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藤田嗣治と愛書都市パリ -花ひらく挿絵本の世紀- 【松濤美術館】

前回ご紹介したカフェに行く前に、渋谷・神泉の松濤美術館で「藤田嗣治と愛書都市パリ -花ひらく挿絵本の世紀-」を観てきました。

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【展覧名】
 藤田嗣治と愛書都市パリ -花ひらく挿絵本の世紀-
 Tsuguharu Foujita and Illustrated Books in 20 Century Paris

【公式サイト】
 http://www.shoto-museum.jp/05_exhibition/index.html#A002

【会場】松濤美術館
【最寄】神泉駅/渋谷駅


【会期】2012年7月31日(火)~9月9日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 1時間30分程度

【混み具合・混雑状況(日曜日13時半頃です)】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_③_4_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
空いていてゆっくり観ることができました。

さて、今回の展示は藤田嗣治(レオナール・フジタ)が手がけた挿絵本についての展示です。ヨーロッパでは挿絵本の歴史は古く、芸術品として1つのジャンルとして確立しているそうで、愛書家によって収集の対象となっているようです。特に19世紀から20世紀にかけては新しい美術の潮流が挿絵本の世界に大きな変化をもたらしたそうで、画商ヴォラールはシャガールやボナール、ピカソなど著名な画家に依頼して限定版の挿絵本を世に送り、その人気の高まりで出版ブームが訪れたようです。
そんな挿絵本の興隆の中で、藤田は1913年にパリに渡り1919年から30点以上の挿絵本を残したそうです。今回の展示ではその最初の仕事から展示されていましたので、詳しくは展示の内容と共にご紹介しようと思います。なお、会場は2階と地下に分かれているのですが、地下は藤田、2階は同時代(エコール・ド・パリなど)の挿絵本のコーナーとなっていました。


<愛書都市パリ-文学者との協働>
まず地下は藤田の挿絵本のコーナーです。1913年に渡仏した藤田が初めて挿絵を手がけたのは1919年で、パリで親しくしていた小牧近江の「詩数篇」という本でした。独自の画風を確立しつつあった藤田は、この詩集において文章に優しく寄り添うような繊細な挿絵を生み出したそうです。そして、その後も1931年にパリを去るまで(1920年代)に藤田はヴォケールやモーランといった多くの文学者との協働によって多彩な挿絵本を制作したようです。ここには1910年代以降の制作から戦後に至るまでの挿絵が並んでいました。

藤田嗣治/小牧近江 「詩数篇」
これが最初の挿絵本となる作品で、頬杖をつく女性の横顔が細い線で描かれています。かなり簡素な感じを受けますが、アンニュイな雰囲気があるように思いました。解説によると、この年(1919年)に藤田はサロン・ドートンヌで出品作6点全てが入選したそうで、パリ画壇の注目を浴びたようです。

藤田嗣治/ジャック・ブランドジョン=オッフェンバック 「エロスの愉しみ」
カラーの水彩画で、8枚並んでいましたが本は10枚の絵から成るそうです。金髪の裸婦と黒髪の裸婦、男、キューピッド(エロス)などが描かれていて、淡い色彩で簡素に描かれた感じがします。その為、よく観る藤田の画風とは違って見えるかな。線描に滑らかさを感じる作品でした。

この辺は何点か著者の肖像を描いた作品が並んでいました。

藤田嗣治 ミシェル・ヴォケール「フジタ」
これは白黒の素描で、細い線を重ねるような手法で、ペンを持つ丸いメガネの藤田と、肩に乗って牙をむき出しにしている猫が描かれています。色はついていないのですが、これは油彩でもよく観る画風&題材かな。この隣には「裸婦と猫」という作品があり、こちらも藤田らしさを感じました。


<記憶の中の日本>
藤田が20年代に手がけた挿絵本には日本のイメージを扱ったものが圧倒的に多いそうで、日本をテーマにした小説や詩集の依頼が増えたそうです。10年以上故国の土を踏むことが無かった藤田にとっては望郷のイメージだったと考えられるようで、ここにはそうした作品が並んでいました。

藤田嗣治/クロード・ファレール(序文) 「日本昔噺」
10枚の絵本のような挿絵で、本格的な日本表象の最初の作例と言えるものです。細い線と淡い色面で描かれていて、草薙の剣、羽衣、養老の滝、姥捨て山、浦島太郎 等など、様々な説話や昔話の場面が描かれています。また、表紙は能面、口絵は仏を描いていて、文字を含めて藤田によって制作されているようです。水、地、空、火といった日本特有のテーマごとに4つのセクションに分けて、それぞれを淡い色彩でまとめたらしく、フランスでも人気を博したとのことでした。確かに日本人にしか描けないような日本っぽさを感じるので、フランス人も異国情緒を感じたんじゃないかな。

この辺は芸者や着物の女性、人力車と傘の女性、雪道を歩く女性など日本的な作品が並んでいました。それぞれ若干 画風が違って見えたのも面白いです。

藤田嗣治/ジュール・ボワシエール 「中毒を就て」
大きめの本で、11点中8点が展示されていました。これはインドネシアの風土や自然、宗教、風習をテーマにしていたジュール・ボワシエールの著書で、この本ではアヘンを題材にしているそうです。横になって長い管でアヘンを吸う人や、露天商、農耕の様子など、主題のアヘンやインドネシアの風土が感じられるような絵が並びます。解説によると、藤田はインドネシアに行ったことが無かったそうですが、テキストを読み込んだりあらゆる資料を手に入れて挿絵に取り組んだそうです。どの程度正確に再現できているかは分かりませんが、まるで観てきたかのような生き生きとした描写でした。

藤田嗣治/ポール・クローデル 「朝日の中の黒鳥」
オレンジの太陽を背に、黒い鳥が羽を開こうとする姿が描かれた挿画です。太い輪郭で描かれていて、結構大胆な印象を受けます。解説によると、これは駐日フランス大使が任期中に書いた本で、歌舞伎、文楽、能、関東大震災の生々しい経験 などについて書かれ、今なお読み継がれているほどの卓越した日本文化論とのことでした。

藤田嗣治/ジャン・コクトー 「海龍」
これはジャン・コクトーが1936年に旅した自らの旅行記(僕の初旅世界一周)の中から日本にまつわる部分を抜粋して再構成した本です。細い線で着物の女性と男性が描かれ、手を広げたマスコットのようなものも2体描かれています。細い線が優美で色っぽく見えるかな。他に、ケンケンパのような子供の遊びや、トカゲのようなもの、日本の調度品などを描いたものもありました。

この辺で一旦入口の方に戻って油彩の作品を鑑賞しました。

藤田嗣治 「目隠し遊び」
中央に目隠しされた黄色い衣の女性、その左右に2人ずつ女性が描かれた作品です。皆、身をくねって足を曲げていて、長い等身と相まって流れるよな構図が面白いです。また、背景には金箔が貼られ、赤、緑、青、赤といった色の女性の服が映えていました。解説によるとこれはまだ有名になる前の作品だそうで、後の作風とはちょっと趣が違って観えましたが、優美でどこか神話的なものを感じました。

藤田嗣治 「二人の女」
2人の女性が手をつないで座っている様子が描かれた作品です。2人ともくすんだ黄土色の服を着ていて、首が長く無表情に見えて若干怖いw 2人の背後には輪郭に沿うような影?が幾重にもあり、オーラのように人物の存在感を出しているように思いました。

藤田嗣治/ジャン・コクトー 「海龍」
先ほどのジャン・コクトーの「海龍」からの素描のような挿絵が並んでいました。髪を結った女性の後姿や、市井の人々、歌舞伎の役者、両手を広げた相撲取りの後ろ姿などが描かれ、細い線で繊細で優美な印象を受けました。

この近くには藤田のエッセイや藤田についての研究本なども展示されています。


<フランス文化との対話>
1931年にフランスを離れ、2年間の南米・北米の旅の後、藤田は16年間日本で活動しました。この時代は本の挿画だけではなく装丁や表紙も含め、幅広いブックワークの仕事を残したようで、フランス時代に日本の様子を描いていたのから一転し、パリのカフェやファッショナブルなパリジェンヌ、のどかな田園風景など、フランス的なイメージを描いたそうです。その後、藤田は戦後の1949年に再び渡仏し、1953年にフランス国籍を取得、さらにその4年後にはカトリックに改宗しています。(レオナール・フジタになったのもこの頃) 2度目の渡仏の後も戦前ほどではないものの、少なからず挿画の仕事をしたそうで、戦後の代表作も含まれているとのことでした。ここにはそうした作品が並んでいます。

藤田嗣治/エリザベス・コーツワース 「夜と猫」
青い表紙に真っ白な猫が描かれた本で、口絵にも猫が描かれています。目を見開いて、ふわふわとした感じがあり、猫の愛らしさと獣としての野生が感じられました。

藤田嗣治/アルベール・フルニエ、ギイ・ドルナン 「しがない職業と少ない稼ぎ」
これはどこかで観た覚えがあるけど、何の時か失念…。カラーの挿画で、パリの風俗をテーマに21枚の挿画があり、8枚展示されていました。白髪の自画像を覗く20枚は1958~59年の油彩の連作「小さな職業人たち」から選ばれているそうで、風船売り、ポスター貼り、小鳥屋、煙突掃除 など様々な職業を子供たちが行なっています。晩年の藤田の画風で、人形のような3~4頭身くらいの子供たちが可愛らしく描かれていました。

この隣には姉妹編とも言えるジャン・コクトー「四十雀」もありました。こちらはちょっと絵本ぽい感じがするかな。また、部屋の逆側にはリトグラフなどが展示されていました。

藤田嗣治 「魅せられたる河」
これはパリのフォーブール・サントルという所に関する本だそうで、洒落た館や美しい町並み、藤田の自画像などが描かれていました。パリの空気やパリ好きだったことが伝わってくるような感じです。

この辺には「[時代の証人]展カタログ」とその表紙の「青春」が展示されていました。3美神像のようで見栄えがします。


<エコール・ド・パリの挿絵本とその時代>
続いて2階は主にエコール・ド・パリや同時代の画家たちの挿絵本のコーナーです。19世紀後半以降 絵画の革新が進み、文学や演劇、バレエ、音楽など、他ジャンルとの協働が見られるようになったそうです。そうした文学と美術の協働は、印刷技術の発達と近代市民社会の確立によって、挿絵本という新たな美術ジャンルを確立させました。1903年にはサロン・ドートンヌに装丁部門が設けられるなど時代の変化があり、その先鞭をつけたのが画商のアンブロワーズ・ヴォラールでした。シャガール、ボナール、ピカソなどを次々とプロデュースしたそうで、その背景には狂乱の時代と呼ばれる文化爛熟期の中で豪華本を愛蔵する愛書家の存在があったようです。
また、ヴォラールの後にもテリア-ドやスキラといった優れた出版者も登場し、豊かな挿画本の文化が花開いたそうです。ここにはそうした時代の作品が並んでいました。(このコーナーはちょっと画家が多くて、全部紹介すると要点がぼやけるので大幅に割愛します)

ジュル・パスキン/シャルル・ペロー 「シンデレラ」
淡いタッチで描かれた挿絵で、パスキンの油彩とも違う印象を受けます。夢のなかのような幻想的な雰囲気で、軽やかな画風に思いました。この物語は誰もが知る内容だと思いますが、シンデレラは案外可愛くなかったような…w

この辺はピカソやデュフィ、ヴラマンクまでありました。ちょっと意外な面々です。

また、北海道近代美術館所有の油彩画も何点かあり、キスリング、ローランサン、ルオー、パスキンなどがありました。


<秩序への呼びかけ>
豪華本の出版が隆盛した1920年代は第一次世界大戦の傷跡が癒えぬ時代のさなかにあり、近代的な科学兵器が使われた戦争は知識人を中心に精神にも計り知れない衝撃と絶望を与えていたようです。その結果、戦後のヨーロッパでは「秩序への呼びかけ」(コクトー著)と称される近代以前の文明に回帰する風潮や古典を見直す動向が生まれました。そして、そうした流れで古代ギリシャの物語「ダフニスとクロエ」やフランスの道徳観を体現する「寓話集」の挿画本が多くの画家により生み出されたそうです。
その後、第二次世界大戦への足音を背景に国粋主義が高まり、ユダヤ人を始め外国人画家が排斥される時代になっていったのですが、挿画の変化にもその流れが読み取れるそうです。ここにはそうした時代の作品が並んでいました。

マルク・シャガール/ロンゴス 「ダフニスとクロエ」
カラーの5枚の作品で、緑や青、赤を背景にダフニスとクロエの物語が描かれています。強い色彩にお得意の画風でシャガールらしい作品じゃないかな。色が印象的でした。

この辺には他にもエルミーヌ・ダヴィッドの挿画やジャン・コクトーによる挿画(画家もやったことがあるためか結構上手い)などもありました。また、少し進むとボナールによるダフニスとクロエの挿絵や、タブロード・パリという本の挿絵、ローランサンの挿絵などもあります。

アンドレ・ドラン/フランソワ・ラブレー 「パンタグリュエル物語」
トランプか版画のような、様式化された雰囲気の画風で描かれた挿絵です。色鮮やかで素朴な味わいがありつつ、その単純化が面白いです。これもどこかで見覚えがあるけど失念。

この近くにはピカソやマティスの挿絵もありました。

最後の部屋は「ラ・フォンテーヌ」の寓話集についてのコーナーです。これは237もの寓話集で、多くはイソップ寓話に基いているようです。幻想的なシャガールの白黒の挿画本や、写実的なギュスターヴ・ドレの本、藤田も参加した複数人に描かれた本、ベルナール・ビュフェの挿絵(ドクロと十字架が描かれるビュフェらしい画風の絵)などもありました。


ということで、油彩画とは違った魅力の世界を知ることが出来ました。藤田は時代によって多彩な画風だと思いますが、こうした挿絵も独特の面白さがあるように思えました。もうすぐ終わってしまいますが、藤田や挿絵本が好きな方には面白い展示だと思います。


 参照記事:★この記事を参照している記事

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No title
初めまして。
藤田嗣治の挿絵展、もうすぐ札幌に来ますね。ずっと、見ようかどうしようか迷ってました。やっぱり見に行こうかな、という気になりました。ありがとうございます。
横浜の美術館めぐりも、とても懐かしく拝見しました。来週上京し、横浜美術館にも行きます。
オーバカナル・ブラッスリーラクラスがある場所、以前は何があったところなのでしょう。ちょっと気になります。
1年の間に、横浜も結構変わってますね。
Re: No title
>あっけままさん
コメント頂きましてありがとうございます。

藤田の絵は結構な頻度で観ますが、挿絵というのは初めてだったので、面白かったです。
特に「海龍」あたりが好みでした。
エコール・ド・パリ関連の北海道近代美術館の所蔵品も中々良いですね^^

横浜のブラッスリーラクラスの前のお店は、相互リンクしている「横浜を好きになる100の方法」のnaotomomoさんが教えてくれました。
前はアンナミラーズだったそうです。私も見たはずなのですが全然思い出せなかったw

浜美術館の奈良美智の展示も面白かったので、ぜひ横浜の展示も楽しんできてください^^
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