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顔真卿 王羲之を超えた名筆 (感想後編)【東京国立博物館 平成館】

前回に引き続き東京国立博物館 平成館の特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」です。前編は1~2章の唐時代までについてでしたが、今日は残りの3~6章の顔真卿とそれ以降についてご紹介していこうと思います。

 前編はこちら

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【展覧名】
 特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」

【公式サイト】
 https://ganshinkei.jp/
 https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1925

【会場】東京国立博物館 平成館
【最寄】上野駅

【会期】2019年1月16日(水) ~ 2019年2月24日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 3時間30分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_①_2_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
後半の方が空いていたように思いますが、顔真卿の「祭姪文稿」は30分待ち程度(実質20分待ちくらい)でした。作品の周りにはキャプションや日本語訳なんかもあるので、意外とあっさり観られた気がしますが、ここが一番混むのである程度の覚悟が必要です。

後半も前半同様に各章ごとに気に入った作品を挙げてご紹介していこうと思います。


<第3章 唐時代の書 顔真卿の活躍 ―王羲之書法の形骸化と情感の発露―>
唐時代の太宗皇帝は隷書を好んだのは前章でご紹介した通りですが、それはやがて伝統に束縛されず自分の情感を発露する機運になっていったそうで、張旭や懐素の書に受け継がれていきました。そして、唐王朝の危機を救った顔真卿は書においても当時の意識を変化させ、褚遂良の書風に立脚した「顔法」と称される力強い筆法と重厚な書風を特徴とする楷書を創出していきました。特に今回の展示の目玉である「祭姪文稿」は王羲之の「蘭亭序」に比肩すると言われているそうで、この章にはそうした書家の作品が並んでいました。

94 顔真卿 「王琳墓誌 ―天宝本―」 唐時代・天宝元年(742)
こちらは顔真卿の現存作品で最も若い33歳頃の墓碑の拓本です。褚遂良のからの影響を受けつつオリジナリティもあるようで、まだすっきりした字体に見えるかな。この後観ることになる気持ちを乗せた書とは違った印象を受ける作品でした。

この辺で顔真卿の人柄についての紹介がありました。顔真卿は剛直で真摯な人物だったそうで、安史の乱で唐王朝の危機を救う活躍を見せたそうです。その戦いで従兄弟やその息子を亡くしたことが「祭姪文稿」の誕生に繋がっていきます。

100 顔真卿 「祭姪文稿」 唐時代・乾元元年(758) ★こちらで観られます
こちらが最も見どころとなっている作品で、安史の乱で生命を落とした従兄弟とその息子への鎮痛な思いを書いた草稿となります。亡くなって3年後くらいに書いたそうで、行書で感情を押し殺した出だしで始まるものの、様々な思いが去来して徐々に感情が高ぶっていく様子が文字に表れてきます。簡単に要約すると、甥っ子は高潔な人物で期待されていたのに、戦いの中で裏切られ援軍が来ないまま孤立して親共々亡くなってしまい(巣から卵が転げ落ちたという表現)、何故こんな苦しみを受けるのかという憤る様子が綴られています。悲しみと怒りで文字も荒ぶっているように見える箇所があるかな。文字を塗りつぶして直している場所もあります。太く力強い文字で、裏切られたと書いている辺りから激しくなっているように見えました。今までの綺麗に書いていた書と違って、魂の叫びをぶつけるような書となっているのが最大の特徴と言えるのではないかと思います。顔真卿による書の前後には各時代の皇帝たちによるコメントが書いてあって、清時代の乾隆帝は「こんなに立派に戦ったのを知らずに楊貴妃と宴をしていた」と玄宗皇帝を皇帝の立場から皮肉っているようです。他には絶賛のコメントも並び、まさに感情を爆発させて書の歴史を変えた作品となっているようでした。
ちなみに、音声ガイドやキャプションで日本語訳を見聞きすることができるので、待ち時間はそれとコピーを観ながらどこが注目ポイントかを確認して待つのが良いかと思います。本物は動きながら観てくださいと言われ、ほんの10秒程度しか観られませんので…w

「祭姪文稿」の後、第二会場へと進みます。今回は「祭姪文稿」にスペースを割いている為か、2章は会場をまたぐ感じになっています。
そして第二会場では安史の乱以降の顔真卿のコーナーです。顔真卿は戦乱鎮圧の功績によって法務大臣に相当する役職を得たのですが、宰相に逆らったことで49歳から目まぐるしい左遷を繰り返し、54歳でようやく中央に復帰したそうです。この辺にはその頃の作品が並んでいました。

103 顔真卿 「争坐位稿」 唐時代・広徳2年(764)
こちらは「祭姪文稿」の6年後の作品で、「祭姪文稿」「祭伯文稿」(これも今回展示されています)と合わせて三稿と呼ばれる名筆です。中身はと言うと 大臣への批判文で、権力を振りかざして媚びを売ることを非難しています。ここでも淡々とした序盤から感情が高まっていくような感じで、顔真卿の人物像も伝わってくるような書となっていましたw 真っ直ぐ過ぎて許せないんでしょうね…。怒りがこみ上げてくるのをストレートに表現する辺りはまさに芸術と言えそうです。

宰相を非難した為 59~69歳頃も左遷の日々となったそうですが、この時期は道教や仏教に心を傾け、自然を愛でながら多くの作品を残したようです。この先にはそうした時期の作品が並んでいます。

109 顔真卿 「麻姑仙壇記 ―何紹基蔵本―」 唐時代・大暦6年(771)
こちらは「孫の手」の名前の由来ともなっている「麻姑」という 鳥の爪のような爪を持つ若い姿の仙女について伝説を書いたものです。63歳頃の作品で、力強い書体となっていて、楷書に時代の意識を反映しているそうです。これは「顔法」と呼ばれる書体とのことで、この近くには顔法の作品がいくつか並んでいました。

117 顔真卿 「顔氏家廟碑」 唐時代・建中元年(780)
こちらも顔法で書かれた作品で、顔真卿の一族(顔氏)の業績を詳しく書いた大型の作品です。文字は太めでぎっしり書かれていて、整然としている一方で迫り来るような迫力があるかな。
この近くに王羲之との比較パネルがあったのですが、王羲之に比べると右上がりの角度を抑え、横画を太くして立体感を出しているそうです。また、起筆の蚕の頭のような丸み(蚕頭)と燕の尾のような払い(燕尾といって、払いを一度止めてから再度払って二股になっています)に特徴があり、躍動感を出しているようです。これは隷書の筆法の応用で、左右対称の文字の組みには篆書が応用されているとのことでした。我々がよく目にする明朝体は顔真卿の書がベースになっているようで、読みやすく字間を詰めても美しいのも顔法からの影響のようです。顔法はどこかで観たような…と思ったら、そんな身近な所で息づいているんですね。

この近くには自分で自分に出した辞令なんかもありました。文字の縦線はやや細く横幅が太めなのが読みやすく力強く感じるポイントなのがよく分かります。

125 張旭 「肚痛帖」 唐時代・8世紀
こちらは顔真卿の師匠の作品です。太かったり細かったりする草書で、ぐにゃぐにゃと繋がっていて、字体が違うこともあって顔真卿の作品とはあまり似ていません。軽やかで闊達な印象を受けるかな。内容は薬を飲んだら原因不明の腹痛が治ったという話なのがちょっと可笑しいw 解説によると、張旭は酒を飲むと絶叫しながら狂走し、草書を書くというエキセントリックな人だったそうですw 奇行の人物ですが、情感を発露する書の先駆けと言える存在だったのだとか。

続いては張旭と同様に自由奔放な懐素のコーナーです。懐素は李白も絶賛していた書家で、酒を飲んで筆を持つ「狂草」を得意としていたようです。…と、このプロフィールだけ聞くと 李白の酔っぱらい仲間なのではないか?という疑念が湧きましたが…w

126 懐素 「自叙帖」 唐時代・大暦12年(777) ★こちらで観られます
こちらは草書で勢いよく書かれた作品で、線の細い文字となっていて 部分的にはひらがなに見えるくらい略して書いています。さらさらっと流れるような文字が舞うようで優美です。この書はかなり長いのですが、中身は自分の人生について書いているそうで、中には顔真卿について述べている部分もあるようです。 中身は全く読めませんでしたが、最後の方は特に音楽的なリズムすら感じられました。即興的でダイナミックで好みの作品です。


<第4章 日本における唐時代の書の受容 ―三筆と三跡―>
続いての4章はガラッと中身が変わって、ここまで観てきたような中国の書が日本に与えた影響に関するコーナーです。日本には奈良時代に中国の唐時代の書が流入してきたそうで、入ってきた当初は欧陽詢や褚遂良のような書風が観られるようですが、王羲之が最も好まれたようです。そして平安時代には空海が王羲之や唐の四大家の書を学んで帰国したり、嵯峨天皇は欧陽詢の書風が観られるようです。遣唐使廃止後の「三蹟」のうち小野道風と藤原行成は王羲之風を模範として日本独自の書風を形成し、もう1人の三蹟である藤原佐理は懐素の書に通じる自由奔放で大胆な書を残したようです。ここにはそうした日本の作品が並んでいました。

140 空海 「金剛般若経開題残巻」 平安時代・9世紀 ★こちらで観られます
こちらは空海によって草書で書かれたお経の解説書で、行書を交えつつ王羲之や顔真卿に影響を受けて書いているそうです。あちこちに訂正の跡があるので草稿のようですが、草書らしいスピード感と緩急のついた優美な雰囲気が出ています。流石は三筆で名高い弘法大師だけあって非常に見事な作品でした。

この近くには国宝の「金剛場陀羅尼経巻第一」(飛鳥時代)などもありました。これは日本の現存最古の写経で、欧陽詢に倣った字体となっているようです。また、同じく国宝の最澄による「久隔帖」や、三筆の嵯峨天皇や三蹟の藤原行成の書などもあり、この章は日本の国宝がずらりと並んでいます。伝 藤原行成の「臨王羲之尺牘」なんかも素晴らしい作品で、王羲之から日本独特の文字へと進化していく様子なども伺えました。

145 小野道風 「智証大師諡号勅書」 平安時代・延長5年(927)
こちらは王羲之に倣った書体ですが、文字が太めで緊張感漂う作品です。力強く堂々としていて見栄えがしました。

この隣には藤原佐理の「恩命帖」がありました。日本の狂草とも言える作品です。


<第5章 宋時代における顔真卿の評価 ―人間性の尊重と理念の探求―>
続いては再び中国に戻り、宋時代の顔真卿の評価についてのコーナーです。宋時代にも情感を発露する書風は継承され発展していったそうで、欧陽修(北宋の政治家・詩人・文学者)は、「書は人格や人間性によって価値づけられる」として顔真卿の書を理想としたそうです。また、他にも蔡襄(さいじょう)や蘇軾(そしょく)といった書家も顔真卿に影響を受け、顔真卿は後世に受け継がれていったようです。

ここには蔡襄の「楷書謝賜御書詩表巻」や蘇軾「行書李白仙詩巻」(★こちらで観られます)などがあり、個性が出ていて顔真卿のフォロワーぶりが伺えるかな。他にも懐素に学んだ黄庭堅の書や、王羲之に学んだ米芾などの作品などもあります。米芾は顔真卿には批判的な部分もあったことなども紹介されていました。

158 李公麟 「五馬図巻」 北宋時代・11世紀 ★こちらで観られます
こちらは5頭の名馬と その世話人を描いた絵画作品です。墨の細い線で輪郭を書き、写実的かつ生き生きと馬を表しています。この絵には北宋の書家の黄庭堅の書が添えられていて、名画と名筆のコラボとなっていました。黄庭堅も顔真卿を尊敬していたのだとか。


<第6章 後世への影響 ―王羲之神話の崩壊―>
最後は後世の影響と王羲之神話の崩壊についてのコーナーです。王羲之の書は神話のごとく伝わっていきましたが、清代後期の趙之謙は顔真卿の書を学び、古碑を学ぶ碑学に傾倒して、王羲之の書に根ざす伝統的な書とは全く異なる美意識を会得し野趣あふれる書風を確立したそうです。(古碑に学んだのは、古い本はコピーのコピーで当時とはかけ離れてるのではないかと考えていたようです)
ここにはそうしたそれまでとは異なる書を確立した書家の作品などが並んでいました。

163 趙孟頫 「楷書仇鍔墓碑銘巻」 元時代・延祐6年(1319)
こちらは太い文字で跳ねや払いが目を引く作品です。読みやすい楷書のようですが、行書のような趣があり、勢いを感じる字体となっています。唐の時代とはまた異なる字体となっているように思えました。

164 董其昌 「行草書羅漢賛等書巻」 明時代・万暦31年(1603)
こちらは行書から始まり狂草となっていく書で、文字もかなり大胆になっていきます。即興的な素早さがまるで抽象絵画のような面白さとなっていました。

この近くには清時代の「祭姪文稿」の臨書や、顔真卿に影響を受けた書などがありました。払いの辺りに燕尾の顔法が見受けられます。また、最後辺りに趙之謙の作品もありました。「行書五言聯」(★こちらで観られます)なんかは素人目には素朴な感じに見えるのですが、少なくともこれまでとは趣が異なるのは理解できました。


ということで、書は分からないと思っていた私でも十分に楽しめる内容となっていました。顔真卿は王羲之を超えたというのも大袈裟ではなく、新しい潮流を生み出していたことが書の歴史と共に理解できたように思います。会期が短いので この記事を書いている時点の残りわずかとなっていますが、書が好きな方は必見の展示だと思います。

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