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《ジョセフ・クーデルカ》 作者別紹介

今日は作者別紹介で、旧チェコスロヴァキア生まれで現在でも世界的に注目されている写真家ジョセフ・クーデルカ(ヨゼフ・コウデルカ)を取り上げます。ジョセフ・クーデルカは当初は祖国で演劇写真やジプシーを撮っていましたが、1968年のプラハの春によって人生が大きく変わりました。その歴史的な事件を捉えた写真は匿名のままロバート・キャパ賞のゴールドメダルを受賞し、戦後のフォトジャーナリズムの最高傑作とされています。また、亡命先のイギリスやフランスで撮った『エグザイルズ(亡命者たち)』をはじめ、自身の立場を吐露するような孤独で内省的なシリーズ作品を制作し、高い評価を得ました。今日も過去の展示で撮った写真とともにご紹介していこうと思います。


ジョセフ・クーデルカは1938年に生まれ、航空技師として働きながら1960年代初頭に写真を発表しはじめました。知人の紹介で演劇写真を手がけるようになり、1961年1月にプラハのセマフォル劇場のロビーで開催されたデビュー展では当時無名の23歳の学生が並外れた感覚を備えた写真家であることを示し、チェコスロバキアの写真界にその存在を知られることになります。1962年から2年間、月刊誌『劇場』の表紙を担当し、ディレクターの示唆によって最初の年はグラフィックシンボルのシリーズ、翌年は顔をモティーフとするシリーズが制作されました。いずれも人物や風景の写真をもとに要素を切り詰め、フォルムを強調して極端なハイコントラストでプリントされ この実験の成果は後の仕事に確実に受け継がれていきます。

残念ながら1968年以前の作品は私の撮った写真の中にはありませんでしたが、初期は割とテーマがバラバラなものの詩的で内面的な雰囲気の作品が多いように思います。月刊誌『劇場』の頃はまるでレイヨグラフのような実験的な作品も残しました。

1960年代にスロバキアとルーマニアにあるロマ(ジプシー)の居留地で撮影した「ジプシーズ」は最初の大きなテーマを持った連作で、1967年に「門のむこう」劇場のロビーで展示され 現在ではこの作品は写真史における古典の1つと位置づけられています。そして同年に技師の仕事を辞めて独立すると、ロマの取材から返ってきた翌日にジョセフ・クーデルカの運命を大きく変えた1968年8月21日の「プラハの春」が起こりました。

ジョセフ・クーデルカ 「2度にわたり、人がいなくなったヴァーツラフ広場-8月22日、23日」
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こちらは1968年の作品で、プラハの春が始まった翌日の写真です。プラハの春は、当時 共産主義国だったチェコで民主化運動(反共産党運動)が活発化してきたのを、ソ連をはじめとするワルシャワ条約機構軍が危惧し、突如としてプラハを占領した事件です。友好国だったはずのソ連が攻めてきたのをプラハ市民は当然歓迎せず、ジョセフ・クーデルカを含めたプラハ市民達の必死の抵抗活動が始まります。誰もいない広場と、日時を記録しようとする腕時計が緊迫した雰囲気を伝えていますね。

この時の一連の作品は当時のプラハの混乱の様子やソ連軍との戦いが収められ、怒りの目を向ける市民と兵士を撮った作品、街の橋をふさぐ戦車、戦車の兵士に必死に何かを訴える人、戦車を棒で叩いたり乗りあがって旗を振り回す人、戦車にハーケンクロイツ(ナチスマーク)が落書きされた様子などが撮られています。時間が経つとさらに過激な運動となっていて、火をかけられた戦車が燃え盛り、周りのバスや車も燃えて街がメチャクチャになっている様子や、怪我をして倒れている人、恐らく死んでいる人など、ほとんど市街戦のような事態となっているのが伝わります。

このシリーズの目的はその軍事介入を可能な限り正確に伝えるためにあり、プラハ侵攻1周年に際して初めて各国の雑誌に匿名で掲載されました。匿名のままロバート・キャパ賞にも出品されてゴールドメダルを受賞し伝説となりました。ジョセフ・クーデルカはジャーナリストではありませんが、このシリーズは第二次大戦以降のフォトジャーナリズムにおいて最高傑作の1つと評されるほどで、彼の写真はチェコスロバキアの悲劇に留まらずあらゆる地域の軍事介入のシンボルとなっていきます。 しかし一連の作品は本国チェコスロバキアでは1990年まで発表されることは無かったそうで、彼自身もこの作品を発表後の1970年にイギリスに亡命するなど、当時は非常に苦しい立場だったことが伺えます。

ジョセフ・クーデルカ 「『エグザイルズ(亡命者たち)』より スペイン」
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こちらは恐らく1971年の作品(シリーズまとめてキャプションされてたので入れ違ってるかも。) スペインは1975年までフランコによる独裁政権だったので、その時代のものでしょうか。詳細は分かりませんが噴煙を上げるものが写されていて、やはり歴史的な争いに関連してそうですね。

『エグザイルズ』は亡命者や漂流者を意味するシリーズで、プラハ侵攻をきっかけに流浪という視点はクーデルカの作品世界を新たな段階へと導き、自身も亡命者であるためノスタルジーや内省、疎外感に満ちていて、切り離され追放された立場の自らの感情を吐露しているようだと評されています。

ジョセフ・クーデルカ 「エグザイルズ(亡命者たち)より フランス」
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こちらは1973年の作品(他2点と入れ違いかも) 巨大な船を見つめる背中に何とも哀愁漂っています。この人も亡命者でしょうか。寂しい光景で確かに疎外感のようなものが伝わってきます。

当初イギリスに亡命したジョセフ・クーデルカですが、後にフランスに移っています。1971年からはマグナム・フォトに参加し、1974年には正会員になるなど亡命先でも活躍しました。しかしこの時はまだ先程のプラハの春の関連作品はジョセフ・クーデルカの作品であることは伏せられていて、身の危険のなくなった1989年に名を明かしました。

ジョセフ・クーデルカ 「『エグザイルズ(亡命者たち)』より オー=ド=セーヌ、フランス」
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こちらは1987年の作品。雪の平地に黒い犬らしき影がうろついている姿が写されています。これも広い場所に1匹だけがぽつんと写っていて、背景と共に寂しげな雰囲気です。

ジョセフ・クーデルカは1986年からパノラマカメラを使い始め、それによって彼のスタイルは根本的な変化がもたらされました。 その成果の1つが破局にある自然の風景を捉えた黙示録的な写真シリーズで、それは永劫に消滅しつつある世界についての暗い前兆・警告というべきものを提示したようです。このシリーズはカオスという表題の元にゆるやかにまとめられ、人間と環境の間の関係のもろさを示すと同時に、破壊を恐れつつ魅了されもする人間の性向を表しているようです。

ジョセフ・クーデルカ 「『カオス』より ノール=パ=ド=カレー、フランス」(1986年)
ジョセフ・クーデルカ 「『カオス』より ウェールズ、イギリス」(1997年)
ジョセフ・クーデルカ 「『カオス』より ウェールズ、イギリス」(1997年)
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こちらが『カオス』シリーズ。それぞれのモチーフはバラバラだけど、荒廃した雰囲気という点では共通しているように見えるかな。このシリーズは荒涼として寒々しい感じの作品が多く、カオスというよりは黙示録のようでエグザイルと根底は同じようにも思えます。


ということで、プラハの春という歴史的な事件を撮っただけでなく、孤独や流浪を感じさせる傑作を生み出した写真家となっています。現在も存命で、日本でも数年に1回くらい展覧会が開かれ、写美や東近美などにコレクションがあります。実際に観るとアートとしてだけでなく人道的な意味でも考えさせられるので、その背景を知った上でじっくり観たいアーティストです。


 参考記事:
  ジョセフ・クーデルカ展 感想前編(東京国立近代美術館)
  ジョセフ・クーデルカ展 感想後編(東京国立近代美術館)
  ジョセフ・クーデルカ 「プラハ1968」 (東京都写真美術館)
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