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小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌 【東京ステーションギャラリー】

2週間ほど前に東京ステーションギャラリーで「小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌」を観てきました。この展示は既に終了しておりますが、鳥取に巡回予定なので記事にしておこうと思います。

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【展覧名】
 小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌

【公式サイト】
 https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202110_kobayakawa.html

【会場】東京ステーションギャラリー
【最寄】東京駅

【会期】2021年10月9日(土) ~ 11月28日(日)
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
この展示は日時指定予約制だったこともあり混むこともなく自分のペースで観ることができました。

さて、この展示は小早川秋聲[こばやかわしゅうせい/本名・盈麿(みつまろ)/1885-1974]という京都を中心に活躍した画家の初めての大規模な回顧展となります。

小早川秋聲は1885年に鳥取日野町の光徳寺の住職の長男として生まれました。母親の里である神戸の九鬼子爵邸内で育ち、9歳の時に東本願寺の衆徒として僧籍に入ります。その後、画家になることを志すようになり、京都の日本画家 谷口香嶠に入門し、1909年には京都市立絵画専門学校に入学しています。しかし、間もなく退学して中国に渡り、東洋美術を研究するようになりました。師の没後は京都画壇の巨匠である山元春挙に師事して画技を磨き、文展・帝展で入選を重ねていきます。小早川秋聲は旅をよくした画家で、青年期からしばしば中国に渡り1920年からは西洋美術を学ぶために欧州も巡っています。1926年には北米を訪問し、反日機運の高まりを抑える為に日本美術の紹介に尽力するなど海外でも活動しました。やがて1931年に満州事変が勃発すると、それ以降は従軍画家として度々戦地に派遣され、戦争画を多く描いています。その内の1枚の「國之楯」は軍に受け取りを拒否され、長く秘匿されていましたが戦後に自らの手で改作され、現代では代表作となっています。
こんな感じで戦前・戦中・戦後と活躍していたものの、従軍画家として軍に協力していたということもあってか、ちょっと忘れられた存在となっていたわけですが、今回はその代表作の「國之楯」などを含めてその全容を知ることの出来る内容となっていました。時代ごとに章分けされていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品と共にご紹介していこうと思います。

ちなみに公式サイトの漫画が非常に参考になるので、先に読んでおくと理解しやすいと思います。
 参考リンク:公式の漫画


<1 はじまり 京都での修業時代>
まずは修行時代のコーナーです。先述の通り鳥取のお寺で生まれたのですが、母は摂津国三田藩の藩主である九鬼隆義の義妹で、母の里で育つことになります。幼少から絵を好み、中学の時には博物館に通い模写などをしていたようです。1901年に谷口香嶠に師事し自邇会に入り、歴史画を多く描きました。日露戦争では1905年に見習い士官として従軍し、陸軍騎兵少尉にまでなっています(そのため、馬に詳しい) 1909年に京都市立絵画学校が開校すると師が教授だったので一旦は入学したものの間もなく退学し、中国へ東洋美術を学びに行きました。1913年にまた1年半ほど中国に渡り 名勝古跡などを巡って、その翌年に記念画会を開催されると そこに春挙塾の画家が出席したのが縁で後の師の山元春挙と出会っています。ここにはそうした時期の作品が並んでいました。

1 小早川秋聲 「山中鹿介三日月を拝する之図」
こちらは鎧姿の烏帽子の武士が手を合わせて祈る様子が描かれています。かなりボロボロで古い絵に見えますが、10代後半頃の作品のようです。モチーフは三日月に「七難八苦を与え給え」と祈った山中鹿介の逸話で、月岡芳年が同じ人物を描いた作品を参照しつつ自分のものとして描いたようです。10代にして渋い題材ですが、早くも才能が垣間見える作品でした。

2 小早川秋聲 「露営之図」
こちらは恐らく日露戦争に従軍したときの作品。テントと木を背にして焚き火をしている兵士が3人描かれ、火にあたった顔がぼんやりと浮かんでいます。白い煙が立つものの辺りは真っ暗で、タバコを吸って後ろ向きの兵士などは闇に紛れています。静かではあるもののどこか緊張感があるように思えました。

4 小早川秋聲 「するめといわし」
こちらは京都市立絵画学校に入った頃の課題制作で、その名の通りスルメとイワシが忠実に写生されています。質感を出そうとしてかなり細かく描き込まれ、吸盤までリアルな描写となっていました。

この後に中国に旅行し、小早川は「旅行狂人」と呼ばれるほど旅する画家となっていきます。

6 小早川秋聲 「譽之的」 ★こちらで観られます
こちらは那須与一が的を射る話がモチーフになった作品です。白い馬に乗って海に入り、弓矢を構えて的を見る鎧姿に烏帽子の若者で、鋭い目つきとポーズに緊張感が漲っていました。波の白い飛沫の表現などまで精緻で、高い技術が伺えました。

この辺は歴史的人物などが並びます。たまに南画っぽい画風など若干緩めの作品もありました。


<2 旅する画家 異文化との出会い>
1916年に山元春挙に師事し、画塾 早苗会に入会すると、写生旅行なども盛んな早苗会の影響でますます旅の意欲が旺盛となりました。1918~20年には山陰、南紀、北海道を旅して画文集を刊行しています。1920年末からは西洋に向かい、まず中国へ渡ります。そこで体調を崩して大連で過ごした後、中国国内を巡り 上海を発って インド、イタリア、ドイツ、オーストリア、チェコスロヴァキア、ハンガリー、スイス、フランス、イギリス、ギリシャ、グリーンランド、オランダ、エジプト等、17カ国の美術館・博物館・寺院などを周り、色彩感覚を磨いたようで 画風は明るく瑞々しくなっていきます。1926年に日本美術の紹介を通してアメリカの対日感情を好転するように要請されてアメリカに渡ると、日本画について講演や展覧会を行ったりしたようです。この間にも帝展に大作を出品して発表していて、第11回から永久無審査となっています。この時期は脂が乗っていて、評論家からは「抒情ロマンチシズム」と言われているようです。

13 小早川秋聲 「裏日本所見畫譜」
こちらは色紙サイズの写生スケッチ集で、山陰などで観た風景が描かれています。余部の橋は夜の光景で、蒸気機関車が向かってくる様子が叙情的に描かれていて特に好み。全体的に淡い色彩と素朴な描写となっていて郷愁を誘うものばかりでした。全48図あったのが今は23図だけ現存しているようです。

18 小早川秋聲 「恋知り初めて」
こちらは竹久夢二風の女性を描いたもので、エメラルドグリーンの壁を背景に白いブラウスと黒いスカートの姿で座っています。右上には北斎の山下白雨が忠実に描かれた画中画があり、ブラウスには白いレースがかかなり細かく浮くように描かれているなど、これまでとだいぶ雰囲気が違って見えます。気だるく色っぽい表情で、全体的にぼんやりした色彩と相まってミステリアスな雰囲気となっていました。

この辺には仙人や釈迦を描いた作品もあり、画風も結構色々ありました。

19 小早川秋聲 「旧山河(フルサト)」
こちらは六曲一双の屏風で、右隻には木の元で地べたに座り込んで景色を見下ろす黒い帽子の老人が描かれ、その左側には広々とした山野が広がっています。山に雲や霧がかかり雄大な光景となっていて、集落や花咲く様子などもあって牧歌的な雰囲気でした。

近くにはシルクロードの砂漠のラクダのキャラバン隊を描いた作品もありました。一方で様々な子供の玩具を描いたゆるキャラ的な可愛らしい絵柄(禅画みたな)の作品もあったり、多彩な作風となっていました。

15 小早川秋聲 「追分物語」
こちらは源義経がアイヌの娘が共に大陸に逃げ延びたという民間伝承を題材にした自分の随筆『追分物語』を題材にした作品です。船の上に赤い和服のような着物の上にアイヌの装束を重ねて着ている女性が描かれ、周りは雨が降り波が飛沫をあげて暗い雰囲気です。何か不吉な予感すら感じるような色彩となっていました。

この辺には旅先からのハガキや、ヨーロッパに向かう途中のスケッチなどがあり、タージマハルやエジプトの神殿、ピラミッド、ナポリのベスビオ山などが描かれています。夕景・夜景が多く神秘的な作品ばかりで、好みでした。アルプスで遭難しかけたりロンドン~パリの間で初めて飛行機に乗ったりと盛り沢山な経験をしてきたようです。

41 小早川秋聲 「伊太利所見」
こちらは掛け軸で、海と空と砂浜が一体化したような明るく爽やかな画面で、真ん中に石の門が唐突に建っていてシュルレアリスム的なものを感じます。波の上を鳥らしきものが白い飛沫を挙げていて、長閑で幻想的な美しさがありました。

48 小早川秋聲 「未来」 ★こちらで観られます
こちらは米国に行っていた頃に帝展に出品した作品で、打ち掛けのようなものを掛けて横向きに寝ている少女が描かれています。周りには沢山のおもちゃがあり、金砂子でぼんやりと覆われて夢の中に浮かんでいる情景のように見えます。あどけなくて無垢な雰囲気が出ていて可愛らしい寝顔でした。

近くには雪舟が子供時代に柱に縛られてもネズミを描いたという伝説を題材にした作品がありました。

63 小早川秋聲 「長崎へ航く」 ★こちらで観られます
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こちらはオランダの港から江戸時代の日本へ向けて出発するオランダ人たちの船を描いた作品です。3人の女性と幼い子供の後ろ姿が大きく描かれ、腰に手を当てたりしながら見送っているようです。女の子は日本人形を持っているなど、行き先を暗示しているかな。小早川秋聲はこの絵のためにオランダの更紗を集め、時代考証もしたようです。また、この作品とよく似た構図のポスターがベルギーのデザイナーにかかれていて、渡欧の際に観たと考えられるようです。背中で感情が伝わってくるような面白い構図でした。

この辺には帝展や文展に出した大型作品が並んでいました、

小早川秋聲 「愷陣」 ★こちらで観られます
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帝展の出品作で、戦場から帰った兵士は讃えられ歓待されるのに、戦火を共にした軍馬は埃まみれであるのを、村人が労をねぎらい花で飾ったという漢詩に着想を得ています。白い花が華やいでいて、ややくすんだ馬と比べて強い色彩に感じられます。馬具や馬をよく知っていただけあり、堂々たる雰囲気ですね。


<3 従軍画家として 《國之楯》へと至る道>
続いては従軍画家時代のコーナーです。小早川秋聲は1931年の満州事変の直後に北満州を訪れています。やがて1937年の盧溝橋事件で日中戦争が始まると、10月には東本願寺より従軍慰問使として嘱託されて戦地へと赴き 従軍画家となります。1940年には九段国防館銃後室への献納壁画を制作し、翌年に聖戦美術講演会で藤田嗣治と共に講演を行っています。1943年には陸軍によりビルマに派遣され、その後に代表作となる「國之楯」を手掛け、1944年2月に完成しました。ここにはそうした戦時中の作品が多く並んでいました。

72 小早川秋聲 「細雨蕭々」
こちらは暗い草原の中にぼんやりと光る1つだけのホタルの光を描いた作品。静かで消え入りそうなくらい儚い感じとなっていて、雲母が使われ雨や水滴も表現しようとしているようです。ほぼ真っ暗ですが、繊細な表現となっていました。

67 小早川秋聲 「護国」
こちらは真っ暗な中で」焚き火を囲う兵士たちが描かれた作品。ぼんやりと馬や犬の姿もあり、立ち上る炎が赤々としています。細かい点々が火の粉のように見えて、焚き火の雰囲気がよく出ています。兵士たちは疲れが出ていて休んでいる姿がちょっと悲しくも見えました。
解説によると、この作品は帝展出品の際にはこの周りに小さい絵を14面並べ、行軍仲間を葬る様子なども描かれていたようです。従軍の頃の記憶を元に描いたようですが、どこか儚く物悲しい印象でした。

81 小早川秋聲 「虫の音」
こちらは戦地で地べたに横たわったり うずくまって寝ている兵士が描かれています。空には三日月が浮かび、割と安らかな顔で寝ているように見えるかな。日の丸の扇子を持った者などもいて、祖国を夢で見ているのかもしれません。戦地なのに穏やかな印象で、離れていても家族との結びつきを感じさせるような作品だったのではないかと思います。解説によると九段の壁画にも寝ている姿を描いたそうで、小早川秋聲は戦争に協力的で従軍しつつも、戦争の悲惨さには悲しんでいたようです。

76 小早川秋聲 「護国の英霊」
こちらは1937年当時の教科書に載った作品で、半月の下で土に埋められる兵士が描かれています。3人がスコップで埋めて、7人が敬礼のポーズをしています。全体的に暗く静けさが漂い、沈痛の思いと月光の美しさが妙にマッチしていました。

この辺には家族を失った女性を描いた作品もありました。悲しくも逞しい姿となっています。

92 小早川秋聲 「國之楯」 ★こちらで観られます
こちらが今回の見どころとなる代表作で、亡くなった兵士が仰向けになり、胸の上に手を組んで頭の上には寄せ書きされた日章旗が掛けられています。日章旗の赤い部分がちょうど顔の上になって、顔の形が薄っすらと分かるような感じです。そして顔の周りには仏の光輪のように金の輪があり、亡くなった兵士の尊厳が感じられます。解説によると、周りには元々は桜が降り積もっていたようで、よく観ると塗り潰している痕跡が残っています(厚塗りでひび割れてる) 桜のようにパッと咲いてパッと散るのを美徳とした戦前の価値観を戦後に深く反省してこのような修正をしたようで、タイトルも「軍神」から現在の「國之楯」に変わりました。当時、この絵は英霊を讃える絵とも、死を悲しむ絵とも受け取られ、この絵を観て敬礼する軍人もいれば 泣き崩れた女性もいたようです。その相反する反応もあってか陸軍からは受け取りを拒否されました。観ていると、まるでその場に遺体があるようで、そうした多様な反応も頷けるかな。無言で多くを語ってくるような圧倒的な作品でした。

この隣には下絵がありました。過去にエジプトの棺を似た構図で描いているのも影響しているのかもしれません。戦争への思いや反省も込められた傑作です。


<4 戦後を生きる 静寂の日々>
最後は戦後の晩年のコーナーです。小早川秋聲は戦犯として捕まることも覚悟していたようですが、そうはならなかったようで、戦後間もなく日展の審査員選考委員を務めています。体調を崩し大規模な展覧会にはほどんど出品しなくなり、戦後は仏画や仙人を描いた作品や、干支を書いた作品など小品が多くなっています。また、戦後の作品は表装へのこだわりが特徴で、インドの更紗や西陣織、古代裂などの表装を用いました。1974年に88歳で老衰でなくなり、その後20年ほど忘れられた存在となりましたが1995年に『芸術新潮』に「國之楯」などが掲載され再評価が始まりました。地道な研究の結果が今回の展示へと繋がっています。ここにはそうした戦後の作品が並んでいました。

96 小早川秋聲 「聖火は走る」
こちらは日の丸のシャツを着た聖火ランナーがトーチを持って走る様子が描かれた作品。火は金色で後ろに向かって金砂子が尾を引いて、周りは空に包まれたような感じにかかれています。輪郭が太く、筋肉隆々な感じで厳しい表情が凛々しい雰囲気となっていました。

この地殻には仏画や三猿を描いた作品などもありました。

95 小早川秋聲 「天下和順」 ★こちらで観られます
こちらは上部中央に丸い月輪があり、その下に数え切れないほどの白い服の人たちが踊っている様子が描かれています。踊りの列がうねるようで、所々に金色の瓶が置かれています。ちょっと意図は分かりませんでしたが、大勢いても騒がしいという感じではなく神秘的で、平和を謳歌しているようにも思えました。

最後の辺りには釈迦の出山のシーンを描いた作品などもありました。


ということで、戦争協力によって一種のタブーになってた感じの画家ですが、「國之楯」は特に心を打つ作品となっていました。図録も買って満足度の高い内容でした。もう終わってしまいましたが長く心に残る展示になりそうです。

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