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《アルベルト・ジャコメッティ》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、スイス生まれで1920年代頃から1960年代にかけてフランスで活躍した彫刻家アルベルト・ジャコメッティを取り上げます。ジャコメッティは当初はキュビスムやシュルレアリスムに傾倒していましたが、画家である父が亡くなってからはシュルレアリスムと決別し、モデルに基づく彫刻を作るようになりました。何度も試行錯誤を繰り返すうちに作品はどんどん小さくなったり細くなっていったのが特徴で、日本の侘寂にも似た感性となっています。彫刻だけでなく絵画も手掛け、やはり描いては消すという根気のいるスタイルでした。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。


アルベルト・ジャコメッティは1901年にスイスのイタリア国境に近い街で生まれ、その近郊のスタンパという村で育ちました。父のジョヴァンニ・ジャコメッティは印象派の画家で、弟のディエゴ(鋳物職人)も後に彫刻作品を残している芸術一家でした。、画家の父の影響もあってか10代の初め頃から、静物や家族をモデルに油絵や彫刻を試みるようになり 高校卒業後にジュネーヴ美術学校で絵画、ジュネーヴ工芸学校で彫刻を学び ヴェネツィアやローマを経て1922年に20歳でパリに出ました。当時は新しい芸術として認められつつあったキュビスムをはじめ、アンリ・ローランスやコンスタンティン・ブランクーシといった同時代の芸術家、さらにルーヴル美術館で目にした古代エジプトやエトルリア美術、民俗学博物館で出会ったアフリカやオセアニア彫刻の造形からも影響を受けました。ロダンの弟子のアントワーヌ・ブールデルに学んだ時期もあったようです。1930年にサルバドール・ダリとアンドレ・ブルトンにシュルレアリスム運動に誘われ、1933年の第1回シュルレアリスム展にも参加しています。この頃は、檻の中や舞台の上に複数のオブジェを組み合わせた彫刻作品を制作していたようです。しかし、1933年の父の死後、頭部を作り始めるようになり、翌年にはシュルレアリスムと決別しました。

シュルレアリスムから離れて翌年の1935年に、ジャコメッティはモデルに基づく彫刻を試みるようになります。やがて空間と人体の関係を探り始めると、胸像や人物像は収縮し、台座が大きくなっていきました。さらに、第2次世界大戦によってジュネーヴに留まることを余儀なくされた間は、記憶による制作を試み、彫像はマッチ棒ほどのサイズにまで小さくなりした。そして作品があまりに小さくなるので、最低でも1m以上という下限を設けることにして、戦後は高さを取り戻したのですが、現実に近づこうとすると今度は細長くなっていきました


アルベルト・ジャコメッティ 「Nature morte à La cafetière」
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こちらは1949年の作品で、日本語にすると「コーヒーメーカーの静物」です。ジャコメッティは彫刻家として有名ですが、絵画作品も残していて絵画はこのようなくすんだ色の具象となります。静かな雰囲気で、キュビスムから離れたものの幾何学的な構成に思えます。

戦時中は故国スイスのジュネーヴに戻っていましたが、1946年に再びパリに出てきました。残念ながら戦前の作品の写真が無かったのですが、以前観た作品ではキュビスムやシュルレアリスムに参加した時期には如実にそれが現れていました。オリジナリティという意味では戦後のほうが強く、評価が高いのも戦後となっています。

アルベルト・ジャコメッティ 「犬」のポスター
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こちらは1951年の作品。犬というよりは恐竜の化石じゃないか?ってくらい骨だけみたいな姿となってますねw この細長いのがジャコメッティの彫刻の特徴で、それは人体像だけでなく動物にも言えます。とぼとぼ歩く孤独な犬みたいな印象を受けます。

以前、ジャコメッティ展の解説で山田五郎 氏はジャコメッティについて「引き算の美学」という面白い見解をしていました。モデルたちがナイスバディであればあるほど、ジャコメッティは不要なものを取り去っていこうとしてガリガリの細長い人物になってしまうようですw 本人は「見える通りに」捉えると考えていたのだから面白い。

アルベルト・ジャコメッティ 「Nature morte aux bouteilles」
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こちらは1954年の作品で、日本語にすると「瓶のある静物」となります。これも灰色と黄土色の背景に瓶の並ぶ様子となっていて、寂しげな雰囲気に思えます。ジャコメッティはキュビストたちと同様にセザンヌを敬愛していたようで、題材やモチーフなどにその影響が伺えるかな。

ジャコメッティは1926年に弟のディエゴとともパリのモンパルナスにアトリエを借り、再びパリに来てからもそこに暮らして金銭的に余裕ができても生涯離れることはありませんでした。 ジャコメッティはその界隈を世界で一番美しいところと言っていたそうですが、実際は何もない地味な通りのようです。また、アトリエはワンルームマンションの部屋よりも狭かったようで親交の深かった矢内原伊作は「アトリエといっても採光などは全然考慮されていない物置のような小さな部屋」と回想しています。しかしジャコメッティはどんどん広く感じるようになったそうで、これも引き算の美学なのかもしれませんねw

アルベルト・ジャコメッティ 「Portrait d'Annette」
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こちらは1954年の作品で、日本語にすると「アネットの肖像」です。アネットは奥さんで、確かに女性の肖像なのは分かるけど眼がアフリカの彫刻みたいな感じに渦巻いていてちょっと怖いw ジャコメッティは敬愛するセザンヌ同様に、モデルに動かないように指示していたようで、長時間に渡って試行錯誤していたようです。この絵からもその様子が伝わってくるように思えます。

この後に矢内原伊作の絵も出てきますが、矢内原とアネットが抱き合っているのをジャコメッティが黙認するという奇妙な関係になった時期があります。ジャコメッティ自身も1959年頃に大女優マレーネ・ディートリヒと何度かデートしたりしていたようで、割と女性関係にこだわりのない人だったのかも。

アルベルト・ジャコメッティ 「ディエゴの胸像」
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こちらは1954~55年の作品で、弟のディエゴをモデルにした胸像です。めちゃくちゃ細身でごつごつした表面をしているのがジャコメッティらしい作風に思えます。ジャコメッティは作っては消し作っては消しを繰り返す制作方法で、前述の通りモデルに動かないことを要求するのでモデルにも忍耐が必要でしたw そのため奥さん、弟、友人の矢内原など身近な人物がよくモデルとなっています。

ちなみに弟のディエゴも彫刻作品を残しているのでちょっと寄り道でご紹介

ディエゴ・ジャコメッティ 「猫の給仕頭」
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こちらはディエゴによる1967年の作品。大きなお皿を持った可愛らしい給仕頭ですw 今なら弟の作品のほうが人気出そうな気がしますねw 本職は鋳物職人らしいけど兄の助手も務めたらしくしっかりした腕前です。

アルベルト・ジャコメッティ 「Branches dans un vase, flacons et pommes」
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こちらは1957年の作品で、日本語にすると「花瓶の枝、フラスコ、リンゴ」です。言われてみるとそれっぽいものが描かれているかなw モノクロで寂しく、日本の水墨画に通じるシンプルさを感じます。

ジャコメッティの故郷スイスのスタンパは山に阻まれてどんなに晴れていても日が差さない街だったようで、その辺が侘び寂び的な精神の根源なのかもしれません。故郷には印象派の画家だった父のアトリエがあり、ジャコメッティもちょくちょく帰郷してそのアトリエにこもって制作していたようです。

アルベルト・ジャコメッティ 「矢内原」
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こちらは1958年の作品。部屋の中にじっと座っている日本人の矢内原(やないはら)を描いた肖像で、ここまで観てきた画風と同じに思えます。それにしても肖像の割に人物が小さく、画面の1/6位しかありませんね。彫刻がどんどん小さくなっていったエピソードを思い起こし、絵画でも同じことが起きていたのかも…。一部は消えかかっていて右肩と左肩でだいぶ違っているなど試行錯誤も伺えます。

矢内原伊作は哲学者で、友人が書いたジャコメッティに関する本をパリに届けに行った際にジャコメッティと意気投合し、帰国の際にせっかくだからと肖像を描いて貰うことになったのが後々大変なことになりましたw 帰国を何度も延期して(3ヶ月くらいだっけかな)モデルを務めることとなり、その後5年ほど夏になるとモデルを務めにパリに行くというのが恒例になったようです。ジャコメッティは初めて東洋人、しかも哲学者という矢内原の精神に触れたこともあり、それを表現するのに夢中になったようです。矢内原も辛抱強くモデルを務めながらジャコメッティがレストランでナプキンや新聞などに走り書きしたスケッチを集めていたようです。ジャコメッティの研究者の間では矢内原クライシスなんて言葉があるくらい矢内原に夢中になってしまったようですw

アルベルト・ジャコメッティ 「頭部」
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こちらは1959年の作品。細長くゴツゴツした表面をしていて凹凸も深くなっています。モディリアーニがアフリカ彫刻に影響を受けて細長い女性像を描いたのと共通したものを感じるかな。ジャコメッティもアフリカやオセアニア彫刻の造形に影響を受けた時期があるので あながち的外れってわけでもないはず…。

ジャコメッティは1935年頃から頭部の構造に関心をもち、同じモデルの顔を繰り返し描くようになりました。その後もこうした頭部像を多く残しています。

アルベルト・ジャコメッティ 「女性立像」
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こちらは1959年の作品。めちゃくちゃガリガリで実際の人体からかけ離れて見えますが、ジャコメッティにはこう見えていたんでしょうね。ここまで来ると一種のカリアティード(柱を女性像にしたもの)のように思えます。

以前観た展示では「ヴェネツィアの女」という1つの作品の制作過程を9バージョン並べていました。矢内原の話にもあった通り、ジャコメッティは1つの作品を造るのに非常に時間がかかり試行錯誤を繰り返すのですが、9つものバージョンからはその苦悩ぶりが伺えました。同じ像を手直ししているはずなのに、どれも形が違って、どういう順番でこうなったのか?というのすら分かりません。作っては石膏で型を取り、また直しては石膏で型を取り を繰り返したようです。ジャコメッティの制作の様子がよく分かるエピソードです。

アルベルト・ジャコメッティ 「歩く男」
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こちらは1960年の作品で、ほぼ人間と同じ大きさとなっています。先程の「女性立像」「頭部」と共にニューヨークのチェース・マンハッタン銀行のためのモニュメントのために作られたのですが、このプロジェクトは実現しませんでした。前傾姿勢で大きく踏み出す仕草が力強く、ちょっと哲学的なものを感じるかな。

ジャコメッティは1940年代半ばから歩く男の姿に取り組み、数多くのヴァージョンを制作していたようです。現在のスイスの100フラン紙幣には、ジャコメッティの肖像が表面、裏面には「歩く男」が描かれているらしいので、このシリーズは代表作と言って間違いないですね。

アルベルト・ジャコメッティ 「Tète de Diego」
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こちらは1962年の作品で、日本語にすると「ディエゴの頭」です。黒くて目がくぼんでいるのがゾンビにしか思えないw 首から下は未完成に見えるし、ジャコメッティらしさが出ていますね。

ここからはタイトルを撮り忘れた、もしくはどれがどれか分からなかった作品となります。年代も分からないけど恐らく1950~60年代の作品と思われます。

作品名不明。1950年代
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先程の「頭部」と似た頭部像。顔だけでなく首も長いのがジャコメッティの頭部像の特徴かな。

ジャコメッティは同時代の詩人たちや実存主義の哲学者に支持されていたようで、ジャコメッティによる挿絵の入った詩人たちの本なども観たことがあります。

作品名不明。1950年代
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こちらは人物像で、胸や腰辺りは膨らんでいるので造りかけみたいな印象を受けるかな。ちょっと詳細は不明。

ジャコメッティは版画集も出していて、『終わりなきパリ』という版画集にはパリを描いた150点ほどの石版画が収録されています。ここでは割と描きたいものがハッキリわかる作品が多く、興味あるものと背景の扱いに差があるような感じかな。

作品名不明。年代不明
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細長い立像。ここまで観た作風そのものですが、それにしてもこの作品は頭部がめっちゃ小さいw

ジャコメッティは素描もあり、人間の姿をしているけど グチャグチャとした線でシルエットのように描いている独特の作風で、やっぱり細長いのが特徴ですw

作品名不明。年代不明
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こちらはちょっと珍しい胸像。作風そのものは同様ではあるけど、まだボリューム感が残っているように思えます。

ジャコメッティは単身像だけでなく群像をいくつか残しています。たまたまいくつかの人物像が並んでいたのを観て面白いと思ったようで、人物は街を行き交う人のようにお互いに無関心のように並んでいるのが特徴で、物語性を感じさせます。

作品名不明。年代不明
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ここまで観た中でもダントツに細いw ここまで来ると石膏を支える芯なのではないかというくらい細いですね。ちょっと動きが感じられるのが気になるところ。

ジャコメッティは1962年のヴェネツィア・ビエンナーレで1室が与えられるなど、晩年には世界的に評価の高い芸術家として認識されていました。

作品名不明。年代不明
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こちらは珍しい坐像。正座してるし、顔つきが矢内原に似ているような気もします。(詳細不明) 体つきは割とボリュームがあって逞しさや強い内面性が感じられます。

矢内原はジャコメッティとの交際を回顧し、後に『ジャコメッティ』という書籍も出版しています。ジャコメッティに描かれ続けただけに研究に欠かせない人物です。

作品名不明。年代不明
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こちらは先程のディエゴの胸像に似ているかな。三角の体つきはキュビスム的な簡略化にも思えたり。

ジャコメッティは1966年にスイスで亡くなりました。その特異な造形は実存主義や現象学の文脈でも評価され、現在でも非常に有名な彫刻家となっています。

ということで、個性的な作風となっています。彫刻だけでなく絵画も多く手掛け、日本にも各地の美術館でコレクションされています。一度観たら忘れない存在なので、眼にする機会があったらじっくりと鑑賞してみてください。
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