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尊厳の芸術展 The Art of Gaman 【東京藝術大学大学美術館】

日付が変わって昨日となりましたが、土曜日のお昼に上野の東京藝術大学大学美術館で「尊厳の芸術展 -The Art of Gaman-」を観てきました。

P10701151.jpg

【展覧名】
 尊厳の芸術展 -The Art of Gaman-

【公式サイト】
 http://pid.nhk.or.jp/event/PPG0151561/index.html

【会場】東京藝術大学大学美術館
【最寄】上野駅(JR・東京メトロ・京成)など


【会期】2012年11月3日(土祝)~12月9日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 1時間00分程度

【混み具合・混雑状況(土曜日13時頃です)】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_4_⑤_満足

【感想】
予想以上に多くのお客さんで賑わっていて、列を組んで観るような感じでした。無料で観られるしNHKでも放送されたからかな。会期末で内容も素晴らしいので今後も混むかもしれません。

さて、今回の展示は「尊厳の芸術展 -The Art of Gaman-」と銘打たれていますが、これは太平洋戦争中にアメリカの日系人たちが収容所に送られた際、そこで作った品々を展示するという内容です。今年は強制収容から70年という節目の年で、今まであまり語られることの無かった日系人の強制収容についても紹介されていました。 今回の展示は写真を撮ることができましたので、いくつかそれを使ってご紹介しようと思います。
 ※いつも通り、文章・画像ともに一切の転載は禁止とさせて頂きます。


<第1章 生活に必要なもの>
まずは生活に必要なものに関してのコーナーでした。戦前・戦中頃にアメリカの西海岸には12万人以上の日本人移民・日系アメリカ人が住んでいたそうですが、真珠湾攻撃から2ヶ月後の1942年2月に大統領令9066号が発せられると、日系人たちは財産や土地を失い手荷物1つで強制収容所に送られたそうです。(日系アメリカ人がアメリカに危険をおよぼすのではないか?と疑われた)
送られたのは内陸の砂漠などで、バラックと呼ばれる粗末な建物でプライバシーもなく砂も吹き込むような生活を送ったようです。ここにはそうした最低限の生活を送る中、乏しい道具と材料で工夫して作り出した品々が並んでいました。

ヘイキチ エザキほか 「杖」
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これは収容所内で歯科医として働いていたチョウトク・ニシ氏の治療に対する感謝のために贈られた杖だそうです。19本贈られたうちの一部で、ツイストしていたり網目模様になっていたりと、木を加工して装飾性を持たせているようでした。辛い生活の中でもお互いに思いやっていたのかな。

ノリチカ アカマツ 「線刻花器」
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こちらは鉄製の花器で、よく観ると側面に梅に鶯がとまっているような絵が線刻されています。そして、この花器の材料は下水道の管なのだとか。材料もない中でこんな風流な絵を描くとは…。逆境でも高い人間性を保っていたことを伺わせます。しかも一介の市民が作っていることに驚きます。

作者不詳 「小引出」
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こちらの引き出しは把手の部分がトランプの柄になっていました。名も無き作り手の洒落たセンスを感じます。強制収容所で作られたという暗い雰囲気がないのが逆に感動させられました。

この辺にはこうした収納具や飾り棚、籠なども展示されていました。その細かく意匠の面白さに驚きます。一般の人がこれだけのクオリティの品々を残したことも特筆すべき点かもしれません。

リュウスケ クロサワ 「ナイフ」
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こちらはくず鉄で出来たナイフ。金属スクラップをボイラーで溶かしハンマーで叩いて加工したようです。道具までも自作とは…。


<第2章 生活を彩るもの>
続いては生活を彩った品々のコーナーです。収容所の人々は鉄条網に囲まれ、原則として外に出ることはできなかったようですが、収容所内の移動は比較的自由で、次第に施設や畑も整備されていったそうです。しかし生活が単調で目を癒すものがなかったので、年配で英語が不自由な人には辛い日々だったらしく、そうした中で置物や遊び道具などもコツコツと手作りされていったようです。ここにはそのような環境で想像力を働かせて作られた品々が並んでいました。

チョウジ ナカン 「花札」
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こちらは絶縁ボードと絵の具で出来た花札。絵柄の色や形の再現度が高く、よく出来ています。これは絵をどうやって描いたのか気になりました。

エドワード ジツエ クルシマ 「おもちゃの汽車」
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くず鉄やくずの木材で作られた汽車。かなり細かく出来ていて、力強い印象を受けます。元の素材がなんとなく分かる部分もあって、創意工夫を感じます。

作者不詳 「造花」
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こちらはパイプクリーナーとマヨネーズのガラス容器でできた造花。非常に華やかで可憐な姿をしています。つらい日々の中でもこれには心癒されそう…。

この辺には収容所の生活を撮った写真もありました。
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造花の展覧会を開いたり、野球をやったりと、芸術やスポーツに打ち込むことで日々の辛さを忘れようとしていたようです。不屈の精神が感じられます。

タキゾウ オバタ 「蛇」
P10702631.jpg P10702611.jpg
これは砂漠にあった木の形を活かして作られた蛇の置物。自然の形を上手く取り入れつつ、舌をちょろっと出したような表現が実に面白いです。ただの木っ端を装飾品に昇華する発想力が凄い。

貝殻で作ったブローチやコサージュが並んでいました。(グレース アヤコ イトウ/イワ ミウラ/ブンゾウ フジモト/タニグチ/ほか)
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収容所は砂漠ですが、地面を掘ると貝殻が出てきたようで、それを組み合わせて作っているようです。最後にあった映像を見るとかなり深く掘らないと貝殻は出ないようなので、これも相当な苦労で作られているのかな…。

これは藤かな。非常に可憐です。
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こちらは恐らく木苺。花はよく観ると貝殻のようです。
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<第3章 生活の記録>
収容所にカメラを持ち込むことはほとんど禁止だったそうで、強制収容所の様子はアメリカ側の写真はあっても実態を生き生き伝える画像は乏しく、戦後のアメリカでもその真実はあまり知られていなかったようです。 しかし、人々は絵でその生活や活動、風景などを描いていたようで、収容所を記録する意図ではなかったとしても、収容所の暮らしをうかがい知る貴重な資料にもなっているようです。ここにはそうした品が並んでいました。

チウラ オバタ 「憲兵に撃たれたワカサ・ハツキ(タンフォーアン集合センター)」
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鉄条網の側で撃たれた人物を描いた作品。やはり収容所だけにこうしたことも起きていたのでしょう。分かっていても衝撃を受けるシーンです。 なお、この作者カルフォルニア大学バークレー校の美術専攻の教授だったそうで、収容者のためのアートスクールを開設したそうです。収容者の芸術家も呼び寄せ美術教育に尽力し、自身も絵日記をつけていたようです。こうした作品は当時の様子を知るのに非常に貴重な資料となっているとのことでした。この辺には何点かチウラ オバタ氏の作品が並んでいます。


<第4章 故国の文化>
最後は日本の文化を感じさせる品々のコーナーです。日本とアメリカが交戦状態で収容所からも出られない人々にとって、故国日本に帰ることは絶望的だったと思われますが、そんな中でも日本の文化と伝統を忘れることは無かったようです。ここには日本的な作品が並んでいました。

ホウメイ イセヤマ 「硯」
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石を削って作られた硯。フクロウの形をした意匠がユニークです。隣には蛙の形の品もあり、遊び心すら感じられます。これも普通に美術品として並んでいてもおかしくない出来栄え。

トミタロウ サノ 「木製の刀と拵」
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木製の日本刀。この作者は武家の出身で、2人の息子に儀礼用の太刀を与えたそうです。まさに日本の心といった品でした。よく没収されなかったな…。

サチコ カワサキ 「日本人形」
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最後のほうにあった人形。古い着物や糸、モール、紙、インク。くずの木材などでできているそうですが、この完成度は半端じゃない! 古い着物を使っているためか光沢のある質感など非常に優雅な雰囲気でした。収容所で作られたということを忘れてしまいそうです。


1945年の終戦によって人々は収容所から手荷物1つで帰宅を許されたそうですが、そこでも生活の基盤は失われていて、もう一度最初から出直す厳しい生活が待っていたようです。また、今回展示されていたような品もあまり表に出ることはなく、収容所生活も子供たちにはほとんど語られなかったそうです。アメリカに恨みを持つことや差別されることを心配して話さなかったようで、こうした品々もひっそりとガレージの中で保管されていたのだとか…。


ということで、今回の展示は巨匠たちの美術とはまた違った真の芸術を観ることができたと思います。ひたすら耐え忍んだ移民の方々の忍耐力と、誇りを失わずに前向きに生きた姿勢、豊かな想像力に非常に感動しました。これは日本人として是非観ておきたい展示です。もう期間も残り少ないですが、お勧めの展示です。


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Comment
いつも楽しく拝見させていただいております
こんばんわ。雨男といいます。
いつも楽しく拝見させていただいておりますとともに、
博物館に足しげくかよっておられることを
尊敬しております。

すこし展示の仕事をすることになり、
もしよろしければ教えてほしいのですが、
展示のわかりやすさって
説明でしょうか、それとも展示物の配置とかでしょうか。
いろいろとめぐっておられて
かんじているところを
教えていただけるとありがたいです。
突然のおねがいで恐縮ですが
Re: いつも楽しく拝見させていただいております
>雨男博士さん
コメント頂きましてありがとうございます。
お褒めの言葉をいただき恐縮です。

ご質問頂きました展示のわかりやすさについて、解説やお仕着せの説明など要らないという人もいると思いますが、
私の考えということで思いつくいくつかの要素を挙げようと思います。

まず、一番わかりやすいのは、作品の見た目の綺麗さ・直感的な面白さだと考えます。
これはイルミネーションや自然を撮った写真、超リアルな絵画など、
「綺麗」という言葉で括れたり、その技術が見て取れるもので、どんな素人でも分かるものだと思います。
そういう作品を集めた展示は特に何も説明もなくランダムに並べても誰でも楽しめると思います。

しかし、芸術となると綺麗なものを綺麗に表現するというのは浅いので、様々な趣向が凝らされます。
すると、素人目には何故この作品が良いのかだんだん分かりづらくなり、直感だけでは理解できなくなります。
美術の流れを知っている人ならばモネやピカソの何が凄いのかわかりますが、
それを知らなければ子供の絵のように見えるかもしれません。
博物館で言えば、古い品を見ただけでそれが当時どのような存在で、どれだけの価値があるのか
判別できるのはごく少数の人だと思います。

その為、展覧会ではテーマを持って、その展示品が作られるまでの流れや作者の考え、当時の世相などを混ぜつつ構成されていると、
各作品についての理解も深まり分かったような気分になれると思います。
絵画展で言えば、その画家に影響を与えた画家の作品や、生い立ちや年代を追っての変遷、後世への影響などがある展示です。
(これはよくある展示方法なので、紋切り型とも捉えられるジレンマもありますが…)

逆に今開催されているメトロポリタン美術館展などは作品の時代や地域もバラバラすぎて、
各作品の良さを説明しても、テーマが曖昧で展覧会全体を通すと難しく感じるかもしれません。

テーマに沿って的確な情報を提供するという点においてはプレゼンと通じるものがあるような気がします。
何も知らなかった人が、その展示を見ただけで詳しくなれた気がする納得感。これが分かりやすさではないかと思います。
…ただ、分かりやすくても素人に迎合するだけの展示は微妙なので、テーマ選びが難しそうです。。。

ということで稚拙な意見でお恥ずかしいですが、ご参考にして頂ければと思います、
お答えいただいてありがとうございました
丁寧なお答えありがとうございます。
展示を通して主題を伝えてゆくことが
わかりやすさにつながるということを改めて感じました.
参考になります。
いまちょうど展示のコンセプトを練っておるところでしたので、
ためになりました。

わたしは美術畑ではないのですが、
よく美術作品に解説はいるのか、と耳にします。
たしかに文字が多い解説はつかれますので、
よくないとおもうのですが、
逆に全くないと、価値がわからず。。。。
その適度なところを目指したいと思っています。

これからもブログを拝見させていただき、
様々な美術館・博物館を観る視点を養いたい思っています.
ありがとうございました。
Re: お答えいただいてありがとうございました
>雨男博士
ご返信頂きましてありがとうございます。
美術作品をあまりご存知ないようでしたら、一度全然知らない画家の展示などに足を運ばれてみると、
分かりやすい展示とは何か見えるかもしれませんね。

是非より良い展示を目指して下さい^^ 応援しております!
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