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《北脇昇》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、1930~40年代に活躍した北脇昇を取り上げます。北脇昇は謎の多い画家で、1937年にシュルレアリスム風の作品を発表した為、シュルレアリストとして扱われることが多いように思います。しかしその後は数学や東洋美術を取り入れた作風へと変化し、西洋のシュルレアリスムの文脈だけではない独自の解釈へと発展していきました。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。


北脇昇は1901年に愛知で生まれましたが、1910年に父親の単身赴任で京都の叔父(住友財閥の重鎮だった)の元へ移ると亡くなるまで京都で活動しました。1919年に鹿子木孟郎の画塾に入ったものの徴兵で画業は一旦ストップし、約10年のブランクの後に1930年からは津田青楓の画塾に入って学んでいます。そして1932年に二科展に初入選すると京都洋画協会の結成に参加しました。以降も独立美術京都研究所や京都青年芸術家クラブに参加し、1930年代の後半にシュルレアリスムに出会い その影響を受けた作風となっていきました。


北脇昇 「独活(うど)」
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こちらは1937年の作品で、第7回独立展に出品されました。当時の独立展はフォーヴィスムが主流でしたがこの絵は薄塗りで丹念に描かれ、ウドと言うか人間が血を流しているような生々しさがあります。「ウドの大木」という言葉にかけた洒落でもあるようで、シュールでちょっと怖さもあって面白い作品です。

この頃、北脇昇は身近なものを見慣れぬものに見立てる手法で制作していました。この絵のように植物が人やものを暗示する作風となっています。北脇昇がどうやって画法を習得したか、この作品で急にシュルレアリスム風になったのは何故か、研究者にも不明な部分が多く謎の画家となっています。

北脇昇 「空港」
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こちらは1937年の作品。楓の種子を飛行機に見立てたシュルレアリスム的な作風となっていて、どんよりしていることもあって言いしれぬ不安があるかな。寂しげな光景に思え、イヴ・タンギーなどに通じるものを感じます。この作品は阪神淡路大震災を機に書かれた村上春樹 著『神の子どもたちはみな踊る』の表紙に使われたのだとか。

北脇昇はモチーフになる植物の実・種・枝・木片などを日常生活や植物図譜の中から見つけてきたようです。

北脇昇 「空の訣別」
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こちらも1937年の作品。まるで戦闘機の戦いを描いているような作品で、よく観るとサンゴや貝がモチーフになっているのが分かります。これは同年8月の南京渡洋爆撃に参加した梅林孝次中尉の乗る攻撃機が被弾して墜落した出来事が主題となっていて、梅林中尉は白いハンカチを振って自爆したらしく、当時は歌まで作られるほど人気となりました。赤いサンゴと巻いたハンカチは梅林中尉は手とハンカチを表し、カエデは戦闘機に見立てられいるのが分かります。戦争を身近なもので表すことで来るべき未来を予見していたのではないか?との解釈もあるようです。シュールな感覚と一種の怖さを感じますね。

1937年には京都青年芸術家クラブ結成にも参加しています。

北脇昇 「孤独な終末」
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こちらは1938年の作品。ちょっと作風が変わって見立てというよりかは超現実的な空間表現にシフトしたような感じに見えます。まるで宇宙の中のような空間で、球体は月なのかな? 炸裂する光線や手前の貝のようなモチーフなど謎めいた雰囲気です。タイトルのせいか寂しげな感じもあるかも。

北脇昇はシュルレアリスムの画家のイメージがありますが、シュルレアリスム風の作品は1937年~39年頃に集中しています。そのシュルレアリスムの様式の中でも変化していくのが見て取れると思います。

北脇昇 「美わしき繭」
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こちらは1938年の作品。砂漠のようなところに岩と工場があり、繭を突き破るように花を世話する人が描かれています。無関係のものを組み合わせる手法や砂漠のような背景はシュルレアリスムによくありますが、以前に比べて背景が滑らかでモノクロの中にカラフルな部分があることで一層に奇妙なリアルさが感じられます。戦争に向かう時期にこれだけ自由で面白い作品があったことに驚き。

ここまでシュルレアリスム風だった北脇昇ですが、1939年に美術文化協会の結成に参加してからは独自の理念による図式絵画を制作するようになりました。ここから数学的な幾何学性を持つ作品が多くなります。

北脇昇 「相関的秩序」
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こちらは1939年の作品。一気に作風が変わりましたw 色とりどりの線で四角や平行線を描いていて、何かのグラフのようにも見えます。意図は分かりませんが、連続して変化する流れのようにも思えて、色と形態が心地良い。

この絵ではありませんが、こうした作風の作品を制作した際、北脇昇は「数学が絵画になった」と言ったそうです。確かにw

北脇昇 「非相称の相称構造(窓)」
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こちらも1939年の作品。タイトルからして数学的な感じですが、チェック柄の模様のようにも思えるw 絵というよりはデザインっぽさがあるかな。赤と緑の線や青い点がアクセントになっていて、何か意味がありそうにも思えますね。

北脇昇は孤独な人物だったようですが、この絵は小牧源太郎との二人展に出品されています。他に今井憲一などとも交流があったようです。

北脇昇 「想・行・識」
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こちらは1940年の作品。弥勒菩薩半跏思惟像や四天王像などと渦巻模様が組み合わされ、背景には雲が浮かび海辺の岩も表されています。無関係なものを組み合わせるのはシュルレアリスム的ですが、やはり数学的なモチーフもありこれまでの作風を発展させた感じに見えるかな。奇妙な調和があるように思えます。

この頃から日本や東洋の文化を取り入れた作風となっていて、仏像、禅、曼荼羅、易学などが幾何学模様と共に画面に現れるようになっています。

北脇昇 「文化類型学図式」
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こちらは1940年の作品。京都学派の哲学者である高山岩男の『文化類型学』を基に描いているそうで、能面、ギリシャ彫刻、中央アジアの塑像の3つが渦巻模様と共に配置されています。何か系譜図のような並びに見えるけど、中央の上段に日本の面を置いたのは優位性を示そうとしたのかもしれません(時代も戦時下なので…) これも意味深ですが意図はハッキリわかっていないようです。

北脇昇は「観相学シリーズ」という作品も手掛けています。古今東西の文化や顔といったモチーフに関心があったのが伺えます。

北脇昇 「竜安寺石庭ベクトル構造」
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こちらは1941年の作品。龍安寺の石庭をモチーフに直線を引いてそれぞれの位置関係をベクトル構造として解析したような感じになっています。スッキリとした平行四辺形と対角などに表され、石の周りには円も描かれています。石庭が美しく感じるのはこうした幾何学的な配置となっている為なのかも? 北脇昇は身の回りのものも数学的な構造に見えていたのかも知れませんね。

この時代はシュルレアリスムは反体制的として瀧口修造などは検挙されています。シュルレアリスムっぽさがありつつも日本の文化を取り入れた作風になったのもそうした背景が関係している可能性も指摘されています。

北脇昇 「数学的スリル」
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こちらは1942年の作品。まるで矢かミサイルのようなものと人らしき物体が置かれ、それぞれが直角三角形の配置となっています。また見立てっぽい要素が出てきたように思えるけど、やはり意図を探るのは難しいw

北脇昇は旧制中学を中退していて、こうした数学的な知識は独学で学んだようです。他にも自然科学や哲学、歴史など広範な教養があったことが伺えますね。

北脇昇 「オブジェ」
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こちらは1942年の作品。先程の「数学的スリル」に出てきた矢のようなモチーフそのものといった感じです。これは木で出来ていて、やはり自然観察と関連がありそうです。

この後、1943~1945年の戦争が激化した時代の北脇昇の作品は観たことがありません。昨年行われたミニ企画展の出品リストにもこの期間の作品が無いので、何をしていたのかちょっと分かりませんでした。戦後は再びシュルレアリスム風の作品を制作しています。

北脇昇 「クォ・ヴァディス」
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こちらは1949年の作品。クォ・ヴァディスとはラテン語で「(主よ)いずこへ行き給うぞ」の意味で聖ペトロの言葉です。死に向かう前のキリストへ問いかけたもので、この作品では戦後すぐの日本に向かって問いかける意味が込められています。砂漠の中に岐路があり、大勢の行進や嵐などが迫っているのが不安を感じさせます。手前にある貝殻がシュールな雰囲気。

この翌年の1950年に結核と診断され、1951年に50歳で亡くなりました。


ということで、画風も人生も謎の多い画家となっています。昨年に東京国立近代美術館で常設特集が行われ、23年ぶりのまとまった展示だったようです。東京国立近代美術館以外では目にする機会も少ないですが、異彩を放つ気になる存在となっています。
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