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《エドゥアール・マネ》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、印象派の先駆け的存在である19世紀フランスの画家エドゥアール・マネ(エドゥワール・マネ)を取り上げます。マネはサロンでの成功を目指しつつ印象派に繋がる技法や題材を用いた画家で、「草上の昼食」や「オランピア」といった作品でスキャンダラスな画家として名前が広まりました。ベラスケスに影響を受け、特に黒の使い方にこだわりを感じさせる作品を多く残しています。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。


エドゥアール・マネは1832年にパリのブルジョワジーの家庭に生まれ、父は裁判官だったこともあり息子にも法律家になることを望んでいたようです。しかし母方の叔父の勧めもあり画家を志すようになり、若い頃からルーブル美術館などに通い17世紀スペインの絵画に魅了されていたようです。その後、海軍学校の受験に2度失敗すると父から画家になることを許され、1849年(18歳)にトマ・クチュールのアトリエに入門しました。この頃にオランダとイタリアを旅行し、16世紀のヴェネツィア派や17世紀オランダの画家フランス・ハルスなどにも関心があったようですが、特に強い関心があったのはやはりベラスケスなどのスペイン絵画でした。当時ベラスケスはあまり知られていなかったものの、マネはレアリスムと簡潔な筆捌きによる光と色彩の扱いに注目していたようで、後にスペインまで実際に絵を観にいったりもしているほど入れ込んでいたようです。1856年にトマ・クチュールの元を去って独立し、1859年からサロンにも出品を始めましたが現実的な主題だったこともあり当初は不評でした。

エドゥアール・マネ 「サラマンカの学生たち」
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こちらは1860年の作品で、スペインの逸話を描いています。実際にはマネの別荘の辺りの風景を描いているようで、緑の中で黒い服の人物が目を引きます。この黒の使い方やスペイン風な所にベラスケスの影響が感じられるかな。マネはベラスケスの作品を模写して効果的な黒の使い方を身につけていたようです。

マネは1860年代くらいまでは宗教画も描いていたようですが、ギュスターヴ・クールベの写実主義に影響を受けて、1859年のサロン出品作は「アブサンを飲む男」という同時代の酔っぱらいの絵を出品しました。勿論、題材としてサロンに相応しくないので落選していますw しかし審査員のドラクロワは評価していたのだとか。ドラクロワもサロンに叩かれながら新しい芸術を創り上げた画家だけに理解してくれたんでしょうね。

 参考記事:
  《ディエゴ・ベラスケス》 作者別紹介
  《ウジェーヌ・ドラクロワ》 作者別紹介
  《ギュスターヴ・クールベ》 作者別紹介

エドゥアール・マネ 「ローラ・ド・ヴァランス」のポスター
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こちらは1862年の作品で、舞台裏で出番を待つ女性の姿が描かれています。「ローラ・ド・ヴァランス」とはマドリード王立劇場付属バレエ団のプリマのローラ・メレアの通称だそうで、この年にパリで公演を行っています。衣装はその時の「セビリアの花」のもので、このポーズはゴヤが描いた「アルパ公爵夫人」と同じです。顔つきも割とスペインっぽい感じかな。舞台ではなく舞台裏という所が面白い点で、実際の絵の脇には客席も描かれています。女性のまとう白いベールや黒地に赤の花模様などの色彩の豊かさが目を引きますが、当時はこの色彩が明るすぎると批判を浴びたのだとか。
 参考記事:《フランシスコ・デ・ゴヤ》 作者別紹介

この1年前の1861年にサロンで2点の作品が初入選しています。いずれも黒を貴重としたベラスケスからの影響が感じられる作品となっています。ナポレオン3世がスペイン貴族の女性と婚姻したことでフランス国内でスペインブームが巻き起こっていたようで、スペインへの傾倒はその影響もあったと考えられます。また、マネは革新的で伝統的なサロンからはボコボコに批判されまくっていましたが、マネはあくまでも官展であるサロンにこだわり挑戦し続けました。独自で展覧会を作った印象派とは違う険しい道です。

エドゥアール・マネ 「街の歌い手」の一部のポスター
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こちらも1862年の作品で、実際の絵には全身が描かれています。モデルはヴィクトリーヌ・ムーランという女性で元々はトマ・クチュールのモデルをしていました。マネの作品ではこの作品が最初で、その後「草上の昼食」と「オランピア」のモデルも務めています。うらぶれた酒場から出てくる「ながし」の女性として描かれ、ギターを持ち脇にさくらんぼの包みを抱えて右手でさくらんぼを口に運んでいます。目に力があり生き生きとしていて、当時の庶民の生活が伝わってくようです。

詩人ボードレールの美学に共鳴したマネはロマン主義的な視線も持っていました。都市の様々な階層の人たちを描いていて1863年の落選者展やサロンではスキャンダラスな主題を扱う画家として世間に名前が広がりました。特に「水浴」から「草上の昼食」とタイトルを変えた作品は落選者展で展示すると大きな非難を浴びました。というのも同時代の人物に混じって裸婦が草むらで横たわる様子は娼婦を連想させ品性に欠けると考えられたようです。当時、裸婦は神話の題材としてしか許されていなかったので挑戦的な題材です。と言うか現代人から観てもかなり唐突な裸婦で驚きますw さらに同年に娼婦にヴイーナスのポーズをとらせた「オランピア」を発表すると、これも「草上の昼食」以上に非難されてしまい、一時的にイタリアに滞在したようです。しかし若い世代の画家たちはこれに刺激を受けていて、これらの作品は後に高い評価を受けています。

エドゥアール・マネ 「笛を吹く少年」の高精細コピー
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こちらは1866年の作品で、ベラスケスの肖像画に影響を受けて描かれました。これもサロンに出品していますが落選しています。黒、黄、赤の対比が印象的で、特にズボンの輪郭のような黒が見事に思えます。手元だけが動いて笛の音が聞こえてきそうな名画です。

この頃からエミール・ゾラや印象派の若い画家たちと交流を持つようになったようです。印象派と同じように戸外での作品を制作もしています(戸外で絵を描くのも当時は革新的なことです)

エドゥアール・マネ 「Le lapin」
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こちらも1866年の作品。ウサギが吊るされている様子となっていて一見するとフランドル絵画のような主題かな。離れて観ると精密に見えますが、結構大胆な筆致なのが流石です。

この2年後の1868年にマネは女性画家のベルト・モリゾと出会っています。2人は師弟関係となり恋仲も噂されましたが最終的にはモリゾは弟のウージェーヌ・マネと結婚しています。見た目も美しいモリゾはモデルとしても何度もマネの作品に登場することになります。

エドゥアール・マネ 「Portrait de Theodore Duret」
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こちらは1868年の作品。美術批評家のテオドール・デュレの肖像かな。暗い背景に黒の服とは驚きですね。ベラスケスに傾倒していただけあってマネは黒の使い方が見事です。

エドゥアール・マネ「エミール・ゾラ」のポスター
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こちらも1868年の作品。エミール・ゾラは「笛を吹く少年」が落選した時に援護してくれた小説家の友人で、印象派を支援する芸術論も著しています。背景の画中画はマネの「オランピア」、ベラスケス「バッカスの勝利」、歌川国明 (2代目)「大鳴門灘右エ門 (初代)」で、左に見切れている屏風は土佐派か琳派っぽいかな。当時に影響を受けていた芸術の傾向を感じさせますね。ゾラは知的な雰囲気で、やはり黒が締まった感じを引き立ててます。

1870年に普仏戦争が勃発するとマネは志願して戦場に出ています。この時、ドガも一緒に参加していて2人の仲の深さが伺えます。しかし後にドガがマネとピアノを弾いている奥さんを描いた所、マネが妻の顔の出来栄えが気に入らなかったため1/3ほど切り落としてしまうという事件がありました。(今でもその作品は破れたまま展示されます)マネとドガは非常に親密な交友関係があったのですが、こうした波乱もあったようですね。

エドゥアール・マネ 「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」のポスター
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こちらは1872年の作品で、モリゾ31歳の頃の肖像です。黒い帽子、黒いチョーカー?、黒い服と黒尽くしです。しかし、黒は艶やかで、これだけ黒が多いのに画面は明るく感じます。また、顔の左側に光が当たっている様子も伺え、むしろ黒や影はモリゾの表情を対比的に明るくしているような気がします。そしてこちらを見つめるモリゾの目は非常に魅力的ですね。マネの作品でも特に人気の高い名作です。

この1年前にはパリ・コミューンも起き、その凄惨な様子も描いています。とても同じ時期に描いたとは思えないほどモリゾの絵は平和に思えます。

エドゥアール・マネ 「オペラ座の仮装舞踏会」
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こちらは1873年の作品でかなり粗いタッチで描かれています。細部まで描いてないので習作だと思いますが、中央の2人は踊り子などの女性で周りの黒い服の男性は上流階級の人たちでしょうね。その意味する所は何となく察するかなw これだけ粗くても黒に黒が埋もれずにしっかりと人を判別できるのが凄い。かえって舞踏会の賑わいが伝わってきます。

マネは同時代の庶民の暮らしも描きましたが、生まれがブルジョワジーということもあってこうした上流階級の世界も描いているのが特徴となっています。

エドゥアール・マネ 「花の中の子供(ジャック・オシュデ)」
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こちらは1876年の作品。この子は印象派の画家たちの庇護者であった実業家の子供で、全体的に明るい色彩となっています。全体的に平面的になっているし一気に画風が変わった感じがします。この頃のマネは1860年代の作風を捨てて、モネに影響を受けて明るい色彩と筆触の効果を用いて、戸外の光の下での制作をしていたようです。装飾的な構成には日本の琳派の影響も指摘されるのだとか。

モネとは親しい関係で、アルジャントゥイユのモネの家にも度々訪れています。それでも印象派展には参加せず、あくまでも目指すはサロンです。

エドゥアール・マネ 「自画像」
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こちらは1878~1879年頃の作品で、この頃の画家自身を描いた自画像です。マネの自画像は2枚しかないらしく、貴重な作品となっています。凛と立つ姿に威厳を感じますね。背景がまた黒っぽくなっています。

こんな立派な立ち姿ですが、マネは梅毒で1880年頃から左脚の壊疽が進み、亡くなる1年前の1883年には足を切断しています。 この頃から療養のためにパリを離れていったようです。

エドゥアール・マネ 「ベンチにて」
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こちらも1879年の作品。モデルは若い女優で、当時最新の流行のファッションを身に着けています。パステルの淡さと筆致の素早さで瑞々しい印象を受けるかな。ちょっと憂いを帯びた横顔も知的です。

エドゥアール・マネ 「ブラン氏の肖像」
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こちらも1879年の作品。モデルのブラン氏とは療養中に知り合ったそうで、新興のブルジョワジーのようです。腰に手を当てて威厳を感じる一方で、緑の背景を含めて画面が明るく、印象派のような雰囲気も感じます。

エドゥアール・マネ 「カルメンに扮したエミリー・アンブルの肖像」のポスター
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こちらは1880年の作品。この女性は著名なオペラ歌手で、先程のブラン氏の友人でもあり やはり療養先で知り合っています。ここにきてスペイン的な雰囲気が復活したのかなw 筆致は粗目で印象派みたいな画風に思えます。実際、当時の批評家はマネを印象派の1人だと考えていたようです。

エドゥアール・マネ 「フォリー=ベルジェールのバー」のポスター
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こちらは1882年の晩年の傑作で、本物はかなり大きくて目を引きます。パリのミュージック・ホールのバーが描かれ、中央にバーメイドが立ち その背後には鏡に写ったバルコニー席や曲芸師の足などが見えています。ちょっと妙なのが鏡に映るバーメイドの後ろ姿とシルクハットの紳士で、実際にはこんな角度で反射しないだろうという位置になっています(そのせいで私は別の人物だと思ってましたw) しかしこの2人は何度も描き直してこの場所にしていることが科学分析で分かっているそうで、バーメイドの存在感を引き立たせる為ではないかと考えられているようです。他にも瓶の位置とかも違ったりしますが、手前と鏡の中では筆の精密さが違っているように見えます。鏡によってバーの賑わいを感じさせると共に、自在に配置することで面白い効果を生んでいるようです。ちなみにマネはこの絵の為に自宅のアトリエの一部にバーを作ってバーメイドにポーズを取らせたのだとか。その徹底ぶりがこの傑作に繋がったんでしょうね。

もうこの頃は足が満足に動かないのでかなり苦労して描いていたようです。

エドゥアール・マネ 「メリー・ローラン」
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こちらも1882年の作品で、女性の頭部を描いたパステルです。首から下はまだ描きかけのような感じかな。横向きで知的な印象を受け、パステルの淡い色合いの為かこれまでの作風ともちょっと違った感じに観えます。

エドゥアール・マネ 「裸婦」
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最後にこちらは年代不明の素描。裸婦はマネのスキャンダラスな題材でしたが、マネの題材の中では少ないように思います。高い描写力で入念に準備している様子が伺えますね。


ということで、同時代を描き印象派的な手法もありながら印象派であることを否定した画家となっています。その先進性は印象派の画家たちに直接的な影響を与え、今でも人気の画家となっています。美術初心者の方はまず最初に抑えておきたい画家の1人ではないかと思います。

 参考記事:
  マネとモダン・パリ (三菱一号館美術館)
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