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《葛飾北斎》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、18世紀末から19世紀後半にかけて活躍した日本を代表する画家である葛飾北斎を取り上げます。葛飾北斎は46~50歳頃の画号にすぎず 画風も画号もコロコロ変え(30回もしくは50回の説あり)、ありとあらゆるものを描いたことで知られています。その影響力は絶大で、日本のみならずジャポニスムの一端として印象派やナビ派など西洋美術にも影響を及ぼしました。過去に撮った写真もかなりあるので、デビュー当時の勝川春朗時代、琳派の宗理時代、読本挿絵に力を入れた葛飾北斎・戴斗の時代、冨嶽三十六景など錦絵を手掛けた為一の時代、晩年の画狂老人卍の時代 といった感じで時代の変遷とともにご紹介していこうと思います。


まずはデビュー期です。後に葛飾北斎となる幼名:時太郎は1760年に江戸に生まれ、家は有名な赤穂浪士の討ち入りの際に吉良上野介を護って死んだ家臣の子孫とされています。6歳の頃から絵を描き始め12歳のときには貸本屋で働くようになり、14歳で版木彫りの仕事をするようになりました。そして19歳の頃に勝川春章に入門し、勝川春朗の号を授けられてデビューしました。その後15年ほど様々な題材を描いていましたが、1792年に師が没すると叢春朗(くさむらしゅんろう)を用いて画風も変化していきます。

葛飾北斎 「四代目岩井半四郎 かしく」のレプリカ
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こちらは1779年の初期の作品。勝川春章に入門して翌年の錦絵デビュー作の1枚とされています。勝川派は役者を似顔で描くことで人気を博した流派で、初期の北斎も丁寧に役者に似せて描いていた様子が伺えます。割と師匠の作風にも近いかな。

勝川派で学んでいた頃から他の流派からも積極的に学んでいて、それが破門の原因の1つになっています。また、勝川派にいた頃、兄弟子に絵の拙さについて からかわれて絵を破り捨てられたことがあったそうで、それに奮起したことで絵が上達したと後に語っています。(兄弟子との不仲も勝川派を離脱した一因のようです…。) 勝川派の中堅になっても生活は苦しかったようで、唐辛子や暦を売る副業で生活していたなんてエピソードもあります。


続いては主に「宗理」を名乗っていた時期です。勝川春章が亡くなると1794年に勝川派から離脱し、江戸琳派の棟梁となり「宗理」の名を受け継いで画風が一気に変わりました。この時期は浮世絵制作は減り、摺物へと軸足を移していて肉筆も多く手がけて様々な描法を用いているようです。特に瓜実顔の女性は「宗理風」と呼ばれるスタイルとしてこの時期を代表する画風となっています。

葛飾北斎 「新板浮絵忠臣蔵 第十一段目」
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こちらは1800~04年頃の仮名手本忠臣蔵の討ち入りの場面を描いた作品。由良之助らが高師直の屋敷に討ち入り戦っています。歌舞伎などで当時から人気があったようです。

1798年には宗理の画号を門人の宗二に譲り、琳派から独立して「北斎辰正」へと改号、さらに「画狂人北斎」へと次々に号を変えています。

葛飾北斎 「見立富士の巻狩」
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こちらは1803年に描かれた源頼朝の巻狩を七福神が行っているように見立てた作品。大黒天が新田四郎の役になってイノシシに乗って、打ち出の小槌で尻尾を切ろうとしていたり、何だか楽しげな雰囲気で縁起の良い作品となっています。富士山が枠からはみ出すような趣向も面白い。

宗理様式の作画は1805年ころまで続いたようで、この時期には西洋風の画風も取り込んだりしていました。

葛飾北斎 「賀奈川沖本杢之図」のレプリカ
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こちらは1804~07年頃の作品で、洋風の風景版画シリーズの1枚です。現在の横浜の本牧あたりの光景のようで、うねる大波を表しています。何だか有名な「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を想起させますね。このデフォルメぶりは琳派からの影響もあるのかも。遠近感は西洋からの影響と思われ、この時期には他にも同様に遠近法が使われたものや緻密で写実的な西洋風の作品などもあります。

1805年に葛飾北斎を名乗った頃は読本挿絵に注力して大きく貢献したようで、曲亭馬琴と共に『新編水滸画伝』や『鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月』などで読者を引きつけ、読本挿絵の第一人者と認識されました。 この時期は中国絵画の影響を受けて豪快で大胆な画風となっている一方、洋風の風景版画や肉筆画も多く手がけていたようで、晩年の北斎の基盤となった時代とも言えそうです。

著:六樹園飯盛 画:葛飾北斎 「飛騨匠物語」のレプリカ
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こちらは1809年の読本の挿絵。著者は国学者や狂歌師でもあった人物で、この読本の内容は飛騨の名工を中心に悲恋や奇異をテーマにしているようです。北斎は単なる挿絵でなく芸術に押し上げている訳ですが、プライドの高さからちょっと問題も起こしますw

この頃、葛飾北斎は曲亭馬琴(北斎と袂別後に南総里見八犬伝を書いた滝沢馬琴)とのコンビで人気を博していたのですが、曲亭馬琴の指示に従わない挿絵を描くことがしばしばあったようで、ある時 草履を咥えた人物を描くようにとの指示を鼻で笑って取り合わず、それが原因で絶交になったというエピソードがあります。 また、この頃の北斎は席画(宴会とかで即興で描く絵)でも有名だったらしく、将軍に招かれてパフォーマンスをしたようです。足の裏に朱を塗った鶏を紙の上に歩かせて、竜田川のモミジでござい と言ったのだとかw 相手が大作家であれ将軍であれ、誰に対しても臆することない人物だったんでしょうね。

続いては「戴斗」を名乗っていた時期です。1810年~1819年まで戴斗の号を用いていて、門人の増えた北斎はこの時期は読本から遠ざかり様々な絵手本を発表しています。特に『北斎漫画』は死後の明治時代まで15版も作られ、日本のみならず海外にも大きな影響を与えました。

葛飾北斎 「略画早指南」のレプリカ
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こちらは前編で1812年頃(後編は1814年頃)に出された絵手本です。前編では丸と直線で絵を描く方法を指南をしていて、まるでセザンヌやキュビスムを先取りしたような理論となっています。北斎の影響力は西洋にも絶大だったので、西洋の近代画家たちもこの本を観てたんじゃないかなあ。発想も天才的でユーモアがありますね。

こうした絵手本は自身の門下や私淑(直接の教えを受けていないが、敬意を持って学ぶこと)する者たちに自らの画風を広めようと考えて作ったようです。

葛飾北斎 「北斎漫画」
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こちらは初版は1814年ですが、死後も1878年(明治11年)の第15編まで出版されました。このページだけでも色々描かれていますが、初編から15編までで凡そ3900の図があると言われていて、各編ごとに特色もあります(特色は下記の記事を参照ください) 実に生き生きとしていて、こんなものまで描くの?ってものまで幅広く扱っているのが魅力です。
 参考記事:浦上コレクション 北斎漫画:驚異の眼、驚異の筆 (うらわ美術館)

葛飾北斎 「羅漢図」
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こちらは肉筆で「戴斗」の署名から北斎50代後半(1810年代後半)頃の作品とされています。掲げた鉢から煙のようなものが立ち上がり、雲か龍を思わせますね。上の方に赤い稲光らしきものが光っています。この作品によく似た図が北斎漫画の2編に「半諾迦尊者」として収録されているのだとか。

この時期にも数少ないものの版画や肉筆も手がけていたようです。


続いては北斎の中でも最も有名な作品が作られた為一(いいつ)の時期です。1820年(61歳)の頃から為一の号を使い始め、為一期は大きく前期と後期に分けられます。前期は1820年~30年頃で、狂歌摺物の連作などを手がけています。一方、後期は1830~34年という短い期間に「富嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」といった代表作を制作しました。


葛飾北斎 「冨嶽三十六景・東都浅草本願寺」
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まずは1831~34年の代表作「冨嶽三十六景」 北斎は、こんな構図どうやったら思いつくんだろう?という天才的な作品が多いですが、これも何処からの視点なのか不思議です。富士と屋根の三角が呼応していて面白い。

それまで浮世絵には風景画が無かったのですが、冨嶽三十六景の大ヒットで浮世絵に風景画というジャンルが生まれたほどの影響力があったようです。

葛飾北斎 葛飾北斎 「冨嶽三十六景・武州玉川」
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非常に摺りと状態が良く、「ベロ藍」が美しい逸品。構図もリズムがあってこのシリーズでも好きな作品です。

ベロ藍というのは「ベルリンの藍」の略で、ベルリンの染色職人が作り出した青い人工顔料です。これは江戸時代でも輸入されていて、冨嶽三十六景はベロ藍を使っているので青が非常に綺麗に出ています。ちなみに日本で一番最初にベロ藍を使ったのは伊藤若冲の「動植綵絵」とされています。

葛飾北斎 「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」
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恐らく世界的には日本画で一番有名なのはこの作品だと思われます。パスポートや2024年からの新千円札に使われるらしいので、日本人で知らない人はいないと思います。それだけ語り尽くされた名作ですが、このリズム感や迫力は北斎の凄さが凝縮されていますね。

「神奈川沖浪裏」をオマージュした作品は数知れずあります。ちょっと面白いところでは音楽の印象派と呼ばれるドビュッシーの「海」の楽譜の表紙にも引用されました。絵画だけでなく音楽の世界にも影響を与えたとは恐るべし。
 参考記事:ドビュッシー 、音楽と美術ー印象派と象徴派のあいだで 感想後編(ブリヂストン美術館)

葛飾北斎 「冨嶽三十六景・駿州江尻」
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曲がりくねって奥に続く道や 強風で身をかがめる人々など臨場感溢れる作品。ちぎれ飛ぶ紙で風の強さまで伝わってきます。これも特に好きな1枚です。

北斎は単なる名所の風景のみならず、波や風など 形にするのが難しい自然現象を描くことを試行錯誤していたそうです。この作品はそれが非常に感じられますね。

葛飾北斎 「冨嶽三十六景・凱風快晴」
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こちらも赤富士の愛称で知られる代表作。神奈川沖浪裏と山下白雨と合わせて三大役物と呼ばれたりもします。凱風(南風)が吹き渡り うろこ雲が秋の到来を感じさせますね。

北斎に傾倒した19世紀後半のフランス画家アンリ・リヴィエールは「エッフェル塔三十六景」という連作版画を作っています。北斎の洒落の効いた構図なども上手く取り入れてリヴィエール自身の構図として昇華した傑作です。
 参考記事:北斎とリヴィエール 三十六景の競演 (ニューオータニ美術館)

葛飾北斎 「百物語・皿やしき」
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こちらは1831~32年頃に描かれた妖怪をテーマにしたシリーズ。恐ろしくも首が皿になっている辺りに機知を感じさせます。

このシリーズにはもっと恐ろしい「百物語 笑ひはんにや」などもあります。子供が観たらトラウマになるレベルw

葛飾北斎 「雪月花 隅田」
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こちらは1833年の雪月花を描いたシリーズのうちの雪で、隅田川沿いの景色となっています。人の姿はあるけど時が止まったような静寂の世界となっていますね。それにしてもこれは何処からの視点なのか気になります。

北斎は「三つわり法」という構図をよく用いました。これは西洋の「一点透視法」とも違った独自のもので、地を画面の1/3、空を2/3で表すことで安定感を出すようです。(この絵だと逆に地が2/3かなw)

葛飾北斎 「諸國名橋奇覧・飛越の堺つりはし」
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こちらは1833~34年頃の日本の橋を描いたシリーズで現存が確認されるのは11図となっています。冨嶽三十六景と同時期だけに構図の斬新さや色合い、テーマなど似た感じになっていると思います。版元も同じ西村屋与八(永寿堂)なので、クオリティの高いシリーズです。

最後は晩年についてです。1834年に富士図を題材として「富嶽百景」を出版し、この巻末で「画狂老人卍」の号を用いてさらなる画技の向上を表明しています。最晩年には版画から遠ざかり、肉筆画に力を注いだようで、風俗画はほとんど描かず動物・植物・宗教などを題材にしていました。

葛飾北斎 「朱描鍾馗図」のレプリカ
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こちらは1846年の作品。全体的に赤みがかった鍾馗で、陰影があるためか立体感が感じられます。特に顔は影が表情を作っている感じ。これを描いた当時、疱瘡が流行っていて赤いものが効くという俗信があったためこうした絵を描いたのだとか。87歳とは思えないほどエネルギッシュな作品です。

北斎はお金に困ると画号を弟子に売ったりしていました。また、生涯に93回の転居をしていて、掃除が面倒で引っ越しをしたこともあったそうですw 画家になった娘の葛飾応為(阿栄)の画号は北斎が「おーい」」と呼んでたから…なんて説もあるくらいで、色々と無頓着です。

葛飾北斎 「弘法大師修法図」のポスター
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最後にこちらは1844~47年頃の西新井大師に伝わる大型の絵馬です。これは弘法大師が西新井で流行の疫病を鎮めた逸話を元にしているようで、この鬼は病魔と思われます。コロナで揺れる今だからこそ知っておきたい作品です。

葛飾北斎は90歳で亡くなりました。亡くなる直前に「あと5年、天が命をくれたら本当の絵描きになることができるだろう」と言っていたそうで、最後まで飽くことなく画業を極めようとしていました。


ということで、誰もが知っている葛飾北斎ですが全容を知ろうとするとかなり大変ですw とにかく仕事の量が半端なく研究熱と行動力が凄い! このエネルギーが日本史上最高の画家になった理由でしょうね。展覧会も頻繁に行われますので、機会があったらチェックしてみてください。


 参考記事:
  浦上コレクション 北斎漫画:驚異の眼、驚異の筆 (うらわ美術館)
  北斎とジャポニスム―HOKUSAIが西洋に与えた衝撃 (国立西洋美術館)
  新・北斎展 HOKUSAI UPDATED 感想前編(森アーツセンターギャラリー)
  新・北斎展 HOKUSAI UPDATED 感想後編(森アーツセンターギャラリー)
  すみだ北斎美術館の案内 (常設 2017年12月)
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