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《ポール・デルヴォー》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、戦前・戦後を通じて独自のシュルレアリスム的絵画を制作したベルギーの画家ポール・デルヴォーを取り上げます。デルヴォーは当初は様々な画風を変遷していましたがシュルレアリスムに出会ってからは自身の体験や価値観を投影するような不思議な光景を描きました。特に目が虚ろな女性、古代風の建物、鉄道、骸骨などをよく登場させ神秘的な静けさを漂わせる作風となっています。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。


ポール・デルヴォーは1897年にベルギー南部の母の実家で生まれ、ブリュッセルで育ちました。弁護士をしていた厳格な父、家庭的な母(ちょっと過保護)、後に弁護士になる弟 といったように芸術とは無縁の家庭だったようですが、少年時代のデルヴォーは内気で黙々と絵を描いていたそうです。高校を卒業するとデルヴォーは画家を望んだようですが両親に反対され、建築を学ぶ学校に進学しました。しかし、数学で落第して道を失いかけた時、家族の休暇ででかけた街で偶然出会った王室公認の有名画家(フランツ・クルテンス)にデルヴォーの水彩画が激賞されたため、ついに美術学校に入学することが許されました。当初は写実主義や印象主義の影響を受けた穏やかな風景画が多いようで、ベルギーの画家の伝統も取り込んで曇りがちな空をよく描いていました。一通りの技術を身につけたデルヴォーが30代を迎える頃、さらに自分らしい表現を身につけようと、有名画家の描き方や流行の画風を次々と取り入れていきます。その中でも最も影響を受けたのが 細部の描写に拘らず感情を直接的に表そうとする「表現主義」の技法で、これによって内面世界へと表現が深化していきました。1927年~1934年頃にかけてはフランドルの表現主義を中心に、ペルメーク、ド・スメット、ヴァン・デン・ベルグ、アンソールなどからの影響が挙げられるようです。また、私生活では1929年に後の妻となるタムと出会い恋に落ちましたが、両親の反対によって2人の仲は引き裂かれてしまいます。その為かこの頃は暗い色調の重苦しい雰囲気の絵が多く、喪失感がそのまま出ています。
こうして多彩な画風の時代を経てデルヴォーが試行錯誤の時代を脱したきっかけの1つがシュルレアリスムとの出会いでした。1920年代にパリで始まったこの運動は1934年にはブリュッセルでも「ミノトール展」という展示が開催され、デルヴォーはデ・キリコやマグリット、ダリ、エルンストらの作品を観て大きな衝撃を受けました。そしてその影響からデルヴォーの作品は謎めいた雰囲気が強く漂うようになり、シュルレアリストが好んだ手法を用いるようになったようです。しかしシュルレアリスムの思想や運動からは距離をとり、シュルレアリスムに感化されつつもあくまで独自の画風を作り上げようとしました。また、実在する事物を取り入れた自由な創造への道へと導いたのは、スピッツネル博物館での経験も大きかったようです。スピッツネル博物館では解剖学的な蝋人形が展示されていて、中でも「眠れるヴィーナス」という品は体内に隠された機械によって呼吸が再現され、デルヴォーはそれに心を奪われました。


ポール・デルヴォー 「三つの骸骨」
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こちらは1942年の水彩作品。まるで骨格標本のような正確さですが、お互いに向き合って会話するような不思議さがあります。デルヴォーは骸骨をよくモチーフとしていて、初めて骸骨に出会ったのは小学校の頃で、生物室の骨格模型を見て衝撃を受けたようです。少年時代には骸骨を非常に恐れていたのが、後に突如として美しさと表現力を持ったものとして目に映るようになり、人体の基本構造と捉えて生命の本質と考え、生き生きと描かれるのが特徴となっています。骸骨は死を表すモチーフとして古くから描かれてきましたが、デルヴォーはその真逆ってのが面白いですね。

デルヴォーにはいくつか影響を与えた事柄があり
 1:デルヴォーを溺愛した母の「女は男を破滅させる」という教え
 2:移動遊園地で見た機械仕掛けの裸体の女性像
 3:ジョルジョ・デ・キリコの作品
が挙げられます。それらは如実に作風に顕れるので頭に入れておくと理解しやすいです。また、デルヴォーは幼い時から電車が好きで、家の窓から路面電車(トラム)を毎日眺め、駅長になるのが夢でした。デルヴォーは後に、電車や汽車は「子供時代そのもの」だったと語っていたようで、子供時代に直結するモチーフとしてよく組み合わされます。

ポール・デルヴォー 「夜明け」のポスター
無題
こちらは1944年の作品。手前に建物の中の白い服の女性が描かれ、戸口の外には布をかぶった裸婦や背景の山が描かれています。モチーフ自体は現実にもありそうなものですが、手前の女性がやけに大きく、奥の女性が極端に小さく見えるなど遠近感が奇妙に感じられます。また、建物には強い光が差し込んでいて明暗は強いものの、何故か細部が平坦に感じられ、全体的にガランとした雰囲気です。それが形而上絵画やシュルレアリスムらしさを感じさせ、夢の中のような独特の世界となっています。

デルヴォーの描く女性は美しく魅力的でありながら人を寄せ付けない冷たさがあります。デルヴォーにとって女性は欲望の象徴でありながら強い恐れを抱く存在であったのではないかと推測されるようで、そうした女性観に特に大きな影響を与えたのは母親と元恋人のタムでした。母親はやや過保護で悪い女性から息子を守ろうとしたため、デルヴォーは思春期に女性に対する抑圧された感情を持っていました。一方、タムは初恋の相手で、別離直後はその不在を埋めるように執拗に彼女の肖像を描いていたそうです。

ポール・デルヴォー 「階段」
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こちらは1948年の作品。駅舎のようなところの階段に 胸を出した女性が表れ、手前にはマネキンが置かれています。背景には上半身裸の女性や巨大な機械などもありそれぞれはリアルな描写なのに夢の中のような不思議な光景です。マネキンはデ・キリコからの影響を感じるかな。デルヴォーのルーツを感じさせるモチーフが集まっているように思えます。

デルヴォーは「私は一貫して、現実をある種の「夢」として描き表そうとしてきました。事物が本物らしい様相を保ちながらも詩的な意味を帯びている。そんな夢として 作品は登場する事物の全てが必然性をもった虚構の世界となるのです。」という言葉を残しています。自身の作風を端的に表していますね。

ポール・デルヴォー 「連作 『最後の美しい日々』/最後の美しい日々」
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こちらは1948年の作品で、クロード・スパークの『鏡の国』の挿絵として8点組で制作されています。こちらは表紙だったかな。この絵には不思議な要素はそれほどありませんが、手だけ見えているのが面白い効果となっています。

この物語を要約すると 死んだ妻を剥製にした男の話で、老いていく自分と若返るような妻とのギャップに悩み、最後は剥製をバラバラにするという話です。ちょっと病んでる話ですねw それぞれの絵はストーリーに沿った内容となっています。

ポール・デルヴォー 「連作 『最後の美しい日々』/死んだ女」
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こちらは先程の連作からの1枚。横たわって寝ているのが死んだ妻だと思われます。これは版画ですが手彩色していて油彩に比べるとややぼんやりした感じなので、柔らかい印象を受けるかな。

デルヴォーの作品にはたまに男性も描かれるのですが、これはジュール・ベルヌの小説に出てくるリーデンブロック教授がモデルで、自分の作品の中で生きたいと考えたデルヴォー自身が姿を変えたものとも考えられるようです。

ポール・デルヴォー 「連作 『最後の美しい日々』/解剖室」
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こちらも連作の1枚。無表情な女性と骸骨の組み合わせがデルヴォーっぽさを増していますw 後ろに鳥の剥製もあるし、剥製になった場面なのかも?

この作品の骸骨もかなりリアルなのが分かると思いますが、デルヴォーは不思議なだけでなくしっかりした素描が下地にあります。デルヴォーは、素描は大切で油彩画に先立って習得すべきであると若い画家たちに薦めていたようで、その言葉の通りデルヴォーは60年間で油彩画を450点程度しか残していないものの、素描は膨大に残していて、入念な製作計画をしてから油彩に取り組んでいたようです。各油彩の準備スケッチや習作は数十点にもなることもあったようで、準備のための素描と即興的な素描の2つの種類が残されています。

ポール・デルヴォー 「連作 『最後の美しい日々』/女と下着(ビュスティエ)」
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こちらも連作の1枚。やけに大きくかかれた女性の存在感がすごいw 死んでいることもあって目は虚ろですね。マネキンもあって、現実的な光景なのにシュルレアリスム的に思えてしまいます。

デルヴォーの女性観に大きな影響を与えたタムですが、別れた18年後にデルヴォーと運命的な再会を果たし結婚しています(再婚) 1929年に別れたので多分この頃に再会したのだと思います。

ポール・デルヴォー 「オルフェウス」
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こちらは1956年の作品。夜の道の中を裸の女性が歩くという夢遊病的な雰囲気の光景となっていますw 堅牢な建物との組み合わせが奇妙で、フラフラと歩いている裸婦が一層に現実離れして見えます

デルヴォーは50代の頃、画家としての地位を築き壁画の依頼も受けるようになっていました。リエージュ大学の動物学研究所のフレスコ壁画を手掛け、創世記をテーマにしてその下絵なども残されています。その作品では影や泉への反射などにデルヴォーらしさがあるもののシュルレアリスム的な要素は薄く、動物学の研究所に相応しい動物が多く出てくる画題となっています

ポール・デルヴォー 「海は近い」のポスター
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こちらは1965年の作品で、日本にあるコレクションでも屈指の名作だと思います。寝そべっている女性は、移動遊園地で見た女性像(ビーナス)の末裔とも言える姿で、エロティックなファム・ファタールにも瞑想する女神にも見えます。 背を向けた女性、ローマ風の建造物、電柱に隠れた月… どれも時が止まったような静けさを感じさせ神秘的です。

この作品のようにデルヴォー作品の背景には古代神殿がよく出てきます。デルヴォーは高校の授業で出会った「オデュッセイア」など古代文学の世界に魅了され、空想の世界に思いを馳せていたそうで、画家となってからはギリシアやイタリアで実物をスケッチすることもあったそうです。しかし作品にする際には街頭や列車と組み合わせ、現実にはない風景としています。

ポール・デルヴォー 「夜の使者」のポスター
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こちらは1980年の作品。大きめの正方形の作品で、手前に5人の女性と1人のメガネの紳士が集まり、その足元にはランプが置かれています。背景には下り坂とそこを横切る路面電車、遠くにはギリシア風の神殿のような建物群が描かれています。手前の物思いにふけるような顔の女性や、光を見つめている女性、ボーっとしている女性など 何を考えているのかちょっと意味深で幻想的にすら見える感じが面白いです。背景の世界はデルヴォーの心象風景なのかな? シュールでありながら、どこか現実感があるように思えます。

デルヴォーは晩年、徐々に視力を失っていったそうで、汽車や骸骨などのモチーフは見られなくなり、裸婦を大きく描くことが多くなっていきました。晩年の作にはシュルレアリスム的な空間や滑らかな絵肌もないものの、デルヴォーが一貫した幻想世界そのものといった感じで それまでのある種の緊張感は無くなり平穏で瞑想的な雰囲気が増していきました。

ポール・デルヴォー 「ささやき」の複製写真
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こちらは1981年の作品。この絵はサーベルビロードという技法で描かれていて、この技法は絹布の定められた位置をサーベルと呼ばれる薄い刃物で一本ずつ切って、平坦な布地をビロードに変えるというものです。観る角度によって光の反射具合が違って、観る印象も変わって幻想的な作品となっています。

デルヴォーは視力のほとんどを失っても水彩画の制作を続けていたのですが、最愛の妻タムの死を境に筆を置きました。かなり長生きで1994年(96か97歳)に亡くなっています。

ということで、神話的な雰囲気のシュルレアリスムが魅力の作風となっています。日本では姫路市立美術館のコレクションが有名ですが、関東だと横浜美術館や埼玉県立近代美術館などにも良い作品があり、たまに観られる機会もあります。ベルギーの美術展の常連でもあるのでそうした展示で目にすることもありそうです。私の大好きなイチオシ画家ですw

 参考記事:
  ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅 (府中市美術館)
  ポール・デルヴォー展 夢をめぐる旅 (埼玉県立近代美術館)
  ベルギー幻想美術館 (Bunkamuraザ・ミュージアム)  
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