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もうひとつの江戸絵画 大津絵 【東京ステーションギャラリー】

今日は久々に展覧会の記事で、今週の水曜日にお休みを取って東京ステーションギャラリーで「もうひとつの江戸絵画 大津絵」を観てきました。

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【展覧名】
 もうひとつの江戸絵画 大津絵

【公式サイト】
 https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202008_otsue.html

【会場】東京ステーションギャラリー
【最寄】東京駅

【会期】2020年9月19日(土)~11月8日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 1時間00分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_2_③_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_4_⑤_満足

【感想】
この展示はローソンチケットでの事前予約制で、14時~15時の入場回のチケットを当日に買うことができました。簡単に取れたし平日だからそんなに混んでいないだろうと思ったら、結構お客さんが多くて場所によっては人だかりができていました。予約制は入場開始時間直後が混むので、少し間を開けたつもりだったんだけど…w 

さて、この展示は江戸時代初期から東海道の大津周辺で量産された「大津絵」をテーマにしています。大津絵はお土産品の絵画で、最初は仏画だったものがより売れる絵となっていきました。当時は人気だったようですが護符などの実用品として扱われた為 現存作品は少なくなっています。江戸時代が終わると急速に失われていったものの、明治以降に多くの文化人を惹き付け 名だたる目利きたちが集めた品がこの展覧会に集まっています。大津絵がこれだけまとまって紹介される機会は滅多になく、私も非常に楽しみにしていました。展示は4章構成となっていましたので各章ごとの様子を書いていこうと思います。


<1.受容のはじまり ~秘蔵された大津絵~>
まずは大津絵がコレクションされるようになった頃のコーナーです。大津絵はいずれも作者不明の為、今回の展示ではかつて誰が所有していたか というコレクターごとの構成となっていて、この章では明治時代に蒐集を始めた洋画家の浅井忠や文人画の富岡鉄斎などの旧蔵品が並んでいました。

1-1 「瓢箪鯰」 ★こちらで観られます
こちらは富岡鉄斎から柳宗悦へと渡った品で、巨大な鯰の頭の上に瓢箪を押し付ける猿が描かれています。これは有名な禅問答を絵にしたもので、禅画ではよく観る主題です。しかしその表現が激ユルで、漫画というか戯画というかw キャラクターのような可愛さと可笑しさがあって親しみやすい画風です。また、左上には杯と共に教訓を含んだ「道歌」があり「無喜成功 是猿智慧 辛労只中 以湮押滑」と書かれているようです。見た目はゆるいけど教訓があるのは禅画に通じるものがあるかも??

この先、同じタイトル同じ構図の作品が何回も出てきます。先に3章にあった大津絵の特徴のまとめを書くと、
・江戸時代に大津宿近辺で売られた旅人相手のお土産物
・作者不詳
・旅の安全を祈る仏画からスタートし、次第に人気のある売れる絵になった。
・教訓を込めた歌「道歌」が添えられ江戸末期には護符となる
・画題をまとめると
  聖:仏画、吉祥、庶民の神々
  邪:鬼、雷
  美男/美女/英雄:藤娘、鷹匠、為朝、源頼光
  動物:猿、猫、馬、鯰、象、虎
 などがあり、江戸末期には「大津絵十種」と呼ばれる画題に集約される
・和紙に木版やステンシルで単純な模様を作り、あとは手書き
・泥絵具と呼ばれる比較的安い絵具が使われている
・時代が下ると縦長の枠2枚を繋げたものから1枚へと簡略化された
・江戸時代が終わると急速に廃れた
・国内だけでなくピカソやジョアン・ミロも所有した
とのことです。

1-2 「大黒天」
こちらも富岡鉄斎の旧蔵品です。頭巾をかぶり 打ち出の小槌を持って大きな袋を担ぎ、米俵の上に立つ大黒天が描かれていて顔は黒くなっています。しかしその表情は印刷がズレたかのように目が顔からはみ出しているのが何とも言えない味わいです。まわりには流れるような文字で道歌が書かれていて、確かにこれは護符っぽい印象も受けました。

1-4 「雷と太鼓」
こちらは黒雲の中の赤鬼のような雷公が 地上に向かって錨のようなものを投げて落とした太鼓を拾おうとしている様子を描いたものです。怖いはずの雷がここでは滑稽な様子となっていて、懸命に手繰り寄せるのがちょっと可愛いw この画題は人気だったようで、後の大津絵十種にも残ったようです。この後にも同様の作品があります。

1-11 「猫と鼠」 ★こちらで観られます
こちらは鼠が自分と同じくらいの杯で酒を飲んでいる様子を描いたもので、隣で猫がそれを楽しそうに勧めています。傍から観ると魂胆ミエミエって感じでしょうか。酔わされた鼠の運命や如何に。 こうした動物の擬人化の主題も大津絵の特徴じゃないかな。この先の展示では猫と鼠が逆転していて猫が酒を飲んでいる作品もありました。

1-15 「提灯釣鐘」 ★こちらで観られます
こちらは洋画家の浅井忠が晩年の京都時代に蒐集した品で、擬人化された猿が肩に天秤を吊り下げ、足元には釣り鐘が置かれています。口をへの字に曲げた顔つきがトボけた感じに見えてちょっとイラッとくるw これは釣り鐘と提灯という釣り合わないものを天秤にかける滑稽さを描いているんじゃないかな。簡潔な線ですらっと描かれた体つきとか、下手なようで結構上手い画家が描いたのではないかと思えました。

この辺には浅井忠がコレクションした品が並んでいました。懐月堂派の浮世絵のような「太夫」などはお土産品とは思えないほどの出来栄えです。浅井忠は晩年の図案作成に大津絵も取り入れたりしています。
 参考記事:《浅井忠》 作者別紹介

1-21 「鬼の行水」 ★こちらで観られます
こちらは小説家の渡辺霞亭の旧蔵品で、今回のポスターにもなっているオレンジ色の鬼です。大津絵の魅力を凝縮したような、緩さと滑稽さと軽妙洒脱な雰囲気となっていて、表情も憎めないw 慎重にお湯に入ろうとする瞬間の様子が見事に表されているように思えました。これは確かに名作です。

この辺は渡辺霞亭や同時期のコレクターの旧蔵品が並んでいました。「相撲」など躍動感溢れる作品もあります。


<2.大津絵ブーム到来 ~芸術家のコレクション~>
続いては大津絵がブームになった時代のコーナーです。大正期に入ると大津絵はコレクターズアイテムとして認知されたようで、多くのコレクターが台頭して競うように集めました。1912年(明治45年)には「吾八」で大津絵展が開かれ、吾八のオーナーの山内神斧はコレクターでもあり仲介者としての役割も果たしました。この時期のコレクターの中には浅井忠に師事した洋画家の梅原龍三郎などもいたようです。

2-1 「鬼の念仏」 ★こちらで観られます
こちらは山内神斧の旧蔵品で、鬼が僧の格好をして歩く姿が描かれています。大きな牙に真っ赤な肌、足の爪は獣のように尖っていて、荒々しい雰囲気です。タッチや簡略化の仕方にも勢いがあって存在感のある絵となっています。鬼と念仏は真逆な存在だと思うんだけど、それを1つにしてしまうのが面白い所ですね。この主題も頻出となっています。(同じ章の山村耕花の旧蔵品も良かった)

ちなみに山内神斧は日本画家でもあります。そのせいか旧蔵品は面白い作品ばかりです。

吉川観方 編集 「大津絵」
こちらは日本画家の吉川観方が自ら所有した26図の大津絵を編集して作った画集です。26枚ズラりと並び、ここまで出てきた主題や藤娘や鷹匠など定番となった主題もあって正に大津絵の縮図とも言えるような画集となっています。解説はないものの画風に割と統一感もあって、大津絵に相当に精通していた様子が伺えました。

2-14 「座頭」
これは山村耕花の旧蔵品で、やはり頻出の画題です。三味線を背負った盲目の坊主が歩いている所、犬がふんどしを噛んで引っ張っている様子が描かれています。パッと観ただけではちょっと意味不明w 解説によると、目の不自由な座頭は幕府によって保護され、特権的に金貸しを許されていたそうで庶民から敬遠される存在だったようです。それで犬にふんどしを引っ張られて困惑する様子が人気になったのだとか。ちょっと意地悪な感じはしますが、シュールな印象を受けましたw

この辺で下の階へと続きます。

2-22 「傘さす女」 ★こちらで観られます
こちらは梅原龍三郎の旧蔵品で、これも頻出画題の1つです。着物の女性が傘を持って立つ姿が描かれ、簡略化されていて中々の曲線美を感じます。顔はヘタウマにも思えるけど味わいがあって、これを観た岸田劉生は「これだけの味のあるものは一寸世界的に稀であらう」と言ったのだとか。巨匠たちにそこまで愛されるとは凄いことです。


<3.民画としての確立 ~柳宗悦が提唱した民藝と大津絵~>
続いては民藝運動の中心人物である柳宗悦に関する品々のコーナーです。柳宗悦が大津絵を集めたのは他のコレクターに比べると遅めでしたが、先述の浅井忠や富岡鉄斎の旧蔵品などの逸品に焦点を当てて集めていったようです。また、江戸時代の文献などを調べて成り立ちや画題を整理し『初期大津絵』にまとめ、「民画」として位置づけました。ここにはそうした時代のコレクターの品が並んでいました。

3-2 「阿弥陀三尊来迎図」
こちらは阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊が描かれた仏画で、阿弥陀如来の光背が画面に放射状に凄い勢いで広がっています。絵はちょっとヘタウマだけど割と真面目な雰囲気かな。他の大津絵よりもサイズが大きめで、柳宗悦は現存する大津絵の中でも最古のものの1つと考えていたようです。大津絵のルーツ的な作品なので一際貴重な逸品ではないかと思います。

この辺には仏画が並んでいました。聞いたことがない神仏もいたかな。

3-7 「達磨大師」
こちらは達磨大師の肖像を描いたもので、顔は細めの輪郭、体は大胆な墨の流れで描かれています。ギョロッとした目をしたやや漫画チックな顔つきですが、少ない線で特徴をよく捉えていて作者の描写力の高さが伺えます。現存する大津絵の中で達磨の主題はこれだけらしく、これも貴重な品となっています。

3-10 「鬼の三味線」
こちらは赤鬼が三味線を引いている様子を描いたもの。目は黄色くギョロッとしていて、大きな牙や角が生えています。しかし恐ろしいというよりは親しみを感じて、ギタリストみたいでかっこいいw なぜ鬼と三味線の組み合わせか分かりませんが中々ロックな絵でした。

この辺は「鬼の念仏」や「藤娘」など何度も出てきた主題の作品も並んでいます。作者によって味わいが変わるのも見どころかな。そういった意味では大津絵はスタンダード・ナンバーを即興でアレンジするジャズみたいなものかもw

3-11 「薙刀弁慶」
こちらは左手に刀を持ち、背中に様々な武器を背負った弁慶を描いた作品。左のほうを向いて右手で様子を伺うようなポーズをしています。その顔は青みがかっていて、何だかタコみたいな顔つき…w デフォルメ具合や絵としての収まりが良くて愛嬌もたっぷりでした。

3-22  「大黒外法の相撲」
こちらは山口財閥の当主 山口吉郎兵衛の旧蔵品で、大黒と外法(異教の者)と相撲をしている様子が描かれています。お互いに首に腕を巻きつけたり足を絡めたり、スープレックスでもしそうな体勢になっていて緊張感ある姿です。なのに顔はやけにニヤけているような…w そのせいでハシゴ酒しようと肩組んでいる酔っぱらいのようにも見えるw 何だか妙な味わいが癖になりそうな作品でした。

3-31 「頼光」
こちらは民藝運動を支えた医師の内田六郎から洋画家の小絲源太郎へと伝わった品で、酒呑童子を退治した源頼光が描かれています。源頼光は刀を持ち赤く厳しい表情をしているのですが、その兜に噛み付いている頭だけの酒呑童子の顔の方に目が行きます。源頼光の頭の3倍くらいはある大きな頭で、ギョロ目が中々のインパクトです。描写は粗めだけど迫力がありました。

3-44 「鬼の念仏(看板)」
こちらは北大路魯山人の旧蔵品で、先程もご紹介した主題です。ここでは板に描かれていて、木目も見えています。それが一層に素朴で力強い雰囲気となっていて面白い効果となっていました。元は大津絵を売っていた店の看板と考えられるのだとか。

他にも木に描かれた作品がありました。


<4.昭和戦後期の展開 ~知られざる大津絵コレクター~>
最後は昭和の戦後のコレクターについてのコーナーです。戦災で多くの名品が失われ、大津絵コレクターも亡くなってしまったためコレクションの大半は散逸し、一部は海外へと渡って欧米の博物館やピカソら芸術家にも渡って行きました。一方、柳宗悦が設立した日本民藝館は戦災を免れ、戦後最大のコレクター米浪庄弌からの寄贈などもあって国内最大のコレクションとなりました。また、洋画家の小絲源太郎は山内神斧や山村耕花と交流があり、戦後に彼らの旧蔵品や富岡鉄斎、梅原龍三郎(先述の「傘さす女」)などの名品を入手していたようです。しかし生前はそのコレクションはほとんど知られていなかったようで、この展覧会で初公開となる品も多いのだとか。ここにはそうした戦後のコレクターの作品が並んでいました。

4-16 「十三仏」
こちらは染色家の芹沢けい介のコレクションで、中央上部に大日如来、その下に3列×4段で12の諸仏菩薩明王が描かれています。と言ってもみんな顔は同じで、右下の不動明王だけ火炎の光背があって判別できます。仏達は同じ版木を使っているので同じ顔のようで、これは仏事の際に掛ける用途なのだとか。意図的なのか分かりませんが、同じ顔でも微妙に印刷がズレたような揺らぎがあるのが独特の味わいでした。

4-23 「天狗と象」
こちらは吉川観方から米浪庄弌に渡った品で、上部に天狗、下に象がいて 象の鼻が天狗の鼻に絡みついて引っ張り合いをしているようです。どちらも鼻の長いもの同士ってことだと思いますが、中々にナンセンスでシュールですw こういう肩肘張らない可笑しみが大津絵の魅力ですね。


ということで、愉快な絵ばかりで8ヶ月ぶりに美術館に足を運んだ甲斐がありました。貴重な機会でもあるので図録も買って大満足です。未だにコロナ禍の真っ只中なので外出をオススメする訳にはいきませんが、公式サイトには書留を使った図録の販売の案内もあるので、気になる方はチェックしてみてください。
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