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《速水御舟》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、大正から昭和初期にかけて活躍した速水御舟を取り上げます。速水御舟は1914年の第1回再興院展に弱冠二十歳で出品し、第4回展では早くも院友に推挙されるなど若くして才能を認められました。40年の短い生涯を通じて1つの様式に囚われず、常に新たな画風を突き詰めては壊すということを繰り返し、「梯子の頂きに上る勇気は尊い。さらにそこから降りてきて再び上り返す勇気を持つものはさらに尊い」という言葉を残しています。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。


速水御舟は1894年に質屋を営む蒔田良三郎と いと の次男として浅草に生まれ、本名は蒔田栄一という名前です。後に祖母の速水キクの養子になったことで速水姓になり、御舟というのは俵屋宗達の「源氏物語澪標関屋図屏風」の舟から取った後の時代の画号です。幼い頃から絵が好きで、14歳で著名な歴史画家だった松本楓湖に入門、10代の頃には屋外の写生や粉本(絵手本)模写を行い、模写を通じて中国画、琳派、土佐派、狩野派、円山四条派、浮世絵など、数多くの流派を幅広く学びました。また、この画塾で今村紫紅と出会い、紫紅の参加する紅児会に入りました。しかし紅児会が解散すると、今村紫紅が中心に結成された赤曜会で行動を共にしたようで、今村紫紅の「僕は壊すから君たちは建設してくれたまえ」という言葉は速水御舟を大いに刺激したようです。
 参考記事:《今村紫紅》 作者別紹介

速水御舟 「萌芽」
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こちらは1912年の作品で、尼僧がシダや辛夷(こぶし)、泰山木などに囲まれた神秘的な作品。背景と尼僧の色合いの強さのバランスがそう思わせるのかな? 淡く線描を抑えて表現で、写実的でありながら装飾性もあるように思えます。18歳でこの才能はヤバいw

この2年後の1914年に「御舟」へと改号し、第1回再興院展に「近村(紙すき場)」を出品して日本美術院院友となっています。また、1914~1916年にかけての画風が極端な縦長の画面にリズム感のある筆触で、鮮やかな色調となっていて、今村紫紅の南画風の画風から影響を受けています。しかし今村紫紅は1916年に亡くなってしまいました。

速水御舟 「風景素描(林丘寺塀外の道・雲母坂)」
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こちらは1918年の作品。雲母坂は京都の修学院離宮から比叡山の山頂に至る古道のことで、ここではコンテを使って描いています。日本画家がコンテってのは珍しいように思えますが、今村紫紅も印象派などの洋画も研究していたのでその影響かも知れません。鬱蒼とした雰囲気を感じますね。

この1年前の1917年には第4回再興院展に「洛外六題」を出品し、横山大観や下村観山の激賞を受けて日本美術院同人となりました。

速水御舟 「浅春」
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こちらも1918年の作品。下の方に木を見上げながら杯を持っている人とかいるからお花見なのかな? のんびりとして春の訪れを感じさせます。全体的に南画っぽい画風でリズムがあるのは前述の特徴がまだ残っているのかも。

この翌年の1919年に浅草の市電の線路に下駄を挟んでしまい、轢かれて左足を切断する大怪我を追っています。それ以降は義足となったわけですが、画業の意欲には全く影響が無かったのだとか。

速水御舟 「京の舞妓」
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こちらは1920年の作品。一気に画風が変わって写実的になっていて、特に顔が不気味なほどリアルw それでも着物なんかは装飾的で琳派っぽい優美さがあるかな。この絵が発表された時、その細密さが賛否両論となって、横山大観は「悪写実」と酷評して院展から速水御舟を除名しようと主張したのだとか。(とは言え、横山大観は速水御舟を高く評価していて、後に亡くなった際には日本の損失とまで言ってます) まあ私もこの方向性はちょっと好みじゃないですw

速水御舟はこの「京の舞妓」以降、徹底した写実に向かっていき日本画の絵の具で油彩画的な質感表現に迫ろうとしました。この頃は洋画家の岸田劉生と中国の宋代院体画(写実・精密な特徴を持つ)についてよく話していたらしく、こうした細密画を描いていたようです。その結果、厳密な自然観察に基づき精緻に描く宋代院体花鳥画を意識した境地に辿りつきました。
 参考記事:《岸田劉生》 作者別紹介

速水御舟 「門(名主の家)」
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こちらは1924年の作品。写実的でありながら柔らかい雰囲気があって これはかなり好みw 幾何学的な形が多いのもモダンな印象を受けます。

友人の小茂田青樹は速水御舟と同様に院体画に関心を寄せていたらしく、速水御舟に対して君の絵は理想化しすぎると批判し、「桜の爛漫とした趣のみを描くが、実際はもっと汚くて垢がある」と言って真を見つめる姿勢を問いただしたそうです。速水御舟はその言葉を後々まで大切に受け止めていたらしく、小茂田青樹も御舟にとって重要な存在だったことが伺えるエピソードです。

速水御舟 「ひよこ」
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こちらは1924年の作品。ふわふわしていてちょっとトボけた顔をしているのが面白い。口にミミズのようなものを咥えているのも生き生きしていて単なる写実を越えているように思えます。

1921年には友人であり援助者でもあった資産家の吉田幸三郎の妹と結婚しています。

速水御舟 「麦」
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こちらは1925年の作品。縦長の画面の麦畑の中、鳥が身を隠しているのがわかります。画面の上半分が空白だったり リズミカルな配置になっていて構図に面白さを感じます。

ちなみに1923年の関東大震災で、初期の作品の多くが失われてしまったようです。しかし逞しいことに震災直後の街の様子を描いた作品なども残っています。

速水御舟 「炎舞」のポスター
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こちらは1925年の速水御舟の代表作です。炎の周りを蛾が舞っている様子を描いたもので、炎はまるで仏画や不動明王の光背の炎を思わせる装飾性があり、螺旋を描くように舞い上がっています。一方、蛾はみんな正面向きで舞っていて神秘的な光景です。この頃、速水御舟は軽井沢に3ヶ月間滞在し 毎晩 焚き火をして群がる蛾を観察していたそうです。西洋画のルドンにも蝶を描いた幻想的な作品がありますが、この作品はそれに勝るとも劣らない象徴姓を感じる大傑作だと思います。日本の伝統も組み込んでいるし、観れば観るほど素晴らしい作品です。

速水御舟の現存作品は600点ほどだそうで、この代表作を含めて約120点が山種美術館の所蔵品となっています。

速水御舟 「写生図巻 [蛾・蝶・蜂・蝉 etc.]」
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こちらは1925年の作品。「炎舞」に通じる蛾や蝶が描かれていて、非常に精密な描写となっています。

図巻の続き
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色鮮やかで、丹念に観察しているのも伺えます。

蝶だけでなく他の昆虫も描かれています。
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トンボの羽が透ける感じなどもよく表現されていて見事です。

この翌年の1926年の第1回聖徳太子奉讃美術展覧会には「昆虫二題 葉蔭魔手・粧蛾舞戯」を出品しています。先程の「炎舞」と合わせてこうした写生が活かされているんでしょうね。

速水御舟 「写生図巻 [鰈・沙魚・鱚 etc]」
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こちらも1925年の作品。魚の写生となっていて、これはハゼの部分です。様々な動きを表現していて軽やかな印象を受けます。

速水御舟 「写生図巻 [寒鳩寒雀]」
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こちらは1927年の作品。ここでは鳩と雀を写生しています。こちらも本質を捉えて細密な描写ですね。

こうして細密な写生に傾倒していた訳ですが、この頃がピークでその後は細密描写から離れ、琳派の装飾構成へ志向を強めていきました。速水御舟は生涯を通じて琳派を意識していたようで、先述の通り画号の由来にもしているほどです。

速水御舟 「京の家」
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こちらは1927年の作品。一気に単純化していて、色面を使った表現となっています。赤の壁と黄色の壁が対比的だけど、淡い色のせいか ぶつかるような激しさは感じませんね。

速水御舟 「奈良の家」
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こちらも1927年の作品。こちらは白い壁が映えるかな。幾何学的な構図となっていてキュビスムのような西洋美術的なものを感じます。

速水御舟は「構成は事実を土台とすべきである。事実を度外視したすべての構成は無力に近い」と語っていたようで、これまで同様に観察による事実はもとになっているものの、細密描写でなく大胆な色面による構成を意図してモティーフは平面的な形態に単純化されていきました。

速水御舟 「翠苔緑芝」
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こちらは1928年で4曲1双の金地の屏風となっています。右隻は金地にビワ、ツツジ、緑の苔などが描かれ、苔の上に猫が転がっています。左隻は芝の上で寝転ぶウザギとアジサイが描かれていて、どちらも琳派のような装飾的な雰囲気があります。この作品は御舟にとっても自信作だったようで、屈指の名作じゃないかと思います。

注目はこの紫陽花の花で、ひび割れの表現に工夫があります。
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ひび割れを作るために胡粉を焼いたりしています。そのおかげで紫陽花の雰囲気がよく出ているように思います。

こちらは紫陽花の近くのウサギのアップ
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金地・緑に白が映えます。赤目もアクセントになっているように思えますね。

こちらは黒猫のアップ。
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視線の先には何があるのかな? 毛並みのふわっとした感じが可愛い。この絵には下図も残されていて、右隻には白猫と黒猫と朝顔が描かれているなど本図までに推敲したことが伺えます。

この2年後の1930年にはローマ日本美術展覧会の為に横山大観らと共にイタリアに2ヶ月以上滞在し、さらにギリシャ、フランス、スペイン、イギリス、ドイツ、エジプトなどを10ヶ月間かけて歴訪しました。特にエル・グレコに興味を持っていたようで、スペインでエル・グレコの絵を見るのが大きな目的の1つだったようです。そして帰国すると日本画家のデッサン力不足を痛感し、モデルを使った裸婦デッサンを頻繁に行ったり、人体解剖の講義を聞きに行って人物画に意欲的に取り込んでいきます。1931年以降は毎回 人物画を出品していました。

速水御舟 「夜梅」
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こちらは1930年の作品。暗闇に白い花が浮かび上がるような表現で、神秘的な雰囲気となっています。また写実的な要素もありつつ初春の情感溢れる光景ですね。

速水御舟は渡欧で人物画に挑戦する一方で花鳥画の佳作も制作していました。しかし、自分の絵に批判的だったようで、「世間が褒めてくれる絵を描くのは簡単だけども、これからは売れない絵を描くから覚悟しておいてくれ」と言う言葉を奥さんに語っています。

速水御舟 「暁に開く花」
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こちらは晩年の1934年の作品。朝顔が描かれていて、やはり写実的でありつつ画題的にも琳派っぽい要素も感じます。地を這うように描かれているのがちょっと気になる…。

晩年は紙と絵の具の性質に対する心構えの必要性を重視していたようです。安田靫彦には「白芙蓉」という作品について「この曲線はまたと引けない天来の線」とまで賞賛され、写生を越えた新たな境地を示しました。また、親友の小山大月と共に伊豆に隠棲して制作に没頭する計画を建てていたようですが、1935年に40歳の若さで急逝して叶いませんでした。

ということで、1つの画風を極めてはまた崩して新しい画風に挑んでいたのが速水御舟の大きな特徴と言えそうです。その為、時期によってだいぶ異なる印象を受けますが、いずれも高いクオリティで人気の画家となっています。先述の通り山種美術館が多くの傑作を所有していて、定期的に展示も行いますので機会があったら是非観て欲しい画家です。

 参考記事:
  生誕125年記念 速水御舟 (山種美術館)
  再興院展100年記念 速水御舟-日本美術院の精鋭たち-(山種美術館)
  速水御舟展 -日本画への挑戦- (山種美術館)
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