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《川瀬巴水》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、大正・昭和期に活躍した新版画の画家 川瀬巴水について取り上げます。川瀬巴水は日本よりも海外での評価が高い画家で、叙情的な色彩と日本らしい風景で人気を博しました。特に版元として名高い渡邊庄三郎の元で作られた版画は質が高く、日本画に劣らない繊細な表現となっています。今日も過去の展示で撮った作品とともにご紹介していこうと思います。(今回は資料が少なめなので作品紹介が主になります)

川瀬巴水は1883年(明治16年)に現在の新橋に生まれ、14歳の頃には川端玉章の門下の画塾に入っていたこともあったようですが、親戚の反対によって1年足らずでやめています。また、19歳ころには荒木十畝の親戚に師事していましたが、22歳の時に父の事業が失敗して 25歳の頃から父の会社で営業担当の社員として働いていました(巴水は長男の跡取り息子)。 巴水は商才に欠け妹婿が跡を継ぐことになり、巴水は面識のあった鏑木清方に入門しようとしましたが、歳をとりすぎていると言われて洋画を勧められたそうです。そして岡田三郎助に指導を受けて、白馬会にも通って日本画・洋画ともに習っていました。(洋画は結局 挫折しています。) その後、ようやく27歳の時に清方に入門を許され、最初は写し物(模写)をやれと言われて月岡芳年や歌川国芳をよく写していたそうです。ここでも師匠が得意とする美人画に苦戦していたようですが、1918年(大正7年)に同門の伊東深水の連作版画「近江八景」を観て感激して、版画制作の道に入りました。版画に行き着くまでは何をやっても失敗ばかりで長続きしてない感じだけど、それ以降は版元の渡邊庄三郎の元で版画絵師として活躍していきました。

川瀬巴水 「東京十二題 駒形河岸」
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こちらは大正8年(1919年)の作品。こちらは夏の浅草駒形を描いたもので、竹屋さんの竹越しに川と向こう岸が垣間見えるという面白い構図になっています。荷馬車を真横から捉えた構図や竹のリズム感が面白い。爽やかな青が夏っぽい雰囲気を出していますね。

このシリーズは1923年の関東大震災より前に描かれたもので、精密なデッサンは当時の東京の風景も伝えてくれます。

川瀬巴水 「東京十二題 木場の夕暮れ」
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こちらは大正9年(1920年)の作品。こちらは深川辺りの光景で、空の淡く透明感のあるグラデーションが郷愁を誘います。川面に映った電信柱が揺らめいているのも叙情性を高めているかな。橋の上にポツンとした人影や材木に落ちる影など、何処を取ってもしみじみとした美しさを感じます。

入門して修行していた頃に清方から「巴水」という号を貰ったのですが、これは小学校が「巴小学校」なので、川瀬の川にちなんで巴水としたそうです。しかし清方は桜川小学校と思い違いをしていたと、後に巴水は語っていたのだとか。

川瀬巴水 「東京十二題 五月雨降る山王」
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こちらも大正9年(1920年)の作品。これは今の溜池山王辺りで、雨が降っている中で子供を背負って犬を連れた女性の後ろ姿が目を引きます。雨の日独特の寂しげな雰囲気と、家族の温かみが同居するような作品かな。何処か懐かしさを感じさせるのが巴水ならではの感性だと思います。

芸術性が高く仕事も律儀な巴水は多くの版元と関わったそうですが、渡邊庄三郎 以外のところではお互いの思惑が中々一致することができず、苦労していたようです。渡邊以外の版元では売れ行きの良い作品ばかりを選択して類似する絵柄ばかりとなり、巴水にとっては逆効果となり芳しい成果を得られなかったのだとか。

川瀬巴水 「東京十二題 品川沖」
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こちらも大正9年(1920年)の作品。水平の多い画面の中、柵の垂直の連なりが心地いい。海の透明感も爽やかで好みです。

川瀬巴水 「東京十二題 大根がし」
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こちらも大正9年(1920年)の作品。こちらは京橋辺りの様子が描かれ、手前では大根の入った籠を持って働く人の姿もあります。樹木や市場が見切れるような構図が面白い。江戸っぽさが残っていて古き良き日本を感じさせますね。

川瀬巴水 「東京十二題 深川上の橋」
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こちらも大正9年(1920年)の作品。橋の下に帆船が描かれている構図は葛飾北斎の富嶽三十六景を彷彿とさせるかな。暮れなずむ夕日が水面にも映って、ノスタルジックな気分にさせます。

川瀬巴水 「東京十二題 雪に暮れる寺嶋村」
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こちらも大正9年(1920年)の作品。寺嶋村は今の向島の辺りのようで、雪がしんしんと降り積もる静寂の世界となっています。歩いている人が雪を踏みしめている音まで聞こえそうな。寒々とした光景の中に灯った明かりが何とも温かく感じられ、川面に反射しているのも風情があります。

川瀬巴水 「東京十二題 雪の白髭」
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こちらも大正9年(1920年)の作品。これも向島だったかな。こちらは無人で一層寂しい雰囲気。この絵もそうですが、巴水の絵のモチーフは水辺の光景が多く、対岸が観えているというのも頻出です。また、雪も定番ですが、天気や時間帯によって受ける印象がだいぶ異なってきます。

川瀬巴水 「『旅みやげ第二集』より 晴天の雪(宮島)」
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こちらは大正10年(1921年)の作品。雪が降っているのに晴れているというちょっと不思議な光景を描いています。厳島神社も雪が積もって、爽やかさと神秘性が半々みたいな感じかなw やはり色使いが絶妙で、摺師も素晴らしい腕だったんでしょうね。旅情や郷愁を誘います。

川瀬巴水はこれとは別に「The Miyajima Shrine in Snow」という宮島に積もる雪を描いた作品があります。鉄道省国際観光局の宣伝ポスターに使われ1万枚が世界中で配布されたようです。巴水が日本より海外で評価されているのはそういう事情もあるのかもしれません。

川瀬巴水 「『旅みやげ第三集』より 加賀八田 秋の虹」
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こちらは大正13年(1924年)の作品。強い風で木々や藁が傾いでいる様子と、虹が架かっている様子が描かれていて何ともファンタジック。雲の下は青空で急速に晴れて来ているのかな? 風とは逆方向に飛ぶ鳥の姿も力強くて目を引きます。

川瀬巴水 「東京二十景 芝増上寺」
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こちらは大正14年(1925年)の作品。朱色と白のコントラストが何とも日本的な美しさとなっています。前かがみで歩く女性や舞い落ちる雪で風の強さまで感じさせます。特に好きな1枚です。

川瀬巴水 「東京二十景 浅草観音の雪晴」
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こちらは大正15年(1926年)の作品。こちらは打って変わって青空が背景で清々しい雰囲気となっています。寒そうではあるけど、澄んだ空気まで表現しているように思えるかな。2人の女性が何か話ながら歩いているのも穏やかな雰囲気です。

巴水はこの年に現在の大田区に引っ越しました。川瀬巴水はそれから死ぬまで大田区で活躍した(疎開の時を除く)そうで、700点の作品を残し、その生涯を振り返って昭和5年から19年過ごした馬込での生活を「さほど豊かでは無かったが一番面白い時期でもあった」と回想していたそうです

川瀬巴水 「東京二十景 荒川の月(赤羽)」
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こちらは昭和4年(1929年)の作品。煌々と照らす月明かりが眩しいほどで、見事な明暗表現となっています。手前で佇む女性、明かりの灯った家、船頭の人影が観える舟… 人の営みも感じられて詩情あふれる光景です。

今回ご紹介した中には少ないですが、巴水は月夜もよく描いていました。巴水は子供の頃に月岡芳年の月百姿を見ているらしく、それに通ずるものも感じます。

川瀬巴水 「ベランダより見るつつじ庭」
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こちらは昭和10年(1935年)の作品。岩崎小彌太に依頼されて描いた箱根の岩崎小彌太男爵別邸(現在は「山のホテル」)です。花が咲き誇っているのに華やかさよりも静かで穏やかな雰囲気のほうが強いかな。この地はシャクナゲやツツジの庭園も有名で、それを描いているようです。じっと芦ノ湖の方を観る女性の後ろ姿が印象的。

川瀬巴水 「芦ノ湖の夕富士」
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こちらは昭和10年(1935年)の作品で、先程の作品同様に岩崎小彌太にまつわる品です。ちょっと富士山のグラデーションの階調が急な気がするかな。周りの山々の簡略化もかなり進んでいるし。かつての作風から少し変わっているように思えます。

巴水は山川秀峰から朝鮮鉄道局の招きで旅行するので同行しないかと持ちかけられ、行き詰まりを感じていた昭和14年6月から1ヶ月程度の朝鮮旅行をしたそうです。 そのスケッチから朝鮮の風景画のシリーズを描いていて、そこから得た大胆で広大な構図の魅力は戦後の作風へと引き継がれていったようです。

川瀬巴水 「『東海道風景選集』より 田子の浦の夕」
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こちらは昭和15年(1940年)の作品。赤く染まる富士山を背景に 荷馬車と手前を遮る松が描かれていて緻密で繊細な色彩となっています。松は画面外にも伸びていって強い生命力が感じられ、富士の雄大さと 農民の素朴さが印象的です。

川瀬巴水 「[日本風景集II 関西篇]より 紀州 瀞(とろ)」
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こちらは昭和18年(1943年)の作品。木版とは思えないほどの鮮やかな色彩で涼しげな印象を受けます。日本の原風景を思わせる光景ですね。


川瀬巴水は昭和32年(1957年)に74歳で亡くなりました。日本全国を旅して描いた作品はアメリカの鑑定家ロバート・ミューラーの紹介によって欧米で有名になり、葛飾北斎や歌川広重と並ぶ存在となっているそうです。勿論、日本人の心にも深く刺さる画風だと思いますので、今後は日本でも一層人気が出るのではないかと思います。


 参考記事:馬込時代の川瀬巴水 (大田区立郷土博物館)
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