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《中村彝》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、明治末期から大正時代にかけて活躍した洋画家の中村彝(なかむらつね)を取り上げます。中村彝は軍人を目指していましたが結核で挫折し、幼い頃から好きだった絵の道を進みました。その後の人生も悲恋や病気によって苦難が続いたものの絵の評価は当時から高く、身を削るように打ち込んでいきました。わずか37年の人生(画業は15年くらい)で肖像画を始め多くの傑作を残しています。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。


中村彝は1887年に旧水戸藩士の家の5兄弟の末っ子として生まれ、その翌年には父が亡くなり10歳の頃には母を亡くしています。親代わりとなった長男の影響を受けて軍人になるため17歳で名古屋陸軍地方幼年学校を卒業し 東京の陸軍中央幼年学校に進学したものの その直後に肺結核の診断がくだされエリート軍人への道を失ってしまいました。失意の中、暖かな千葉の海岸地で転地療養を繰り返しているうちに幼い頃から好きだった絵を描くようになり、やがて画家の道を志すようになりました。19歳(1906年)で黒田清輝らの白馬会研究所に入り、その翌年の1907年には太平洋画会研究所に移り、それぞれで生涯の友となる中原悌二郎や鶴田吾郎などの仲間を得ています。そして1909年の第3回文展に「曇れる朝」「巌」を出品し初入選・褒状受賞を果たし画家としてスタートしました。

中村彝 「自画像」
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こちらは1909~1910年頃の自画像。しかめっ面のような独特の顔つきをしているかなw 中村彝はレンブラントに影響を受けたと言われていて、この絵も黒っぽい服の自画像という点でそれが感じられるように思います。黒だらけの格好なのに髪と帽子の境目が分かるとか、陰影が分かる辺りに技量の高さが感じられますね。
 参考記事:《レンブラント・ファン・レイン》 作者別紹介

中村彝は1907年にキリスト教の洗礼を受けているそうです。とは言え、特に宗教を画題にすることはなかったようで 大半は肖像画、風景画、静物画となっています。

中村彝 「海辺の村(白壁の家)」
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こちらは療養で訪れた千葉の布良海岸を描いた1910年の作品。ざらついたマチエールで、手前の陰影によって海が青々とした色彩に感じられます。当時の光景がありありと表現されているようです。この作品は第4回文展で3等賞となりました。

中村彝は1908年にパン屋で有名な新宿中村屋が開いたアトリエを訪れ、帰国したばかりの荻原守衛と中原悌二郎に会っています。この頃、中村屋は文化人が集まるサロンの役割を果たしていて、中村彝も1911年から主人の相馬夫妻の厚意で中村屋の裏の画室に住むようになりました。中村彝はアトリエでの制作に熱中するあまり 食事もろくにとらなかったそうで、それを心配して相馬夫妻は中村彝を食卓に招いて家族の一員のように扱ってくれたのだとか。(これが逆に悲劇の始まりだったりしますが…)

中村彝 「小女」のポスター
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こちらは1914年の作品で、第8回文展で3等賞を受賞しています。モデルは中村屋の相馬夫妻の長女の俊子で、手を組んでどこかをじっと見つめていて人懐こそうな印象を受けます。背景は色調を抑えた赤と青のチェック模様となっていて派手になりすぎずに絵全体を華やかにしている感じかな。親密な空気が漂い、幸せそうな肖像画です。

この絵は着衣ですが同時期には「少女裸像」など俊子をモデルに裸婦像も多数描いています。自分の芸術の為に裸婦モデルになってくれる俊子に惹かれ 2人は恋仲となっていく訳ですが、相馬夫妻は中村彝が結核の病人であることや、娘の裸体を文展に飾って人目に晒すことに抵抗があったようで、2人が接近するのを妨げるようになりました。そして1914年には激しい葛藤を持ったまま中村屋を離れ、伊豆大島へと旅立って行きました。

中村彝 「大島風景」
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こちらは1914~15年頃の作品。先程の布良海岸の風景画と違って、セザンヌへの傾倒ぶりがストレートに見て取れます。しかし手前の木々の描き方はかなり荒々しくて、強風でも吹いているかのような仕上がりになっています。大島滞在時の中村彝の特徴は大胆な筆触なようで、当時のメンタルが影響していたのかも知れませんね。

1915年には相馬夫妻に俊子との結婚を申し込みましたが反対されました。1916年に俊子と再会したものの、結局2人の恋は実ることはありませんでした。

中村彝 「田中館博士の肖像」
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こちらは1916年の作品で、下落合へとアトリ工を移して描かれこの年の第10回文展で特選第一席となっています。モデルの田中館(たなかだて)博士は航空工学の権威で、自宅でガウン姿で研究する姿となっています。「小女」のような華やかな肖像と違って落ち着いた色彩となっていて、穏やかで知的な雰囲気が強まっているように思います。中村彝の肖像画はモデルによってガラっと雰囲気が変わって見えるのが面白いです。

中村彝はこの後も転々としますが、最終的にこの下落合のアトリエが亡くなるまでの拠点となりました。画業は上手く行っていたものの傷心な上に病による喀血が続き、心配した友人が家政婦を頼んでいます。(この家政婦も晩年によくモデルになっていたようで、作品が残っています。) なお、この後の1920年代には目白・落合一体は東京郊外として整備が進められ、モダンな邸宅の並ぶ目白文化村やアビラ村と名付けられた住宅街となっていきました。現在では中村彝のアトリエは復元され、新宿区立中村彝アトリエ記念館として公開されています。
 参考リンク:新宿区立中村彝アトリエ記念館

中村彝 「静物」
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こちらは1917年の作品。これもセザンヌっぽい雰囲気があるかな。粗めの筆致が残っていて力強い印象を受けます。中央の黄色が特に目を引くので色彩の取り合わせも計算していそうですね。

1920年に今村繁三(「海辺の村」を買ってくれた銀行家)の家でルノワールを実際に観ることが出来たようです。院展でもルノワールを観る機会があり、大きな感銘を受けました。その為、この頃の中村彝の作品にはルノワールからの影響が見て取れます。

中村彝 「泉のほとり」
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こちらは1920年の作品。ルノワールに影響受けたってレベルじゃないw 模写じゃないか?ってくらいのルノワールへの傾倒ぶりです。実際、長らくルノワールの模写と言われてきたわけですが、最近の研究で中村彝の創作であることが明らかになってきたのだとか。裸婦の体型や色彩などかなり細かいところまで研究していた様子が伺えます。

この頃、かつて中村彝が住んでいた中村屋のアトリエにワシリー・エロシェンコというロシア人が住んでいました。ワシリー・エロシェンコは盲目の詩人で、エスペラント語の普及や詩集の発行をしていて、その活動を通じた仲間に連れられて中村屋のサロンを訪れ、相馬夫妻に気に入られて世話を受けるようになりました。そして目白駅で鶴田吾郎(中村彝の友人の画家)がたまたま見かけたエロシェンコにモデルになってほしいと声をかけ、エロシェンコは8日間に渡って中村彝のアトリエで2人の画家によって肖像画を描かれることになりました。

中村彝 「エロシェンコ氏の像」
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こちらは1920年の作品。全体的に黄色がかった画面で盲目のロシア青年を描いています。放浪の詩人に自己を投影させていたようで、瞑想的な雰囲気でどこか聖人のような厳かな印象すら受けます。この作品は取り憑かれたように描き続け、画家本人は8日目にもう1日描きたいと言っていたようですが。体力の限界を迎えていたのを察した鶴田吾郎が止めたようです。実際、その晩から中村彝は発熱と下痢に見舞われて再び病床についているので、まさに身を削るように描いた魂心の作と言えそうです。

1923年には第4回帝展審査員に任ぜられましたが、病のため立ち会うことができませんでした。翌年の1924年の帝展には作品を出品したものの年末に37歳で下落合のアトリエで亡くなりました。


ということで、病気や悲恋を乗り越えて傑作を残した画家となっています。ゆかりのある中村屋サロン美術館や茨城県立美術館で特集されることもあり、私の好きな「カルピスの包み紙のある静物」なども茨城県立美術館が所蔵しています。東京国立近代美術館にも「エロシェンコ氏の像」などの傑作が常設に展示されることがあるので、じっくりと観てみるとその魅力がよく分かるのではないかと思います。
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