めで瑛九が充実していました。既にこの展示は終了しておりますが、この美術館の常設は見応えがありますので、特別展で立ち寄る際には常設も合わせて観ることをオススメします。


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ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント (感想後編)【東京都美術館】

今日は前回に引き続き東京都美術館の「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」についてです。前編は3章の途中(ゴッホのオランダ時代)までご紹介しましたが、後編ではゴッホの晩年までのコーナーについてご紹介して参ります。まずは概要のおさらいです。

 → 前編はこちら

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【展覧名】
 ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント

【公式サイト】
 https://gogh-2021.jp/
 https://www.tobikan.jp/exhibition/2021_vangogh.html

【会場】東京都美術館
【最寄】上野駅

【会期】2021年9月18日(土)~12月12日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_4_⑤_満足

【感想】

<3 ファン・ゴッホを収集する>
[3-3 画家ファン・ゴッホ、フランス時代]
[3-3-1 パリ]
ゴッホは1886年2月28日頃にパリに到着して画商の弟のテオと暮らし始めました。3ヶ月ほどフェルナン・コルモンのアトリエに通い、そこでロートレックやベルナール等と知り合っています。パリで印象派、新印象主義、浮世絵、アドルフ・モンティセリの絵画などに出会い、自分が時代遅れであることに気づき 新しい表現を試みるようになりました。オランダで学んだドラクロワの色彩理論は変わらず手本にしながら花の静物に何十点も取り組み色調を明るくしていきました。約2年ですっかり表現を刷新しています。

50 フィンセント・ファン・ゴッホ 「草地」
こちらはパリに来てから1年後の作品で、ニューネンで描いた絵の上に描いています。草地が広がり緑が鮮やかで、所々に白やピンクの花が咲いています。細かく描いている訳ではなく、印象派の技法を取り入れた大胆な描法となっているかな。また、モチーフにこうしたものを選んだのは浮世絵の影響のようでした。

52 フィンセント・ファン・ゴッホ 「レストランの内部」 ★こちらで観られます
こちらはレストランの中にテーブルと椅子が並ぶ様子が描かれ、右上には画中画としてゴッホの絵が飾られています。点描で描かれていて新印象主義から影響を受けて試しているのは明らかで、シニャックとは一緒に絵を描いたりする親しい関係だったようです。陰影は浅めですが、誰もいない画面は落ち着いていて静かな雰囲気です。家具類は普通のタッチで描いていたりするので、1枚の中でも様々な技法を試行錯誤しているのが伺えました。


[特別出品 ファン・ゴッホ美術館のファン・ゴッホ家コレクション:オランダにあるもう一つの素晴らしいコレクション]
続いては特別展示のコーナーで、ここはファン・ゴッホ美術館から出品された作品が並んでいます。ファン・ゴッホ美術館は弟テオ(ゴッホの半年後に亡くなってしまった)の奥さんのヨーと 息子のフィンセント・ウィレムに引き継がれたコレクションを核としていて、フィンセント・ウィレムが散逸しないことを願い1960年に財団を設立し、1962年に財団にすべてのコレクションが売却され1973年に美術館として開館しています。ここにはそのうちの4点が並んでいました。

72 フィンセント・ファン・ゴッホ 「黄色い家(通り)」 ★こちらで観られます
↓これは以前にゴッホの家の跡地付近の看板を撮ったものです。
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非常に有名な作品が不意に現れて驚きました。アルルでゴーギャンと共同生活を送った「黄色い家」のある街角が描かれていて、本当に黄色っぽい壁となっています。深い青の空とのコントラストで一層に明るく見えます。街行く人々も長閑な雰囲気で、観ていて清々しい気分になります。

ちなみに現在この家は残っていません。こちらはゴッホゆかりの地巡りで撮った2017年頃の写真
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第2次世界大戦の時に壊れたらしいので、ここも戦場だったのかも。右奥には鉄道の橋が残ってるのがちょこっと写っています。この写真を撮った辺りにラウンドアバウトがあり、それが耳切り事件を起こしたラ マルティーヌ広場となります。
 参考記事: ゴッホゆかりの地めぐり 【南仏編 サン・レミ/アルル】

71 フィンセント・ファン・ゴッホ 「サント=マリー =ド=ラ=メールの海景」 ★こちらで観られます
こちらは海とその上を行く帆船を描いた作品で、波は大きく手前では白い飛沫をあげて荒々しい感じです。絵の具には砂の粒子が含まれているそうで、実際に浜辺で描いたと考えられています。ペインティングナイフを使って描いたらしくタッチの粗さと相まって動きが感じられました。左下に赤でサインをしてあるのは珍しいので自信作なのかも。


[3-3-2 アルル]
続いてはアルル時代のコーナーです。ゴッホは日本に憧れ それを南仏のアルルに見出し1888年2月20日に居を構えました。画家との共同生活を夢見たものの来てくれたのはゴーギャンだけ(しかもテオの仕送り目当て)というのは有名な話ですが、10月23日に合流して たった2ヶ月後の12月23日にはゴッホが自らの耳を切り落とすという事件を起こしました。その治療のために1889年5月にアルルを去っていますが、この短期間でもゴッホとゴーギャンはお互いに影響を与えあっています。

54 フィンセント・ファン・ゴッホ 「夕暮れの刈り込まれた柳」
奥に太陽が描かれ、手前に3本の青い木、その下にはオレンジ色の草が生い茂った様子が描かれています。赤く細い線が多く、太陽から放出されたような黄色が目に鮮やかです。大胆で、燃えるような色彩が見事でした。

この辺には果樹園を描いた作品もありました。3月下旬から花咲く木々に集中して取り組んでいたようです。

56 フィンセント・ファン・ゴッホ 「レモンの籠と瓶」 ★こちらで観られます
こちらは黄色いテーブルに置かれたピンクの籠に入ったレモンや緑の瓶などが描かれた静物です。壁も薄い黄緑で、全体的に緑~黄色がかっていて明るく温かみのある印象を受けます。ゴッホは黄色に魅せられ、色々な黄色を試していたようです。レモンは以前のジャガイモを彷彿とさせますが、色彩はだいぶ変わったのが分かります。なお、この作品はヘレーネ・ミュラーのお気に入りの1枚だったのだとか。

59 フィンセント・ファン・ゴッホ 「緑のブドウ園」
ブドウ畑で日傘を差して歩く女性たちを描いた作品で、空は青々しています。全体的に厚塗りで、筆跡が残っていて近くで観るとウネウネした感じw これは割とモンティセリっぽさが強いんじゃないかと思います。解説によると、この作品は1日で描いたとゴーギャンへの手紙に書かれているのだとか。

58 フィンセント・ファン・ゴッホ 「種まく人」 ★こちらで観られます
太陽を背に種を蒔く農夫が描かれた作品で、ポーズはゴッホが敬愛したミレーの「種まく人」と同じ格好です。オレンジ~黄色がかった麦畑や補色の対比を使った手前の畑など、色彩が強く感じられて この辺はドラクロワの理論からでしょうか。青やオレンジを幾重にも細いタッチで重ねていて、場所によっては盛り上がっています。点描やモンティセリなどの要素も感じられて、ゴッホの中で上手く混じり合っているように思います。放射状の太陽光も力強く特にインパクトがありました。

[3-3-3 サン=レミとオーヴェール=シュル=オワーズ]
最後は精神病院に入院していたサン=レミと、終焉の地であるオーヴェールの時代のコーナーです。ゴッホは1889年5月8日にサン=レミの療養院に自ら入院しました。この地では療養院の部屋から見渡せる周囲のものや散策した周り風景などを描き、アルルの頃よりは色調は落ち着き よりリズミカルな筆使いになっています。発作の時は手本とした画家の版画や自らの作品の模写なども行いました。1890年5月16日に療養院をあとにし、パリ滞在を経て5月20日に北仏のオーヴェール=シュル=オワーズに移り住みました。ここではサン=レミ時代よりも強い色彩を採用し様式的な筆触を抑え、より自由な筆遣いをしています。しかし7月27日に銃で負傷(自殺説が定説)し、2日後に弟テオに看取られながらこの世を去りました。

60 フィンセント・ファン・ゴッホ 「サン=レミの療養院の庭」 ★こちらで観られます
こちらは療養院の庭を描いた作品で、緑の中に黄色や赤の花を咲かす木が描かれています。療養院の黄色っぽい壁も含めて色は鮮やかですが、確かにアルルの頃よりは暗色も使われているように思います。また、輪郭が黒く太くなっていて渦巻くような感じの下草に生命力を感じました。厚塗りも力強いです。

こちらはサン=レミに行った時に撮った療養院の庭の写真
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今でもゴッホが描いた絵の光景が残っています。割と普通の風景なんだけどゴッホが描くと素晴らしい光景となります。

65 「善きサマリア人(ドラクロワによる)」
こちらはドラクロワの模写で、馬から降りる人を抱きかかえる男が仰け反る様子が描かれています。タッチはゴッホらしく長い線を重ねるような感じでうねっているように見えます。ゴッホは画家人生の中でずっとドラクロワを手引にしていたことが分かります。

この近くには「悲しむ老人(「永遠の門にて」)」(★こちらで観られます) という自分の版画を模写した作品もありました。青い服を着ていて、この頃の画風も出ています。

67 フィンセント・ファン・ゴッホ 「夜のプロヴァンスの田舎道」 ★こちらで観られます
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今回の展示のポスターにもなっている代表作で、サン=レミの田舎道にある糸杉を描いています。三日月の浮かぶ空を突き抜けるように そびえる糸杉は、ゴッホがオベリスクのようだと感じた通りの印象で、手前の人の比べるとその大きさがよく分かります。空の深い青と 糸杉の緑、下草の黄色、道の白 などの色彩が響き合っていて細長いタッチが燃え立つように渦巻いています。解説によると、これは記憶と想像を混ぜた光景で、その点はゴーギャンからの影響のようです。また、南仏で最後に描かれた作品とのことで、まさに集大成とも言える傑作でした。

オーヴェール時代の作品は「花咲くマロニエの木」(★こちらで観られます)の1点のみでした。


ということで、後半はゴッホのイメージ通りの鮮やかな色彩や力強いタッチの作品の数々を観ることができました。ゴッホ展は結構な頻度で開催されるように思いますが、クレラー=ミュラー美術館は質・量ともに素晴らしいコレクションを持っているので是非この機に観ておきたい内容だと思います。コロナも落ち着いてきましたが割と混雑しているので、これから観に行かれる方はその点を予め考慮して楽しんで頂ければと思います。



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ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント (感想前編)【東京都美術館】

先月末頃に、平日に休暇を取って上野の東京都美術館で「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」を観てきました。メモを多めに取ってきましたので前編・後編に分けてご紹介していこうと思います。

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【展覧名】
 ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント

【公式サイト】
 https://gogh-2021.jp/
 https://www.tobikan.jp/exhibition/2021_vangogh.html

【会場】東京都美術館
【最寄】上野駅

【会期】2021年9月18日(土)~12月12日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_4_⑤_満足

【感想】
事前予約制ということで予約サイトでカレンダーを見たら、土日は先々まで埋まっていたので有給を取って平日(木曜日)に行ってきました。こういうご時世なので展示が観られるだけ有り難いですが、人気の展示はしばらく難儀しそうです。中に入っても結構混んでいて、どこでも列を組んでいるような感じでした。会期が終わり頃になると予約が取れるかも怪しくなってくるので、観に行く方は早めに予約することをオススメします。

さて、この展示はフィンセント・ファン・ゴッホの世界最大の個人収集家であったヘレーネ・クレラー=ミュラーを通してゴッホを中心にクレラー・ミュラー美術館の所蔵品を紹介する内容となっています。ゴッホは絵画28点、素描・版画20点もあり、その他に著名な近代画家の作品が20点程度並んでいます。また、特別展示としてファン・ゴッホ美術館からも4点の出品があり、非常に充実した貴重な機会です。最初にヘレーネ・クレラー=ミュラーについてのコーナーがあり、その後にゴッホ以外のコレクションで、中盤以降はゴッホを時系列に紹介するような流れとなっています。詳しくは各章ごとに気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。


<1 芸術に魅せられて:ヘレーネ・クレラー=ミュラー、収集家、クレラー=ミュラー美術館の創立者>
まずは今回の展示の主役の1人であるヘレーネ・クレラー=ミュラーについてのコーナーです。ヘレーネ・クレラー=ミュラーは1869年のドイツ生まれで、19歳で海運業を営む夫のアンドレと結婚しました。美術教師のヘンク(ヘンドリクス ベトルス)・ブレマーの講義を受けたことで美術の世界への扉を開き、1907年から夫の支えのもと美術品の蒐集を始めます。ブレマーをアドバイザーとして雇い、1908年にはブレマーが高く評価していたゴッホの作品(「森のはずれ」)を初めて購入し、その後20年間に渡ってゴッホを集めています。1911年には命を落とすかもしれない手術を受けることになり、それを機にコレクションを共有する美術館を作ろうと決意します。そして蒐集開始から6年後にはコレクションを公開して展覧会に貸し出するようになりました。これによってゴッホの名声が高まったので、ヘレーネ・クレラー=ミュラーのコレクションがゴッホ人気の立役者と言っても過言ではありません。ゴッホのコレクションは270点も集め、初期から晩年に至るまでほぼ網羅しています。また、ゴッホ以外も11000点を超えるコレクションを築き、第一次世界大戦や世界恐慌、経営危機などの困難を乗り越えて69歳の時にクレラー=ミュラー美術館を設立しました。ゴッホの影響力の大きさを考えると、美術史をも変えたコレクターと言えそうです。

1 フローリス・フェルステル 「ヘレーネ・クレラー=ミュラーの肖像」 ★こちらで観られます
こちらはヘレーネ・クレラー=ミュラーを描いた斜め向きの肖像です。暗めの背景に暗めの服を着ていて、硬い表情で中年のように見えるかな。1910年作なので恐らく40歳頃だと思います。左側に向ける視線が強く、厳格な雰囲気を感じました。この隣にはブレマーの肖像もあり、そちらは痩せていてやや神経質そうに見えました。

1章の冒頭にゴッホ作品の購入価格がパネルで紹介されていました。最初は3点合わせて買ったようで先述の「森のはずれ」はf110 他は「枯れた4本のヒマワリ」がf4800、「食事休憩中の労働者」がf14で 合わせてf4924で現在の日本円換算にすると683万8619円となります。ほとんどヒマワリの代金なので、「森のはずれ」は15万円くらいかなw 今となっては格安にもほどがあるけど、全く無名だったらこんな値段では売れないので1908年時点でブレマーのように評価している人もいたんでしょうね。


<2 ヘレーネの愛した芸術家たち:写実主義からキュビスムまで >
続いてはゴッホ以外のコレクションのコーナーです。ヘレーネは西欧美術の流れに目を配り、18世紀以前の作品も集めていましたが とりわけ好んだのは19世紀半ばから1920年代の作品でした。しかしドイツ表現主義やフォーヴィスムは買っていないし、ブレマーの勧めなかった印象派もない(少ない)ようです。一方でルドンを熱心に集めたりモンドリアンを好むなど、ブレマーの言いなりではなく自分が共感を覚えたものを集めていたと思われます。ここにはそうしたヘレーネの美意識が反映された作品が並んでいました。

5 パウル・ヨセフ・コンスタンティン・ハブリエル 「それは遠くからやって来る」
こちらはヘレーネが初めて蒐集した作品で、ゴッホが初期に傾倒したオランダのハーグ派によるものです。田園地帯を走る汽車が向こうからやってくる様子が描かれ、周りには電柱が立ち並んでいます。水平線が低めで遠近感と奥行きが強く感じられ、曇ってるのでやや憂鬱さがあるかな。印象派よりも落ち着いた画風で、川辺で釣りをしている人の姿もあり長閑な雰囲気でした。

この近くにはゴッホが敬愛したミレーの作品などもありました

6 アンリ・ファンタン=ラトゥール 「静物(プリムローズ、洋梨、ザクロ)」 ★こちらで観られます
こちらは静物画の名手として知られるラトゥールによる真骨頂とも言える作品。写実的で陰影が深いのですが、ややぼんやりとした感じもあって柔らかい雰囲気と神秘的なものを感じます。背景が暗いので一層に色が響いているように思いました。ちなみにゴッホはラトゥールを絶賛していたのだとか。

印象派は無いって説明でしたが、この辺にはルノワールなどもありました。

9 ジョルジュ・スーラ 「ポール =アン= ベッサンの日曜日」 ★こちらで観られます
フランス国旗などをマストに掲げる船が停泊する港を描いた作品で、周りには建物や堤防なども描かれています。すべて小さい点で描いているのがスーラならではの特徴で、近くで見ると点描なのが分かるけど離れてみるとそれほど違和感はありません。青々とした空が爽やかで、一方で静謐な空気感がありました。

この隣には同じく点描を使った新印象主義の画家シニャックの作品もありました。シニャックとしては点が小さくてスーラに近いように思えたかな。新印象主義は結構豊富にコレクションしていたようです。

14 オディロン・ルドン 「キュクロプス」 ★こちらで観られます
ギリシャ神話の1つ目の巨人を描いた作品で、手前にはニンフのガラテアが岩山に身を隠すように腕を上げて横たわる裸婦として描かれています。巨人の目がギョロっとしていて虚ろで怖いw 全体的に色が多く くすんだ感じなので夢の中のような神秘性があるのがルドンの特徴だと思います。目もルドン頻出のモチーフです。

ヘレーネは最初ルドンは好みではなかったそうですが、次第に理解して多く集めました。この辺には他にベルギー20人会のアンソール、キュビスムのブラック、フアン・グリス、イタリアの未来派のジーノ・セヴェリーニなど幅広いジャンルの作品が並んでいました。

19 ピート・モンドリアン 「グリッドのあるコンポジション5:菱形、色彩のコンポジション」 ★こちらで観られます
こちらは正方形の画面を斜めに(菱形のように)した感じ展示されていて、長方形や正方形、斜め格子などを組み合わせた輪郭線と淡い色面で構成された抽象的な作品です。モンドリアンというと原色のイメージがあるけど中間色なのが面白い。印象派や新印象主義の色彩分割を極めていくとモンドリアンになっていきますw


<3 ファン・ゴッホを収集する>
1つ上の階から3章で、ここからはゴッホ作品が並んでいます。現在のクレラー=ミュラー美術館にはヘレーネの収集した作品のうち油彩83点、素描174点、版画3点が収蔵されています。世界最大のコレクションだけあって、大型のゴッホ展が行われるとだいたいクレラー=ミュラー美術館の名前を見ます。ここはそんな豊富なコレクションを時代ごとに節・項に分けて紹介していました。

参考記事:
 ゴッホ展 感想前編(上野の森美術館)
 ゴッホ展 感想後編(上野の森美術館)
 ゴッホ展 巡りゆく日本の夢 (東京都美術館)
 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった 感想前編(国立新美術館)
 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった 感想後編(国立新美術館)
 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった 2回目感想前編(国立新美術館)
 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった 2回目感想後編(国立新美術館)
 メトロポリタン美術館展 大地、海、空-4000年の美への旅  感想後編(東京都美術館)
 映画「ゴッホ~最期の手紙~」(ややネタバレあり)
 映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」(ややネタバレあり)
 ゴッホゆかりの地めぐり 【南仏編 サン・レミ/アルル】

[3-1  素描家ファン・ゴッホ、オランダ時代]
まずこの節ではゴッホの画家としての始まりから紹介しています。ゴッホは初期にフランソワ・ミレーなどの素描の見本を模写し、人物画家を目指していました。1881年4月にエッテンに移ると、農作業や手仕事をする人物を描き始め、同年12月から暮らしたハーグでは都市風景や養老院の男女の人物素描に取り組みました。大工用の鉛筆やリトグラフ用のクレヨンなど様々な画材を試みながら次第に素描を習得し、1883年12月にニューネンに移ってからは油彩の準備習作として多くの人物素描を手掛けています。しかし1885年11月にオランダを去り1886年2月末からはパリで活動しています。

21 フィンセント・ファン・ゴッホ 「風車[デ・オラニエブーム] 、ドルドレヒト」
川沿いの風車を描いた作品で、写実的で割と丁寧に描かれています。解説によると、ハーグからエッテンへの帰り道で「描きたいと思う場所を列車の中から見つけたから」とこの地に立ち寄ったそうです。画家となる前にも書店員として数ヶ月過ごした町でもあるのだとか。描きたかっただけあって清々しい光景でした

この辺は写実的な作品が並びます。牧歌的だったり自然を描いたものが多く、バルビゾン派の影響かな。なお、ゴッホの初期の3年はほぼ素描のみとなっています。ゴッホは素描を種まきで油彩は収穫と言っていました。

26 フィンセント・ファン・ゴッホ 「読書する老人」
こちらはお気に入りのモデルだった老人を描いた作品で、隣にも同じモデルの肖像が並んでいました。この絵では養老院の老人が椅子に座って本を読んでいて、前かがみで膝の辺りで本を開いています。禿げ気味の頭に険しい表情で、やや窮屈というかバランスが妙な感じもするかな。まだ発展途上といった雰囲気の作品でした。

この辺からは人物素描が並んでいました。

28 フィンセント・ファン・ゴッホ 「防水帽を被った漁師の顔」
こちらはフードのような帽子をかぶった養老院の老人を描いた作品です。シワが克明に描かれ、目の力が強く意思の強そうな顔つきで、元は漁師だったのかな。この頃のゴッホは民衆の顔を描くことに熱心で、顔に刻まれたモデルの苦悩を写すように描いていたようです。モデルが老人なのもゴッホらしさを感じるポイントですね。

29 フィンセント・ファン・ゴッホ 「籠に腰掛けて嘆く女」
こちらは籠に座って両手で顔を抑えて絶望しているような女性を描いた作品です。背景は陰影が分かれていて一層に女性の存在感がましています。ゴッホは嘆く人もよく描いていて、「帰る家を無くし保護を失った時 女性は死ぬ」というジュール・ミシュレの『女』の影響を強く受けていたようです。こちらは感情がダイレクトに伝わってくるようでした。

34 フィンセント・ファン・ゴッホ 「ジャガイモを食べる人々」
↓これは以前の展示のポスターを撮ったものです。
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自信作の油彩作品をリトグラフにしたもので、これを友人のアントン・ファン・ラッパルトに送ったところ「真剣に描いたとは思えない ~中略~ 上辺だけで動きを勉強していない。芸術を横柄に扱うな」と酷評されてしまいました。ゴッホとしてはその手で土を掘ったことを強調したかったようで、手仕事の尊さを訴えているようです。貧しく慎ましい雰囲気が出てるけどちょっと動きがぎこちない感じで、お互いに無関心なようにも見えます。

この辺には農作業する人の版画などもありました。


[3-2 画家ファン・ゴッホ、オランダ時代]
続いての節は油彩初期の作品のコーナーです。ゴッホが初めて油彩を描いたのは1881年10月~11月にかけてで、義理の従兄弟で画家のアントン・マウフェ(アントン・モーヴ)から指導を受けた時でした。様々な材質を描き分ける訓練として静物を制作しています。そして、1883年12月にニューネンに移り住むと本格的に油彩に着手しました。織工を描き始め、バルビゾン派やハーグ派を手本に暗い色調で描いていたのですが、1885年9月にモデルとなった女性を妊娠させたと誤解を受け、モデルをとることができなくなり静物を描きました。そのすぐ後の11月29日にニューネンを去っています。

41 フィンセント・ファン・ゴッホ 「麦わら帽子のある静物」 ★こちらで観られます
こちらが最初の油彩でマウフェの指導を受けて描いた静物です。麦わら帽子、パイプ、陶器の壺、布、瓶など確かに様々な材質のものを並べていて、手前に光が当たり奥が暗い感じになるなど陰影もしっかりと表現されています。質感も豊かで初めての油彩とは思えないほどの出来栄えでした。

42 フィンセント・ファン・ゴッホ 「森のはずれ」 ★こちらで観られます
こちらは1章でご紹介したヘレーネが買った最初のゴッホ作品で日本初公開です。曲がりくねった道とその両脇の背の高いひょろ長の木々を描いているのですが、暗くてタッチも粗目で 地味な印象ではありますw 写実的で人気のあるゴッホの晩年とはだいぶ画風も違っているので、これを最初に買って よくゴッホの魅力に気づいたな…と妙に感心してしまいましたw

45 フィンセント・ファン・ゴッホ 「白い帽子を被った女の顔」 ★こちらで観られます
暗い背景に地黒の女性の顔が描かれた作品です。お世辞にも美人ではないのですが、ゴッホは醜いモデルを選んでいると言われるほど人生が刻まれているような顔のモデルを探して描いていました。この作品ではドラクロワの色彩理論を試みていて、顔に使われた赤と周りの緑が対照的に使われています。それでも重く暗い色調で農婦の苦労が滲み出ているようでした。

この辺には鳥の巣を描いた作品もありました。子供に小遣いを渡して収集して描いたのだとか。


ということで、長くなってきたので今日はここまでにしておきます。一般的に知られるゴッホはパリ以降のフランス時代なので、ここまでは暗くて重い雰囲気の作品が中心となっています。後半は目玉作品が目白押しでしたので、次回は最後までご紹介の予定です。

 → 後編はこちら




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イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜 ― モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン (感想後編)【三菱一号館美術館】

今日は前回に引き続き三菱一号館美術館の「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜 ― モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン」についてです。前編は2章の途中までご紹介しましたが、後編では残りの2~4章についてご紹介して参ります。まずは概要のおさらいです。

 → 前編はこちら

DSC07551.jpg
 
【展覧名】
 イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜 ― モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン

【公式サイト】
 https://mimt.jp/israel/

【会場】三菱一号館美術館
【最寄】東京駅/有楽町駅

【会期】2021年10月15日(金) ~ 2022年1月16日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_4_⑤_満足

【感想】
前編に引き続き、今日は2章からとなります。大部屋だけ撮影可能となっていましたので、そこについては写真を使って参ります。

カミーユ・ピサロ 「豊作」
DSC07592.jpg
こちらは印象派のまとめ役だったピサロの1890年代の作品。年下のスーラの点描を取り入れたのが1880年代だったこともあり、印象派風でありながら所々に点描っぽい感じが残っているようにも思えます。特に対比的な色使いで陰影を表現しているのがさすがです。長閑で穏やかな光景にピサロ自身の人柄が出ているのかも。

カミーユ・ピサロ 「朝、陽光の効果、エラニー」
DSC07598.jpg
木陰で休む女性を描いた作品。緑が非常に鮮やかで爽やかな印象を受けます。エラニーは1884年から住んだ地で、多くの作品が残されています。
 参考記事:《カミーユ・ピサロ》 作者別紹介

カミーユ・ピサロ 「エラニーの日没」
DSC07602_20211107012017815.jpg
こちらもピサロ。光が渦巻くようでちょっと不穏w 三角形に見える雲の形が面白い。新印象主義っぽさも少し感じられますね。

ポール・セザンヌ 「陽光を浴びたエスタックの朝の眺め」
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こちらはセザンヌの故郷であるエクス・アン・プロヴァンスからも近いエスタックの町。後のキュビスムに影響を与えた幾何学的な単純化が見て取れるかな。水彩のような淡い色彩でちょっと粗い仕上がりが逆に瑞々しい思えるのが不思議です。

ポール・セザンヌ 「湾曲した道にある樹」
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こちらもセザンヌ。細長いタッチを並べるような表現で力強さとリズムが感じられます。何気ない風景もセザンヌ風になるのがさすがです。

フィンセント・ファン・ゴッホ 「麦畑とポピー」
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写真でも分かる厚塗り具合がゴッホならではw 色彩も力強く、麦の伸びていく感じも生命力があります。これは特に良かった…

フィンセント・ファン・ゴッホ 「プロヴァンスの収穫期」
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こちらも色彩が目に鮮やかな作品。ゴッホが特に大事にした農民への敬意も感じられます。

大部屋はこの辺までで、この後はまた撮影禁止となります。ここからは文字のみでご紹介

43 ポール・ゴーガン 「ヴィージラールの家」
こちらは1881年の第6回印象派展の「私の地主の所有地」という作品と考えられていて、1877年に移り住んだパリ郊外の街角が描かれています。手前に草の茂った空き地、奥にちょっと段の下がった家々の屋根があり、全体的に穏やかで地味な色彩となっていて技法や主題にピサロとセザンヌの影響が感じられます。まだゴーギャン自身の画風を模索している感じもするかな。

この近くにも1887年のゴーギャンの作品があり、やや色彩が明るくなったのが分かります。
 参考記事:《ポール・ゴーギャン》 作者別紹介

45 ポール・ゴーガン 「ウパウパ(炎の踊り)」 ★こちらで観られます
こちらは1891年の1回目のタヒチ滞在時の作品で、焚き火の周りで2人の踊る女性が描かれ 少し離れたところに座っている人々の姿もあります。画面中央に火を遮るような感じで斜めになった木があり、ジャポニスムからの影響かもしれません。暗闇にオレンジが鮮烈で神秘的かつ力強い印象を受けます。解説によるとこのウパウパの踊りは官能的な動きを問題としてタヒチを支配したフランス人によって禁止されましたが、ゴーギャンは植民地主義的だと反発していたのだとか。

この近くにはルノワールの風景画などもありました。


<III 都市の情景>
続いて3章は都市の風景を描いた作品のコーナーです。ここは点数少なめだけど、今回最も気に入った作品がありました。

47 フィンセント・ファン・ゴッホ 「アニエールのヴォワイエ=ダンジャンソン公園の入り口」
こちらは門のある公園の入り口を描いた作品です。奥には森、手前には道があり右に2人の女性がすれ違う様子が描かれています。まだ暗い色使いで、細い線が並ぶのは印象派から学んだものと思われます。パリに着いたゴッホが変貌していく予兆が感じられる作品でした。

53 レッサー・ユリィ 「夜のポツダム広場」 ★こちらで観られます
こちらが今回特に気に入った作品です。夜の街角が描かれ道を行く人々は傘を差し、路面は建物の灯りを反射しています。青く寒々しい色彩の中に煌めく光が何とも美しく幻想的で、足早に移動している人々の様子にも都会の情感が漂っていました。タッチは粗めで、やや縦に引き伸ばすような感じかな。あまりに良かったので帰りにこの作品だけポストカードを買いましたw

この近くにあったレッサー・ユリィの作品も良かったので、個展を開いて欲しいくらいですw


<特別展示「睡蓮:水の風景連作」>
階段を下った部屋は特別展示で、モネの睡蓮を比較しながら観られるという贅沢な空間となっていました。モネは連作による個展を画商のデュラン=リュエルと約束したものの、幾度も一方的に延期を通告し筆を加え続けました。画廊の一室で48点の睡蓮の連作による個展「睡蓮:水の風景連作」が開催されたのは1909年で、48点のうち21点が1907年に描かれ、その内の8点が対岸の木が影を落とす池の同一の視点から描かれています。残りの13点は縦長で、右にしだれ柳 左にポプラが影を落とし、中央を上から下まで空の光が蛇行する様子となっています。その3点がDIC川村記念美術館所蔵、和泉市久保惣記念美術館所蔵、イスラエル美術館所蔵で、ほぼ同じ構図の東京富士美術館所蔵の睡蓮もあります。

クロード・モネ 「睡蓮」 (DIC川村記念美術館所蔵)
クロード・モネ 「睡蓮」 (和泉市久保惣記念美術館所蔵)
クロード・モネ 「睡蓮」 (東京富士美術館所蔵)
いずれも似た構図で甲乙つけがたい作品ではありますが、川村のはやや青っぽくて色が淡く、赤や青の花が咲いています。和泉市のは光が赤っぽくて周りは暗めで陰影が深めに見えました。こうして比較すると時期や時間帯の違いなども感じられて作者の意図が伝わってくるようですね。


<IV 人物と静物>
最後は人物と静物のコーナーです。

54 ピエール=オーギュスト・ルノワール 「レストランゲの肖像」 ★こちらで観られます
こちらは何かに右手を置いて微笑む男性の肖像です。優しい顔つきで血色が良く、幸せそうな雰囲気がにじみ出ています。背景と体は緑や赤が縦長のタッチで混じり合うように描かれ、右手の辺りはぼんやりとしていて背景に同化しそうなほどですが、顔の辺りは背景が暗くなって表情まで繊細に描かれていました。まるで幸せなオーラが出てるようにも見えるw 解説によるとこの人は結婚の際に証人になってくれた親しい友人なのだとか。

この隣にはドレスの女性を描いたルノワールの作品がありました。割とくっきりとしていて1880年代後半の作品なので古典回帰していた頃のアングル様式かな
 参考記事:《ピエール=オーギュスト・ルノワール》 作者別紹介

68 ピエール=オーギュスト・ルノワール 「花瓶に活けられた薔薇」 ★こちらで観られます
こちらは青っぽい背景にピンクの薔薇が花瓶に活けられている様子が描かれた作品です。背景が静かに燃え立つような感じで、薔薇の赤さを引き立てています。明るい色彩なのに穏やかで、生命力や優しさを感じるのはルノワールならではの魅力だと思います。

この隣にはかなり写実的なルノワールの静物もありました。キャプションの年代不明だけど初期じゃないかな。

64 レッサー・ユリィ 「赤い絨毯」
室内で椅子に座る後ろ姿の黒い服の女性を描いた作品で、布を膝に手繰り寄せて縫い物をしているようです。上部には窓があって向かいの建物が見え、床は赤い絨毯で黒い服が引き立って見えます。すらりとした女性のシルエットが美しく、これまた私の好みでした。今回の展示にあったレッサー・ユリィの作品は全部良いw 解説によると、レッサー・ユリィの母は夫を早くに亡くして小さなリネン店を開いて息子たちを養ったそうで、ユリィにとって裁縫は日常の光景で頻繁に描いたモチーフだったようです。

59 エドゥアール・ヴュイヤール 「長椅子に座るミシア」 ★こちらで観られます
長椅子に座って寛ぐ女性を描いた作品で、ソファに肘をついてタバコを持ってるのかな?? 左手は新聞を広げてじっと読んでいるようです。花柄のソファや壁紙、ドレスなど装飾的な雰囲気となっていて、親密で静かな雰囲気となっていました。解説によると、この女性は友人のピアニストなのだとか。

63 ピエール・ボナール 「食堂」 ★こちらで観られます
テーブルごしの女性を描いた作品で、脇にいる犬の方を向いて世話をしているのかな。犬も大人しそうで可愛らしく顔を出しています。この女性は妻のマルトで、柔らかい色彩でややぼんやりした描写となっています。平坦な感じだけどテーブルの果実は陰影がついて立体的に見えるのが妙な感じだけど面白い。こちらも幸せそうな日常の光景となっていました。


ということで、素晴らしい作品ばかりでした。巨匠の作品だけでなくレッサー・ユリィという画家を知ることができたのが大きな収穫でした。会期は2022年の1月までとなっていますが、会期末が迫ると混雑も予想されますので気になる方はお早めに足を運ぶことをオススメします。



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