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生誕100年松本竣介展 (感想前編)【世田谷美術館】

この前の土曜日に、用賀の世田谷美術館に行って「生誕100年松本竣介展」を観てきました。かなりの点数でメモも多めに取ってきましたので、前編・後編に分けてご紹介しようと思います。

P1070618.jpg P1070622.jpg

【展覧名】
 生誕100年松本竣介展

【公式サイト】
 http://www.nhk-p.co.jp/tenran/20120925_155300.html
 http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/exhibition.html

【会場】世田谷美術館
【最寄】東急田園都市線 用賀駅


【会期】2012年11月23日(金)~2013年1月14日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間30分程度

【混み具合・混雑状況(日曜日15時半頃です)】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
予想以上にお客さんは多かったですが、混んでいるというほどでもなく自分のペースで観ることができました。

さて、今回の展示は昭和に活躍した洋画家 松本竣介の個展です。この展示には去年他界された妻の松本禎子(まつもとていこ)氏の協力もあったそうで、学生時代の初期から最晩年に至るまでかなりの充実度で、まさに松本竣介の決定版と言える展覧会となっていました。時系列・主題によって4つの章22の節に分かれていましたので、詳しくはそれぞれのコーナーで気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。なお、同じタイトルの作品も多いので、作品番号も記載しておきます。また、この展示は12/18以降は後期展示の内容となっているそうで、素描などが入れ替わっているようです。私が観たのは後期でした。


<第1章 前期>
1章は2階の第1会場です。松本竣介(本名:佐藤俊介 結婚後に松本姓にした。1944年から竣介を名乗る)は1912年に東京に生まれ、父の都合で2歳の頃に岩手の盛岡に移り少年時代を過ごしました。小学校の頃は成績優秀で首席で卒業したそうですが、旧制中学の入学式当日に突然病(脳脊髄膜炎)に倒れ、生死の淵をさまよった後に一命は取り留めたものの聴力を失ってしまいました。しかしその1年後には復学したそうで、その頃 東京にいた兄から油彩道具を送ってもらったことがきっかけで、絵に夢中になったようです。17歳になると兄のいる生地 東京に上京し、すぐに太平洋画会研究所選科に通い始め、制作や勉学に励み画との出会いを重ねたようです。ここにはそうした若き頃の初期の作品から決定的な画風の変化を見せ始める1940年~1941年頃までの作品が並んでいました。

[1-1 初期作品]
まずは学生時代の作品が並んでいました。中学時代は絵を学ぼうとする素朴で真摯な態度が伺えるそうで、竣介自身は「個性が出ていない。風景の模写に過ぎぬ」と自己評価するなど当時から早熟の才能を見せていたようです。また、盛岡の自宅近くのモダンな建物に特別な関心を持っていたようで、建物についてはこの先ずっとモチーフとして描かれているようでした。

P001 松本竣介 「自画像」
学ラン姿で学帽を被り、キャンバスに向かう自画像です。こちらを見ていて鏡を観て描いているのかな? 背景は茶色と焦げ茶の市松模様となっていて、全体的に落ち着いた色合いとなっていました。結構写実的な画風です。

P003 松本竣介 「初秋の頃」
周りに畑や木々が立ち並ぶ田舎道を描いた作品で、奥には家が並んでいます。背景には青空が広がっていて、全体的に明るめの色調に感じます。対角線上に木や家の屋根が描かれている構図が面白く思いました。穏やかな雰囲気の作品です。

この辺は風景画と肖像画が並んでいました。セザンヌやマティス、印象派などを彷彿とすることもありますが、まだちょっと硬い印象を受けるかな。たまにP006「春のスケッチ」のように抽象的な作品もありました。画風がよく変わります。


[1-2 都会:黒い線]
上京から6年経った頃には既に太平洋画会研究所選科を離れ独自の道を歩み始めていたらしく、1935年に「建物」という作品が二科展で初入選し、「何よりも建物のたっているということが僕にとって最も大きな魅惑なのだ」と語っていたそうです。また、兄が創刊した雑誌「生命の藝術」の編集の手伝いをしながら文章や挿画を数多く手がけたようです。
この時期の作品の骨太の線にはルオーやモディリアーニの影響があったと言われているそうで、構図は独特のものがあるようです。(この頃に自分で撮った写真も絵画と似たアングルらしく、写真についてはこの章の最後の方に展示されていました)

P010 松本竣介 「建物」
手前にアパートのような家や商店のような建物があり、奥には低層のビルが立ち並んでいる様子が描かれた作品です。これが二科展で初入選した作品で、画面を圧迫するような感じで太い輪郭線を使って描かれています。また、くすんだような色合いをしていて、迫力と重厚感があるように思いました。水平・垂直の線も多く、この隣にあった作品も同様の作風となっていました。

この先は小さめの肖像画やスケッチなどが並んでいました。暗めで抑えられた色合いをしていて、確かにルオーを思い起こす太い輪郭線やざらついた感じが特徴のようでした。


[1-3 郊外:蒼い面]
二科展入選の後、画家として本格的な活動をスタートさせた竣介は、1936年(入選の翌年)に松本禎子と結婚し、これを機に佐藤姓を松本姓に改め、下落合に新居を構えました。そしてそのアトリエを「綜合工房」と名付け、夫婦協働によって月刊誌「雑記帳」を創刊したそうです。また、1937年の二科展には「郊外」という作品を出品し、青や緑の色面を基調とした新たな画風を打ち出したようで、これは新居周辺の環境から啓発されたものだそうです。(近隣にはモダンな洋風住宅が立ち並ぶ目白文化村というエリアもあったそうです) ここにはそうした新たな画風の作品が並んでいました。

P020 松本竣介 「郊外」 ★こちらで観られます
全体的に深い緑や青で覆われた作品で、中央付近に白い壁の建物が描かれ、明るく見えます。その周りには3人の人影があり、遊んでいるのかな? 背景は丘のようになっていて、その中腹には家々が点在していました。かなり簡略化された作風で、深い色合いが印象的でした。この辺には似た構図の作品や、同じ色調の作品が並んでいて幻想的な雰囲気がありました。


[1-4 街と人:モンタージュ]
妻と制作していた雑記帳が財政的な理由で第14号で終刊になると、竣介は絵画制作に専念したそうで、1938年の第25回二科展には「街」という作品を出品しました。これは風景画と人物画を融合させた「モンタージュ」と形容された作風で、前期を代表する画風となったようです。

P035 松本竣介 「N駅近く」
全体的に褐色の風景画で、色の上に黒の輪郭線で建物や人物を描くような感じです。簡略化が進み、ハシゴのような線路を走る汽車らしきものや、抽象的な人物像、幾何学的な建物などが描かれ、リズム感がありました。確かに人物像と風景が混ざったような作風です。

P038 松本竣介 「都会」 ★こちらで観られます
絵の中央下あたりに1人の婦人像があり、その周りに婦人より小さなビルなどが描かれています。背景にも橋や建物が描かれ、全体的に青や緑で覆われた感じです。色合いは前の節で観たのと似ていますが、構図はだいぶ変化していて、より幻想的な雰囲気となっていました。


[1-5 構図]
続いては「構図」と題された一連の作品のコーナーです。この作品群からは様々なモチーフを色や線を用いて自由に無心に描く楽しさが伝わるそうで、子供の落書きのようにも見え、後に描かれる童画にも繋がっていくそうです。また、パウル・クレーやジョアン・ミロの作品を彷彿させるところもあるそうで、ここにはそうした作品が並んでいました。
 参考記事:
  パウル・クレー おわらないアトリエ (東京国立近代美術館)
  ジョアン・ミロ展

P045 松本竣介 「構図」
鮮やかな緑を背景に、ハシゴや棒人間などが描かれた作品です。白や緑などで謎の幾何学模様も表されていて、何を描いているかはわかりませんが、色合いなどから確かにミロを彷彿させました。
この近くにはクレーのような色合いの作品もあり、いずれの作品にもハシゴ状(線路?)が描かれていました。お気に入りのモチーフだったのかな?

この先には竣介が撮った写真が並んでいました。新宿や高田馬場、青山一丁目など都内の建物や線路を撮った作品が多く、トリミングされたような構図が面白いです。そしてその先には出版関連の仕事が並んでいて、「新岩手人」や「岩手文芸」、「生命の藝術」「雑記帳」の14刊全て、小説の挿絵などがありました。雑記帳をちょっと読んでみたのですが、味噌汁について自分の考えを書いたりしていましたw

その次の部屋には素描やKOZUと描かれた手帳の作品集、モディリアーニ、ルオー、ピカソ、マティス、ゴッホ、ルソーなどの画集、綜合工房の看板、自宅アトリエの平面図などがありました。そして第1会場の最後の部屋にも資料が並び、個展の目録やグループ展の目録が展示されていました。日動画廊で個展や舟越保武・麻生三郎などとのグループ展を行なっていたようです。 また、壁には年表と写真もありました。


<第2章 後期:人物>
続いての2章からは1階の第2会場です。竣介は1940年に東京の日動画廊で個展を開いたそうで、出品作は30点でわずか3日だったそうですが、この個展の頃から画風は変わっていったようです。この章では個展以降に制作された人物像が並んでいました。

[2-1 自画像]
竣介は個展以降、にわかに古典的なリアリズムの作品を描いたようで、東西の個展より写実の系譜を参照しつつ、謎めいた静けさを湛える人物画や風景画を描いたようです。ここにはそうした時期の自画像が何点か並んでいました。

P048 松本竣介 「顔(自画像)」
やや横向きでこちらをちらっと見る若い姿の自画像です。優しそうな顔で、色は落ち着いて結構写実的に描かれていました。前章ではかなり単純化が進んでいただけに、具象に戻ってきた感じを受けました。

この辺には自画像が並んでいるのですが、叫んでいるような素描もありました。また、油彩はちょっとずつ作風が違っているように思えました。


[2-2 画家の像]
竣介は戦争色の濃くなった1941年~1943年の二科展に、3回連続で自身が中央に立つ100号大の大作を発表したそうです。戦時統制で画材の調達も困難になるなど、美術を取り巻く状況も逼迫していたようですが、この作品からはその中でどう生き抜くべきか、覚悟のほどを受け取ることができるそうです。また、1941年の美術雑誌「みづゑ」で「芸術は時局のいかんにかかわらず、自律的普遍的な意味がある」と訴えたそうです。(これが反体制的と捉えられたのか、一時はマークされていたようです) ここにはそうした時期の作品が並んでいました。

P053 松本竣介 「立てる像」 ★こちらで観られます
これは今回のポスターにもなっている大きな作品で、丸いボタンのついた服を着た画家自身が立っている様子が描かれています。背景の地平線がやけに低くく建物が小さいためか、画家が巨人のように見えて、この世田谷美術館にあるアンリ・ルソーの「フリュマンス・ビッシュの肖像」を思い起こしました。腕をだらりとさせて遠くを見るような顔は、これからどうするのか考えているようにも観えました。
 参考記事:世田谷美術館の常設 (2010年08月)

この近くには同じくらいのサイズの人物像(自画像?)があり、褐色がかった画面に家族らしき人たちと共に描かれていました。


[2-3 女性像]
続いては女性像のコーナーです。竣介の描く女性像は妻を想起させるようですが、実際に彼女がモデルとしてポーズをとったのは「画家の像」という作品の素描の時だけだそうです。竣介の女性像は謎めいて無表情で、口を閉じて虚空を見つめている という特徴の作品が多いらしく、ここにもそうした作品が並んでいました。

P057 松本竣介 「黒いコート」 ★こちらで観られます
赤黒い背景に、黒いコートと白い手袋の女性が描かれた作品です。胸元に手を当てて座っていて、目は若干虚ろに見えるかな。手の辺りは細い線描となっていて、藤田嗣治との類似を指摘する向きもあるそうです。(確かにそう見える) 深い色で芯のありそうな不思議な雰囲気の作品に思いました。

この辺には素描もありました。どちらかと言うと、素描のほうが藤田と似ている気がしました。また、その後には戦後の時代の作品もあり、また抽象っぽくなっていました。


[2-4 顔習作]
こちらは点数が少なめのコーナーで、顔を描いた習作が並んでいました。

D043 松本竣介 「踏切番の顔」
横を向いた老人の顔の素描で、皺の凹凸が深く、髪はないのですが骨太な印象を受けます。解説によると、この老人は踏切番らしく、耳の聞こえない竣介が自宅付近の中井駅で警報が聞こえず、危うく事故になりかけた時に親しくなったそうです。

この隣には羅漢を描いた異様な雰囲気の作品もありました。


[2-5 少年像]
竣介は1942年頃から盛んに子供の絵を描くようになったそうで、その背景には次男の存在があったようです。結婚直後に長男が亡くなったこともあり、この頃3歳になった次男は夫妻の愛情を一心に受けていたそうです。しかし、描かれているのは匿名的な少年のイメージらしく、ここには素朴な画風の少年像が並び、まだ画風が変わっているような印象を受けました。


ということで、今日はここまでにしておこうと思います。松本竣介は後期の作風は結構観たことがあるのですが、今回はそれ以前の作風に触れることもできて参考になりました。特に緑や青を多用した作品はそれはそれで気に入ったので楽しめました。後半はさらに画風が変わり、有名な傑作もありましたので、次回はそれについてご紹介しようと思います。


   → 後編はこちら



 参照記事:★この記事を参照している記事

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