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《マリー・ローランサン》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、洗濯船のメンバーで独自の女性美で人気の画家マリー・ローランサンを取り上げます。マリー・ローランサンは画塾でジョルジュ・ブラックと知り合い、その紹介で洗濯船のメンバーと知遇を得て、初期はピカソやブラックのキュビスムの影響を受けました。メンバーの詩人のアポリネールと恋仲になり、褒められて伸びていきましたがモナリザ盗難事件を機に2人は疎遠になり 自暴自棄を起こしてドイツ人と結婚し、第一次世界大戦などで一時は暗い時代を過ごしました。しかし離婚してパリに戻ると1920年代の「狂乱の時代」に上流階級の肖像画家として人気を博し、亡くなるまでパステル調の夢想的な作風で多くの女性像を描きました。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。


マリー・ローランサンは1883年にパリで私生児として生まれました。私生児と言っても経済的に豊かで母親の教養が高かったようで、マリーはブルジョアのお嬢様の教育を受けていたようです。その頃からマリーは画家になりたいと思ったようですが、当時、画家は女性がなるものではないという風潮があったので、母親は陶磁器の絵付けの学校ならお嬢さんの教育としても問題ないと判断し、通わせたようです。 しかし、マリーはやはり画家になりたいと考え画塾アカデミー・アンベールに通うようになり、そこでジョルジュ・ブラックと会い、その後ピカソ達のアトリエに通うようになりました。ブラックとピカソと言えば、キュビスムの創始者ですが、マリー・ローランサンもその影響を受けました。また、キュビスムを擁護した詩人であり批評家であるアポリネールと出会ったのもこの頃で、やがて2人は恋人関係になります。アポリネールはマリー・ローランサンをよく誉めていたようで、それによって自信をつけた彼女は画家としてどんどん成長していきました。
 参考記事:《ジョルジュ・ブラック》 作者別紹介

残念ながら初期の作品の写真が無かったので、モンマルトルにある「洗濯船」の写真
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ここに通っていた初期は「エジプト風の横顔のアポリネール」や「アンドレ・サルモン」といった洗濯船のメンバーの肖像などを残しています。初期はキュビスム風ではあるものの、ピカソやブラックのキュビスムのように対象を分解することはあまりせず、装飾的な曲線においてキュビスムを取り入れていました。オルフィスム(キュビスムの一派)を取り入れた作品もあり、最新の芸術に通じていました。

アポリネールやピカソ達と交流を重ね着実に力をつけていましたが、そんな彼らとも別れの時が訪れます。そのきっかけは1911年の「モナ・リザ盗難事件」で、アポリネールやピカソは容疑者として警察に目をつけられます(それ以前にアポリネールの秘書がルーブル美術館から小品を盗んで、何も知らないピカソやアポリネールに渡していたという事件があったため、モナ・リザの件でも疑われたようです) 結局、アポリネールは無関係なのに何日か投獄されてしまいました。そして、それを聞きつけたマリーの母親は、あんな男と付き合うなというような事をマリーに言ったようで、アポリネールとは疎遠になってしまいました。さらにその後、追い討ちをかけるように母親が死んでしまい、失意のどん底に陥っていくことになります。

マリーは失意の中で自暴自棄になり、衝動的にドイツ人男性と結婚しました。1914年に第一次世界大戦が始まるとフランスとドイツは敵対関係となったので、2人はスペインに亡命しました。スペイン時代は夫婦愛も覚めてしまい孤独の時代だったようですが、その環境で作風も進化していきました。やがて戦争が終わると夫の故郷ドイツへ行き、その後離婚して1920年にフランスに戻り「狂乱の20年代」を迎えます。

マリー・ローランサン 「スペインの踊り子たち」
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こちらは1920~1921年頃の作品。3人の女性と馬や犬などが重なり合うように描かれ、全体的には落ち着いた色彩となっています。肌がやけに白くて表情も物憂げな感じで、まだスペイン時代の画風の特徴があるように思えます。幻想的で絵本の世界のような雰囲気はローランサンならではの魅力ですね。

これ以前のスペイン時代は色も暗く儚げで、格子状の模様がよく使われるなど心理状態を表すような閉塞感が漂った作風でした。ゴヤやベラスケスから影響を受けた作品なども残されています。

マリー・ローランサン 「ニコル・グルーと二人の娘」
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こちらは1922年の作品。淡い色彩で描かれ、ニコルという女性とその娘たちが描かれています。この人はファッションで有名なポール・ポワレの妹で、彼女とはかなり親密な仲でした。ぼんやりと浮かぶような淡さが可憐で か弱い感じもするかな。まだまだ憂いを感じる作風です。

マリー・ローランサンはアポリネールを愛しドイツ人男性と結婚しましたが、離婚後は女性も愛していたようでレズかバイセクシュアルだったようです。男性へのコンプレックスもあったようで、画風でもちょっとそれが伺えるかも。

マリー・ローランサン 「犬を抱く女」
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こちらは1923年の作品。まだちょっと暗い感じはあるけど奥の女性は微笑んでいるようだし、そこはかとなく幸せな雰囲気が出てきたように思えます。暖色が多めだからそう感じるのかも。

1920年代はパリで活動し、絵画だけでなく舞台美術を手がけるなど幅広く活躍しました。この頃は景気が良い時代でエコールド・パリと呼ばれる文化が華咲き、マリー・ローランサンもココ・シャネルらと共に時代を代表する女性としても注目され人気画家としての地位を確立していきました。

マリー・ローランサン 「牝鹿」
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こちらは1923年の作品。バレエ・リュスのディアギレフから「牝鹿」の為の衣装と舞台美術を頼まれた際に作った舞台背景の為の習作です。2人の女性と鹿らしき獣の姿が描かれ、白い肌と淡い色彩で幻想的でメルヘンチックな雰囲気です。細部はよく分かりませんが、全体的に静かな色で流れるような配置となっていて、習作でも面白く思えます

ドイツに滞在している時に神秘的な森の魅力に目覚めたようで、森を舞台にした作品が多くあります。この絵にも登場している犬なのか馬なのか謎の獣も頻出のモチーフです。

マリー・ローランサン 「マドモアゼル・シャネルの肖像」
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1923年こちらはファッションデザイナーのココ・シャネルの肖像で、椅子に腰掛けて頭に手を当て 膝にモコモコした犬を乗せています。背景には謎の獣や鳥の姿もありローランサンが得意としたモチーフが集まってるように思えます。全体的に暗い色調で、モデルも気だるい顔をして物憂げです。モデルとなったシャルルはこの作品が気に入らず受け取りを拒否したそうで、それに対してローランサンは「田舎娘」と一蹴して描き直すことはなかったのだとか。

1920年代は戦争に行った男性の代わりに女性が働いていたため、女子の社会進出が進んでいき、マリー・ローランサンと同い年のココ・シャネルもそうした中で注目されました。ココ・シャネルがこの絵を突き返したのは、自分に似ていないと考えたためのようです。というのも、官能的に描かれた肖像は、「女性も男性のように!」と考えていたココ・シャネルの意に沿うものではなかったためでした。女性はこうあるべきという考えが真逆の2人では衝突も仕方なかったのかも。

マリー・ローランサン 「黒馬 あるいは散策」のポスター
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こちらは1924年の作品。女性と馬というローランサンが大好きなモチーフが描かれ、おとぎ話の挿絵のような雰囲気です。細部はちょっと妙な感じはありますが、このメルヘンチックな作風は唯一無二の魅力ですね。

作風のせいか、私はローランサンに対して夢見るお嬢様のイメージを持っていたのですが、実際はぶっとんだ所もあったようで、縄跳びしながらデートに来たとか、ピカソにラマの鳴きまねをして驚かせたとか、ケーキにしりもちをついたとか色々なエピソードがあるようです。 むしろおてんばな不思議ちゃん?w

マリー・ローランサン 「帽子をかぶった少女」
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こちらは1924年の作品。真っ白な肌の女性が微笑んでいて優しそうな雰囲気となっています。色は落ち着いているものの、以前のような寂しげな感じはなく幸福感が出ているように見えますね。

この頃には社交界の肖像画家として人気を博していました。ローランサンの黄金期は1920年代なのではないかと思います。

マリー・ローランサン 「ポール・ギヨーム夫人の肖像」
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こちらは1924~1928頃の作品。有名な画商ポール・ギヨームの奥さんを描いた作品で、手に花を持ち微笑を湛えながら花を持つ優美な姿で描かれています。犬っぽい獣も可愛らしく、全体的にピンク色の為か温かい雰囲気です。モデルの個性も出ているし、数あるローランサンの肖像の中でも特に好きな作品です。

スペイン時代と違って空間を大きく取っている特長があるようで、それが開放感に繋がっているようです。この絵も背景が広いのが分かると思います。

マリー・ローランサン 「女優たち」
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こちらは1927年の作品。舞台の裏なのか垂れ幕がかかりギターを持つ女性と抱き合う女性が描かれています。ここでも微笑んでいて、楽しく幸せそうな雰囲気となっています。ローランサンは描いている時期の精神状態も結構伝わってきますね。

マリー・ローランサン 「3人の若い女」
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こちらは1935年の作品。ピンク、赤、黄、緑が使われ、以前よりも色彩が明るくなっているのを感じます。以前は灰色がかっていたけど、より白っぽく見えるかな。

1930年代の第2次世界大戦の頃にはドイツ軍に自宅を接収されたものの マリー・ローランサンは戦時下でも比較的裕福だったそうです。1937年にはレジオンドヌール勲章を授与されています。

マリー・ローランサン 「若い女」
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こちらは1937年の作品。今まで平面的だった顔に影がついて立体感を感じます。色も鮮やかになり装飾性も増しています。その分、幻想性は減ったようにも思えるけどこれはこれで良い作風ですね。

1940年頃になると色彩がかなり鮮やかになって行き、ほぼ人物画のみとなっていきます。輪郭も強くなって行き、デッサンの雰囲気は以前と似ていても表現と色彩が以前とは異なっているのが分かるかな。男性へのコンプレックスが消えたことで今まで使わなかった赤や黄色を使うようになっていきました。(若い頃は黄色や赤は男性的な感じがすると考えてあまり使わなかった) そのため画面は明るくなり、また、目鼻が具体的になっています。これも心の安定がもたらしたものなのかも知れません。

マリー・ローランサン 「Portrait de jeune fille」
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こちらは戦後の1950年の作品。こちらも先程の画風と似ていて、もうこの頃にはかなり画風は安定しています。目鼻立ちがくっきりして凛々しい雰囲気ですね。

晩年はシュザンヌ・モローという家政婦と暮らしていました。娘のように可愛がり、2人揃って修道女のようで昔のマリーと母親のようだったといわれたそうです。

マリー・ローランサン 「三人の若い女」のポスター
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こちらは1953年の作品で、10年かけて完成させたそうです。3人の女性が三角形を作るように並んでいて、横に手を伸ばす黄色い衣をまとった半裸の女性、赤い衣を被って頬杖をつく女性、ギターを持って座る青い服の女性となっています。そして背景にはアーチ状の橋のようなものが描かれています。3人の服の色がそれぞれ引き立てるような感じで全体に華やかで優美な雰囲気があるように思います。ちょっと初期っぽい感じもあるかも。

最晩年には取られた家も取り戻し、家政婦のシュザンヌを養女にしました。1956年に亡くなった際、その遺産はシュザンヌに受け継がれましたが生活に必要な分以外は孤児や修道院のために寄付したそうです。また、遺言により棺にマリーが入ったとき、真っ白いドレスを着て、赤いバラをもち、アポリネールの手紙の束を入れて埋葬されたそうです。やはりアポリネールを愛していたのですね…。ちょっと泣けるエピソードです。

こちらは年代・タイトル共に不明の作品。
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洒落た服装をした令嬢と言った感じですね。青い服に紅白のストラップがアクセントになって絵としても面白い。

前述の通りマリー・ローランサンは絵画だけでなく装飾なども手掛けています。こちらはアンドレ・グルーがデザインし、マリー・ローランサンが絵付けをしたもの。
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花模様となっていて可憐な雰囲気です。人物像だけでなくこうした作品も手掛け、屏風のような品や、舞台美術、本の挿絵なども残されています。


ということで、遠くから見ても一目で分かる個性を持った画家となっています。現代の日本でも非常に人気で、以前には蓼科湖畔にマリー・ローランサン美術館(後に東京の紀尾井町のニューオータニ内に設立)がありましたが、2021年時点では閉館してしまいました。それでも各地の美術館で観られる機会もあると思いますので、詳しく知っておくと一層楽しめると思います。


 参考記事:
  肖像画 ニコル・グルーと二人の娘(新収蔵品)シャルロット・ルノーダン(パステル画)特別公開 (マリー・ローランサン美術館)
  マリー・ローランサンとその時代展 (ニューオータニ美術館)
  マリー・ローランサンの扇 (川村記念美術館)
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