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猪熊弦一郎展 猫たち 【Bunkamura ザ・ミュージアム】

10日ほど前の土曜日に渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで「猪熊弦一郎展 猫たち」を観てきました。この展示では一部で撮影することもできたので、写真も使ってご紹介していこうと思います。

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【展覧名】
 猪熊弦一郎展 猫たち

【公式サイト】
 http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_inokuma/

【会場】Bunkamura ザ・ミュージアム
【最寄】渋谷駅

【会期】2018/3/20(火)~4/18(水)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 1時間20分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_2_③_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_③_4_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
意外と多くのお客さんで賑わっていましたが、混んでいるという程でもなく自分のペースで観ることができました。

さて、この展示は「いのくまさん」の愛称で知られる猪熊弦一郎の猫を描いた作品ばかりを集めた内容となっています。まず簡単に猪熊弦一郎についてご説明すると、1902年生まれで東京美術学校を卒業した洋画家で、学生時代は藤島武二などに学びました。1938~1940年にはフランスに渡り、アンリ・マティスにも学んでいます。太平洋戦争を挟んで戦後の1955年にはパリに行く途中に立ち寄ったニューヨークに魅了され、そのまま20年程度留まって具象から抽象へと変化しながら活動していました。その後帰国すると東京とハワイを行き来しながら制作していたそうで、具象と抽象の間のような独特の作品を多く残し、1993年に亡くなっています。そんな猪熊弦一郎は猫を非常に可愛がっていて、絵のモチーフとしても(ニューヨーク時代を除いて)多く作品を残していて、今回は各時代の作風と共にそれを紹介していました。 簡単にメモを取ってきたので、各章ごとにその様子を振り返ってみようと思います。


<初期作品>
まずは初期の作品のコーナーです。ここで目を引いたのは猫を抱いた奥さんの横向きの肖像で、割と粗めのマチエールで描かれていました。この作品が初めて猫を描いた作品だそうで、猫はこちらを観て愛らしい顔をしています。奥さんについてはプロフィール(横顔)が美しい女だと言っていたらしいので、その魅力を活かした構図なのかも知れません。
近くには学生時代の自画像や、奥さんと猫の素描があり、確かなデッサン力を感じさせました。

この章でもう1つ目を引くのは「マドモアゼルM」という作品です。これはやや上目遣いの女性像で、顔は丹念に描かれ 身体や服は簡素に素早く描かれています。女性は端正な顔立ちで、暗めの青の背景と相まって落ち着いた雰囲気がありました。これは猫とあまり関係ないですが傑作の1枚です。なお、この女性はドイツ軍の迫るフランスの語学学校で出会った同級生のハンガリー人だそうです。
 参考記事:猪熊弦一郎展 『いのくまさん』 (そごう美術館)


<猫のいる暮らし>
続いては猫との暮らしを描いた作品のコーナーです。猪熊弦一郎は猫を貰ったり、家の前に捨てられた猫を保護したりで一度に1ダース(12匹)以上は飼っていたそうで、まさに猫屋敷みたいな感じの生活だったようです。ここにはテーブルの魚を狙ったり、火鉢にあたって暖まっていたりと 伸び伸びした様子の素描が並びます。戦時中は生活も困窮しているのに疎開先にまで猫を2匹連れて行って驚かれたそうです(そのうちの1匹が鶏を襲ったそうで大事になったのだとかw)

この章には今回のポスターにもなっている「猫と食卓」がありました。青いテーブルの上に6匹の白猫が乗って、ご飯を食べています。上から見下ろすような構図で強い輪郭線と濃いを使って表現していて、マチエールも重厚感があります。それにしてもお行儀の悪い猫たちですが、猫の顔は険しくて必死な感じがありましたw 

この章には夫人と猫を描いた作品が並んでいました。結構画風が異なるものもありますが、マティスからの影響を感じるかな。ベッドにぎっしりと猫が寝ているスケッチなんかは驚くと共に微笑ましい光景でした。


<猫のスケッチ>
猪熊弦一郎が猫を片っ端から描いたのは戦後から1955年の渡米までと、1985年くらいからの晩年だそうです。ここにはそのうちの渡米前までの猫のスケッチが並んでいて、猫の親子が授乳している様子や、伸びて寝ている猫、じゃれている猫、水を飲んでいる猫などが描かれています。いずれも猫をつぶさに観察していて、単に猫が好きなだけでなく画家としてどう捉えていたのかが伺えます。「猫はありふれているが、これを描けば他の動物も同じことだ」と言っていたそうで、人間も含めて動物を深く知りたいという欲求が根底にあったようです。また、「猫の小さな猛獣性を描くのは難しい」とも考えていたようで、「猫は沢山飼ったほうが習性が分かって面白い、猫同士で楽しく生活していて、観ていて楽しい」と話していたようです。おかげで猫だらけになって、粗相をしても良い山水画だと言って甘やかしていたらしく家中臭いがキツかったというエピソードも紹介されていましたw その甲斐あってか、素描は簡素なものから緻密な描写まで、猫の可愛さと野性が同居する魅力が表れていました。

この辺には自作の猫を模した文具や玩具などもありました。絵だけでなく日用品のモチーフにするほど好きだったんですねw


<モニュメンタルな猫>
1950年代に入ると、人物は中性化・抽象化していき、猫の愛らしさも影を潜めていったようです。丸や四角、五角形などの集合体で表現していた時代で、ここにはそうした「モニュメンタル」な作品が並びます。
ここにあった「猫達」という作品では四角や丸、五角形などと線を使って猫たちが描かれていました。幾何学的でちょっとパウル・クレーみたいな雰囲気もあるかな。独特のマチエールの上に輪郭だけで描いています。確かに抽象的に簡素化されていて可愛い感じではないかもw それでも猫らしい仕草をしているのが伝わってくるのは、猪熊弦一郎が猫の特徴をよく知っているからだろうと思いました。

この章でもう1つ目を引いたのは「猫によせる歌」というかなり大型の作品です。これは猫と人が群像のように描かれていて、顔はどちらともつかないような感じです。トーテムポールや埴輪、歌舞伎などを参考にしてこの作品を描いたそうで、確かにその要素を感じさせつつキュビスム的なものもあるように思いました。近くにはデュビュッフェのような作風のものもあったので、原始的な前衛芸術を模索していた時期なのかもしれません。


<人と猫>
1950年代前半頃、丸い頭の上に猫が立っている という構図の絵を数点描いていたそうで、この章にはそうした作品が並んでいます。その根底には埴輪のような原始的で普遍的な美への憧れがあったようで、それを表現したようです。
ここでまず目についたのは「頭上猫」という作品で、子供?の頭の上に猫が乗っている様子が描かれています。人も猫もかなり簡略化されていて、色も茶色のモノトーンに単純化されています。素朴で可愛らしいですが、何故頭の上に乗っているのだろうか?という疑問が真っ先に浮かぶのが正直な所ですw 確かに埴輪っぽいけどこちらもキュビスムあたりの要素もあるように思えました。
この辺には似た構図で画風の異なる作品が並んでいました。この構図が気に入っていたのかも。


<にらみ合う猫>
続いては雄が縄張り争いで威嚇しあっている様子を描いた作品が並んでいました。猪熊弦一郎は面白がっていたようですが、マーキングで部屋中が臭くて、ついに知人が昼寝している時に頭に粗相をしてしまい、雄は全部去勢されることとなったそうですw

ここに並ぶのは 向き合って威嚇しあう猫たちが描かれた作品ばかりなのですが、シルエットだけだったり、かなり簡略化されていたり、手足が長く描かれて姿勢が強調されていたりと、表現は様々です。しかし牙をむき出しにした緊迫感が伝わって来るものもあって、猫の猛獣性が特に表れたコーナーだったように思います。


<猪熊弦一郎の世界>
こちらは猫の作品ではなくニューヨーク時代の抽象や晩年の作品などが並ぶコーナーです。猪熊弦一郎は1955年にフランスに向けて旅立つ途中にニューヨークに立ち寄った際、街のエネルギーに惹かれて留まり アトリエを構えて20年ほど活動していたようです。この頃のニューヨークは抽象表現主義の全盛期だったようで、猪熊弦一郎もニューヨーク時代は抽象を中心に描いていました。

ここにはビルか線路のような細長い幾何学的なモチーフと、単色~2色程度の背景が描かれた作品が並びます。丸なども組み合わせていて、何処となく都会の街を想起させるかな。いずれもリズム感があって、これはこれで面白い画風です。
その後には割と色が対比的に使われた抽象画が並んでいました。こちらもやはり四角や三角、丸などの組み合わせが多いかな。

猪熊弦一郎はニューヨークで20年過ごした後、1975年に帰国し日本とハワイを行き来するようになったそうです。この頃になると色彩が豊かになって具象性も戻ってきたようで、いずれもマティスにも劣らない色彩感覚や造形感覚となっています。この辺りには顔や鳥を描いた作品なんかもあったのですが、1988年に奥さんが亡くなると、原色の色使いは影を潜め、格子に顔や裸婦を入れるような作品を描くようになったようです。これは奥さんを描いているとのことで、いつも奥さんのことを考えていたのだとか。しかしその翌年にはパリに旅行をして再び色彩が戻ったそうで、プライベートによって画風が変わっていく様子も伺えました。
 参考記事:猪熊弦一郎展『いのくまさん』 (うらわ美術館)


<再び猫を描く>
ここから先は撮影可能となっていました。再び猫を描き始めた晩年の作品が並ぶコーナーです。

猪熊弦一郎 「題名不明」
DSC03215.jpg
猫の素描。色々なポーズが可愛らしい! 同じ猫だと思いますが、この子は目がぱっちりしているのが特徴に思えました。

猪熊弦一郎 「題名不明」
DSC03228.jpg
こちらは今回のポスターにもなっている有名な作品。香川県では小学校の通信簿の表紙でも使われているそうです。みんな一様にこちらを観ていてちょっと怖いですが、多頭飼いだとこういう光景をよく観るようです。同じようで顔がみんな違うのも面白い。

猪熊弦一郎 「葬儀の日」
DSC03253.jpg
こちらは亡くなった奥さんを描いた作品。周りには不安を埋めるように猫を描いているとのことでしたが、奥さんも猫好きだったらしいので手向けに描いてあげたんじゃないかな。顔が笑っているようにも見えますが切なくなる1枚。

<猫のコンポジション>
最後は大型の油彩作品などが並んでいました。

猪熊弦一郎 「顔2 猫2 鳥8」
DSC03269.jpg
いのくまさんらしい晩年の作品。ゆるキャラのようで今までの集大成のようでもあるw 一見すると子供の絵のようにも見えますが、猫の寝る姿なんかは非常に特徴を捉えています。

猪熊弦一郎 「二人の裸婦と一つの顔」
DSC03273.jpg
これは猫がどこにいるか分かりませんが、気に入った作品です。何故か1枚だけ真っ暗なパネルがあるけど、欠けたのか元々なのかは分かりませんでした。この人物の顔はいのくまさんの作風そのものといった感じ。

猪熊弦一郎 「不思議なる会合」
DSC03286.jpg
それぞれに意味があるのか無いのか分からない、具象と抽象の間のような作品。様々な青が使われていて、爽やかで洒落た印象でした。


ということで、猫づくしの展示となっていました。やはり猪熊弦一郎の作品を観る度に「いのくまさんは楽しいな!」という感想が真っ先に出てきますw これだけ自由で伸びやかな絵を沢山観ると、絵の楽しさを再認識できるのではないかと思います。ましてや今回は猫がテーマなので、それが一層感じられました。この展覧会は何故か会期が短くてもうすぐ終わってしまいますので、気になる方はお早めにどうぞ。


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