先日の祝日に、平塚市美術館に行って、「開館20周年記念展 伊東深水-時代の目撃者」を観てきました。

【展覧名】
開館20周年記念展 伊東深水-時代の目撃者
【公式サイト】
http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/2011206.htm【会場】平塚市美術館
★この美術館の記事 ☆周辺のお店【最寄】平塚駅
【会期】2011年10月22日(土)~11月27日(日)
※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。
【鑑賞所要時間(私のペースです)】
1時間30分程度
【混み具合・混雑状況(祝日14時半頃です)】
混雑_1_2_3_④_5_快適
【作品充実度】
不足_1_2_3_④_5_充実
【理解しやすさ】
難解_1_2_③_4_5_明解
【総合満足度】
不満_1_2_3_④_5_満足
【感想】
結構お客さんはいましたが、空いていてゆっくり観ることができました。
さて、今回の展覧会は伊東深水(いとうしんすい)の個展となっております。伊東深水は1949年以降に鎌倉と逗子で過ごした為、この地にゆかりがあるようです。伊東深水は好きな私はこの展示を楽しみにしていました。
伊東深水は1898年に東京の深川で生まれ、浮世絵の歌川派の流れをくむ鏑木清方を師とした画家です。(歌川豊春→初代 歌川豊国→歌川国芳→月岡芳年→水野年方→鏑木清方→伊東深水)
浮世絵とは浮世(その時代)を表すという信念から自分の生きた時代の女性を主に描いていきましたが、画業を始めた頃はむしろ社会派の画家であり、風景画家としても高い評価を受けています。今回はそうした初期から晩年までの作品を100点程度並べていて、テーマと時系列で章が分かれていましたので、詳しくは各章ごとにご紹介していこうと思います。なお、同じようなタイトルの作品が多いので、作品番号も併記しておきます。
<画業のはじまり(社会派としての出発)>まずは初期のコーナーです。伊東深水は家計を助けるために東京印刷で活字工として働く傍ら、1911年(13歳)から鏑木清方に入門します。早くから才能を見せ1914年には文展、翌年には再興院展にデビューしたようですが、その後周囲の忠告もあって展覧会の出品から離れ、新聞・雑誌の挿絵や新版画運動で中心的な役割を担っていくようです。
華やかで艶のある作風のイメージの伊東深水ですが、初期は明るい画風ではなく、父の家業の没落による苦しい生活が影響した社会派の作品を描いていました。ここには子供時代の作品から当時増えていた労働者階級や貧困層に取材した作品などが並んでいました。
参考記事:
清方/Kiyokata ノスタルジア (サントリー美術館) 清方/Kiyokata ノスタルジア 2回目(サントリー美術館)41
伊東深水 「N氏夫人像」これは入口でダイジェスト的に展示されていた1953年(50代半ば)の作品で、頭に黒いレース帽を被り、黒と灰色のストライプのドレスを着て椅子に腰掛けた婦人像です。結構デフォルメされている所もありますが、細かく描かれ華やかで洋画のような感じすらあります。特に唇の紅が目を惹き、優美で知的な雰囲気がありました。
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伊東深水 「枇杷」13歳の頃に描いた小さな掛け軸で、簡略化された薄いオレンジの枇杷と葉っぱのついた枝が描かれています。ちょっと硬い感じもしましたが、とても13歳が描いたとは思えない落ち着いた侘び寂びを感じる作品でした。
この隣には14歳の頃の「恵比寿大黒」という恵比寿と大黒を描いた作品もありました。こちらは精密かつ表情豊かで驚きでした。
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伊東深水 「新聞売子」街角で建物に腰掛けている新聞売りの少年を描いた掛け軸です。背景には着物の女性や街の様子が描かれています。少年はぼーっとしたような表情で休んでいるような感じでした。労働者階級を描いていますが、淡く鮮やかな印象で暗い雰囲気ではないように思います。これも14歳の作品で、この辺には10代の作品が並んでいます。
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伊東深水 「乳しぼる家」 ★こちらで観られますこれは2曲の屏風で、農家の前の牛やはたらく人々を描いています。全体的に暗い色で、近代洋画を彷彿するような色合いと構図となっていました。農家の人々を暖かく見守っているような感じだったのかな。
<新版画運動の旗手として>伊東深水は1916年に渡邊庄三郎が提唱した「新版画運動」という運動に初めから参加しました。これは画家の考えがより強く反映された版画で、深水はこの運動の立役者となったそうです。渡邊が亡くなるまで147点作成したらしく、ここにはそうした作品が並んでいました。
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伊東深水 「対鏡」 ★こちらで観られます左手で黒髪に触る女性の右横顔を描いた版画作品です。深い赤の着物を着ていて、黒い髪、白い肌といった色の響き合いが美しい作品でした。ちょっとぼーっとした表情も色っぽくて良かったです。
64 65
伊東深水 「日照雨(1)」「日照雨(2)」同じような作品が2点並んで展示されていました。傘を差そうとしている女性の横顔を描いたもので、64は青い傘、65はオレンジの傘という色違いとなっています。若干、64の方が白い雨の線も強いかな? 同じ絵柄の2枚を比べて観られるのは面白い展示方法でした。
この隣にも女性の着物の色違いの2枚セットの作品が並んでいました。
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伊東深水 「明石の曙」赤く染まる海を見ている坊さん?と、石灯籠のようなものを描いた風景画です。空の色がグラデーションとなっているのが美しく、どこか神々しいような懐かしいような雰囲気がありました。
風景画はこれ以外にも何枚かあり、どれも色鮮やかかつ叙情的で良かったです。深水は風景画も素晴らしい。
参考記事:
東京国立近代美術館の案内 (2010年09月)<美人画家の名声を超えて>大正時代中期に、師匠の清方にはないリアルで官能的な作風で人気となり、深水は一躍美人画の第一人者となりました。当時の風俗を描いた作品だけではなく、仏画の表現を取り入れたり市井の女性をテーマにするなど、表現の幅を広げていったようです。後年には「人物と背景とが融和して奏で出す雰囲気を描き出したい」と言って、それも見事に結実していったようです。1910年代半ばからは芝居、舞踊、小唄などの題材に興味を持って描いていったそうで、このコーナーにもそうした作品が並んでいました。
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伊東深水 「指」 ★こちらで観られます人気が出るきっかけとなった作品で、戸外の竹で出来た腰掛けに座る着物の美女を描いています。右手には団扇を持って夕涼みしているようですが、左手を胸の前に出してじっと見つめているような感じです。手の周りは白くすらっとした雰囲気ですが、着物はぼんやり暗い感じで儚げな印象を受けました。
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伊東深水 「露」これは東京国立近代美術館の常設の記事で以前ご紹介した作品で2曲の屏風です。朝顔や芙蓉など沢山の草花がある場所で3人の着物の女性が立ち話をしている様子を描いていて、鮮やかな緑と薄い色合いの着物が何とも爽やかで清らかな印象でした。これは特に好きな作品の1つです。
この隣には同じく東京国立近代美術館所蔵の「雪の宵」も展示されていました。
参考記事:
東京国立近代美術館の案内 (2010年04月) 東京国立近代美術館の案内 (2010年02月)18
伊東深水 「婦女潮干狩図」6曲1双の屏風で、砂浜で10人くらいの女性たちが潮干狩りをしている様子を描いています。着物の裾をまくりあげたり、洋傘を差しているなど華やかな印象を受けます。着物の色も美しく、健康的で爽やかさも感じました。
この近くには打って変わって抑えた色調で温泉に入る女性たちを描いた作品などもありました。この辺は好みの作品ばかりです^^
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伊東深水 「鏡獅子」 ★こちらで観られます小さな獅子舞の面?を持って踊る着物の女性を描いた作品です。色は控えめですが、上品で細く緩やかな輪郭線が優美な印象です、踊りの一瞬を捉えたような場面で、動きを感じ、真剣な目には緊張感がありました。
この作品は少し先に同じタイトルでトリミングしたような構図の似た作品もありました。
<新発見の《皇紀二千六百二年婦女図》、《海風》が語るもの>この展覧会には5つの新発見の作が展示されているのですが、特に長らく行方不明となっていた「皇紀二千六百二年婦女図」と「海風」の2点は深水の知られざる一面を示すそうです。
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伊東深水 「皇紀二千六百二年婦女図」 ★こちらで観られます2枚セットの作品で、皇紀2602年は西暦では1942年となります。その頃は戦時中で、これは深水が戦時に適切な女性服の選定委員になった時に考案した服装を描いた作品です。右は1つの傘に3人の女性が入っている様子で、赤地に水色の模様のコートの女性、ベージュのコートの女性、緑地に草花文の模様の服の女性が描かれています。左の絵には着物風の女性とピンクの服の女性の横向き姿が描かれていました。どちらもあまり見慣れない服で、派手さはないものの落ち着いて品のある雰囲気がありました。戦時中にこうした国策に沿った作品があるとは初めて知りました。
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伊東深水 「海風」 ★こちらで観られますこれも新発見の作品で、赤い着物の女性と淡いピンクの着物の女性が立ち、ピンクの着物の女性が自分の目の前を指さしています。周りには向かい風が吹いているらしく、着物がはためくような感じです。解説によると、深水は「力の芸術」を標榜し、外敵(風)に立ち向かう日本女性の逞しさを描いたそうです。きりっとした目付きと指先がそれを感じさせます。…以前、このポーズをしたソ連のプロパガンダのポスターを観た覚えがあります。その為か非常にメッセージ性の強いポーズに思いました。
この近くには蓮の花を観る女性を描いた作品(これも新発見)や、6曲1双の桜を描いた屏風などもありました。
<線の美 - 南方風俗スケッチについて>深水は1943年(44歳)の時に4ヶ月に渡って海軍報道班員として南方に派遣されたそうで、インドネシアを中心としたスケッチが400枚程度残っているようです。ここにはそうしたスケッチに水彩した作品が並び、現地の生き生きとした民衆や、市井、風俗が描かれていました。
民族衣装を来た人や、楽器を演奏している人々、穀物を潰している人、街並み、市場など様々な場面で活気があります。また、飛行機からみた雲海のような絵もありました。
<戦後花ひらいた現代風俗画>深水は昭和10年代(1935年頃)に改めて古画に学び、狭い美人画に偏ることを自戒したらしく、大作の制作と江戸初期などの時代風俗を描いたそうです。戦後、堂々と明るく気品のある作品を描くようになるとその成果が花開いたらしく、このコーナーには江戸時代風の作品と現代風の作品が並んでいました。
なお、深水は静かな疎開地の小諸に移って制作をしていたようですが、昭和24年(1949年)に北鎌倉に移って、そこでも絵画三昧の生活を送っていたようです。
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伊東深水 「銀河祭り」しゃがみこんでたらいに向かい、針に赤い糸を通そうとしている着物の女性を描いた作品です。右上には笹に吊り下がった短冊があるので七夕のようです。解説によると、この作品を描く8年前の雑誌に七夕の作品を描きたいと言っていたそうで、長年温めてきたテーマのようです。髪型などは江戸時代の享保の頃のものらしく、昔の髪型のようでした。背景が仄暗いせいか、静かな印象を受けました。
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伊東深水 「髪」しゃがんで鏡に向かって髪を整える青い着物の女性と、上半身裸で前屈してたらいで髪を洗う女性が描かれた作品です。特に前屈している女性の体の曲線が美しく、滑らかで官能的な雰囲気がありました。
この辺には戦後の家族を描いた作品や、東京国立近代美術館の「聞香」などもありました。
参考記事:
香り かぐわしき名宝 (東京藝術大学大学美術館)40
伊東深水 「清方先生像」机に向かって原稿用紙に手をついて筆を持っている師匠の鏑木清方を描いた作品です。結構年をとっていて、温和そうな雰囲気です。背景には美人画も飾られていて、手元の雑誌は「SALON DE MAI」と書かれているなど、その頃の生活の様子まで伝わってくるような作品でした。
この辺には横須賀美術館の「祇王寺の秋」もありました。
参考記事:
横須賀美術館の常設 (2010年11月)45
伊東深水 「黒いドレス」椅子に腰掛けた黒いドレス(縞模様のタートルネック)の女性を描いた作品です。黒い短髪で、知的な雰囲気があります。華奢な感じなのでモデルなのかな?? 太い輪郭やポーズなどから西洋画を思わせました。
この隣には靴を履くバレエの踊り子を描いた作品があり、ちょっとドガの構図を思い出しました。
この部屋の中央には様々な印章を集めたコーナーもありました。
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伊東深水 「春宵(東おどり)」6曲1双の屏風で、右隻は鏡に向かって化粧をする役者?や座っている役者などが描かれています。左隻も化粧する役者や着物を着付けしている人などがいて、控え室での準備の光景なのかな。色とりどりの衣装が鮮やかで、非常に明るい雰囲気がありました。
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伊東深水 「巷は春雨」これは新発見の作品で4枚セットとなっています。控え室のような所にいるピエロやサンバカーニバルのような格好をした女性(たまに上半身裸)を描いていて、舞台から帰ってきたのか楽しげな表情をしている人もいれば、話している感じの人、タバコを咥えて不機嫌そうな人などもいました。これも舞台裏を覗いたような面白い作品でした。
<人物の本質を見抜く - 肖像画としての人物画>最後は晩年までのコーナーです。深水は背景や説明を排して人物そのものに迫る肖像画へと進んで行ったそうで、先ほどの「清方先生像」を早い例として昭和30年代(1950年代半ば)に10点以上そうした作品を残しているそうです。これらのモデルは社会的地位の高い人だったそうで、そうした作品が並んでいます。1955年には洋画家の小絲源太郎を訪ね色面分割を学ぶなど、最新の美術を取り込むことも忘れなかったようですが、1972年に師匠の清方の後を追うように亡くなったそうです。
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伊東深水 「雪の夕」「月の出」「春の宵」3枚セットで雪月花となっている作品で、何故か左から月花雪の順で展示していました。いずれも2人ずつ着物の女性が描かれていて、今まで観てきた作品よりも顔がリアルな感じで、色は落ち着いた雰囲気となっていました。それでも艶やかさは健在で、これも良い作品でした。
この部屋には深水がデザインしたと思われる梅の文様の打掛がありました。
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伊東深水 「菊を活ける勅使河原霞女史」 ★こちらで観られます畳の上で菊を活けている女性を描いた作品です。静かな雰囲気で優雅な所作を感じさせます。しっとりとした美しさで、気品のある内面まで描いているような作品でした。
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伊東深水 「愚痴」 ★こちらで観られます灯火の前で嫌がるような素振りをした茶色の着物の女性を描いた作品です。愚痴を言っているのか言われているのか分かりませんが、ここまで観てきた美しい女性像とは違った雰囲気があるように思いました。
ということで、伊東深水の好みの作風だけでなく初期作品や晩年の作品、国策に沿った作品など様々な活動を知ることが出来る意義深い内容となっていました。これだけの機会は中々なさそうなので図録も買ってしまったw 今後、伊東深水の作品を観ていく上で非常に参考になりそうです。 まあ、難しいことを抜きにしても華麗な美人画が多く並んでいますので、それだけでも見応えがあるかと思います。おすすめの展覧会です。
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