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《今村紫紅》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、明治末期から大正にかけて活躍した夭折の日本画家 今村紫紅を取り上げます。今村紫紅は俵屋宗達や南画に私淑し、西洋の印象派やゴーギャン等にも影響された画家で 従来の日本画を壊す新しい画風を模作し後進の画家に大きな影響を与えました。晩年には速水御舟などの後進画家に「一度つきつめたら壊さないと駄目。壊せば誰かが作ってくれる。僕は壊すから君たちは建設してくれたまえ」と話していて、今村紫紅の性格や志向をよく表す言葉となっています。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。


今村紫紅は1880年に横浜の輸出向け提灯商の三男の寿三郎として生まれました。1895年(15歳頃)から洋画家の山田馬介に水彩画を学び、1897年からは兄と共に日本画家の松本楓湖に師事し、翌年の1898年から今村紫紅と号しています。そして同年に日本美術協会展で「箙 (えびら) の梅」を初入選させ、順調なスタートとなっています。

今村紫紅 「絵巻物模写 伴大納言絵巻(其一)」
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こちらはデビュー間もない1899年頃の作品。国宝である12世紀の「伴大納言絵詞」を原画にして忠実な模写となっていて、早くも高い描写力を見せています。866年の応天門の放火事件(応天門の変)を題材にしていて、1巻では大臣が帝に対応を進言するまでの話で、ここでは検非違使が出勤する様子となっています。生き生きと動きのある雰囲気で、古画そのものといった出来栄えになっています。

こちらは続き
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人々が門を見上げたり逃げていく様子が描かれていて、混乱しているのが伝わってきます。彩色は簡略なものとなっているようです。

こちらは燃えているシーン。
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後に日本画に新しい息吹をもたらす今村紫紅ですが、こうした古画の中から色彩や様式化を学んでいたのではないかと思われます。

この2年後の1900年に生涯の友となる安田靫彦と出会い、紫紅会に入会しています。奇しくも今村紫紅と同じ名前だったので、1901年には安田靫彦、小林古径、前田青邨らと会の名前を変えて「紅児会」を結成しました。

安田靫彦 「紫紅の像」
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ちょっと寄り道でこちらは安田靫彦による今村紫紅の肖像。今村紫紅が亡くなった1916年に追悼の為に描かれた作品(35歳)で、非常にダンディな姿となっています。情熱的かつ冷静な人物で、豪放で後輩の面倒見も良い兄貴分だったらしく、1回り以上年下の速水御舟も今村紫紅に心酔していました。そのため、リーダー的な存在で同世代や後輩への影響力は大きかったようです。

紫紅の画号は「千紫万紅」(様々な美しい色のこと)から取った名前となっています。名は体を表すように、今村紫紅の作品は色鮮やかなものとなっていきます。

今村紫紅 「平親王」
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こちらは1907年の作品。今村紫紅は歴史画からスタートしたので歴史人物の肖像もよく描いています。平将門がモチーフですが、将門は「新皇」を名乗っていたため明治期には国家に対する反乱者として画題に取り上げられなくなった人物です。それを敢えて権威に対して反抗した英雄として描いているのが今村紫紅の絵に対する態度の現れかもしれませんね。立派な剣を持っている一方で表情は悩んでいるようにも思えます。

この年の春に、今村紫紅は茨城県の五浦にある日本美術院を訪れ、安田靫彦と共に岡倉天心の指導を受けています。その際、横山大観や菱田春草らの制作に取り組む姿勢に感銘を受けて奮起し、後に強烈な色彩で従来にない構図を用いて南画風の描法を示すことになります。ちなみにその時に菱田春草が描いていたのは先日ご紹介した「賢首菩薩」で、その点描技法に大いに啓発されたと後に語っています。
 参考記事:《菱田春草》 作者別紹介

今村紫紅 「時宗」
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こちらは1908年の作品。右の人物は鎌倉幕府の第8代執権の北条時宗で、左の人物は宋から招いた禅僧の無学祖元です。1281年の弘安の役の際に祖元の教えを請い、国難に立ち向かう覚悟を決めるところを描いているようで、お互いに緊張感ある面持ちに見えます。解説によると僧の衣の彩色や構図に菱田春草の「賢首菩薩」からの影響が観られるようで、点描を意識していたようです。

今村紫紅は岡倉天心に好きな古画を聞かれた際に俵屋宗達の名を挙げていました。俵屋宗達を私淑していて、それがきっかけで俵屋宗達が再評価されたという説もあります。

今村紫紅 「伊達政宗」
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こちらは1910年の作品で、伊達政宗が秀吉に一揆と内通している嫌疑で呼び出しを受けた際、黄金の十字架と死に装束を着て現れたエピソードを元にしています。ここでは落ち着き払った雰囲気かな。(この頃の政宗は熱心なキリスト教徒だったので磔刑の十字架を持ってきました) この後、花押に針の穴が無いから偽書状と言って逃れたけど、どうも怪しい…。政宗のパフォーマンスぶりがちょっとふてぶてしくも見えるけど、凛々しい姿です。

この頃から三渓園で有名な原三渓がパトロンになって原邸で古画の鑑賞会が開かれるようになりました。今村紫紅はそこで目にした富岡鉄斎の研究を行うようになり、南画へと傾倒していきます。

今村紫紅 「風神雷神」
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こちらは1911年の作品で、題材から分かるように俵屋宗達からの影響が伺えます。とは言え、かなり独創的で楽しげな雰囲気となっているかなw 琳派だけでなく ゆるい南画的な要素も出てきたように思います。

岡倉天心は南画をあまり評価していなかったそうが、それでもあえて今村紫紅は南画に取り組んでいきました。これはあらゆる画風を学習の素材とすべきと考えていた為で、進取の精神が伺えます。

今村紫紅 「鞠聖図」
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こちらも1911年で、平安後期の公卿で蹴鞠の名人だった藤原成通を描いたものです。猿が鞠を持って運んでいるのは『古今著聞集』などに残された逸話で、猿の姿の鞠の精霊が現れ藤原成通の偉業を讃えているシーンのようです。猿の姿が何とも可愛らしくて、それを観る藤原成通も興味深げな表情が面白いw この絵では色は淡く、藤原成通の洗練された雰囲気が伝わってくるようです。

この頃、日本にポスト印象派の作品が紹介されていて、今村紫紅はそれも自身の画風に取り込んで行きました。晩年はゴーギャンなどに近いものを感じます。
 参考記事:《ポール・ゴーギャン》 作者別紹介

今村紫紅 「柳に叭々鳥」
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こちらは1912年の作品。背景が金地になったこともあり今までより明るい印象を受けます。簡略化された表現などは南画の影響でしょうか。鮮やかなのに静かな雰囲気なのも面白い。色々な流派を研究した成果が出ている感じですね。

この頃、速水御舟が紅児会へと入会してきました。しかし1913年に解散し、その会員の多くは1914年に再興される日本美術院に参加していくことになります。

今村紫紅 「近江八景」
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こちらは第6回文展で二等賞を受賞した1912年の代表作です。琵琶湖の名勝を描く江戸時代以降の頻出の題材ですが、南画っぽさがありつつ明るい色彩で斬新な印象を受けます。この絵には西洋絵画からの影響も色濃く出ていて、まさに新しい日本画と言えそうです。

1913年には日本美術院の指導者であった岡倉天心が亡くなっています。岡倉天心の臨終に際し、横山大観・下村観山は共に日本美術院の再興を計画し、その翌年の1914年に横山大観、下村観山、木村武山、安田靫彦、今村紫紅、小杉未醒らと共に日本美術院を再興しました。

今村紫紅 「『印度旅行スケッチ帳』より」
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こちらは1914年のインド旅行でのスケッチ。簡素でゆるい素描となっているけど、現地の雰囲気が伝わってくるかな。緑とオレンジをあわせる色使いが西洋絵画のような印象を受けます。

この1914年に今村紫紅はゴーギャンのタヒチ時代のような新たな画境を目指し、バンコクやシンガポール、ラングーン、カルカッタなどを旅行しています。そしてその道中で描いたスケッチを元に代表作が作られることとなります(なお、この時に川端龍子も共にインドに行っていたようで、川端龍子も旅の途中で描いたスケッチなども残しています。)

今村紫紅 「熱国の巻(小下絵)」
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こちらも1914年で、代表作の下絵です。ここで言う熱国は具体的に何処と言うわけではないですが、椰子の木が連なり南国特有の雰囲気とリズムを生んでいるように思えます。

今村紫紅 「熱国之巻(暮之巻)」
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そしてこちらが1914年の代表作で、インド旅行から着想を得て架空の熱国を描いています。大きな川や赤~黄に染まる砂漠の色合いが強く、非常に明るい印象を受けます。大胆な点描が使われているのも特徴と言えそうです。

こちらは続き
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椰子の木、赤い屋根の家々などが描かれ、全体的に金砂子がまかれています。その光景は異国情緒がありつつ手法は日本的なところがあるのが面白いです。単純化された様式と相まって琳派、南画の要素もありつつ、ゴーギャンやセザンヌ的なものも感じるかな。しかしどれでもないようにも思えて、今まで学んだものが結実しているのが分かります。まさに今村紫紅の集大成と言える作品です。

この年に再興院とは別に今村紫紅を中心に赤曜会が結成されました。そこで今村紫紅は速水御舟などの後進画家に「一度つきつめたら壊さないと駄目。壊せば誰かが作ってくれる。僕は壊すから君たちは建設してくれたまえ」という言葉を残しています。壊すだけでなく新しい日本画を作っているように思えますけどねw

横山大観・下村観山・今村紫紅・小杉未醒(放菴) 「東海道五十三次絵巻 巻1」
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こちらは1915年の4人の合作で、4人で人力車や籠を使って東海道五十三次を旅した時に描いた絵巻です。今村紫紅の部分を抜粋すると、まずは品川が描かれています。 真横から建物を幾何学的に描いていて、遠くに見える海と共に水平の構図となっています。横長の画面を上手く使っているのが面白い。

これは五浦を引き払った頃に行った20日かけたスケッチ旅行だったらしく、当時の新聞記事などでも取り上げられたようです。

続いてこちらは神奈川。
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今村紫紅にとっては地元じゃないでしょうかw こちらも斜めの構図でちょっと階段状になっているのがリズムを感じます。南画っぽさが素朴な雰囲気を生んでますね。

こんな感じで旅もして絵もいよいよ充実してきた所ですが、この翌年に亡くなってしまいます。酒で肝臓を痛めていたようで脳溢血で亡くなったようです。

今村紫紅 「春さき」
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こちらは最晩年の1916年の作品。一層に簡素な南画風になっていて、長閑な印象を受けます。遠くに人の姿らしきものがあって一種の理想郷のような雰囲気かな。ピンクの花が暖かい春を感じさせますね。


ということで、古画や西洋絵画を取り込みつつ新しい表現を模作した画家となっています。傑作を連発しだした頃に亡くなってしまったのは惜しいとしか言いようがありません。個展は観たことがありませんが、日本美術院やその周辺の画家の展示で目にする機会は結構あると思いますので、名前を覚えておくとこの頃の日本画の革新ぶりに理解が深まるのではないかと思います。

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