関東近辺の美術館めぐり ~美術・美景・美味を楽しむブログ~

顔真卿 王羲之を超えた名筆 (感想前編)【東京国立博物館 平成館】

前回ご紹介したトーハクの常設を観る前に、特別展の「顔真卿 王羲之を超えた名筆」も観てきました。非常に見どころが多く見応えがありましたので、前編・後編に分けてご紹介していこうと思います。

DSC01581.jpg

【展覧名】
 特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」

【公式サイト】
 https://ganshinkei.jp/
 https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1925

【会場】東京国立博物館 平成館
【最寄】上野駅

【会期】2019年1月16日(水) ~ 2019年2月24日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 3時間30分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_①_2_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
非常に混んでいて、ほとんどの場所で人だかりができていました。特に今回の目玉である顔真卿の「祭姪文稿」は30分待ち程度(実際には20分くらいだったと思います)という盛況ぶりで、かなりの混雑感です。ちょうど春節で中華圏の旅行者が集まっているようで、会場では日本語より中国語が多く飛び交っていたような…w 中身も濃厚なので鑑賞時間は久々に3時間を越えました。もしこれから行こうと考えている方は、長めにスケジュールを組んでおくことをお勧めします。

さて、この展示は顔真卿(がんしんけい)という中国の書家をタイトルにしていますが、実際には中国の書の始まりから王羲之(おうぎし)の神格化、王羲之以降の書家、そして顔真卿といった感じで中国の著名な書家の流れを知ることが出来る内容となっています。後半ではさらに顔真卿の後世への影響を取り上げていて日本の書までカバーしています。正直、書は何度観てもよく分からないと思っていましたが、この展示では詳しく解説しているので、どのように書が変わっていったのか等も分かって予想以上に面白い展示となっていました。 詳しくは各章ごとに気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。


<第1章 書体の変遷 ―書体進化の秘密―>
まずは書体の変遷についてのコーナーです。中国で最古の文字は殷時代の甲骨文字ですが、秦の始皇帝が全国統一した際に文字の統一も行ったようです。その際、公式の書体として「篆書(てんしょ)」が確立されました。しかし、篆書は書写するには時間がかかる為、篆書を簡略化して波勢を特徴とした隷書(れいしょ)が生まれ、後漢時代には隷書が公式書体へと変わっていきます。一方、実用性を追求した早書きが隷書から派生し、草書や行書といった一層簡略化された書体も生まれていきました。さらに隷書に次ぐ公式書体の最終形は楷書(かいしょ)で、南北朝統一の隋の時代を経て唐の時代には整斉で美しい楷書が誕生したようです。簡単にまとめるとこんな感じ。

 篆書:最も古い書体。記号で示したものが多く、形と意味が密接
 隷書:篆書を簡潔にした書体。波打つ筆使いや太く強調した払いが特徴。
 草書:隷書を簡略化し、早書きにした書体。連続した点画が多く、右回りの回転が特徴
 行書:隷書を簡略化したもので、草書よりは点画の連続性は少なめ(文字が区切れてる)
 楷書:隷書を簡略化したもので、一点一画は連続せずに明確。

隷書は結構読めるけど、草書は崩しすぎて読みづらいかな。この中では楷書が抜群に読みやすいですw
この章ではそうした字体の歴史がこの章では紹介されていました。

5 李斯 「泰山刻石 ―百六十五字本―」 秦時代・前219年
こちらは始皇帝が東方視察で訪れた山東省の泰山に建たさせた刻石の拓本です。かすれていますが厳格な形の大きな文字が書かれていて、小篆という字体のようです。これだけ観ても分かりませんが、この後の他の書体を観てから見直すと、書体が徐々に書きやすいものへと変わっていくのが伺えました。

続いて隷書のコーナーです。ここも石碑の拓本が中心です。今回の展示は拓本が多く、中国人は過去の石碑の拓本で書を学んでいたようです。

8 「乙瑛碑」 後漢時代・永興元年(153)
こちらは役人が孔子廟の器物を管理する役人を採用した経緯を述べる石碑の拓本です。そんなものまで石碑にしてるのか…と、変な所に感心してみたりw 最初の辺りが八分という書体で、波打つリズムで横画を主体とし 最も強調する横画の最後を払う様式となっているようです。これは結構読みやすくて現代の日本でも使っている漢字がちらほら確認できます。1文字1文字の間隔も開いていて規則正しい印象を受けました。

続いては草書のコーナーです。

16 王羲之 「十七帖 ―上野本―」 東晋時代・4世紀
こちらは王羲之の書の拓本で、唐の官立の学問所である「弘文館」で手本にしていたものだそうです。一見すると ひらがなのような字もあって、文字から文字へと連続するようなリズムがあります。(ひらがなは草書をさらに崩したものなので似るのも当然かもしれませんが…w) 流麗かつ華麗で、まさに芸術と言える書となっていました。

続いては行書のコーナーです。

14 王羲之 「定武蘭亭序 ―犬養本―」 東晋時代・永和9年(353)
こちらは王羲之の最高傑作である蘭亭序の模本で、戦前に犬養毅が所有したことから犬養本と呼ばれてます。蘭亭序については以前の記事を参考にしていただければと思いますが、同じ拓本でも良し悪しがあるようです。コピーのコピーみたいな感じかな。これは欧陽詢(おうようじゅん 後で出てきます)が書写して石に刻んだ定武本と呼ばれる出来の良い拓本のようでした。
 参考記事:
  書聖 王羲之 感想前編(東京国立博物館 平成館)
  書聖 王羲之 感想後編(東京国立博物館 平成館)
  東京国立博物館の案内 【2019年02月】

続いては楷書のコーナーです。

13 王羲之 「楽毅論 ―越州石氏本―」 東晋時代・永和4年(348)
こちらは戦国時代の燕の将軍である楽毅を論じた文章の拓本です。楽毅は漫画『キングダム』にも出てきたので知ってる方も多いかも。この楽毅論では蘭亭序とは違い、かなりすっきりした文字となっていて、線が細くて一層に読みやすくなっています。楷書がいかに分かりやすい文字なのか、これを観てよく理解できました。

この後に隋の前の南北朝の時代の書がありました。無骨で力強い北朝と ふっくらした南朝の書が並んでいて、私は北朝のほうが好きかな。整然としているというかスッキリしているんですよね…。

この辺で「李氏の四宝」という4つの拓本について紹介されていました。これは李宗瀚(りそうかん)という人物が生涯をかけて豊かな経済力を活かして集めた拓本のことです。石碑が破壊されるなどして、1つしか残っていない拓本のことを「孤本」と呼ぶそうで、李氏の四宝はこうした貴重な「孤本」を集めたもののようです。今回の展示では四宝が勢揃いしているということで、それも大きな見どころとなっていました。

19 丁道護 「啓法寺碑 ―唐拓孤本―」 隋時代・仁寿2年(602)
こちらが李氏の四宝の孤本の1つです。南北朝から唐時代への架け橋となった書で、南朝の典雅な書風と北朝の険しい書風を融合したとのことですが、割とかっちりしていて北朝寄りに見えるかな。一気に書体が変わる訳ではなく、徐々に融合していく様子なども伺えて面白い品でした。


<第2章 唐時代の書 安史の乱まで ―王羲之書法の継承と楷書の完成―>
続いては黄金期とも言える唐時代の書についてのコーナーです。唐の太宗皇帝は王羲之の書をこよなく愛し、最高傑作の蘭亭序は模本を作らせました。(愛し過ぎて蘭亭序を自分のお墓に埋めてしまった為、オリジナルは失われました) その蘭亭序を臨書した虞世南(ぐせいなん)と欧陽詢(おうようじゅん)は伝統を継承しつつ楷書の表現を完成させたそうで、初唐の三大家と称されています。ではもう1人はというと、やはり蘭亭序をコピーした褚遂良(ちょすいりょう)で、唐の華やかな気品を盛り込んだ「雁塔聖教序」等の書は一世を風靡したそうです。ここにはそうした唐時代の著名な書家の作品が並んでいました。


まずは虞世南のコーナーです。虞世南は王羲之七世の子孫の智永に学んで王羲之やその息子の王献之の書法に基づく南朝の穏やかな書風を継承したそうです。

22 虞世南 「孔子廟堂碑 ―唐拓孤本―」 唐時代・貞観2~4年(628~630) ★こちらで観られます
こちらは先述の李氏の四宝の1つで、第一印象は めっちゃ綺麗な字で読みやすい!w バランスが取れていて、まさに教科書の手本のような楷書です。緻密で上品で、筆でこんなに綺麗に書けるのかというくらいでした。この隣にも同じ孔子廟堂碑の拓本がありました。むしろ見慣れた感があるくらいお手本になっていそうな字です。

続いては欧陽詢のコーナーです。と、その前に欧陽詢の代表作にまつわる「九成宮」という太宗皇帝の別荘についての作品がありました。

35 仇英款 「九成宮図巻」 明時代・16~17世紀
こちらは絵巻で、自然の中にある太宗皇帝の別荘が描かれています。ここに湧き水が湧いたのを瑞兆とみなして「九成宮醴泉銘」を建てさせたそうで、それが欧陽詢の最高傑作の楷書となりました。別荘と言っても宮殿のような感じで、当時の皇帝の権勢を伝えていました。

この近くには現地の写真もありました。今でも宮殿が残っていて石碑も健在のようですが、拓本を取りすぎて摩耗しているとのことでした。そのため、同じ拓本でも微妙に文字の太さが違っている(磨り減るとその分細くなる)ようで、損傷したような痕がある拓本なども見受けられます。石が磨り減るほどのコピーって何回刷ったんでしょうかね…。

28 欧陽詢 「九成宮醴泉銘 ―海内第一本―」 唐時代・貞観6年(632) ★こちらで観られます
そしてこちらが欧陽詢の最高傑作の拓本です。縦長で引き締まった楷書となっていて、帝避暑とか書いてるのが読めるかな。実直な感じと優雅さの両面があって、スラリとした印象を受けました。あまり厳つい感じはしない字です。

この近くに虞世南・欧陽詢・褚遂良・顔真卿の4人の「風」と「無為」という字を比較した映像がありました。これが非常に分かりやすく、4人の個性が一目瞭然でした。

続いては褚遂良のコーナーです。褚遂良は太宗皇帝の信任が厚く王羲之の書の鑑定役をしていたそうで、虞世南や欧陽詢を学び、王羲之の真髄を得て晩年に しなやかで躍動感溢れる書風を残したようです。

43 褚遂良 「雁塔聖教序」 唐時代・永徽4年(653)
こちらは西遊記で有名な玄奘三蔵法師が経典を漢訳した功績を讃えた石碑を写したものです。太宗皇帝と皇太子から下賜された序文を褚遂良が書いているのですが、1つ1つの文字が読みやすい点は楷書らしさを残しつつ払いの部分などに軽やかさを感じます。虞世南や欧陽詢とも違った優美さがありました。

40 褚遂良 「孟法師碑 ―唐拓孤本―」 唐時代・貞観16年(642) ★こちらで観られます
こちらも李氏四宝の拓本です。こちらやや自由な雰囲気のある伸びやかな文字で、特に払いや曲線部分に特徴があるように思えました。そういえば、この書には「宇宙」という文字が入っているのですが、今回の展示で何回か宇宙と書いてある部分がありました。元々は世界全体を指す言葉として使われていたので、よく出てくるのかも

続いては王羲之の書への太宗皇帝の熱い愛を感じるコーナーですw

44 褚遂良(模)・王羲之(原)「黄絹本蘭亭序」 唐時代・7世紀 ★こちらで観られます
こちらは蘭亭序の臨書(隣に置いて観てコピーする方法)で、褚遂良が書いた豪華コンビの作品です。4行目にある「領」の時に山冠が付くのが特徴とのことで、完コピではないのかな? 軽やかなのに緊張感もあって、途中で文字の大きさや太さも変わってきます。蘭亭序の中でも質の良さそうな模本でした。

その後にも王羲之のコピーが並んでいました。息子の王献之の模本などもあります。

57 唐玄宗 「紀泰山銘」 唐時代・開元14年(726)
20190202 140925
この作品だけ撮影可能となっていました。これは13mもある石碑の拓本で、玄宗皇帝自らが即位の時の様子を書いた隷書の大作です。太宗皇帝の頃に楷書が出来たわけですが、自身は雄大で伸びやかな隷書を好んでいたらしく、皇帝がこんなに上手いのかというくらいの書となっていました。
ちなみにこの銘は現存していて、今は文字の部分が金色に塗られているようです。

この辺には皇太子や則天武后が書いた書などもありました。みんな王羲之を学んでいるようですが、則天武后の字は丸みがあって優美でちょっと可愛らしい文字でした。

80 欧陽通 「道因法師碑」 唐時代・龍朔3年(663)
こちらは玄奘三蔵法師と共に経典を翻訳した道因法師を讃える石碑の拓本で、欧陽詢の第四子による書です。父よりも厳しく険しい字体とのことで、かっちりした文字に見えるかな。払いの辺りが力強く、バランスも右肩あがりに観えました。

88 魏栖梧 「善才寺碑 ―宋拓孤本―」 唐時代・開元13年(725)
こちらは李氏の四宝の最後の1つで、これも孤本です。やや縦長で伸びやかな感じのある文字となっていて、名前を褚遂良にすり替えてあやかっているとのことでした。そんなことしなくても十分に素晴らしい字だと思うんですけどねw


ということで、長くなってきたので今日はこの辺にしておこうと思います。まだ会場の半分も来ていませんが、1~2章は特に濃くて、一気に中国の書の鑑賞方法がわかったように思えました。そして3章にはいよいよ今回の目玉である顔真卿の「祭姪文稿」なども展示されていましたので、次回はそれらについてご紹介の予定です。

 → 後編はこちら

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