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維新の洋画家 川村清雄 (感想前編)【江戸東京博物館】

この前の日曜日に、両国の江戸東京博物館で最終日となった 江戸東京博物館開館20周年記念特別展「維新の洋画家-川村清雄」を観てきました。この展示は既に終わっておりますが、関連展示や巡回もありますので記事にしておこうと思います。情報量が多くメモを多くとったので前編・後編に分割してご紹介致します。

P1070485.jpg

【展覧名】
 江戸東京博物館開館20周年記念特別展 
「維新の洋画家-川村清雄」

【公式サイト】
 http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2012/10/index.html

【会場】江戸東京博物館
【最寄】JR両国駅/大江戸線両国駅


【会期】2012年10月8日(月・祝)~12月2日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間30分程度

【混み具合・混雑状況(日曜日13時半頃です)】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
最終日ということもあって、意外と混んでいて場所によっては列を組んで観るような感じでした。

さて、今回の展示は川村清雄という明治期の画家についての個展で、川村清雄は最も早く海外で本格的な油彩画技法を学んだ日本人画家の1人だそうです。黒船来航前夜の江戸で幕臣の子として生まれ、明治維新で江戸を追われた徳川宗家に従って静岡に移住し、明治4年(1871年)に徳川家派遣留学生としてアメリカに渡航しました。その後もフランス、イタリアに学び10年あまりの留学生活を送った後に帰国し、帰国後は画塾で後進を育てつつ明治美術会などに作品を発表していきました。江戸人の持つ伝統的な美意識を西洋絵画世界に溶け込ませた和魂洋才と言える画風が特徴だったようですが、当時の洋画界は川村清雄の挑戦を理解できず、清雄はやがて画壇から遠ざかり忘れ去られていったようです。 しかし、主君の徳川家達や勝海舟を始めとするゆかりの人々は清雄の人物と絵を愛したそうで、今回の展示では時系列を主軸に、その画業や周りの人々との繋がりについて説明されていました。詳しくはいつもどおり各章ごとにご紹介していこうと思います。なお、今回の展示は息子の川村清衛 氏からの寄贈を元に構成されているようで、清衛 氏が出てくるエピソードの紹介などもありました。


<序章 旗本の家に生まれて>
まずは家族についてのコーナーです。川村清雄は1852年に旗本の川村帰元の長男として生まれたのですが、この川村家は将軍の元で情報収集にあたる御庭番の家系だったそうで、祖父・父ともに要職についていた有能な人物だったようです。そして清雄は幼い頃から画才を表し、8歳で奥絵師(最も格式の高い御用絵師)の住吉内記に入門し、10歳になると大坂町奉行として赴任した祖父に随行し大坂で田能村直入に画を学びました。さらに幕府の洋学研究機関である開成所画学局に入り川上冬崖らに洋画の手ほどきもうけていたそうです。父親とはあまり仲が良いとは言えないようでしたが、祖父は長崎奉行も務めた人物であるためか西洋の文化・芸術にも理解がある人だったそうです。まずはそうした家族に関しての品が並んでいました。

最初は裃や家系図、甲冑、鞍、家紋入りの旗、祖父の肖像、祖母の肖像、書簡などが並んでいました。この辺は観ても特に感慨は無かったのですが、思った以上に高い家柄であることがよくわかります。清雄の臍帯や産髪、生まれた時の日記など、こんなものまで展示しているのか!?という品もあり、驚くとともにちょっと可笑しく思いましたw


<第1章 徳川派遣留学生>
続いて1章は海外留学時代のコーナーで、この留学は清雄の方向性に大きく影響しています。1868年に徳川家は明治新政府に江戸城を明け渡すと、駿河府中藩への転封で再興を認められたそうで、清雄は幼い新当主の徳川家達(いえさと)の奥詰に任じられ、駿府へと出立しました。そして静岡藩は旧幕臣の子弟の教育育成のため留学者を選び海外への派遣を行ったそうで、清雄はこれに加わり、その便宜を図っていたのが大久保一翁と勝海舟でした。一翁の息子らと共に4名でアメリカに留学し、当初の目的は政治や法律を学ぶことだったそうですが、清雄は教師に画才を見出され本格的に絵画を学ぶことを決めました。 その後、パリ、ヴェネツィアと移り、6年間に渡ってアカデミズムの油彩を学んだそうで、その途中で大蔵省の御雇いとなり成果を期待されながら腕を磨いて行きました。当時の西欧は日本趣味(ジャポニズム)が流行していて、ヴェネツィアの友人たちも清雄に日本の日の感性を大切にするように教えたらしく、1878年にパリ万博を訪れ故国の美を観た清雄はその意味を悟ったそうです。その後、1881年に大蔵省から帰国命令が出されて帰る際にはスペインの画家リーコから「あなた方が持っている日本の趣味を失わないように」と書かれた手紙を受け取り、清雄はこの言葉を胸に帰国しました。ここにはそうした留学に関する品々が並んでいました。

まずは奥詰を命じられた時の川村帰元(父)の日記や、清雄の16歳頃の写真、「花競見立相撲」という士族の美男美女を挙げた本などが展示されていました。この美男の中に清雄の名も入っていたようで、写真を観ると理知的な顔をしていました。
少し進むと主君の徳川家達の10歳の頃の書があり、10歳のものとは思えませんでした。この人は世が世なら将軍だった人です。

その先もしばらくは資料的な品が並び、留学免許や渡航のお守り、海舟日記、ニューヨークで撮った写真や、留学者4名の集合写真などがありました。留学に出る際に、清雄は大久保一翁から「お前は絵が好きだから絵だけやってこい」と送られたそうで、一翁も理解ある人だったことが伺えます。

32 川村清雄 「大久保一翁肖像」
これは後に描かれた作品ですが、留学の際にお世話になった大久保一翁の肖像です。頬がこけ、厳格そうな面持ちをしていて、背景が黒いせいか全体的に重厚な印象を受けました。写実的な画風の作品です。

この辺にはアメリカにいた頃のエピソードもありました。留学生の外山正一に勧められて画家の道を目指すようになったようで、ワシントンのチャールズ・ランマンという書記官の家に寄宿して学んだようです。このランマンの家で後に津田塾の創設者となる幼い頃の津田梅子と知り合ったそうで、梅子が麻疹になった時は世話をしてうつされたという逸話もありました。結構、津田梅子は強情っぱりだったようですw

48 川村清雄 「大きな樹木」
これはパリ時代のスケッチで、木の幹と岩が描かれています。細密で非常に質感があり、確かなスケッチ力を感じました。

56 川村清雄 「ドージェ宮殿内部透視図」
鉛筆で描かれた素描で、ゴシック様式の宮殿の内部が描かれています。柱やアーチ、階段など透視図で遠近感をもって描かれていて、徹底的に絵画を学んだことがわかるようでした。完全に西洋画といった感じです。

この辺にはヴェネツィア時代の資料や賞状、小さな肖像なども展示されていました。


<第2章 氷川の画室>
続いては帰国してからのコーナーです。留学から帰国した清雄は、大蔵省印刷局の技手として迎えられ、美術研究と職工指導にあたりました。当時の局長は清雄の才能を認め、破格の待遇をしてくれたそうですが、御用外国人のイタリア人彫刻家キヨッソーネと反りが合わず、僅か1年足らずで退職してしまったそうです。職を失った清雄に救いの手を差し伸べたのは勝海舟で、赤坂氷川の自邸に清雄のための画室を建てて画業を支援してくれました。清雄はそこで歴代将軍や徳川ゆかりの人々、勝海舟の邸宅を飾る作品などを描き、さらに海軍将校の肖像や海戦図など優れた作品を手がけました。勝海舟は、筆の遅い清雄を叱りながらも我が子のように可愛がってくれたらしく、勝海舟の死後に清雄は感謝と鎮魂の思いを込めた「形見の直垂」という作品を描き、最後まで手放すことはなく側に置いていたそうです。(この作品も期間によっては展示されていたようです) ここにはそうした徳川ゆかりの人を描いた作品などが展示されていました。

この章の最初の方には清雄が崇拝したジャンバッティスタ・ティエポロの「聖ガエタヌスに現れる聖家族」や、日本の感性を大事にと書かれたリーコの手紙、印刷局の事例などがありました。勝海舟が印刷局長に清雄を引き立ててくれたお礼の書状もあり、可愛がられていたことがよくわかります。勝海舟の奥さんは冗談で、清雄は勝の隠し子だと言っていた程だったようですw

96 川村清雄 「徳川慶喜像」
笏を持って正装して座る最後の将軍の像です。背景は金地で日本画のようですが非常に写実的で、顔の陰影などは写真のようです。解説によると、清雄は勝海舟に将軍の絵を見せたところ喜んでもらえたそうで、どうしてこんなに似ているのかと言ったそうです。こうした将軍像は5枚ほど歴代を描いたようですが、中々進まずやがて打ち切られてしまったのだとか。(清雄の遅筆ぶりについてはこの後にも何度かエピソードが出てきますw)

100 川村清雄 「天璋院像」 ★こちらで観られます
こちらは扇子を持ち座っている緑の服の天璋院(篤姫)の肖像です。こちらも写実的ですが背景には植物紋の壁紙が描かれ、装飾的な雰囲気もあります。これは1周忌の頃に描かれたそうで、意志の強そうな面持ちに見えました。

106 川村清雄 「海底に遺る日清勇士の髑髏」
海の底で並ぶ日本と清の兵士の髑髏を描いた作品で、左の方には勝海舟の書があり、大伴家持の詩が詠まれているそうです。暗い海底で2つの髑髏はくっついて一体化するような感じで、儚げな印象を受けます。解説によると、この作品は親しくしていた友人で悲惨な戦闘を目の当たりにした木村浩吉という軍艦の水雷長からの依頼で描かれたそうで、海底に沈めば過去を忘れ相親しむという寓意として描かれ、鎮魂の意味があるとのことでした。

この隣にはこの作品を収めた箱もありました。また、海戦の様子を描いた作品も展示されていました。

93 川村清雄 「江戸城明渡の帰途(勝海舟江戸開城図)」 ★こちらで観られます
江戸城の石垣を背に、杖(刀?)を持った勝海舟が描かれた作品です。やや斜め向きのポーズで、ちょっと寂しげな表情に見えるかな。背景にはいきり立って襲いかかろうと刀を手にする旧幕臣と、それを抑えて説得しているような人も描かれていて、これは江戸城の無血開城の時を象徴的に描いたものらしく、勝海舟は裏切り者として命を狙われることもあったようです。勝海舟もこの絵を気に入って客人の目に触れる所においたのだとか。
なお、この作品は勝海舟のもんかの富田鉄之助に依頼されたそうで、その画料は清雄の画室の建築費に当てられたそうです。

この辺には「形見の直垂」の写真がありました。残念ながら公開期間が過ぎていました…。

94 川村清雄 「蛟龍天に昇る」 ★こちらで観られます
雲間から顔を覗かせる龍を描いた作品で、鱗が光り、炎のようなものが立ち、顔はやけにリアルに描かれています。解説によると、これを描く際には馬の頭の皮を剥いでそれをもとに描いたそうです。想像上のものでも実物を元にリアルに描いているのも面白いですが、洋画を学んだ清雄が東洋的な作品を描いている点も興味深いと思いました。迫力と迫真のある作品です。
ちなみにこの作品ができたのは嵐の大晦日だったそうで、借金取りが来たので勝海舟のお気に入りの女中を呼んでこの作品を見せ、勝海舟が買い上げることになり100円を貰って借金の返済に当てたそうです。正月に勝海舟に挨拶に行った時にはズルいやつだと笑っていたそうで、床の間に飾ってもらったようです。勝海舟との深い関係を伺わせるエピソードですが、清雄は期日とかは守れないタイプなのかも。大晦日の借金に関する話はこの後にも紹介されていましたw 


ということで、長くなってきたので今日はこの辺までにしようと思います。前半は生い立ちや周りの人々に関する資料的なものが多かったかな。後半は絵画作品が中心となっていましたので、次回はそれについてご紹介しようと思います。


  → 後編はこちら


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Comment
No title
お忙しいのにちゃんと行かれたのですね。
それも最終日の混んでる日に。。。
解説ありがとうございます。
歴史上の人物はどうしてもドラマで見た役者さんのイメージになってしまっていけないな~と、勝海舟の絵を見て思いました。。。
後半も楽しみにしています。
Re: No title
>nobukotsさん
コメント頂きましてありがとうございます^^
何とかギリギリ行く事ができましたw
思った以上に色々な品があって観るのにも時間がかかりましたが、
よく知る巨匠とは違った流れで面白い展示でした。

私はあまりTVを観ないのですが勝海舟は江戸っ子のイメージですw
後編も鋭意作成中ですので、また読んで頂けると嬉しいです。
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