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《歌川広重》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、19世紀前半から中頃にかけて活躍した浮世絵師 歌川広重を取り上げます。歌川広重の本名は安藤重右衛門で、以前は安藤広重という表記もありましたが姓と画号の組み合わせとなるので最近は見かけなくなりました。歌川広重と言えば東海道五拾三次のシリーズが有名ですが、東海道五拾三次だけでも保永堂版、行書版、隷書版という図柄の異なるシリーズが3種類あり、東海道を題材とした揃い物を生涯に20種類以上制作したと言われます。また、木曽街道六拾九次や六十余州名所図会、名所江戸百景といった他のシリーズも合わせると作品数はかなりの数になります。東海道五十三次のシリーズ以降は当時から人気があり、海外にも陶器の梱包材などの形で輸出され ゴッホを始め西洋近代絵画にも大きな影響を与えました。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。

歌川広重は火消しの家に生まれ、12歳の頃には父の跡を継いで火消しになっています。しかし浮世絵師を目指し広重は14歳の頃に初代歌川豊国への入門を希望したものの、満員のため断られて その弟弟子にあたる歌川豊広に師事しました。初期は火消しを本業としながら浮世絵師としても活動し、美人画や役者絵、挿絵などを制作していたようですが、20年くらいの間あまり売れなかったようです。そして1831年頃に葛飾北斎が「冨嶽三十六景」のシリーズを発表すると、広重も同時期に「東都名所」と「本朝名所」を刊行しました。

歌川広重 「東都名所・金龍山雪景」
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こちらは1831~32年頃の作品で、広重が最初に出した風景画シリーズとなります。この頃の号は一幽斎廣重だったので、一幽斎描きとも呼ばれます。金龍山というのは浅草寺のことで、こんな雪なのに傘をさした人や参拝客で凄い賑わいで、静かな光景と対照的なのが面白い。一方、色はまだ地味な印象ですね。そのせいか、このシリーズはそれほど売れなかったようですw

1832年に養祖父の嫡子が元服したので火消しの職を譲り、絵師に専念するようになりました。号も一立齋に改めています。

歌川広重 「保永堂版 東海道五拾三次之内・日本橋 朝の景」
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こちらは1833年~34年頃に出版された最大のヒット作で出世作となるシリーズです。江戸から京都への街道の出発点となる日本橋の朝の様子が描かれ、橋を渡ってくる人や橋の袂で天秤を担ぐ人など、活気が伝わってきます。ちなみにこのシリーズは同じ絵でも摺りによって図像が異なってきます。例えばこの作品では上部に雲が描かれているのは、初期の摺りで、後の刷りでは省略されていきます。他にも様々な部分が変わるので、それで版が分かったりするようです。

東海道五拾三次のシリーズは1833年に版元の保永堂[ほえいどう](竹内孫八)と僊鶴堂 [せんかくどう](鶴屋喜右衛門)から共同出版され、後に保永堂単独の出版となりました。広重の代表作と言える大ヒット作となり、広重は生涯に20種類以上の東海道ものを制作したようです。1840年に丸屋清次郎の寿鶴堂[じゅかくどう]から出版された「東海道」もその中の1つで、画中の題が隷書体(れいしょたい)で書かれていることから隷書版東海道と呼ばれるそうです。(さらに行書版(江崎屋版・行書版・行書東海道)と呼ばれる東海道もあります)

歌川広重 「保永堂版 東海道五拾三次之内・亀山 雪晴」
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こちらも保永堂版で、三重県亀山あたりの山を大名行列が行進する様子が描かれています。輝くような白さが朝の清々しさを感じさせますね。空に使われているのはベロ藍じゃないかな。構図の面白さも広重の特徴となっています。

広重は雪や雨をよく題材にしていて、数あるシリーズの中で「東海道五拾三次 庄野・白雨」が最高傑作と呼ばれています。私はそれに劣らぬ人気の「東海道五拾三次 蒲原・夜之雪」が一番好きです。叙情性豊かな作品ばかりです。

歌川広重 「江都名所・両国橋納涼」
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こちらは1834年頃のシリーズ。画面を覆うような橋と橋桁が面白い構図を生み出しています。大勢で花火を見学しているのかな。夏の情緒も漂い季節を感じます。

冒頭に書いたように広重は東海道五十三次以外にも様々な風景シリーズを出しています。展覧会では東海道五十三次ばかり紹介されるので、今回はそれ以外の作品を多めにしてみました。

歌川広重 「木曽街道六拾九次之内 高宮」
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こちらは1835~1837年頃のシリーズ。広々とした遠近感で、山の青も鮮やかです。手前の2人が何やら背負っているのが気になりますが、中には名物の高宮布が入っているのでは?と考えられています。のんびりした平和な感じが微笑ましい。

歌川広重 「江戸近郊八景之内・飛鳥山暮雪」
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こちらは1838年頃の8枚揃えのシリーズのうちの1枚。見た目は代表作である東海道五十三次の「雪の蒲原」を思わせます。飛鳥山はお花見のイメージだけど、雪も風情がありますね。どこか寂しげな感じがとても好み。

歌川広重 「江戸名所三ツの眺・日本橋雪晴」
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こちらは1843年の作品。雪の後に晴れた清々しい雰囲気を感じます。俯瞰するような構図も開放感がありますね。

歌川広重 「薔薇に狗子」
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こちらは年代不明の作品。絵柄的にはもっと前の時代かもしれません。この作品は題材的にも円山応挙を彷彿とさせるコロコロした犬が描かれていて可愛らしい。広重は風景画だけでなく花鳥画も残していて、花鳥画では四条派の影響を受けたとされています。

広重は1848年~1854年頃に山形の天童藩からの依頼で肉筆画も描いていて、それらは天童広重と呼ばれていています。当時の天童藩は財政難で十年年賦という地方債のようなものを出していて、その満了期に近づくと広重の絵を渡して慰労と新たな10年の上納の契約をさせていたそうです。こうして描かれた広重の作品は円山応挙や松村景之ら四条派の描写を学んだ形跡が観られるとのことで、四条派は広重のルーツの1つと言えそうです。

歌川広重 「井の頭の池弁財天の社雪の景」
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こちらも年代不明の作品。井の頭公園にある弁財天の雪景色を描いていて、しんしんと雪が降り積もる情感溢れる光景です。手前の笠の人や足跡がとても良いアクセント。

歌川広重 「六十余州名所図会・越中 富山船橋」
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こちらは1853年~56年のシリーズ。構図や題材が面白く、その名の通り船で橋ができていてカーブを描いています。まるで空へと登っていくようでリズムを感じます。

六十余州名所図会は五畿七道の68ヶ国と江戸からそれぞれ1枚ずつの名所絵69枚に、目録1枚を加えた全70枚からなる名所図会です。これも中々の名作揃い。

歌川広重 「六十余州名所図会・甲斐 さるはし」
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こちらも六十余州名所図会。甲斐の猿橋の様子を描いていて、渓流の上の橋を行く人々の姿も観られます。色鮮やかで絶景が目の前に広がるような傑作です。

葛飾北斎も1833~34年に諸國名橋奇覧という日本の様々な橋を描いたシリーズを描いています。歌川広重は葛飾北斎に対してライバル心を持ちつつ学んでいる部分もあったと思われます。ちなみに葛飾北斎も東海道五十三次を描いたシリーズがあるのですが、あまり知られてないかも。それぞれ得意分野が違って個性的ですね。

歌川広重 「東都名所年中行事 八月 向じま花屋敷秋の花ぞの」
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こちらは1855年頃の作品。秋の七草が咲く庭園と、それを眺める美人が描かれています。今の百花園かな?? 美人画はそれほど上手いとは思えませんが秋の風情が漂っています。

歌川広重 「有掛絵 奴姿の福助」
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こちらは1855年頃(?)の作品で、ちょっとキモ可愛い福助!w 福助は寛政年間(1789~1801年)に人形が売り出され、1804年頃に江戸で流行したそうです。何だか楽しそうな顔をしていて憎めません。デフォルメぶりが漫画みたいw

歌川広重 「名所江戸百景・鎧の渡し小網町」
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こちらは晩年の集大成とも言える1856~1858年のシリーズ。蔵がずら~~~っと並んで壮観な光景となっています。遠近感とリズム感があって面白い構図で、左に突き出た舳先みたいなのも大胆で驚かされます。

このシリーズの「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」はゴッホが模写したことでも有名です。構図や動きの斬新さは西洋でも驚かれたようです。

歌川広重 「名所江戸百景・浅草田甫 酉の町詣」
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こちらも猫好きの間では有名な作品かも。 外をじっと観ている猫の仕草が可愛らしく、何とも猫らしいw 空の色合いも清々しい傑作です。

歌川広重 「名所江戸百景・高輪うしまち」
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こちらは円と直線の幾何学的な構成が面白い作品。犬がワラジをほぐして遊ぶ様子も可愛いですね。歌川広重の作品には犬もよく出てきます。

歌川広重 「びくにはし雪中」
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こちらは亡くなった1858年に出版された作品で、襲名者で弟子の二代目広重による作品とされることもあります。(諸説あり) どちらか判明しづらいほど二代目も凄い腕だったんでしょうね。 タイトルの「びくに橋」は現在の有楽町付近にあった橋の名前で、画中の「山くじら」はイノシシの肉のことだそうです。その向かいの「十三里」というのはサツマイモ屋で、「栗より美味い」と「九里+四里」をかけて十三里としているのが面白いです。風情もあり洒落も効いている作品です。

歌川広重 「東都御殿山・真乳山図」
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こちらは年代不明の肉筆の掛け軸。寒さと清新な雰囲気を感じます。浮世絵と違って淡くてやや南画っぽさを感じます。

歌川広重 「御馬献上行列図」
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こちらも年代不明の肉筆。行列の様子。行列が大木の脇をぐるっと回ってくる動きを感じ、奥に富士が見えると言うのも面白い構成となっています。肉筆でも当時の風俗の様子を生き生きと描いているのは変わりませんね。

歌川広重 「富嶽図」
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最後にこちらも年代不明の肉筆。手前の茂みに隠れて舟の姿があり、雄大な富士山がそびえています。近景・中景・遠景の光景が並んでいるので奥行きと広々した雰囲気を感じます。こうした広重の風景画は日本人の心象風景のように思えます。


ということで、歌川広重は数多くの作品を残し、特に風景画において評価が高くなっています。特別展では東海道五十三次の保永堂版ばかりが紹介されますが、東博の常設などでそれ以外の魅力的な作品を観ることができます。よく目にする機会があるのでとても馴染みやすい画家だと思います。

 参考記事:
  浮世絵入門 -広重《東海道五十三次》一挙公開- (山種美術館)
  広重と北斎の東海道五十三次と浮世絵名品展 (うらわ美術館)
  殿様も犬も旅した 広重・東海道五拾三次-保永堂版・隷書版を中心に- (サントリー美術館)
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