10日程前の土曜日に、竹橋の東京国立近代美術館で「生誕150年 横山大観展」を観てきました。非常に濃密な内容で見どころが多かったので、前編・後編に分けてご紹介していこうと思います。なお、この展示は展示期間が小刻みになっていて、私が観たのは5/12時点の内容となります。

【展覧名】
生誕150年 横山大観展
【公式サイト】
http://taikan2018.exhn.jp/ http://www.momat.go.jp/am/exhibition/yokoyama-taikan/【会場】東京国立近代美術館
【最寄】竹橋駅
【会期】2018年4月13日(金)~2018年5月27日(日)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
2時間30分程度
【混み具合・混雑状況】
混雑_①_2_3_4_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_4_⑤_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_3_④_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_4_⑤_満足
【感想】
かなり混んでいて、あちこちで列を組んで観るような感じでした。もう会期末で日によっては入場待ちも発声するようなので、おでかけの際には公式ツイッター等で状況を確認することをオススメします。
公式ツイッター:
https://twitter.com/TAIKAN_2018特に「生々流転」という作品では非常に長い列が出来ていて、私は2列目から観てきたのですが それでも2時間以上かかりました。最前列で観るともっと時間がかかるかもしれません。スケジュールには余裕を持って行ったほうが良さそうです。
さて、今回の展示は近代日本画の巨匠である横山大観の大規模な回顧展となっています。横山大観の展示はいくつも観てきましたが、これだけ大規模かつ充実した内容は久々だと思います。展示室も第1会場から2階の第3会場までいつもよりも広めとなっていて、40mに及ぶ「生々流転」も全場面を観ることができました。時代ごとに3つの章に分かれていましたので、各章ごとに気に入った作品を挙げていこうと思います。なお、横山大観の略歴等に関しては過去に何度も記事化しているので詳細は下記をご参照ください。
参考記事:
横山大観展:良き師、良き友-師:岡倉天心、そして紫紅、未醒、芋銭、溪仙らとの出会い 感想前編(横浜美術館) 横山大観展:良き師、良き友-師:岡倉天心、そして紫紅、未醒、芋銭、溪仙らとの出会い 感想後編(横浜美術館) 横山大観 ―東京画壇の精鋭― (山種美術館)<第1章 「明治」の大観>まずは明治時代のコーナーで、22~44歳頃までの作品が並んでいました。横山大観は出来たばかりの東京美術学校の第一期生として入学し、岡倉天心や橋本雅邦らに目をかけられて学んでいきました。その後、自らも東京美術学校で教授となったのですが、明治31年に岡倉天心が美術学校騒動と呼ばれる事件(図案科の福地復一と対立し、九鬼隆一の奥さんと不倫したという怪文書などが出た事件)で校長職を追われると、大観も教授職を辞して日本美術院の設立に参加し、岡倉天心と共に行動しました。この頃は朦朧体と揶揄された輪郭の無い画風で世間からの評価は厳しく、五浦に都落ちして貧乏な生活をしてたりもします。しかし、大観の新しさは3つあるそうで、
・人物の感情や主題の気分を画面全体で表現した
・筆線を廃し、色をぼかした表現(朦朧体)
・そこから飛躍した色彩の取り組み
が挙げられるようです。ここにはそうした初期からの作品が並んでいました。
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横山大観 「村童観猿翁」こちらは卒業制作で描いた作品です。牛に群がる子供たちが描かれ、牛の上には赤い着物の猿の姿もあります。その後ろには帽子の男性が座っていて、この男性が操る猿回しの芸を子供たちが観ている様子となっています。背景の草木は写生的に描かれ、子供は大和絵風に見えるかな。解説によるとこの猿回しは橋本雅邦をモデルにしていて、子供たちは同級生の画家たちのようです。楽しげで当時の東京美術学校の雰囲気まで伝わってくるようでした。
参考記事:
東京美術学校から東京藝術大学へ 日本絵画の巨匠たち (ホテルオークラ アスコットホール)15
横山大観 「迷児」 ★公式サイトで観られますこちらは孔子、釈迦、老子、キリストに囲まれた子供を描いた作品で、絹の裏に金箔を塗って木炭で描いた白黒の画面となっています。ぼんやりとした明暗のあるモノトーンで静かな印象となっていますが、これは当時の日本の状況を表しているらしく この子はどの宗教を選ぶべきか迷っているようです。右端で1人だけ空を観ている人物がいるのですが これは老子で、大観自身は老子の思想に興味があったのだとか。三教図はたまに観る主題ですが、そこに時事ネタを入れた点などは斬新さを感じます。
参考記事:
横山大観展:良き師、良き友-師:岡倉天心、そして紫紅、未醒、芋銭、溪仙らとの出会い 感想前編(横浜美術館)18
横山大観 「ガンヂスの水」 ★公式サイトで観られますこちらは中洲の木々が川に飲み込まれてうねっている様子を描いた作品です。全体的に輪郭のない朦朧体で描かれていて、ぼんやりした印象を受けます。ハッキリしなくて、解説では川なのに草原のようにも見えると言っていて、確かにそう見えなくもないw なお、この作品は岡倉天心の勧めで親友の菱田春草とインドや欧米を旅行した際に観た光景だと思われます。帰国してから朦朧体から離れていくことになります。
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横山大観 「瀑布(ナイヤガラの滝・万里の長城)」こちらは左隻に明治37年に観たナイアガラの滝、右隻に明治43年に観た万里の長城を金屏風に描いた作品です。岩や砦に緑や青の点描や たらしこみ(滲みを活かし色を重ねる)といった技法が使われ、割と線描も使ってデフォルメされた感じです。いずれも日本画としては変わった題材なのが大観独特かも。雄大さを感じるしっかりとした日本画となっているのは流石でした。
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横山大観 「白衣観音」 ★公式サイトで観られますこちらは今回の展示で100年ぶりに発見された作品で、岩に腰掛けて右手を施無畏印のように挙げる観音の姿が描かれています。とは言え、手足や首に装身具があって普通のインド人の女性のようにも見えるかな。白い薄布をまとっていて透けるような清らかさがあります。しかしデッサンは苦手だったようで、ハッキリ言えば下手ですw 特に組んでいる足の辺りは等身が妙な感じがしました。一方で顔は見通すような意志の強そうな表情となっていて印象的でした。
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横山大観 「流燈」 ★こちらで観られますこちらは大観がブレイクするきっかけとなった作品で、3人の異国情緒ある女性が描かれています。こちらの女性たちは大観の作品とは思えないくらい華やかで、デッサンもしっかりした感じです。また、髪の毛の表現は輪郭がないのですが、手や衣には輪郭が使われるなどそれまでの朦朧体から一歩踏み出したような画風となっています。そう言えばこの作品を観た日にちょうど美の巨人でも紹介されていました。これを観た当時の人もこれが大観?て思ったのは我々現代人と同じだったんですねw
参考リンク:
美の巨人たち 横山大観らしからぬ“かわいい”作品『流燈』で挑んだ新たな日本画! <第2章 「大正」の大観>続いては大正時代のコーナーです。この頃、師である岡倉天心や 苦楽を共にしてきた親友の菱田春草を亡くし、大観は失意の中にいたようです。しかし文展に出品した「瀟湘八景」が新聞記者時代の夏目漱石たちに個性的な自己表現と評されるなど、画業の評価は高まっていったようです。大正は個性の時代でもあり、下村観山らと共に再興した日本美術院は自由と個性を掲げて時代の風に乗っていくことになります。
参考記事:
日本美術院再興100年 特別展『世紀の日本画』 感想前編(東京都美術館)この時期の大観は彩色画と水墨画を平行して描いていたようで、彩色画は大和絵や琳派、水墨画は古画を学んでいたようです。色使いやデフォルメなどに試みがあるそうで、中でも「片ぼかし」という技法がこの頃からの特徴となります。これは弧を描く線の内側だけをぼかす技法で、この時代以降 水墨画で多用しているのが確認できます。ここにはそうした時代の作品が並んでいました。
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横山大観 「山茶花と栗鼠」こちらは2曲1双の屏風、左隻にお互い向き合って木の実を食べる2匹のリスが描かれています。右隻には花の咲く木と小枝を抱えたリスが小さく描かれていて、いずれも可愛らしい印象を受けます。リスは毛並みを1本1本描いていて、どこか人間のような目つきをしているかなw 周りの草や木は何処と無く琳派風で、木の幹にはたらしこみなども使われていました。
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横山大観 「瀟湘八景」こちらは8幅対の掛け軸で、第6回文展で夏目漱石に評価された作品のヴァリエーションとなります(文展出品作も会期によって展示していたようです) この画題は昔から様々な画家に描かれていますが、ここでは風景だけでなく長閑な風俗画のような側面もあるように思います。雨や湿気などを感じさせ、伸びやかな構図がいずれも面白い作品でした。漱石は大観の作品について、聖人君子のような脱俗ではなく平民的なのんきな脱俗的作品といった旨の評をしたようです。確かに大観は大らかさを感じさせて、絵の巧さよりも情感ある画面を作るのが得意な気がします。
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横山大観 「竹雨」こちらは丘の竹林とそこに歩く傘を持った人を描いた水墨の作品です。人物の輪郭や土の際辺りには片ぼかしの技法が使われているのがよく分かります。絵の上の方は湿気に烟る竹といった感じですが、下の方は割とラフな描写となっているのが面白く、やや素朴で力強い印象を受けました。
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横山大観 「秋色」こちらは6曲1双の屏風で、槇や蔦のオレンジや黄色、緑といった葉っぱが生い茂る中で、鹿の親子が実を食べようとしている様子が描かれています。その色の取り合わせが不穏な位に鮮やかで、特に葉っぱの赤と緑が引き立てあっているように見えます。解説によると、モチーフなどからも尾形光琳の「槇楓図屏風」に似ているところがあると考えられているようですが、かなり大胆で 琳派というよりは西洋のナビ派のような雰囲気があるように思いました。
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横山大観 「雲去来 習作」「雲去来」こちらはいずれも水墨画で、習作と本図がセットっで展示されていました。桃みたいな形の山々と麓の木々や家々を描いていて、一見すると両者はよく似ているように思います。しかし解説によると、習作では淡くて柔らかいぼかしをしているのに対して、本画は雲と山肌の境目が画然としていて雲を諧調を連ねるようになっているそうです。そう言われて観ると確かに本画の方は遠くの山の輪郭までハッキリ見えるかな。 習作と本画を見比べることで制作過程も知ることが出来る面白い展示方法でした。ちなみに日本画では小下絵はよく観ますがこうした習作を作るのは珍しいようです。
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横山大観 「荒川絵巻(長瀞之巻・赤羽之巻)」こちらは小杉未醒と共に荒川に写生旅行に行った際に描いた作品で、今の東京都北区の赤羽辺りの川辺を描いているようです。もちろん現在の様子とはだいぶ違って急な土手があったり山の中のような風景となっていて、中洲で作業する人がいるなど当時の生活の様子も伺えます。こちらの作品では片ぼかしを多用していて、ちょっと南画みたいな雰囲気にも思えたかな。途中で雨が激しく降っている様子もあり、情趣あふれる作品となっていました。
ということで、長くなってきたので今日はここまでにしようと思います。前半から既に代表作の嵐ですが、1点だけ不満があるのが会期が細かすぎてお目当ての品を揃って観るのが困難だったことです。今回私はポスターになっている「群青富士」は観られなかったのが残念でした。それだけ目玉作品が沢山あるというのは実に贅沢な話ですがw 後半にはさらに驚くべき作品がありますので、次回は残りの3章と第2~3展示室の様子をご紹介しようと思います。
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